1話 瓜二つ
中間考査が終わって最初の月曜日である6月6日。この日は俺の人生の中で忘れられない日になるだろう。
俺の名前は城ヶ岳大河。パッとしない高校2年生男子だ。
目立つのがあまり得意ではなく静かに過ごしたい性格。目立たないためならば簡単に人に流されることができる、そんなクズみたいな人間だ。
帰宅部に所属しており、登下校は基本一人。家から学校までは徒歩で約15分なので歩いて登校している。
俺はあまり友達を作らない人間で、学校にも信頼してきちんと友達として喋れる人間は3人しかいない。そんな人間である。
いつも通り俺は学校に登校し、クラスのドアを開けた。瞬間、クラスの皆の視線が今まで目立たずに生きてきた陰キャの俺の方へ向けられた。
さすがにちょっとはびっくりしたが、平然とした顔で俺の席、窓側の一番後ろの席まで行き、席につく。
「よく平然と学校に来れるよね。私なら絶対に無理だよ。」
「ほら、あいつだあいつ。こういう地味なやつって実は闇が深かったりするんだよな。」
「あいつのメンタルどうなってるんだよ。」
こんなヒソヒソ声がクラスのいたるところから聞こえてくる。俺、何かしたっけ?全く思い当たる節がない。なので、気にしないでいようとした瞬間、クラスのリーダー的存在の陽キャ男子が俺に話かけてきた。
「おい、タイムラインで流れてきたお前のTmitter見たぜ。あんなことやっておいてよく学校に来れるなお前。」
「はぁ?何を言って...」
「とぼけんなって。これだよ、これ。」
「───ッ!?なん...だ...?これ...?」
陽キャ男子が差し出してきたスマホの中には、俺が夜中にコンビニで万引きをする映像が流れていた。姿、形、声までも完全に俺と一致する。しかし、俺は昨晩ずっと家にいたし、ここ1ヶ月ぐらいコンビニにも寄ってない。さらに付け加えて言うと、俺はTmitterをやっていない。
こんな身に覚えのない映像を見せられて俺は言葉も出なかった。なるほど、皆はこの映像を見たから俺を異物を見るような目で見ていたのか。
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1時間目終了のチャイムと同時に校内放送が流れ、俺は校長直々に校長室に呼び出された。もちろん、あの身に覚えのない噂の件で。
「君ぃ!これは、一体どういうつもりなんだね!?」
「いや、実はそれは俺ではなくてですね...」
「とぼけるなぁ!!これはどこからどう見ても君ではないかぁ!!」
完全に聞く耳を持たない70代前半のおじいちゃん校長先生。
しかし、このまま訳のわからない噂を晴らさないまま残りの高校生活を送るなんてことさすがにできない。相手が校長だろうと正々堂々と自分の主張を貫いてみせる。
「では、校長先生。僕がそのTmitterの人物とは別であるということをこの場で証明してみせましょう。」
「ほう...。」
校長が聞く耳を持ってくれた。
「まず、第一にそのツミートは今現在も更新されているんですよね。しかし、僕は今ここにいる。つまり、その画面の人物は僕ではないことがわかります。」
「確かに最終の投稿は5分前だが、しかし、以前撮った動画をさっき投稿した可能性がある。」
なるほど、そう簡単には折れないか。
俺は動揺せずさらに続ける。
「第二にそもそも僕はTmitterのアカウントを持っていないし、アプリをインストールしたこともない。ほら、僕のスマホを見てください。どこにも無いでしょう。」
俺は自分のスマホを校長に手渡して確認してもらった。校長は俺のスマホのホーム画面を隅々まで探してからスマホを俺に返した。
「うむ、確かに見当たらん。だが、ここへ来る前にアンインストールした可能性もある。」
なるほど、このじじぃまだ折れないか。
こうなったら最終手段だ。
「だったらもう家に電話してくださいよ。家には姉がいますから。確認をとってくださいよ。」
というわけで、家に電話することになった。
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『えっ、弟が昨日何をしていたかですか?』
校長はすぐに家に電話した。家には姉の城ヶ岳咲良がいるためすぐに電話に出てくれた。
俺は昨晩はずっと家にいたし、そのことは姉も確認している。もちろん両親も。
