第05話 晴れた空と曇る未来
「キョウ!光を!」
「おう!」
キョウは、再び現れた二体の魔影にLEDの白い光を浴びせる。
ティエラに教えられた通り、光に照らされた魔影は核がハッキリと浮き出ていた。
彼女は光源を背に走り出すと、短刀を操りあっという間に魔影を消滅させた。
「しかしすごいな、ティエラは…。」
「お褒めに預かり光栄ね。」
ティエラはドレスの裾を直すと、短刀を鞘に収めた。
「(それに引き換え俺は…。)」
威勢よく返事をしたものの、これまでの戦闘でキョウはただライトを持っていただけだった。
傍から見れば間抜けに映ることだろう。
「何もできなくてごめんな…。」
「気にしないで。キョウがいなかったら私だって、今頃こんな魔影にやられているもの。」
彼女は、足元の砕け散ったコアを見つめた。
天人は魔法の適性こそ無いものの、人類の何倍もの筋力や体力があるのだとティエラは言った。
ティエラをはじめとする天人の王族は、『天ノ國』の中でも特に強力な血筋だった。
「それでも、天人と言えど傷は痛むし、不死身でもない。病気への耐性は人類とそう変わらないわ。」
命なんて等しく儚いものよ、と彼女は笑った。
* * * * * * *
キョウとティエラは、川の上流に向かって歩いていた。
ティエラのおかげで下流にダンジョンが存在することがわかり、逆方向に向かえばテリトリーから脱出できることが判明したからだ。
「あれ…おかしいな…?」
「さっきから何をしているのよ、キョウ。」
怪訝な顔でティエラはキョウを見る。
ティエラは体力も回復し、声に元気が戻っている。
魔法使いの同行者が現れたおかげで希望を持ったことも大きいのだが、キョウは知らない。
「いや、魔法の練習をしようと思って色々出そうとしているんだが、手元が微かに光るだけで何も出てこないんだ。」
「あぁー、もしかしたら『魔力』が足りないのかもね。」
「魔力?」
ティエラは頷いて続ける。
「『魔素』が生物の体に蓄えられたものを『魔力』と言うのよ。消費することで様々な術を使えるの。」
「なるほど、魔幻師の場合、体内の魔力をモノに具現化しているから、魔力が尽きると何もできなくなってしまうわけか。」
「そうよ。魔幻師の能力だと、具現化したモノの重さに応じて魔力が消費されるの。もし使い切っても時間が経てば魔力が戻るから安心して。」
「そういうことか…。」
重ければ重いほど、魔力の消費量も増える仕組みだった。
キョウはこれまで具現化したモノを思い出す。
「(『LEDライト』に『洗面器』…あれ?)」
キョウは一つの事実に行きつく。
「魔力量が圧倒的に少ない…。」
ライトは特別重かったが、これまで具現化したものを合わせてもせいぜい1kg程度だ。
魔幻師は便利な魔法だと思っていたが、たったこれだけのモノしか具現化できないとなるとかなり行動が制限される。
「心配しなくても、蓄えられる魔力量は増やすことができるわ。でも…」
「何かあるのか?」
ティエラは言いづらそうにして続ける。
「魔法使いは、自分の力で倒した生物の魔力量に応じて蓄えられる魔力量が増えるのよ。だからキョウの場合、具現化させた道具を使って魔物や怪異を倒さなければいけないの。」
「具現化させたもの…ライトや洗面器で…?」
キョウは項垂れる。
ティエラのような高い身体能力があるならまだしも、剣があってもイノシシにすら勝てるか怪しい。
異世界に来たとは言え、その身体はさっきまで日本にいた普通の男子高校生そのものだった。
「…魔幻師は、魔法使いの中でも珍しい特性なのよ!自信を持っていいわ!」
ティエラは焦ったようにキョウをフォローする。
珍しいと言われても、森を歩いて動物にやられましたで終わってしまっては意味がない。
「みんな、どうやって戦っているんだ?」
「…人類はもともと魔法特性も貧弱だし、身体も脆いわ。魔力量を増やすのにも大きな危険が伴うから、多い人もほんの一握りよ。皆、身を寄せ合って暮らしているの。」
「世界では最弱の種族、というわけか…。」
他にどんな種族がいるかはわからないが、元居た世界においても人類は生物的には強い存在ではなかった。
高度に発達した知識と技術があって初めて繁栄したのだ。
この世界には、天人のような知的生命体が別個に存在する。
故に、人類にとっては非常に厳しい環境と言える。
「もともと戦いに向いた種族ではない、っていうわけか。」
「そうよ。だから魔幻師の殆どは、商人や職人になるのよ。腕がいいと国に雇われることもあるみたいだけど。」
具現化したモノは魔力で構成されているため、最終的には魔素に還元される。
その性質を利用し、一時的な道具の貸出や戦争時に武具を生産することで活躍する。
「魔幻師は人数が少ないから、詐欺師として名を挙げる人も多いわ。それ故に偏見を持つ人も多いのだけど…。」
ティエラは苦笑いしながら言った。
「(これは相当厳しい状況だな…。紗希を救うつもりでこの世界に来たのに、このままでは明日にでも死にかねないぞ…。)」
キョウは頭を抱える。
妹の安否を心配しているうちに自分があっさり死んでしまいそうだ。
何とかして、生きていく術を身につけなくてはならなかった。
「しかし、ティエラはどうしてそんな魔法に詳しいんだ?天人は魔法が使えないって言ってたよな?」
「それは…、小さい頃はだれでも憧れを持つし…。」
恥ずかしそうに顔を背けた。
なるほど、魔法の練習使いは誰でも憧れるのだな、とキョウは思う。
「それに、昔は『翠ノ國』で学生をしていて、魔法使いの友人もいたのよ。周りに魔幻師はいなかったけどね。」
『翠ノ國』は獣人の国よ、とティエラは付け加えた。
「学生…、学校もあるのか。そう言えば、ティエラは今何歳なんだ?」
「私は16歳になるわ。キョウは?」
「今年で17歳になるよ。」
「あら、1歳差なのね。」
ティエラは嬉しそうに笑う。
天人と言えど、見た目も年齢感覚も人類とそう変わらない。
「(エルフとか、人魚とかもいるのだろうか…。)」
キョウも、魔法使いやRPGの世界には憧れを抱いていた。
だが、実際に自分がレベル1で世界に放り出されると、どうしていいかわからない。
「(今はティエラがいるけど、いずれは一人で生きていかなくてはいけないしな…。)」
彼女に見捨てられたが最後、無力なキョウは森で野垂れ死ぬしかない。
それ以前に、熊のような動物に出くわしたら一巻の終わりである。
「あ…。」
ふと、ティエラが空を見上げた。
「…雲が、途切れてる…。」
キョウが釣られて空を見ると、太陽を遮っていた赤黒い雲が途切れ、空が見えている。
ついに、テリトリーの終わりが見えた。
「行きましょう!」
ティエラが駆け出す。
軽く走っている感じなのだが相当早い。
キョウは天人の身体能力の高さを改めて思い知った。
「これから、どうなることやら…。」
眼前に広がる晴れやかな空とは裏腹に、キョウの心中には不安が渦巻いていた。