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第22話 旅立ちと運命の分かれ道


「あーっ!お姉ちゃん!」

「ほうほう、これはこれは…。」


まだ森の向こうに太陽がようやく頭を出した頃、あたりが騒がしくなるのを感じてメルナは目を覚ました。


「(なに…?)」


彼女はゆっくりと目を開ける。

すると、目の前にはキョウの顔があった。


「…えええええっ!」


メルナは飛び起きると、どんどん体温が上がっていった。


「おいおい、一晩の間にすっかり仲良くなっちまったようだなぁ?」

「お姉ちゃん!だいたん!」


ドルトとククルがニヤニヤしながらメルナを見ている。

彼女は耐えきれずに顔を隠すが、隠しきれていない耳は朝焼けよりも赤くなっていた。


「ちがっ…ちがうの!これは…!」

「…いったい何の騒ぎだ…?」


メルナが騒いでいると、キョウも目を覚ましてゆっくりと起き上がった。


「な…なんでもないわよ!ほら、もう出発よっ!」

「おうおう、照れやがって、がははは!」

「う、うるさいわねっ!」


ドルトとメルナが騒いでいる中あたりを見渡すと、他の村人も既に出発の準備は整っているようだ。


「やべっ!」


キョウは飛び起きると、まだ騒がしいメルナに声をかける。


「メルナ!ちょっと着替えてくるから待っててくれ!」

「わかったわ!急いでよね!」


彼女の声を聞き、茂みの中へと走った。


「(そう言えばグウィンドにもらった報酬とか、着ていた服とか全部屋敷に置いてきちゃったな…。)」


昨日は頭が働いていなかったおかげで忘れていたが、屋敷に色々なものを置いてきてしまったようだ。


「(それに、ティエラの服と…下着も、全部俺の魔法で『具現化』したやつだ。大丈夫かな…。)」


キョウは再びジーパンとTシャツ、下着を『具現化』して全て着替える。

下着に至っては小さいからなのか、既に魔素への還元が始まっていた。


「(ティエラなら…大丈夫かな…?)」


無責任な考えとも言えるが、今のキョウにできることは祈ることくらいだ。

ティエラの力に絶大な信頼を寄せていた彼は、なんとかなっているだろうと心配を振り切る。


「キョウ!?そろそろみんな出発するわよ!」

「わかった!今行く!」


キョウは慌ただしくスニーカーを履くと、木々の向こうから差し込む朝日に向かって走り出した。



----- ----- ----- -----



「では、これよりゲートル=フォン=アマレウスの処分を言い渡す。」


一夜明け、アマレウス家の享楽の宴は悲壮な空気にとって代わられた。

役者が揃ったグウィンドの執務室は、重々しい雰囲気に包まれている。


鋭い眼光を放つグウィンドの先には、両手後ろで拘束されたゲートルの姿があった。


一晩地下牢で過ごしたゲートルの目元にはクマができており、その表情はやつれていた。

しかし、瞳の奥にはまだ彼の確固たる炎が静かに燃やされていた。


「(お兄様も往生際が悪い…。その執念、もっと他のことに燃やされたらきっと…。)」


ユウノはそんなゲートルを冷めた目で見ていたが、それ以上考えるのはやめた。

おそらく、今回の処分で彼はアマレウス家にとっての他人(・・)となるだろう。


「ゲートル、貴殿にフォン=アマレウスの姓を名乗ることを今後一切禁ずる。」

「なっ…!父上…!」

「私は最早貴殿の父親ではない。貴殿がアマレウス家に近寄ることは許さん。」

「…くっ…!」


ゲートルにとっては意外だったようだが、ユウノをはじめティエラにもこの処分は妥当に思われた。