『弟は昨日、正午に起床し朝ごはん兼昼ごはんを食べた後、私のわがままを聞いてくれて一緒に映画を見に行きました。そのあとは近くのカフェに寄って1時間ほどおしゃべりをしてから家に帰りました。家に帰ってから弟は今朝登校するまでの間は一度も外出していませんし、家族の誰も外へは出てませんね。』
「なるほど、ありがとうございました。朝早くからすみません。では、失礼いたします。」
姉さんのやつ、事細かに俺の昨日のスケジュールを言いおって。恥ずかしいったらありゃしない。けど、ここまで事細かに説明してくれたらさすがの校長も折れるだろう。しかし、念のためもうひと押ししておく。
「校長、これで僕がTmitterの人物ではないと信じてくれますか。世界には同じ顔をした人間が3人はいるらしいです。なので、僕とそっくりな人間がツミートしているのではないかと思うのです。」
校長は未だに渋い顔をしている。
すると、『ピコンッ』と校長のスマホに通知が届いた。どうやら、俺(偽物)が新たにツミートしたらしい。因みに現在俺は校長の前に立っており、携帯など手には持っていない。
ようやく校長が折れてくれた。
「なるほど、ここまでの証拠があれば確かに君ではないのかもしれん。今回の件は本校の生徒ではないと警察に伝えておくよ。きちんと音声も録音しておいたし、これも警察に証拠品として提出しておくよ。」
「あっ、ありがとうございます。」
とりあえず校長の誤解は解けたので安堵に胸を撫で下ろす。
っていうか裏に警察いたのかよ!しかも、今までの音声を録音してたとか、このじじぃ怖すぎる。
するとここで休み時間終了のチャイムが鳴り、俺は校長室を後にした。
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「ったく、なんでこんなことになってんだ?」
昼休み、俺はいつも通り学校の屋上でぼっち飯を堪能(?)していた。
校長の誤解が解けたとはいえ、未だクラス、いや、全校生徒ほぼ全員の誤解が解けていないため屋上で誰にも見られずご飯を食べるのが一番の安全策だろう。
そんなことを思っていると、屋上のドアを開けて誰かが入ってきた。
「あっ、いたいた。やっぱりここにいたんだ。」
「ん?あぁ、穂乃花か。」
屋上にやってきたのは、家が向いの幼なじみで1年後輩の十六夜 穂乃花だった。生まれつき美しい茶色の髪の毛を肩まで伸ばしている。身長は150cmと少し低めで、童顔をしておりとても可愛らしい。
穂乃花は俺が学校で信頼して喋れる3人のうちの1人目だ。
「お兄ちゃんに変な噂が流れてるけど大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫だ。もともとそんなに人付き合いがいい人間じゃないから、今まで通りに過ごしてるよ。ただ、めんどくさいことになってるのは確かだけど。それより、お前の方こそ俺とあんまり関わらない方がいいんじゃないか?お前は俺と違って友達が多いんだし、その、友達から変な目で見られたり、嫌われたり、いじめられたりしたら嫌だろ?」
「大丈夫だよ!お兄ちゃんいつも言ってるでしょ。『お前は幼なじみなんだから何があっても見捨てたりなんかしない』って、それは私も同じ。だから、お兄ちゃんに何があっても私は見捨てたりなんかしないよ。それに、お兄ちゃんはあんなことする人じゃないことぐらいわかっているから。」
あぁ、なんて良い子なんだ。多くの友達よりも一人の幼なじみの(本日より)学校の問題児の俺を選んでくれるなんて。
俺は味方になってくれる人がいるならどんな困難だって乗り越えられると、そう思える人間なのだ。だから、穂乃花が味方をしてくれるというなら、全校生徒を相手にする覚悟だってできる。
「で、何か心当たりはないの?」
「あるわけないだろ。自分の分身を作る方法なんて知らねぇし、知ってたとしてもこんなめんどくさいことになるならそんなもん使わねぇよ。逆に穂乃花は何か知ってたりするか?」
「いや、全く。そもそもこんな噂が流れているなんて今朝学校に来て初めて知ったんだもん。」
「だよなぁ...。」
俺の偽物は一体何者なのか、そしてどうしてあんなことをするのか。考えても考えても全くわからない。
変な噂のせいで俺の平穏な高校生活が奪われてしまった。
