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第08話 終わりの村と始まりの洞窟

キョウがこの世界に来る、少しだけ前のお話です。


「急げ!奥に詰めろ!」

「怪我人が!まだ外に!」

「誰か!こっちを手伝ってくれ!!」


怒号や悲鳴、助けを求める声が洞窟内に木霊する。

平和な村で暮らしていた16歳の少女であるメルナ=シュロップは、目の前の惨事に茫然と立ちすくむ。


「メルナ!この子をお願い!」

「え…わ、わかったわ!」


声をかけられ我に返る。

運ばれてきたのは小さな男の子だ。

肩から肘にかけて大きな切り傷が出来ており、出血が多い。


「いたい…いたいよ…!」

「大丈夫!今助けるから!」


メルナは急いで杖を構え魔力を込める。

流れ出る血が止まり、傷口が塞がっていく。


「よかった、間に合った…!」


男の子の怪我は、傷跡を残して治癒することができた。

彼女の魔法に限らず、治癒魔法とは本人のもつ治癒力を促進する魔法である。


今回のような怪我でも、傷口が腐ってしまっては治すことができない。

故に、彼女では手の施しようが無い怪我人もいる。


「もう、手遅れだ…。」

「そんな…!」


傷口が深く、治癒を受ける間もなく力尽きた男性の瞼を、初老の男性が静かに閉じる。

横で女性が泣き崩れた。


「(あれは、鍛冶屋の…。)」


メルナは、住人が百人にも満たない小さな村に住んでいた。

村人全員が顔見知りであり、大切な仲間である。

そして、幼い頃に父母を亡くしたメルナとククルの家族でもあった。


「これで…何人目なの…。」


メルナは杖を強く握りしめる。

怪異が跋扈するこの世界では、人が命を落とすことは珍しくない。


しかし今日はあまりにも傷付く人が多かった。

魔王のテリトリーからは、魔影が休むことなく繰り出してくる。


小さな村に対抗する術などない。

メルナは、今にも弱音を吐きたくなるところを堪える。


「お姉ちゃん、大丈夫…?」


ククルがメルナの隣にしゃがみ込み、心配そうにけが人を見つめている。

ククルは歳が一つしか離れてないが、生まれつき身体が弱く病気がちだ。

メルナは村唯一の治癒魔法使いであり、弟を守れるのは彼女しかいなかった。


「あたしは大丈夫よ。ククルは避難する人たちを手伝って…!」

「わかった!」


ククルは立ち上がると、小走りで人々の中へ消えていった。

両親亡き今、弟の手を引いて生き抜くためには弱音など吐いていられない。


「あたしに、もっと力があれば…。」


メルナは、無力な自分を恨む。

滅びゆく村の少女は、洞の暗闇で肩を落とした。



* * * * * * *



「少しは落ち着いたか…?ほら、水でも飲め。」

「あ…、ありがとうございます…。」


住民の避難が終わり、メルナの治癒もひと段落ついた。

避難できた住民は二十人くらいしかいない。

もはや洞の外に生存者がいるのは絶望的だった。


落ち込むメルナに、村長の息子であるドルトが水を差し出す。

村長の姿はこの洞にはない。

村一番の年長者である村長は、住民を一人でも多く避難させるため、最後まで村まで残ったのだった。


「ドルトさんこそ、大丈夫なんですか…?」

「俺の心配なんざ無用だ。こんなことで心が折れちゃ、親父にぶん殴られちまう。」


ドルトは気丈に振る舞う。


「それに、今この村を預かっているのは俺だからな。」

「村の人たちは…?」

「ああ、今は落ち着いている。魔影もいなくなったし、しばらくは大丈夫だろう。」


大丈夫だろう、と言う彼の表情は曇っている。

ここにいられる時間もそう長くないことはメルナにもわかった。


お前の弟さん(ククル)がこの洞を見つけてなきゃあ、今頃みんなお陀仏だからな。」


ドルトは、避難した住民たちを見渡しながら言った。


メルナ達村人の住民が避難したこの洞は、ククルが発見した彼の秘密基地であった。

彼は体が弱い代わりに探求者の才能に恵まれており、この洞も偶然彼が見つけたものだ。


その上、洞にはヒカリゴケが自生していた。

なかなかお目にかかれないヒカリゴケを発見したククルは、この洞を第二の拠点とし、様々な生活物資を持ち込んでいた。


