第三話 幸せを掴む為に 後編
色々すみません。
お待たせしました。
「さあ由美香」
「...うん」
お父さんに促され部屋に入ろうとするが、私の足は動かない。
一体どんな顔をして正太達に会えば良いのか?
4年前に言ってしまった一言が心に重くのし掛かり、恐怖に身体が硬直する。
マーく...昌夫の家族に私の家族は散々正太の家に関する虚言を吹き込まれ、正太だけで無く、その家族まで貶めてしまった。
「由美香ちゃん」
「分かってるよ...」
お母さんが背中を押す。
その態度に正直吐き気がする。
お母さんも昌夫の外面に騙され、私と昌夫を引っ付けようとしていた。
アイツをマー君と呼ぶ様になったのは昌夫の家族と私の両親がそう呼ぶ様、私に仕向けたのだ。
つくづく私は両親の言いなりだったと実感する。
「失礼します」
お父さ...父に続いて部屋に入る。
中には正太の家族だけじゃなく、伊集院栞さんとその両親らしき人達も居た。
懐かしい正太とその両親。
しかし正太の両親が私達家族に向ける目は冷えていた。
昔の様な暖かさは全く無い。
正太と視線を合わす事が出来ない。
栞さんは言ったのだ。
正太の人間不信は私のせいだと。
「大丈夫よ、正太...」
「...栞」
栞さんの声に続いて聞こえた正太の声。
恐る恐る視線を正太に向けると静かな目をした正太が私を見つめていた。
1ヶ月前、4年振りに見た正太はすっかり身体が大きくなっていた。
今は椅子に座り、すっかり大人になった正太。
引き締まった表情、その容姿は昔の恋心を思い出させるのに充分だった。
私は一体何を考えてるの?
もう正太とは決別したのに。
全ては身から出た錆なんだ。
「まあお座り下さい」
男性が声を掛ける。栞さんのお父さんだろう。
鋭い眼光、近づき難い雰囲気。
威厳が溢れるとはこういう物なのか...
「...失礼します」
対する父は消え入りそうな小さい声。
いつもの父では無い。
完全に私達家族は呑まれていた。
「お久しぶりです、おじさん」
「...ああ、そうだな」
正太が父に声を掛けた。
軽く正太を一瞥し、父は疲れきった表情でうつむいた。
記憶にある父は常に自信に溢れ、母も笑顔を絶やさない人だった。
しかし今は誰とも目を合わそうともしない。
それは仕方ない事。
私自身1ヶ月の間、家に引き籠っていたのだから。
「この度は伊集院様に多大なご迷惑を---」
私達三人は並んで椅子に座り、視線を下げたまま栞さん達に頭を下げる。
父の声は震えていた。
「私より山口さんのご家族に頭を下げるのが先でしょう。
貴方達が正太君の知り合いで無かったら私は助ける事はありませんでした」
「...はい」
「そうですね...」
栞のお父さんが突き放す様に言う。
父と母は慌てて正太の家族に向き直った。
「山口さん、4年前はすまなかった。
あなたの言われた通りでした」
「...申し訳ありませんでした」
「だから言ったのに」
「本当」
正太の両親は呆れながら呟く。
私達の家族と交流があった頃、正太の家族は言っていたのだ。
『あの人達を信用してはダメだ』と。
思い返してみれば、あの人は神山学園の卒業生であるのを良いことに我が物顔で学校に顔を出していた。
息子は不合格だったのに拘らずだ。
「高い授業料だったと割りきる事ですな」
「そんな...もう少し金額を減らせませんか?」
「まだそんな事を...
私達は無関係だと突っぱねますか?