「彩さんの所へいくの?」
「あぁ、そのつもり。あの人なら何か知ってるかも知れないし。」
昼休み終了のチャイムが鳴ったので俺たちは屋上で別れ、それぞれの教室へと帰っていった。
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「こんちは、彩さん。」
「あぁ、大河くん。いらっしゃい。」
ここは学校の図書室。この図書室の先生をしているのが倉井 彩さん。俺の家の近くのアパートに住んでおり、小さいころから色々とお世話になっている。
彼女はカールがかった長い黒髪をしており、目はたれ目で、眼鏡をかけている。身長は165cmで、豊満な胸をしているのが特徴的である。
俺が学校で信頼して喋れる3人のうちの2人目である。
因みに、彩さんはオカルトマニアであり、オカルトなどの類いの本がこの図書室に多くあるという理由で図書室の先生になったらしい。
「彩さんは俺に変な噂が流れているの知ってますか?」
「えぇ、もちろん。大河くんが万引きしたりしているっていう噂でしょ?」
「まぁ、俺に似た偽物なんですけどね。」
「えぇ、わかってるよ。」
彩さんの返答に俺は彩さんの方へ視線を向けた。
彩さんは図書室を歩き回り、図書室の一番奥にある古そうな本棚まで歩いていった。俺の足は無意識に彩さんの後をつけていた。
彩さんはとある分厚い本を本棚から取り出し、こう言った。
「大河くんはドッペルゲンガーって知ってるかな?」
「はい、自分と同じ姿をした存在ってやつですよね。確かにその説は頭には浮かびましたが、さすがにあり得ないと思ったのですが。」
俺の言葉を聞き少し俯いた後、彩さんは眼鏡に手をかけ俺の方を向いて、
「幽霊、妖怪、怪物、そういった類いのものを皆は『あり得ない』だとか『絶対にない』って言うよね。でも、それはその本人が見たことが無いだけで実は世界のどこかに存在しているのかもしれない。つまりは、この世の中には『絶対にあり得ない』なんて物はほとんど存在しないのだよ。存在しないのではなくて、まだ見つかっていないだけ。だから、如何なる現象も起こりうる、先生はそう思っているんだ。」
そう言うと彼女はニコッと笑った。
さらに続ける。
「私は、未だ見つかっていない存在を『物怪』と呼び、物怪が引き起こす現象を『不祥事』と呼んでいるの!」
彩さんはとても嬉しそうに話してくれた。
なるほど、如何なる現象も起こり得るか。この不可解な現象も彩さんが呼ぶ物怪が引き起こしているのかもしれない。
「彩さん、ドッペルゲンガーについて詳しく教えてください。」
俺はドッペルゲンガーについて色々と学ぶことにした。
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「おっ、大河じゃん!また図書室か?」
「ん?あぁ、大翔か。そうだよ、また彩さんのところ。お前は今部活終わったのか?」
図書室から出てきた俺に話しかけてきたのは小学校からの付き合いである親友の小鳥遊 大翔。俺が学校で信頼して喋れる3人のうちの3人目である。
こいつの性格は俺とは正反対で明るく、友達も多いようなやつだ。部活はサッカー部に所属しており、どうやら部活が終わって今から帰るらしい。
図書室は遮光カーテンを閉めていたため気が付かなかったが時刻は17時過ぎ、空が橙色に染められ始めていた。
「なぁ、久しぶりに一緒に帰ろうぜ。」
「まぁ、俺は別にいいけど、お前は大丈夫なのか?変な噂が流れてたった1日で問題児になった俺と一緒にいて。お前は俺とは違って友達も多いだろ?周りの目とか気にならないか?」
「何を水臭いこと言ってんだよ。俺とお前の仲じゃねぇか。例えお前がどんな悪人だろうと俺はお前の味方だよ。」
「なんだ、噂は信じてるんだ。」
「冗談だって、俺があんな噂信じるわけないだろ?それにお前がそんなことする勇気が無いことぐらいわかってるって。」
「うわ~、最後の一言余計だってことわからないかな~。」
俺の精神が少し不安定でいることを悟っているのかいないのかはわからないが、大翔は普段より多く減らず口を叩いてくる。
まぁ、お陰様で少しは気持ちが楽になった気がする。絶対に本人には言わないけど。
「なぁ、お前って彩ちゃんのこと好きなのか?」
「はぁ?なんで?」
