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第23話 ランド・アルカナ


「…街だ!ランドアルカナが見えてきたぞ!」

「おおおっ!」


太陽が頭上に差し掛かるころ、村人たちは街道の高台から遂にその街の姿をとらえた。


「まさか、本当に辿り着けるとは…。メルナ、お前のおかげだ。本当にありがとう。」

「みんなが最後まで協力してくれたおかげよ。何にせよ、よかったわね。」


洞を出てから数日、一度はあきらめたその街をドルトは目に焼き付ける。

何よりも、隣にいる少女の功績が大きかったことに間違いはない。


「あれが、ランドアルカナなのか…。」


キョウはこの世界に来て初めて人の住まう街を見る。


「どう?素敵な街でしょう?」

「ああ、綺麗な街だ。」


ランドアルカナは、二階程度の城壁の中に木製の低層住居が軒を連ねる街だった。

住居の壁には塗料で装飾が施されており、街が地味な色でボケないようアクセントカラーになっている。

中央付近には石造りの大きな屋敷が複数棟建っていた。


「あれが、アマレウス家の屋敷か?」

「ええ、あの内の一棟はそうよ。」

「他のは?」

「他の領主様のお屋敷よ。ランドアルカナはもともとアマレウス家のものだったんだけど、近隣の街が消えるにつれ人口が増え、規模も大きくなったこと現在は複数の領主様が共同で治められているの。」

