文学少女捨て場
「どうしてこんなところに出てくるのさ」
旧校舎の廃焼却炉前に文学少女の幽霊が出ると聞いたので、幽霊本人に尋ねてみることにした。
「文学少女ならもっとそれらしい場所があるだろう? 図書館とか教室とか。中庭のベンチっていうのも趣があるな」
「だって私は文学少女なんかじゃなかったもの」
旧デザインの制服を着た三つ編みおさげの半透明少女はそう答える。
「その見た目で?」
「校則は守るほうなの」
「読書は?」
「本くらい誰でも読むでしょ」
「僕は読まない」
「道理で」
僕の顔を見てため息を吐くなんて失礼な。
こっちはわざわざ旧校舎まで足を運んだっていうのに。
「それで何故焼却炉に? ここで自殺したとか?」
「……本を燃やしたのよ、ここで」
「学校の本を? 文学少女どころか不良じゃないか」
「あなたじゃあるまいし自分の本に決まっているでしょ」
ちょくちょく人を下に見てくるな、この幽霊。
「その本はどうして燃やしたの?」
「好きな人が好きだと言った本だったから」
好きな人の好きな作品を燃やすとか理解できない。
「面白くなかったの?」
「何度読んでも私の好みではなかったわ」
「なんて本?」
僕に問われた幽霊はすらすらと燃やした本のタイトルを言い連ねてくれた。
どれもこれも聞き覚えがある。
「僕の父さんの本棚に全部ある本だ。読んだことはないけど」
「あなたには無理じゃないかしら」
「そんなことない! 本を読むコツとか教えてもらえば僕だって」
「それこそあなたのお父さんに聞けば?」
「……できるなら、そうしてたよ」
父さんがどこで幽霊になっているのかわかっていたら、きっと直接聞いていた。
どうして僕はもっと早く、父さんが生きているうちに聞いておかなかったんだろう。
「私は失恋して文学少女って呼ばれた私を本と一緒に焼き捨てたけれど、その後も初恋を諦めたりしなかったわ。だから、読書のコツを知りたかったら……お母さんに聞きなさい」
「母さんが本を読んでるところなんて見たことない」
「それでも忘れてなんていないわ。だって私、苦手な読書をするくらい、あなたのお父さんが大好きだったんだもの」
訳のわからないことを言いながら、幽霊は笑って消えた。
あの幽霊……母さんと同じ口もとに黒子があったな。
家に帰ったら母さんに、文学少女と呼ばれていた頃の話を聞き出してみよう。
概念の幽霊が好き