突然、大翔がそんなことを聞いてきた。
「いやだって、お前ちょくちょく彩ちゃんの所に行くじゃん。だからそうなのかなって。」
「お前の言う『好き』っていうのが友情的なものなのか、あるいは恋愛感情的なものなのか、文脈から捉えるにおそらく後者なのだろうな。その質問の答えはNOだ。彩さんに対する恋愛感情はないかな。」
「じゃあ、お前は彩ちゃんのことどう思っているんだ?」
どう思っているかねぇ...。そう言われると答えるのが難しい。確かに彩さんに対する気持ちはたくさんある。しかし、このたくさんの感情を一言にまとめるとなると...。
「なんでも相談できる頼もしい年上のお姉さんみたいな感じかな。」
「お前には咲良さんという実の姉がいるじゃん。」
「あれは頼りにならねぇよ。」
校長室での電話で少しでてきた俺の姉の咲良。あのときはきちんとした誠実な女性みたいな感じに描写されていたが、あれは取り繕った仮の姿。家では弟の俺にかまって欲しがりなブラコンなのである。
非常にめんどくさいし、あれは本当に頼りにならん。
「恋はいいぜ、何せ若々しく居られる気がするからさ。」
「中学の時、恋の病を煩って疲れはて、爺さんみたいになってたやつが言うような台詞かそれ?」
「めちゃめちゃ正論言うのやめて!」
他愛ない会話を交わしながら俺たちは家へ帰っていった。
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「ドッペルゲンガーねぇ...。」
俺はお風呂に入りながら、今日彩さんから聞いたドッペルゲンガーの話を思い出していた。
『ドッペルゲンガーっていうのは、肉体と魂が分離し、魂が可視化、実物化したものだと言われていて、ドッペルゲンガーが現れるのは、その本人の死の前兆を意味すると言われているの。』
「もう既に社会的に死んでるっての。」
入浴中の俺は呆れたような口調でそう呟いた。
『ドッペルゲンガーは本体の脳に強く記憶に残っている場所に現れるらしいの。人間というのは負の感情を覚えた時に記憶に残りやすいから、負の感情を覚えた場所にドッペルゲンガーが現れやすい。
また、ドッペルゲンガーには意志がなく、ドッペルゲンガーの原動力になっているのは、本体の欲望。その欲望を果たすためにドッペルゲンガーは行動しているのよ。』
「確かに、今日見たあの映像。あそこのコンビニでは最近トラブルに巻き込まれたりしたな。万引きしたいっていう欲望は無いけど...。他にもどんなツミートがされているのか気になるな。後で穂乃花の所に行くか。」
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「はい、これがそのTmitterアカウントだよ。」
「ありがとう。こんな夜遅くにごめんな。」
「いいの、いいの、これでお兄ちゃんの汚名が1秒でも早く晴れるのなら。」
「俺の汚名じゃねぇ...。」
俺は、お風呂からあがるとすぐに着替えて向かいの穂乃花の家を訪れた。突然の俺の訪問に穂乃花は驚いていたが、事情を伝えると快く家にあがらせてくれた。
約5年ぶりに入る穂乃花の部屋。当時からほとんど変わっていない。
『路地裏でヤンキーを全滅させた』
確かに以前この路地裏でヤンキーに絡まれた事があった。ドッペルゲンガーが復讐したというのだろうか。
『富士山の山頂からの朝日!最高(*≧∀≦*)!!』
確かに小さい頃家族で富士山を登った事がある。あのときの記憶は今でも鮮明に覚えているが。
「ありがとう。助かったよ。」
「えっ?もういいの?」
「あぁ、これで彩さんの説がかなり有力になった。」
「なら良かった。早く汚名が晴れるといいね。」
「だから俺の汚名じゃねぇって。お前、わかって言ってるんだよな?」
そう言うと穂乃花は「エヘヘ」と笑った。穂乃花なりに俺を励まそうとしているのか、そんなつもりはなく素なのか、どっちなのかはわからないが味方になってくれる人がいるというだけで心強い。
俺は穂乃花の家からお暇するとすぐに自分の家へ帰りベッドに潜って眠った。
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「彩さん、物怪のことを詳しく教えてください。」