「なるほど、複数の領主がいるわけか。」

「単独の領主ではこの規模を治めるのは難しいわ。…でも、やはり難民の増加が激しいみたいね。街の外の難民区画に天幕がたくさん…。」


メルナが城壁の外に目をやると、そこには簡易的な天幕が所狭しと立ち並んでいた。


「(難民キャンプ、か…。)」


城壁の中の街に比べ、難民区画は数段階みすぼらしく見える。


「俺たちもあそこに?」

「おそらくね。あまり良い環境じゃなさそうだけど…。」

「食料とかは足りているのか?」

「こちら側は森になっているから開拓が進んでいないけれど、街の反対側は広大な農地になっているはずよ。まぁ、それでも厳しいようだけど…。」


彼女は語尾を弱める。

難民区画の周辺にも簡素な畑が複数できており、食糧自給が逼迫しているのは明らかであった。


「まぁ、働かぬ者、芋にありつけずってね!キョウ、行くわよ。」

「お、おう…。」


キョウは不安だったが、今では心強い仲間がいる。

少なくとも、野ざらしで寝ることはなさそうだというだけで十分だった。



* * * * * * *



「一つの天幕を…、八人で!?」

「そうだ、仕方がないだろう?あなたたちの様な難民が日々増え続ける一方なのだから…。」


ドルトが大声を上げる。

隣にいるククルが、うるさそうに耳をふさいだ。


難民区画の入口で、一帯を仕切る兵士は呆れながらため息をついた。


「今度の村は18人か、ちょうど今の天幕にはあと20人ほど空きがあったはずだ。」

「天幕もいいが…、街に入ることはできないのか?」

「街の中ももういっぱいいっぱいだ。何も持たない人間が街の近くに住めて、配給をもらえるだけありがたいと思え。」

「それは…そうだが…。」


ドルトは困ったように頭を掻く。

着の身着のままで逃れてきた人々に食住を与えているだけランドアルカナは親切だ。

ドルトたちの話を聞きながら、キョウは難民区画の様子を観察する。


「(区画には天幕が50張くらいはあるな。ということは、400人くらいの難民が住んでいるのか…。)」


ランドアルカナはそこまで大きな町ではない。

短期間で400人もの人口が流入すれば、街の運営が傾くだろう。


「基本的にここでは自給自足だ。森で動物を狩り、畑を耕して自分たちで食い扶持を確保してくれ。ああ、水は近くの川から汲めるからな。」

「…わかった。それで、空いている天幕というのは?」

「3人空いている天幕が4つ、完全に空いている天幕が1つだ。それは残りの人で使ってくれ。」

「なるほど、バラバラになるわけだな…。」


ドルトは村人たちを見ながら考える。


「よし、じゃあオババを含め年寄りは俺と空いている天幕に、残りは適当に分かれてくれ。」


責任感が強い彼は、老人を手助けすることにした。


「(しかし、これは困ったな…。)」


キョウは頭を抱える。

三人で別れろと言われても、この村の人間はドルト以外にメルナとククルしか知らない。


「(しかし、年頃の男女が一つ屋根の下というのも…。)」

「じゃあ、キョウはあたしとククルと同じ天幕ね。)」

「へっ…?」


キョウは素っ頓狂な声を上げる。


「何よ、不満なの?あなたは知り合いがいないから、私たちと同じところに連れてってあげるというのに。」

「いや、そんなことはないんだが…。」


一瞬戸惑ってしまったが、ククルも一緒だし、そもそも他に既に5人が住んでいる天幕だ。

この非常時、余計なことは考える必要がない。


「ありがとう、一緒に行かせてくれ。」

「キョウお兄ちゃんと一緒だね!やったあ!」


ククルは嬉しそうにしている。

メルナは満足そうに頷くと、ドルトに身体を向けた。


「じゃあ、あたしたちは行くわね。」

「ああ、何かあったらすぐに行くからな。」


彼は頼もしそうに腕を組んだ。


「兵士さん、空いている天幕はどれですか?」

「…ああ、すぐそこの天幕だ。ちょうど君らと歳の近い難民が住んでいるし、仲良くやれるだろう。」

「ありがとうございます。お世話になります。」


メルナは兵士に頭を下げると、ククルを連れて天幕へ向かった。

キョウも後を追いかける。


「この天幕か?」

「ええ、そうよ。」

「じゃあ、開けるぞ。」


そう言って、キョウは天幕の入口の布を手で押し上げる。


「おじゃましまー…」


中にいる少年少女の目が、一斉にキョウを向いた。


「…す…。」


敵意は感じなかったが、そこはかとない居心地の悪さを感じさせる。


「…んだよ、新しい難民が来たと思ったら男かよ。」

「つまんねーの。女が良かったなー。」


天幕の奥にいる少年二人が、吐き捨てるように言った。


「こんにちはー!」


キョウに続き、後ろからメルナとククルが入ってきた。


「おっ!かわいい子もいるじゃん、ここに住むのを許してやるぜ。」

「お前!ありがたく思えよ!」


少年の一人がキョウを指さして笑う。


「(…そういう感じね…。)」


キョウは頬を掻いた。


どうやら、天幕内にもカーストのようなものがあるらしい。