おかげである程度の食料品は確保できているものの、避難民が生活するには心許ない量だった。


「お姉ちゃん、これ…食べる?」


ククルは、彼の木箱から干した木の実を取り出してメルナに差し出す。


「ククル…大丈夫よ、あなたが食べなさい。」

「ほんと…!ありがとう!」


メルナは治癒魔法で魔力を消費し消耗していたが、弟のために譲った。

嬉しそうに干した木の実を食べるククルに、ドルトが話しかける。


「ククル、おめぇの木箱に入った道具だが、俺が使ってもいいか?」

「うん、いいよ。何に使うの?」

「いや…ちょっとな、避難の記録(・・)を残さなきゃと思ってな。村の今と、未来を担うのはこの俺だからな。村の伝記に残すんだ。」


がはは、とドルトは笑う。

メルナは、その記録はここにはいない他の誰か(・・・・)のために残すのだと察する。

この近くに村があり、自分たちが生きていたという証をこの洞に刻むのだ。


「ここからは…出られないんでしょうか…。」

「わからねぇな。ダンジョンが消えてくれりゃあ無事に避難できるんだがなぁ…。」


ダンジョンが消えればテリトリーも消え、再び平和が訪れる。

しかし、ここにある食料が尽きるまでにダンジョンが消える可能性など、考えるだけ無駄であった。


「あるいは、みんなで洞を出てテリトリーから脱出する…」

「バカ言っちゃいけねぇ、外はじきに魔影と魔物だらけになる。今の俺たちじゃ、奴らのエサにしかならねぇよ。」

「でも…」

「勘違いすんな、俺たちはまだ希望を捨てちゃいけねぇ。お前さんも、弟さんを守るんだろ?」


ドルトはメルナの言葉を遮るとククルの方を向いた。

今ここにいる住民がパニックを起こさずにいられるのは、守る人がおり、希望を持っているからだろう。


「希望…。」


メルナは小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。



* * * * * * *



「おい!光玉はないか!?」

「さっき全部使い切っちまった!魔影はなんとか追い払ったが、次はないぞ!」


洞の入口で見張りをしていた村の男性が降りてきた。

ここに避難してから既に十日以上が経ち、食料も底をつき始めている。

一方で、魔影に有効な光玉は既に全部使い切ったようだった。


光玉は、火で熱すると強い光を発する石に木の皮と導線を付けた道具である。

原料となる石が貴重なため、小さな村では非常用に数個用意されているだけであった


「あたしに、光魔法が使えたらな…。」


メルナは、松明の光に当てられた杖を見つめた。


光魔法をはじめとする属性付きの魔法は、高度な魔法適性と膨大な魔力を必要とする。

人類が治める『地ノ國』において、属性付きの魔法使いは数えるほどしかいない。

尤も、魔力量は小さくともメルナのような治癒魔法や支援魔法の使い手は珍しくはない。


人類は魔法適性が貧弱であり、この世界の知的生命体の中でも最弱の種族である。

故に『地ノ國』は最も小さい領土を持つ国だったが、代わりに魔王の侵略の影響が遅いというのは皮肉であった。


「(そう言えば、ヒカリゴケの変異種は衝撃を受けると強い光を発するって、お母さんが言ってたっけ…。)」


同じく治癒魔法使いであった母の言葉を思い出し、メルナは洞の壁に自生するヒカリゴケを見る。


「(変異種が見つかれば、光玉が作れるかもしれない。)」


ただでさえ貴重なヒカリゴケの、それも変異種が見つかる可能性など皆無に等しい。

だが、メルナたちが一日でも長く生き延びるためにはその可能性に掛けるしかない。


テリトリーの中で強い光に当てられた魔影は(コア)を守る体勢になり、やがては撤退する。

ヒカリゴケの変異種を使った光玉でも、対魔影に効果はあるはずだ。


「(この洞の奥に進んでみよう。)」


メルナは、村人たちの目を盗み洞の奥へ足を踏み入れた。

ドルトは危険だから立入禁止だと言っていたが、彼女に迷いはない。


「…よし、と。」


メルナは、残り少ない水と食料を持って立ち上がる。

彼女は誰にも悟られることなく、暗闇へと姿を消した。


一章の終わりまで大まかなプロットはできています。

書き出すのが思ったより大変ですね…。

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