翌日の放課後、俺はまた彩さんがいる図書室を訪れていた。俺の偽物がドッペルゲンガーだと仮定するなら、物怪についてもそれなりに知識がないといけないと思ったからだ。
「おっ!大河くんもオカルトに目覚めたのかい?快く大河くんにオカルトを伝授するよ!今から軽く3時間ぐらいかかるけどいいかな?」
「よくないです。サクッと手短にお願いします。」
「ムゥ...。」
彩さんは少し頬を膨らませてこちらを見てくる。なんだか少しだけがっかりしているようにも見えるが、「フゥ」と一息つくと、
「わかったよ、手短にかつ濃厚に物怪について伝授してあげよう!」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、かわいい教え子のためだもんね!」
すぐに元気を取り戻し、承諾してくれた。
「そもそも、物怪というのは霊体で触ることができず、また不可視な存在なの。でも、そんな物怪を可視化できる方法が1つだけあるの。それが『取り憑く』という行為、言い方を変えると『心に寄生する』みたいな感じかな。」
「心に寄生する...。」
「そう、心に寄生して体を乗っ取るみたいな。それも負の感情を抱いている人、つまり精神的に不安定になっている人にほど取り憑きやすいの。だから、物怪は負の感情を抱く人に集まってくる。そして、取り憑くかわりにその人の願いを1つだけ叶えてくれる。それによって引き起こされる現象が、」
「不祥事...?」
「せいか~い!でも、その願いというのはほとんどが思わぬ形で叶えられるの。厳密に言うならその思わぬ形で叶った願いというのが不祥事なの。今回の場合は、ドッペルゲンガーの出現が不祥事で、ドッペルゲンガーが可視化された物怪ということになる。」
「なるほど...。でも俺、そんなお願いした覚えがないんですが...。」
「本当に~?知らない間に『ドッペルゲンガーがいたらなぁ』とか願ったんじゃないの?」
「こんな面倒なことになるのにそんなこと願うわけ...。」
ここまで言った瞬間、俺の脳裏にある日の出来事が過った。
それはつい数日前のこと、バイト先の店長が俺がテスト期間中だということを忘れて俺をバイトに入れてしまったのだ。俺は頼んで2時間であがらせてもらえることになった。が、なんとその日に限って客が多かったのだ。普段は客が少ないため少ない人数で店を回しており、その日もバイトは俺を含め3人しかいなかった。だが、客が多くなってしまったためこの人数じゃ店が回せないということで結局2時間では帰れなかった。テスト勉強とバイトが忙しく苛立っていた俺は店のバックヤードでこんなことを言ったのだ。
「『自分がもう一人いたらなぁ』って。」
「間違いなくそれだね。その言葉がドッペルゲンガーを生み出した。」
彩さんは腕を組み、なんだかいきいきした様子で「うんうん」と頷いている。全く、他人事だと思って。
しかし、なぜドッペルゲンガーが生まれたのかということがわかった。ならばやることはひとつだけ。
「彩さん、俺はこれからどうすればいい?」
「どうするって?」
「どうすればドッペルゲンガーを止められる?」
そう聞いたとたん、彩さんの表情が少し曇ったのを俺は見逃さなかった。
対処法なんてないのか?そんなことを考えていると、彩さんが言葉を放った。
「ドッペルゲンガーを止められるのは本体である大河くんだけなの。そうだねぇ、どうすれば...。私から言えるのはドッペルゲンガーとぶつかってこいってことぐらいかなぁ。」
「えっ!?でも、ドッペルゲンガーに出会ったらその人は死ぬんじゃ...」
「死ぬ前に倒せばいい。可視化した物怪は霊体じゃないから触れることができるよ!」
「そんな簡単に言われても...。」
ドッペルゲンガーを倒す。本当にそんなことができるのか?そもそもドッペルゲンガーはどこにいるのか?そんなことを考えている間にもドッペルゲンガーがまた何かしてるかもしれない。いろんな思考が俺の頭の中で渦巻いている。
「なんだか一気に疲れてきた...。」
「んっ?風邪?」
「違います。今日はこれで失礼しますね。」
そういうと俺は立ち上がり、そのまま図書室から出ていった。帰り際に彩さんを見ると、オカルトのことを思う存分話せたのがよほど嬉しかったのか満面の笑みを浮かべて手を振ってくれていた。
