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第二話 栞の気持ち

 

 ホテルの前で騒いでいた二人。

 女は走り去る正太を叫びながら追いかける。

 対する男は呆然としていたが、女の叫び声に人が集まると、慌てて逃げだした。


 そんな二人の様子を冷静に見ていた。

 正太を追いかけようとは思わなかった。

 あの様子は尋常じゃない。

 クラスの馬鹿共から嘘を吹き込まれ、怒りを露にした時の正太を彷彿とさせた。


 二人と正太に何があったか分からない。

 しかし察するに、彼の人間不信はコイツらが原因なのは間違いない。


 一応電話をするが、正太は出ない。

 やはり冷静さはまだ失われている。

 諦めて1人で帰ろうと駅に行くと、先程の女が待っていた。


「貴女はさっきの?」


「正太...山口正太のお知り合いですか?」


「そうですが」


 私の返事を聞いた女は途端に泣き出した。

 放っておく事も出来ず、女を連れて喫茶店に来た。

 女は泣きじゃくるばかりで話にならない。


 これは困った。

 店内の人は私達に興味津々じゃないか。

 埒か開かない、だが帰る訳にもいかない。

 注文を済ませ泣き止むのを待つが一向に女は泣き止まない。

 私は携帯を取り出し、もう一番正太に電話を掛けた。


「もしもし正太?」


『すまない伊集院、今日は...ごめん』


 幸いにも正太は数回かのコールの後、ようやく電話に出た。

 電話口の向こうは静かだ。

 どうやら電車に乗ったりしてない。

 しかし沈んだ声に胸が苦しくなる。


「いいのよ、私が無理矢理言ったせいで...」

『ごめん...また明日学校で...』


「ええ」


 私の言葉を遮る様に正太は言うと、電話が切れた。

 こうなってしまったら深追いは出来ない。

 それもクラスの馬鹿共が言った根も葉もない噂の時に体験済みなのだ。


「さて」


 携帯をポケットにしまい、顔を上げる。

 いつの間にか泣き止んだ女は不安そうな顔をして私を見ていた。


「はじめまして、伊集院栞と申します」


 先ずは自己紹介をした。


「...川合由美香です」


 か細い声で女は名乗った。

 泣き腫らしているが、なかなか綺麗な顔をしている。

 お互い私服を着ているので年齢は分からないが、見た所私と年が近そうだ。


「さっきの男は貴女の彼氏?」


「違います...」


 弱々しく否定する。

 どちらでも良いんだけど。

 違うなら違うと強く否定して欲しい。


あんな所(ラブホテル)に居たから、そういう事じゃないの?」


「違います!あれは彼が無理矢理...」


「なるほど」


『彼』か。

 付き合ってないにしても、親密さは感じた。


「あの伊集院さん...」


「栞でいいわ、伊集院って呼ばれるの好きじゃないのよ。

 私も貴女を由美香って呼ぶから」


 川合由美香の言葉を軽く返す。

 実際、苦手なのだからしょうがない。


「はい...栞さん」


「それで良いわ、で何かしら?」


「あの正太と栞さんは...」


「付き合ってるわよ」


「....そうなんですか」


 何故か寂しそうだ、これは何かある。


「あんな所に置いていかれるような関係だけどね」


「......」


 自嘲気味に笑うと由美香は何ともいえない顔をした。

 ここは一つ探ってみるか。


「正太は酷い人間不信なの」


「まさか?」


「その原因は由美香、貴女が絡んでいるって事かしら?」


「......」


 またダンマリか。

 テーブルに置かれていたコーヒーを一口飲み、言葉を続けた。


「4年前、正太に何があったの?」


 この街に来たのは4年振りと正太は言った。

 どうして正太は人を信じきれなくなってしまったのか、それを知りたい。


「...私達、同じ学校だったんです」


「あの男も?」


「マー君...さっきの人は違います。

 彼は私達と違う学校でした」


 今度はマー君ね。

 付き合ってない人にそんな呼び方するかしら?


「彼は二つ年上で正太の従兄弟なんです」


「従兄弟?」


「...はい」


「へえ...」


 さっき正太が言った糞伯父。

 ひょっとしたら糞伯父の息子があの男なのかもしれない。


「中学って神山(かみやま)学園の?」


「よくご存知ですね」


「まあね」


 由美香は驚いた目で私を見る。

 そんな不思議な事言ったかしら?

 4年前、転校してきた正太。

 彼の着ていた体操服にプリントされていたマークが神山学園の物だった。


 神山学園は名門校。

 その名前は私も知っていた。

 良家の子息が通う学校という事も。


「正太と正式に付き合いだしたのは最近だけど、彼の事は4年前から知ってるからね」


「そうですか」


 なんなんだ、その不安げな表情は?

