第04話 孤独な王女と魔法使い
「(大丈夫か!?なんて声をかけたのはいいけども、そもそも言葉通じるのか…?)」
洞窟内の文字は読めたものの、明らかに日本語ではなかった。
言葉が通じるかわからない不安を抱きながら、京は、女の子の方へ駆け寄った。
遠くからでは暗くてよくわからなかったが、彼女はとても美しい少女だった。
着ている服は泥だらけで瑠璃色の髪は乱れていたものの、ただの女の子とは思えない神々しさを纏っている。
「大丈夫よ…ありがとう。」
彼女は京を見上げ、穏やかな声で言った。
よかった、言葉は通じるみたいだ、と胸を撫でおろす。
「とても大丈夫には見えないが…。」
「こう見えても私は天人よ。少し休んだら動けるようになるわ。」
「天…人?」
「ふふ、驚くのも無理はないわね。」
呆気に取られていると、彼女は微笑みながら立ち上がると姿勢を改めた。
「恩人様、申し遅れました。私は『天ノ國』第一王女、ティエラ=メリー=ホロスフィアと申します。」
彼女は体裁の乱れを吹き飛ばすような気品に満ち溢れた動作で足を引き、ドレスの裾をつまんでカーテシーを見せた。
「第一王女…様…?『天ノ國』って…?」
「恩人様、お名前をお聞かせください。」
あまりのことに頭が追い付かず混乱していると、京の顔を覗き込むように彼女…ティエラが言った。
「あ…ええ、私はキョウ、イオリと言い…申します。」
「キョウがお名前ですの?」
「ああ…いや、はい、そうです…。」
ティエラは年下に見えるが、明らかに身分の高い人間だった。
京が言葉遣いに困っていると、彼女は笑って言った。
「そんなにかしこまらなくて結構よ。恩人様を困らせるわけにはいかないわ。」
「そう言ってくれると助かり…助かる。」
少しばつが悪かったが、京は彼女の言葉に甘えさせてもらうことにした。
「しかし、王女様…」
「王女様だなんて、ティエラと呼んでもらって構わないわ。」
「そうか…なら、俺のこともキョウと呼んでもらえるとありがたい。」
「わかったわ、キョウ。」
京は美少女に名前を呼ばれむず痒い思いがしたが、恩人様と呼ばれるよりは幾分かマシだと思った。
「ところで、天人というのはいったい…?」
「知らないの?この空の遥か高くにある『天ノ國』に住む種族よ。」
ティエラは、髪と瞳の色以外は普通の人類に見えるが、さっきの戦闘では人外の強さだった。
「確かに、人類に比べて明らかに強そうだもんな…。」
「ちょっと、私をそんな目で見ないでちょうだい。それに、さっきはあなたの発光魔法のおかげで助かったのよ。あなたがいなかったら、今頃『魔影』にやられてるわ。」
「発光魔法…、ああ、これのことか。」
京はズボンの後ろポッケに入れていたLEDライトを取り出す。
LEDとは言え、強力なエネルギーでヘッド部分は仄かに熱を帯びていた。
「それは…?」
「ライトだ。」
京はティエラの質問に簡潔に答える。
そもそも洞窟の木箱で見つけたものだし、この世界にあるとすれば余分な説明は不要だと考えた。
しかし、ティエラの反応は予想外のものだった。
「こんなもの、初めて見たわ。」
「初めてって…見たことないのか?」
「ええ。知っている限りでも、こんな道具は記憶にないわ。」
ティエラはおそるおそるライトに触れる。
京はそのまま彼女に手渡した。
「上のボタン…丸いところを押すと、さっきみたいに光るんだ。」
「こう…?」
彼女がボタンに指を触れ、カチ、と小さな音がする。
しかし、ライトは点かなかった。
「あれ?おかしいな、こうすると光るはずなんだが…」
「きゃっ!?」
カチ、と京がボタンを押すと、ライトはしっかりと眩い光を放った。
ティエラが反射的に身をすくめる。
「あれ?壊れちゃいないな…おかしいな?」
驚く彼女から京は再びライトを受け取ると、ボタンを繰り返し押してライトをオンオフさせた。
それを見ていたティエラは何か思い当たったような表情をすると、口を開いた。
「驚いた…。あなた、魔幻師なのね…。」
「マエストロ…?」
京の記憶によれば、芸術家の中でも特に秀でた才能を持つ巨匠をマエストロと呼ぶらしい。
しかし、彼女の言う魔幻師とは多少意味が違うようだった。
考えこむ京をよそに、彼女は腕を組み言葉を続けた。
「ここまで腕のいい魔幻師、『翠ノ國』にも…」
「待ってくれ、マエストロっていうのは何なんだ?」
「え、知らないの…?そこまでの腕があるのに…?」