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その日の夜、誰かが俺の家のインターホンを押した。それも1回や2回ではなく切羽詰まっているのか数十回も押しているのだ。
「はいはい、そんなに鳴らさなくても今出ますよ~...、って穂乃花!?どうしたんだ、こんな夜遅くに」
ドアを開けるとそこにはかなり慌てた様子の穂乃花がいた。
「お兄ちゃん、これ見て!これ、お兄ちゃんのバイト先の店だよね!」
穂乃花が自分の携帯の画面を俺に見せてくる。俺は携帯を手に取りよく見てみた。
「───ッ!?おい、これ、どういうつもりだ!?」
それはドッペルゲンガーのTmitterのアカウントだった。そこにはこんなツミートが投稿されていた。
『本日1:00にこのファミレスを爆破する\(^o^)/』
ここで、昨日の彩さんの言葉を思い出した。
『ドッペルゲンガーは本体の脳に強く記憶に残っている場所に現れる。』
『人間というのは負の感情を覚えた時に記憶に残りやすい』
そういえば前にバイト先で酔った客に食い逃げをされたことがあった。あれには温厚な俺もさすがに憤りを覚えた。だからといって爆破なんて。いくらなんでも無茶苦茶すぎる。俺はあの店が大好きなのに。バイト仲間もいるし、ちょっと困った所がある店長もいる。あそこは家の次に居心地のいい場所なんだ。だから爆破なんてされてたまるか。
「彩さんの家に行ってくる!」
「わっ、私も行く!」
俺たちは彩さんの家に向かうことにした。
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「彩さん!!いますか!?彩さぁん!!!!」
俺は彩さんの住んでいる近所のアパートの204号室にやって来た。なぜ彩さんが4という不吉な数字の部屋に住んでいるのかというと、言わなくてもわかると思うが彼女がオカルトマニアだからだ。今はそんなことどうでもいい。
俺は拳が痛くなるほど部屋のドアを叩き、彩さんの名前を喉が潰れるほど大声を出して呼んだ。
すると、「はいは~い」という声と共に足音が近づいてくる。そして、部屋のドアが開いた。そこには「どうしたの?」と言いたげな顔をしたジャージを着たラフな格好の彩さんがいた。
「これ見てください!やつがついに動き出したんです!!どうしたらいいですか!?」
俺はあのツミートがされた画面を彩さんに見せた。
「ん~、どうすればいいって言われても、ついさっき言ったからなぁ~。あっ、1つアドバイスしてあげるね。ドッペルゲンガーに負けたらそれは死を意味するからね。」
「それアドバイスじゃなくてビビらせにきてるじゃないですか!!彩さん!自転車借りますね!」
俺はここに来るだけ無駄だったと心の中で思いながらアパートの階段を急いで降りていった。
「わっ、私も...。」
「ダメよ。これは大河くんの問題なの。私たちがどうこうできるわけじゃないの。ついて行っても邪魔になるだけ。私たちはここで大河くんの無事を祈って待ちましょ。」
「わかりました...。」
彩さんに止められた穂乃花は少し俯き了解した。
そんなやり取りが行われているなんてつゆ知らず、俺は全力で自転車を漕いでいた。
現在時刻は0:15。バイト先まではこのスピードで行けば10分ほどで着くだろう。
口の中が血の味がするだの、汗が目に入って痛いだの、そんなこと言っている場合ではない。俺はただひたすらに自転車を漕ぐ。もちろん急いでいるとはいえ信号は守っている。
なんていろんなことを考えているからバイト先の店の前で盛大に転んでしまうのだ。
「いってぇ~。結構痛いな、これ。」
砂を払って、横倒しになった自転車を持ち上げようとした瞬間、誰かに見られているような不気味な感覚を覚えた。俺は恐る恐る顔を上げてみた。
「───ッ!?」
俺は見た瞬間に何者か悟った。俺の目の前、ファミレスの前に立っている人物が誰なのか。そう、それは俺自身だった。
俺は自分の目を疑った。だから目を擦ってもう一度見てみることにした。するとドッペルゲンガーはいなくなっていた。否、いなくなったのではない、この刹那の間に距離を詰められたのだ。
「ぐはぁっ!!?」
腹部に何かが勢いよく突撃してきたような激痛が走った。あぁ、殴られたんだ。そんな思考が追い付く前に今度は背中に激痛が走る。電柱に激しくぶつかったのだ。意識が朦朧とし、視界がぼやけている。
