ポリコレ探偵ジョンジェーン
ポリティカルコレクトネスに配慮した探偵がいる。
最近ニューヨーキ市で噂が広まっている。
名をジョンジェーン・ドゥという。
探偵ジョンジェーン・ドゥは、男性名のジョンと女性名のジェーンを両方含んでいる珍しい名前の持ち主である。子どもの精神がどちらの性別であってもいいように、という配慮で両親から名付けられた。つまりジョンジェーンは生まれながらの平等主義者なのだ。
ある日のことである。
ニューヨーキ市の大衆レストランで、悲鳴が聞こえた。
半個室のスペースで死体が発見されたのだ。
ちょうどレストランにいあわせたジョンジェーン・ドゥは、警察が来るまでの間、客を外に出さないように指示を出した。
「状況の確認をしましょう。従業員である白人男性ジェフさんが殺された、これは間違いないですね?」
ジョンジェーンは第一発見者で、レストラン店長であるビル・スティーブンソンに問いかけた。
「ええ、私がここに来た時にはすでに死んでいました」
「いえ、大事なのはジェフさんが白人男性だということです。これがアフリカ系アメリカ人や女性であれば、ポリコレ的に問題になる可能性があります。また、ジェフさんが性転換前のトランスジェンダー女性だと男性と呼ぶと問題になる可能性があります」
「人が死んでいるんだぞ、どうでもいいだろうそんなことは! ……失礼、取り乱しました。正直なところはわからないが、ジェフは白人男性だし、心も男性のはずです。最近彼女ができたと言っていましたから」
ジョンジェーンはなるほど、といいながら、容疑者となりえる人物を見わたした。
ちなみに、ジョンジェーンも指摘していないが、彼女ができたからといって心が男性とは限らない。
ジョンジェーンがうながし、容疑者となりえる人々は互いに自己紹介をした。
裕福な白人男性である店長ビル・スティーブンソン、その妻の白人女性アビー・スティーブンソン、客として来ていたアフリカ系アメリカ人男性でジェフを殺した犯人のマイケル、同じく客のアジア人男性チャン、そして、ネイティブアメリカン男性客がそれぞれ名を名乗った。
アジア人男性チャンが気づいたことをふと口にした。
「なんか、男女とか人種とかに配慮されたかのような集まり方ネ。やり手のビジネスマン白人男性、女性、黒人、アジア人、インディアンがこの人数で集まっているとは仕組まれているように感じるネ」
「チャンさん、三つ言っておくことがあります。まず一つ、ビジネスマンという呼び方は正しくありません。ビジネスパーソンと呼ぶべきです。二つ、黒人ではなくアフリカ系アメリカ人男性と呼ぶべきです。三つ、インディアンではなくネイティブアメリカンと呼ぶべきです」
「アイヤー、失敬ネ。ポリコレ探偵ジョンジェーンがいるということ忘れてたネ」
チャンは頭を下げる。
アフリカ系アメリカ人男性マイケルは困惑した様子を見せる。
「正確には俺はアメリカ人ではないから、まだ黒人と呼ばれた方がいい。あとジェフは俺が殺した」
ネイティブアメリカン男性も人種の呼び方について特に気にした様子を見せることはない。
ジョンジェーンは頷くと、すぐに推理を始めた。
「では、推理を始めます」
「いや、だから俺が殺した」
マイケルが割って入るが、ジョンジェーンは聞く耳を持たない。
「ポリコレ的に、被害者はそれなりに収入のある白人男性でした。貧しい場合はポリコレ的に収入による差別の可能性を生んでしまうので良くありません。その点は大丈夫です」
ジョンジェーンは歩きながら続きを話す。
「アフリカ系アメリカ人は犯人にしてはいけない。ネイティブアメリカンもそうです。アジア人は配慮しなくてもたいてい大丈夫ですが、推理物のお約束として、中国人を出してはいけない、というルールがあります。ですから、チャンさんは犯人ではないでしょう。女性を犯人としては問題となりますし、ポリコレ的に、犯人となりえるのは、裕福な白人男性であるビル・スティーブンソンさん、あなただけです」
「だから! 俺が、殺したって言ってるだろ!」
マイケルが叫ぶも、他の人は聞かなかったことにしている。
ジョンジェーンの推理の説得力に感化されて、アフリカ系アメリカ人を犯人にしないようにしているのだ。
マイケルは他の人に無視されていら立っていたが、なんか面倒になってきたので、しばらく黙って話を聞くことにした。
「ジョンジェーンだって白人男性ネ。犯人かもしれないネ」
チャンは冷静な指摘をした。
「私は探偵ですので、叙述トリックでもない限りは犯人にはなりません」
「えー、ちょっと卑怯じゃナイ? ポリコレとかもはや関係ないネ」
「ということで、犯人はビル・スティーブンソンさんです。どうです? これしかありません、ポリコレ的に」
ビル・スティーブンソンは顔面蒼白になった。
「私が、やったのか……?」
ビルは顔を両手で覆って泣き出した。
「あなた……!」
妻のアビーがビルを抱きしめる。
ふたりはさめざめと泣いている。
「やってねぇよ、俺だよ。俺が犯人だよ」
マイケルは茶番を見ていられなくて、思わず突っ込んだ。
マイケルを全方向にスルーしたまま、ジョンジェーンは続けた。
「苦しかったですね、ビルさん。ですが、これで事件は解決です。あとは警察を待ちましょう」
二十分後、やってきた警察は全員から話を聞いて、マイケルを殺人容疑で逮捕した。
ジョンジェーンは「アフリカ系アメリカ人男性が犯人なわけないだろう!」と叫んで暴れたので、ついでに公務執行妨害で逮捕された。
こうして、事件は無事に解決される運びとなった。
めでたしめでたし。
今回も颯爽と事件を解決したポリコレ探偵ジョンジェーン。
ジョンジェーンは今日もニューヨーキ市のどこかで、ポリティカルコレクトネスを意識した推理を続けていることだろう。
終
この物語はフィクションであり、実在の人物や場所、団体、社会運動とは関係ありません。