私達はどちらでも構いませんよ。
それなら私は何も致しません」
「伊集院さん待って下さい!!」
「それだけは!!」
伊集院さんのお父さんにすがり付く父と母。
二人ともアイツ等のマルチ紛いに手を貸していたのだ。
父は経営する会社の部下や取引先の知り合いに。
母は主婦友達に。
母の知り合いは私の通う神山学園の保護者にまで及んでいた。
数週間前、伊集院さんの代理を名乗る弁護士から連絡があった。
『このままでは貴方達も詐欺で訴えられる可能性がある』と。
その言葉が信じられなかった両親は無視を決め込んだ。
しかし数日後、家の顧問弁護士からも連絡があった。
『川合さん、貴方達は私に黙って何て事を...』
ここでようやく事の重大さに気づいた。
伊集院家の弁護士事務所から提供された資料には私達家族が紹介した会員達の配当が遅れ、騒ぎ始めていると言う事実が記載されていた。
慌てた両親は奴等に連絡を取った。
最初は惚けていたが、最近は開き直り、私達家族の金を狙う事まで言い出し始めた。
追い込まれた私達は伊集院さんの弁護士を通じ、紹介した人達の支払った出資金の大部分を私達が肩代わりする事で示談する事を提案した。
背後に着いた伊集院家の力は強大で、皆示談に応じてくれそうだと聞いた。
「すみません、分かりました!」
「何とか訴訟だけは!」
両親は必死だ。
訴えられたら最後、家の家族が終わってしまう。
父の会社も、社会的な信用もだ。
...でも私の学校での立場は既に手遅れだった。
「それでは話の続きは別室で、奴等も待たせてますので」
「「...はい」」
両親は席を立ち部屋を出る。
伊集院さんのご両親、その後に正太の両親も続いた。
「正太君は栞とここに居なさい」
「え?」
席を立とうとする正太に伊集院さんのお父さんが言った。
「正太、ここで由美香と話を...お願い」
「そうなのか?」
栞さんの言葉に正太はゆっくり頷いた。
その目に不信感は無い。
1ヶ月前に栞さんから聞いたのと違う。
二人に強い絆を感じた。
「突っ立ってないで早く座ったら?」
「...失礼します」
栞に言われ、私は二人と差し向かいの席に座り直した。
「どうして今日は、お前まで来たんだ?」
正太は無言でうつむく私に聞いた。
「...お父さん達が、訴えられそうだったから」
「そんなのおじさん達のした事だろ?
お前には関係無い話なのに」
「...それは」
名前で無く、お前か。
もう由美香って呼んでくれないのね。
「正太、『お前』呼ばわりはダメよ」
「栞?」
「私だってあの時は傷ついたんだから」
「いやあれは、アイツ等が俺を騙して」
「それでもよ」
なにやら二人揉めている。
でも和やかな空気...
本当なら私が栞の場所にいた筈なのに。
「で...由美香」
「はい!」
懐かしい!
思わず声が上ずってしまった。
「こら正太!!」
「今度はなんだよ」
「なんで下の名前なの!」
「だって栞が」
「違う!ここは川合でしょ!」
「はあ?」
頬を膨らませる栞さん。
先日見せた表情と全く違う。
そっか...愛する人の前では素の自分が出せるんだ。
私は正太に素の自分を出していただろうか?
常に人の目を気にしてばかりだった。
好きだったのに...そうだ、私は正太が好きだったんだ。
それなのに私は正太にあんな酷い言葉を...
「どうしたんだ由美...川合さん」
「由美香?」
涙が止まらない。
深い後悔、もう取り戻す事は決して出来ない。
「...謝りたかった」
「は?」
「仮令許されなくても...ただ一言謝りたかったんです。
それ...は自己満足だと...は分かってるけど」
涙で上手く話せない。
「俺はもう恨んで無いよ」
「...正太」
それは私の家族が窮地に陥ったからだろうか?
ざまあみろと思ったの?
「あの時...4年前、さよならだけを言いに行った訳じゃない」
正太は静かに話しだした。
少し苦しそうに。
「...俺は出来た人間じゃない。
由美香のお父さんに助けて貰う事も考えていたんだ。
変わらず神山学園に通える様...友達も居たし...何より由美香と離れたく無かったから」
「...そんな」
私だって正太と離れたくなかった。
そんな事を考えていたのね。
「冷静に考えたら出来る筈無いよな、人の事は言えないよ。俺も狡い人間なんだ」
「そんな事無いよ!」
「...栞」
「正太は狡い人なんかじゃない!
そんな人を私が好きになる訳無いよ!」
栞さんが正太を抱き締める。
強い愛情に私は実感した。
『栞さんには敵わない』と。
「...そんな訳だ。
俺はもう川合さんを恨んで無い。
確かにあの時は絶望した。
友人との縁も切られ、思い出は悪夢に塗り替えられた」
「うん...」
父は学校に正太の事を報告し、名簿から山口正太の名前を抹消した。
それは徹底的に行われたそうだ。
「今は幸せなんだ。
本当に信頼出来る友人が居て、何より栞が居てくれた」
「正太」
なんて優しい瞳をしてるの?
それを受ける栞さん。
二人の美しい情景は更に私を打ちのめした。
「さよなら」
これ以上は耐えられない。
私は席を立った。
「由美香!」
扉を開けようとする私を正太が呼び止めた。
「元気でな」
「...うん」
小さく応え部屋を出る。
扉を閉めると全身の力が抜けて行く。
「...正太」
その場に崩れ落ちた私はしばらく泣きじゃくるのだった。
全3話と書きましたが、最後エピローグ行きます。
すいません...