体内から何かが込み上げてくる。俺はそれを思いっきりぶちまけた。血だ。真っ赤な俺の血だ。
偽物の殺意に満ちた紅色の双眸は本体に向けられている。これに勝てというのか?無理だ!いくらなんでも強すぎる!ただの化け物じゃないか!その通りただの化け物なんだけれども。
俺は力を振り絞り走って逃げた。が、その圧倒的なスピードですぐに追いつかた。そして頭を掴まれ、そのままアスファルトの地面に思いっきり押し付けられた。頭蓋骨が軋むような痛みに襲われる。ドッペルゲンガーが俺の頭を抑えている手と逆の方の腕を振り上げた。
そこで俺は悟った。
「あぁ...、俺...死んだな...。」
『────────ッ』
何かが斬れる音がした。痛みはない。俺の神経が死んでいるのか?いや、違う。俺はぼやける目を必死に凝らして見てみた。
そこには刀を持った女性と腕を斬られたドッペルゲンガーがいた。斬られた腕からは漆黒の影のようなものが勢いよく噴き出ている。
どうやら俺はこの女性に助けられたらしい。
「あの...あなたは...?」
「あなた!生身の人間が物怪に立ち向かおうだなんて、何を考えているの!?馬鹿なの!?とにかくここは私が引き受けるからあなたは物影で安静にしておきなさい!話は後よ!」
「はっ...はい...。」
俺は言われた通り静かな場所で安静にしていた。全くいろいろと滅茶苦茶だ。事がどんどん展開していく。本当にこんなの夢であってほしいよ。
──────────────────
「よかった、目が覚めたのね。安静にしてなさいとはいったけど、寝ろとは言ってないよ?」
気付いた時には辺りは夜中の静けさが漂っていた。そして、目の前にはさっきの女性がいる。あれからどうなったのだろうか。
「ドッペルゲンガーはどうなったんですか?」
「あれは私が倒しておいたわ。物怪は人間をはるかに上回る力を持っているの。あと少し私が来るのが遅かったら完全に君は死んでいたね。」
なるほど、俺はこの女性に助けられたのか。命を救われたのだ、感謝しなければ。それにしてもあんな化け物を倒してしまうなんてこの女性は一体何者なのだろうか?
「ありがとうございます。俺の名前は城ヶ岳 大河です。あなたは?」
「私はムラマサ。あれと同じ物怪よ。刀で斬られて死んだ武士の怨霊が集まって生れた物怪なの。ほら、妖刀『村正』って聞いたことのない?」
「あぁ、確かにゲームとか漫画とかでよく聞くかも。」
ムラマサかぁ、確かに日本刀らしき剣を持っている。ん?物怪って言ったよな?なんで俺はこの人いや、この霊が見えているんだ?物怪は不可視な存在であるはずなのに。
「なんで俺はムラマサが見えるんだ?」
「それは、私が上位の物怪だからだよ。私ぐらいの物怪になると自在に可視化、不可視化できるんだよ。」
ん?なにそれ?なんか面倒くさいことになってきた気がする。物怪に上位、下位とかあるんだ。これ以上関わるといよいよ面倒くさくなってくる気がしたので「本当にありがとうございました。」と言って軽く一礼した後、振り向いてこの場を立ち去ろうとすると、ムラマサは俺の行く手に回ってきて人さし指を立ててこう言った。
「私に提案があるの。私があなたの守護霊として取り憑いてあげる!」
「いえ、結構です。では。」
ほら、面倒くさいことになった。
俺は目を反らして立ち去ろうとする。が、ムラマサもまだ諦めていないらしく、
「物怪に関わった人間はそれ以降他の人間より不祥事に巻き込まれる可能性が高いの。そこで、私が守護霊として取り憑くことで不祥事に対して耐性がついて、不祥事の影響が半減するの。」
「────....。」
今ムラマサが言ったことが本当ならば俺の平穏な高校生活は恐らくやってこないだろう。不祥事の影響が少しでもマシになるなら、この提案を受け入れてもいいのではないだろうか。
「わかったよ。その提案を受け入れることにするよ。でも、俺に取り憑いてもムラマサには得が無い気がするんだけど?」
「それには私なりの事情があるの。面倒なことには関わりたくないんでしょ。だから、これ以上は踏み込まない方がいいと思うよ。」
少し謎な部分があるが、こうしてムラマサは俺の守護霊として取り憑くことになった。取り憑かれたことでどんな耐性がつくのかは本人もその時になってみないとわからないらしい。