人間、三人集まれば派閥ができるというので特に驚きはしなかった。


「ちょっとあんた、出合頭にかわいいとかなんとかって、失礼じゃないの!?」

「ほーう、この俺様にたてつくとはなぁ?」


メルナが食らいつくように言うと、一番奥にいる少年が立ち上がり歩み寄ってきた。


「いいか、この俺様はギルドカードを持っているんだ!こいつがあれば街にも入れるんだぜ!」

「どうだ、ビビったか!」


そう言って、彼は懐から革でできた手のひらサイズのカードを取り出した。


「おぉ、それがギルドカードなのか…。」

「なんだてめぇ!気安く話しかけんじゃねえ!」


少年は怒鳴りながら覗き込んできたキョウをどつく。

キョウは少しカチンときたものの、初っ端からトラブルを起こしたくないので胸の中に収めた。


「気に食わねえやつだな!何かあったらすぐにお前を難民区画から叩き出してやる!」


彼は吐き捨てるように踵を返すと、再び天幕の奥で座り込んだ。

キョウは小声でメルナに話しかける。


「…メルナ、本当にこんなところで大丈夫なのか?」

「大丈夫、皆不安で心が狭くなっているだけよ。もしトラブルがあったら兵士が処罰してくれるわ。それに、私には魔法があるし。」

「それは、そうなんだが…。」


キョウは改めて天幕内を見渡す。

二人の少年以外に、一人の気弱そうな男の子と、黙って見つめてくる二人の女の子がいた。


「(まぁ、他に女の子もいるし、なんとかなるか…。)」


キョウは大きなため息を吐くとテント内を見渡した。


「俺はキョウ、キョウ=イオリだ。これからよろしく。」

「私はメルナ=シュロップよ。彼は弟のククル。」

「よ、よろしく…!」


三人は頭を下げる。

しかし、彼らからの返答はない。


「俺様が認めるまで、お前らに名乗る名前なんてねぇ!適当に座っておとなしくしてろ!」

「(こいつ…!)」


キョウは思わず武器を『具現化』しそうになるところを手を握って堪えた。


「俺は水を飲んでくるからな!」

「変なことすんなよ!」


奥の少年二人は、そう言って天幕を出ていった。

すると、黙って見つめていた女の子が話しかけてきた。


「…こっち…、使って…。」

「え…、あ、ありがとう。」

「どういたしまして…。」


彼女は座っている場所をずれると、三人が寝れそうな場所を開ける。


「大部分をあの二人が使っちゃているから、狭くてごめんね。」


もう一人の女の子が苦笑いして言った。


「私の名前はキュイナ、彼女はシアンよ。同じ村の出身なの。あ、彼らには名前を言ったこと、黙っといてね。」

「よろしく…。」


彼女らは気さくに話しかけてくれた。


「わかった。しかし、彼のギルドカード?っていうのは、どうやって獲得したんだ?」

「彼は剣術が使えるの。先日難民区画に怪異が出現したんだけど、彼が倒した功績を認められてギルドカードが発行されたのよ。」

「なるほど、口先だけじゃないんだな…。それで街に入れるなら、なんでまだこんなところに住んでいるんだ?」

「街の中は住むだけで結構なお金がかかるから、冒険者として安定的な成果を上げないと生活できないわ。街の中で破産したらギルドカードは没収されて、しばらく再発行できないのよ。」

「なるほど…。」


この難民区画を脱出して街の中を目指すのは、かなりハードルの高いことのようだ。

そもそも街はずれの村に住んでいる時点で社会的には下級の人々であり、全てを失った難民となってしまっては身を立てるのは現実的ではない。


「(やはりアマレウス家にギルドカードを発行して貰えなかったのが悔やまれるな…。)」


キョウは後悔するものの、実際どうしようもなかった出来事なので潔く諦めることにした。


「…ククル?大丈夫?」

「お姉ちゃん…ごめん…。」

「メルナ、どうした?」


考え事をしていると、ククルが息苦しそうに床に寝そべった。


「…ククルが疲れで熱を出しちゃったみたい。身体が弱いから、心配させちゃってごめんね。」

「あらら、大丈夫?」

「水…私の分あげる…。」


キュイナとシアンも心配そうにククルをみている。

キョウは彼の額に手を当てる。


「熱が出ているな…。メルナの治癒魔法でどうにかならないのか?」

「…少しは良くなるんだけど、ククルの熱には治癒魔法が効きづらいの。それに…。」


メルナはキョウに耳打ちする。


「あんな魔法、こんなところで使ったら目立つわよ。いつもは寝ると治るから、今日は本人の回復力に任せることにするわ。」

「そ、そうだよな…。」


キョウも『具現化』で何か使えるモノが出せないかと考えたが、他人が一緒に暮らす中では迂闊なことはできない。

そのままにするのも心苦しいが、考えなしに魔法を使うと後々大きなリスクを抱えることになるだろう。


「(こんな環境じゃ、メルナがククルを助けることすらできない…。)」


キョウは唇を噛み、ある決心をする。


「(街の中に、住もう。)」


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