信じられない、といった目でティエラは京を見つめる。
「何を言っているのかわからんが、このライトはあの洞窟の中で見つけたんだ。木箱の中に入っていて…」
「こんなものが、その辺で見つかるわけないじゃない。あなたが作り出したのよ。記憶にないの?」
ティエラは京の言葉を遮って言うと、呆れたようにため息をついた。
「(冷静になって考えてみれば、ティエラの言う通りだ。洞窟の中に逃げ込んだ村人も、こんなライトがあれば光玉とやらに頼る必要はなかったはず…。)」
京は記憶を掘り返し、心当たりがないか考える。
「そういえば、木箱に手を触れるときに中が光ったような…」
「きっと、それは魔法が発動した時の光よ。」
ティエラが腕を組みながら言う。
京は、てっきりヒカリゴケが俟ったものだと思っていた。
「私は天人だから魔法が使えないし、魔法の知識にも疎いけど、魔幻師は魔力を消費して自分の記憶の中にある『モノ』を具現化する魔法使いよ。魔法使いの中では稀な特性だから知っているわ。」
「そうなのか、知らなかった…。」
京は頭を掻きながらティエラの言葉をかみ砕く。
「キョウみたいな腕のいい魔幻師が、どうしてこんなところをうろついているのかしら?」
「う…それはだな…、ティエラこそ、なんで『天ノ國』の王女がこんなところにいるんだ?」
京は答えづらい質問をされたので、何とか切り抜けようと質問を返す。
すると、ティエラは露骨に目線をそらして口ごもった。
「私ぃ…はちょっといろいろあって、『天ノ國』に帰れなくて…。」
まさか、好奇心のせいで地上に落ちてきたとは言えないティエラは、冷や汗をかきながら弁解する。
「そ…そのうち話すわ!今はとりあえず、早く魔王のテリトリーを抜けないと!」
ティエラが強引に話を切り上げたおかげで、キョウは無事質問をやり過ごした。
「魔王のテリトリー…、ここのことか。」
「そうよ。ここは危険だから。」
危険、という言葉に力を込めてティエラが言う。
それだけで、京にも状況がよく伝わった。
そこら中に黒い根が侵食しているその様子は、京の本能的な恐怖を掻き立てる。
「キョウ、魔法で『魔針盤』は出せるかしら?」
「『魔針盤』…?」
京が見たことも、聞いたこともない道具だった。
戸惑っていると、そんな様子を見たティエラは頬に指を当てる。
「キョウって不思議な人ね…。ならいいわ、これくらいの水が入る容器を出してほしいんだけど…。」
『魔針盤』を出せないと知った彼女は、切り替えも早くに手振りで希望する道具を表現した。
勘が鋭いのも天人の特性なのだろうか…、と京は驚く。
「それくらいならできるが…、どうやって具現化するんだ?」
「手を出して、頭に道具をイメージして。手の先に、それがある、ということを強く想像して。」
ティエラの言うことに従い、京は集中力を高める。
「(そう言えばさっき木箱に触れるとき、中にライトが入っていることを強くイメージしていたな…。)」
京はその要領を思い出して手を出すと、小さな光の粒子と共に思い描いていたものが現れた。
「不思議な容器ね…。十分だわ、ありがとう。」
「お、おう…。」
キョウは、歯切れの悪い返事をした。
「(咄嗟のことで、理想的なイメージが湧かなかった…。)」
ティエラは『ケ〇リン』と書かれた黄色い容器まじまじと見つめると、川岸で用心深く黒い水を汲んだ。
その後、笹に似た葉で手早く笹船のようなものをつくると、魔影を倒した場所で紫の透明な破片を拾ってきた。
「キョウは詳しくなさそうだから説明するわね。これは核と言って、魔影とかの魔物には体内に必ず存在する魔力の塊よ。魔物の体は核が破壊されたら魔素に還元されて世界に還っていくけど、核は時間をかけてゆっくり還元されるから、こうやって破片が残るのよ。」
「そうなのか…。禍々しいけど、綺麗だな…。」
一見すると紫の色付きガラスの破片に見えるそれは、微かに発光していた。
紗希のつけていたアクセサリもこんな感じだったな…と京は思い出す。
「こんな破片でも魔力の塊だから、こうやって水に浮かべると…。」
ティエラは、笹船に核の破片を乗せると、そっと黒い水の上に浮かべた。
浮かんでいる笹船は、中央から端に向けてゆっくりと動いた。
「このテリトリーを形成するダンジョンのある方角がわかるの。」
「じゃあ、笹船の動いた方向と逆方向に向かえば…」
「テリトリーから脱出できるわ。」
ティエラは、顔を上げ微笑んで言った。
彼女の眼には、輝きが戻っていた。