ちなみに、ムラマサは俺以外の人間には姿が見えないようにしてくれるらしい。
主人公にしか見えない美少女。俗に言う『主人公補正』というやつだ。
──────────────────
「ただいま~。」
「おかえり~。生きてたか。」
「あっ、お兄ちゃん!おかえり!どこも変な所はない?」
「あぁ、俺は平気だよ。それより彩さんのその言い方、俺が死んだ方がよかったみたいに聞こえるんですけど。」
そう言うと彩さんは少し笑い「悪い悪い、冗談だよ。」と言った。
穂乃花には平気だと言ったが、平気なわけがない。あんなに痛い思いをしたのだ。が、ムラマサによると物怪によって負った傷や損害は物怪を倒すと全て元通りになるらしい。不祥事よって広まった噂も綺麗さっぱり無くなるのだとか。
すると彩さんが真剣な顔をして俺を寝室に呼び出した。
「ここで彩さんはいつも寝てるんですね~。で、俺を呼び出して何をするんです?夜の営みですか?」
「それは大河くんがもう少し大人になったらね。この家、1LKだから仕方なくここに呼び出しただけ。」
「もう少し大人になったらしてくれるんですか?」
「バカなこと言ってないでそこに座って。」
俺は彩さんが指差した座布団に座った。
彩さんは今も真剣な表情をしている。静寂が漂う空気を彩さんの言葉が切り裂いた。
「ねぇ、その子は誰なの?」
「───ッ!?」
彩さんのいう『その子』というのは誰なのか。いや、聞かなくてもわかる。彩さんは俺の後方、ムラマサの方を指差してそう言ったのだ。「俺以外の人間には見えないのじゃなかったのか?」そんなことを思っていると、彩さんが再び口を開いた。
「私、昔から霊感があるから何となく嫌な感じがするなっていうのがあるんだよね。大河くん、何かあった?」
そう聞かれると俺は少し俯き、唇を軽く噛んだ。ムラマサのことを話すべきなのかとか、どこから話せばいいのだろうとか、そんなことを考えていたのではない。いや、少しは考えていたけど。ただそれよりも、一瞬でムラマサの存在に気付いた彩さんに驚き、同時に隠し事をしてもこの人はすぐに見抜いてくるんだという恐怖を感じたため、すぐには言葉が出てこなかったのだ。
まぁ、だからといって彩さんに何か隠し事をすることはないだろうし、むしろ相談にのってもらうつもりでいるから、今の関係が変わるということはないだろう。
俺は顔を上げ、彩さんの目を見て言った。
「この状況から逃れるための言葉が見つからなかったので全て話しますね。」
俺はさっきあった出来事を包み隠さず全て話した。ドッペルゲンガーに殺されかけたこと、ムラマサに助けてもらったこと、そしてムラマサが守護霊として俺に取り憑いていることを。
彩さんはこんな誰も信じるはずのない馬鹿げた話を真剣に聞いてくれた。俺が話し終えると彩さんは「うんうん」と頷き、
「まぁ、いいんじゃない?こうやって身近にオカルト現象が起こるならオカルトマニアの私としては大歓迎だしね。」
「そんな他人事みたいに楽しまないでください。俺は今回の件でもうお腹いっぱいなんですから。」
その後、俺と穂乃花は彩さんに車で家まで送ってもらい、それぞれの家に帰っていった。翌日、急遽全校集会が開かれ、あのTmitterのアカウント主が俺ではないということを校長から直々に全校生徒に伝えられた。さらに、あのアカウントはドッペルゲンガーが消えた時間に削除されていた。ドッペルゲンガーが上げた動画が他のSNSに拡散されていたのだが、そういった動画も全て完全に消滅していた。まるで、ドッペルゲンガーが存在していなかったかのように。そうして、俺の平穏な高校生活が戻ってきたのだ。
妖怪、怪物、化け物、幽霊。こういった類いのものは存在していないのではなく、まだその人が見たことがないだけである。あの日彩さんが言った言葉が今日も脳内に蘇る。
もしかしたらあなたのすぐ近くにも物怪がいるのかもしれない。
(続)
最後まで読んでいただきありがとうございます! 覚醒龍神です。
少しでも楽しんでいただけたら光栄です。
あと、1つ言っておきたいことがありまして、作中に出てきた『Tmitter』。あれは現実に存在する某SNSと名前が似たまた別のあの世界線に存在するSNSです。ツ○ッターではありません、ツミッターです。(必死)
これからも頑張っていくのでどうぞよろしくお願いします。