仮に将来、アマレウス家に『天ノ國』から本件の責任を追及されたとしても、他人であることを理由に幾分か酌量の余地ができる。

家を護ることを考えれば当然の判断だった。


「それに伴い、貴殿には本日付で我が領地を出てもらう。今後領地に立ち入ることも厳禁とする。」

(ランド)…アルカナをですか…!?」


ゲートルは眼を見開いた。


ランドアルカナは『地ノ國』に残された三つの大きな街の内の一つである。

街への立ち入りが禁止されたとなれば、彼は首都かもう一つの街を目指すしかない。


しかし『地ノ國』の国土がテリトリーに侵された今、ランドアルカナを経由せずに無事に他の街へたどり着く方法は無い。


つまり、これは事実上の極刑宣告であった。


「ご再考ください父上!それはあまりにも…!」

「あまりにも何だというのだ。仮に貴様が、我が国の王女を地下牢に幽閉して服を剥いたとなれば、貴様にどのような処分が下ると考える?」

「服を剥いたのは私では…!」

「間接的であろうとも、結果は同じだ。貴殿は即刻の死を免れない。これは父であった私の最後の温情である。」

「…そんな…!」


グウィンドは縋るように見つめるゲートルを一瞥すると、再び処分が書かれた羊皮紙に視点を落とした。


「以上を、貴殿への処分といたす。尚、効力の発生は本日の正午とする。異議は無いな?」

「…謹んで、お受けいたします…。」


ゲートルは、力なく項垂れた。



お昼時、広いダイニングにてティエラとユウノは二人で昼食を摂っていた。


「ティエラ、今回の処分について聞いてもいいかしら?」

「別に、私から語ることは何もないわ。キョウが、助かってくれさえいれば…。」

「大丈夫よきっと。今日も朝からエルインの部下が必死になって彼を探しているわ。」

「見つかるといいのだけれど…。」


ユウノの言葉に小さく頷いたティエラは、太陽の光が降り注ぐ窓の外を眺めた。

丁度、ゲートルが家と領地を追い出された時頃である。


「それにしても、アマレウス家の領地が(ランド)アルカナだなんて知らなかったわ。ユウノの家、かなり有力な貴族だったのね。」

「王女様には敵わないわよ。それに『地ノ國』の三大都市と言っても、小さく資源も少ない街だから他国の侵略から逃れられているだけよ。もっと大きな街もあったのだけれど…。」

「そうだったのね…。ごめんなさい。」

「ティエラが謝ることじゃないわ。」


ユウノは苦笑いをする。


貧弱な存在である人類が治める『地ノ國』は、その国土と街を他国に幾度となく奪われ、または割譲しつつ現在の形に至っている。

魔王の危機が去った後も『地ノ國』が休まる日は来ないだろう。


「(もしこの街が他国の手に落ちたら、ユウノたちは…。)」


ティエラはそこまで考えると、小さく身震いをした。

強者たる『天ノ國』の最上位に君臨する彼女が、弱者の立場に立ったということは彼女の価値観に大きな影響を与えていた。


「ユウノ、こんなこと、私が言えることじゃないんだけれど…。」

「何よ、改まっちゃって。」

「ユウノは、私の大切な友達よ。」

「…ふふ、ありがとうティエラ。とても嬉しいわ。」


ティエラとユウノの二人は、顔を見合わせて笑った。


食後に二人で茶を嗜んでいると、ユウノが話を切り出した。


「ティエラ、これを持っていくといいわ。」

「ユウノ、それは…?」


ユウノが差し出した星型の髪飾りを不思議そうに見つめる。


「お父様が集めている魔法具の一つよ。これを頭に付けると髪の色が変わるのよ。」

「髪の色が…?」

「ええ。こう言うのも何だけど、あなたの瑠璃色の髪は『地ノ國』ではすごく目立つわ。ひと目で天人だとわかる人は少ないと思うけど、目立たないに越したことはないでしょう?」