 まるで言われたら困る秘密があるみたいじゃないか。


「安心なさい、正太から昔の事を聞いた事は無いから、一切話さないのよ」


「.....」


 俯く由美香は再び口を閉ざした。

 本当に正太から何も聞いてないのだ。

 私の通う学校も神山学園程ではないが中高一貫校。


 偏差値も高く、転校してくる生徒は稀だった。

 しかも正太は学業優秀の特待生。

 学費は免除と理事である父から聞いた。


 最初から正太に興味を持った訳では無かった。

 しかし彼は目立った。

 一生懸命目立たない様に振る舞っていたが、私には分かった。

 なぜなら私自身、周りに合わせ毎日を過ごしていたのだから。


 容姿に優れ、加えて学業優秀、人気者の正太に周りの女達は幾度となく告白していたが、彼は一度もOKの返事をしなかった。

 いつの間にか私も正太に好意を抱く様になっていた。

 でも安易に告白はしなかった。

 だからこそ、私はじっくり時間を掛けたのだ。


 単なるクラスメートから少しづつ距離を縮め、正太に告白するまで4年近く掛かった。

 我ながら呆れるくらい頑張った、彼の心に踏み込む為に。


 それを嫉妬に駆られた馬鹿のせいで、危うくフラれるところだった。


 ...でも正太は素の自分を出してくれる様になった。

 あの言葉遣いや雰囲気は間違いなく正太本来の物だ。


 嫌われても構わないと思っているのだろうが、私は無性に嬉しかった。

 やっと本当の正太と付き合う事ができたのだから。


「...あの栞さん」


「は?」


「聞いてました?」


 気づいたら由美香は私を見ながら首を傾げていた。

 なんて事だ、全く聞いて無かった。


「ごめんなさい、もう一回お願い」


 素直に頭を下げた。

 下手なプライドは捨てるに限る、


「分かりました。

 私と正太は小学校からの知り合いでした」


「小学校から?」


「はい、神山学園初等部からの」


 正太と由美香は昔馴染みだったのか。

 それじゃ核心といこう。


「あなたは正太と付き合っていたの?」


「いいえ」


「そっか...」


 思わず安堵のため息が出た。

 でも付き合ってもいなかった由美香をあれ程避けた正太の真意は...まさか?


「...正太は貴女が好きだった」


「はい、私も...正式に付き合っていた訳では無かったですが」


「...やっぱり」


 だから取り乱したのか...胸が苦しい。


「そんな正太に私はなんて事を...」


「何をしたの?」


「...正太のご両親が経営されていた会社が潰れ、彼は神山学園を去ったのです」


「なるほど、でもそれは...」


 仕方ない事だろう。

 神山学園の学費は知らないが、良家の通う学校である以上かなりの金額が予想された。

 ましてや家庭の事情....なんで由美香は知っていたの?


「正太から聞いたの?」


「いいえ、学園の噂からです」


「ふーん」


 どこにでもゴシップ好きはいるって事か。


「学園を去る直前、正太は私の家に来ました。

 何も知らないと思ったんでしょう」


「...まさか」


 ひょっとしたら、正太は由美香に告白を?


「携帯で呼び出されて、私が家から出ると...」


「出ると?」


 由美香は身体を震わせ始める。

 早く言ってよ!


「マー君が正太の携帯を奪い罵倒してました」


「罵倒?」


 マー君って、正太の従兄弟で、さっきのキモ男だな。


「俺の家だけじゃなく、由美香さんの家にもタカるつもりか、見下げた奴だ、と」


「酷い...」


 困ってる親族に掛ける言葉じゃない。


「騒ぎを聞きつけ私の両親も家から出てきました。

 マー君は私の両親に全て話したんです。

 正太の事情を全部...」


「最低ねソイツ」


 反吐が出る。

 人の不幸を言い触らす人間。

 私の周りの親族にも居るが、父はそんな人間が大嫌いで容赦なく叩き潰していた。


「『二度と娘に近づくな!』

 父さんの言葉に項垂れる正太...私は言ってしまった」


「何を?」


「さようなら、二度と会いたくないって...」


「なんて事を言ったの!!」


 由美香の言葉に怒りが爆発した。

 そりゃ正太が人間不信になるのも分かるよ!


「お父さんが怖かったのよ!」


「親なんか関係ないだろ!」


 手を取って逃げろって事じゃないのに。

 素直に『さよなら』だけで良いのに...馬鹿が。


「正太の携帯は取り上げられて連絡も取れなくなった。

 正太の住むマンションも行ったけど無人で...」


 言い訳を口にする由美香。

 もうこの人に用は無い。


「一生後悔してなさい」


 財布から千円札を取り出しテーブルに叩きつけた。


「待って、せめて正太の連絡先を!」


「ふざけるな、あんたにはあのクズ(昌夫)がお似合いよ。

 一生親の言いなりの人生を生きるのね」


「そんな!」


 突っ伏して泣き叫ぶ由美香を残し店を出た。


「待っててね、私が正太の傷を」


 駅に向かいながら思考を巡らし続けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] マー君ていまだに愛称で呼びしてるんだから、そのまま屑同士結婚すればいいのでは?ラブホテルにそのまま突っ込めばよかったのに。
2021/09/07 05:23 退会済み
管理
[一言] 正式には付き合っていなくともお互いに両想いだと確信はできるほどの間柄か 絆があると思ってた相手に周りと同じように手のひら返しで突き放されたらそりゃ人間不信にもなるわな たとえどれだけ親しかろ…
[気になる点] なんでその場に、マー君いたのかな(皮肉)。 [一言] 所詮、私、反省してます、私、悪くないの証言なんで何処まで本当なのやら(呆れ)。 まあ、栞の洞察の様に、マー君とは、この人ただなら…
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