「それはそうだけど…、もらっていいのかしら?」

「もちろんよ。お父様の意向も確認しているし、アマレウス家は今後貴方を全面的に支援するわ。」

「そうなのね…。ありがたく、使わせてもらうわ。」


ティエラは渡された髪飾りを着ける。

すると、彼女の瑠璃色の髪は薄茶色の地味な髪色に変化した。


「なんだか、慣れないわね。」

「そんなことないわ。とても似合っているわよ。」


ユウノは微笑んだ。


アマレウス家がティエラを支援するというのは、少なからず政治的な思惑が交ざっている判断ではあったものの、少なくとも彼女は純粋にティエラのことを応援していた。


「それと、昨晩警備兵が没収した服とお父様の報酬も、今のうちにお返しするわね。」

「あ…、ありがとう。」


キョウが持ち運びに使っていた『タオル』は既に消えていたが、ティエラとキョウの服はそのままに残っていた。

ティエラはキョウが最初に着ていた服を改めて見つめる。


「(…結局、彼がどこから来たのか、聞き出し損ねてしまったわね…。)」


そんな彼女の心情を察したユウノが顔を覗き込むように頭を傾けた。


「ティエラ…、キョウは大丈夫よ。」

「え…ええ、そうは分かっているのだけれど、もう会えないのかしらって…。」

「きっと、彼は街へ向かったはずよ。貴女もそこへ行けば会えるわ。」

「ありがとうユウノ。私、ランドアルカナへ行ってみるわ。」

「幸運を祈るわ。そうだ、あなたのギルドカードを先ほどお父様から預かったの。名前は『ティエラ』だけでよろしかったかしら?」

「そうよ、ありがとう。」


ユウノは、そう言うと白い手のひらサイズの板を取り出す。


「…すごいわ、『白のギルドカード』を用意してくれたのね。」

「貴女は身分の高い女性だし、アマレウス家の名で発行するから当然、一番良いものを用意してるわよ。何かと便利になるでしょう。」

「助かるわ、ありがとうユウノ。」


ティエラは喜びながらカードを受け取った。


「キョウの分も作成してあなたに渡そうと思ったんだけど、万が一にも他人のギルドカード所持がバレたら面倒になるものね…。」

「そうね、彼の分はグウィンドに貰った報酬で何とかするわ。」

「そうしてちょうだい。それに、もし私の姉に会ったら無条件で発行するよう取り次いでおくわ。」

「何から何までありがとう。悪いわね。」

「…せめてもの償いよ。」


ユウノは苦笑いした。


ギルドカードは最も通用する身分証明書であり、街や国を渡る冒険者なら誰もが所持している。

しかし、紙すら貴重なこの世界では冒険者の等級によってギルドカードそのものが大きく異なっていた。


最も等級の低い『茶のギルドカード』は動物の革に名前が刻まれ、反対に最も等級の高い『白のギルドカード』は特殊な白い石に専用の魔道具で名前が刻印される。

ギルドカードの等級はそのまま信用度の高さに反映されており、街区や施設、場合によっては街や国そのものの通行にまで影響するのだ。


『白のギルドカード』は正真正銘のフリーパスであり、この世界の冒険者の憧れの的であった。


「でも、このカードは目立っちゃうから気を付けることね。」

「大丈夫よ、こう見えて変装は得意なのよ。」


あはは、と二人が笑っていると、ダイニングの扉が叩かれた。


「誰かしら?」

「ユウノお嬢様、エルインでございます!」

「エルインね。いいわ、入りなさい。」

「はっ、失礼いたします。」


エルインは室内に入ると二人に向かって敬礼をする。


「それで、どうしたのかしら?」

「今朝キョウ殿の捜索に派遣した騎兵が、ランドアルカナに至る道端でこんなものを発見いたしました。」


彼はそう言うと、二人の前に金色の小さな箱を差し出した。


「これは…?」

「街道の分岐の先に中規模な野営の跡があり、これは焚火の近くに落ちていたということです。」

「野営ね…。ティエラ、私は水晶を取ってくるわ。」

「…いいえ、ユウノ。その必要はないわ。」

「えっ?」


椅子から降りかけた姿勢のまま、ユウノは気の抜けた返事をした。

ティエラは小さく微笑むと、ティーカップを手に取った。


「彼は…キョウは、元気でやっているみたいね。」


彼女の迷いのない笑顔が、ティーカップの水面でゆらゆらと揺れていた。


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