第21話 ダイニングルームの魔女裁判(後編)
「(ユウノの奴、余計なことを…!)」
ゲートルは内心で舌打ちをしつつユウノを睨みつける。
「第一、催眠の魔法は発動にも維持にも膨大な魔力と人手を要します。この世界のどこを探しても、ティエラ殿に一人で催眠をかけられる魔法使いは存在しません。」
「ユウノ、お主がそう言うのならそうなのだろう。」
グウィンドの問いにユウノは深く頷く。
彼女の魔法への才覚はアマレウス家の中ではずば抜けており、誰もが一目を置いている。
「ユウノ!お前は世間を知らないだけだ!大人しく下がっていろ!」
強い口調で怒鳴るゲートルを横目に、ユウノは話を続ける。
「無断で持ち出したことは詫びますが、この水晶でキョウ殿が『具現化』したと思われる物体を分析しました。疑いようもなく、その冒険者の彼女とは異質な魔力で構成されています。」
「つまり、キョウ殿は敵前逃亡したのではなく、何らかの手を尽くしたと…?」
「そうです。そして、これは書斎で発見された何らかの生物の破片です。」
「そ、それは…!?」
ユウノは『怪異』の破片を見せつけるように持った。
これは書斎の床に落ちていたのをエルインが発見したものだ。
その断片はグウィンドの知るどんな生物の一部にも思い当たらず、実際に何かが書斎にいたことの裏付けとなる。
「残念ながら死体は何者かに焼かれてしまったようですが、書斎には確かに戦闘の痕跡が認められます。」
ユウノはわざとらしくゲートルを睨みつける。
彼は反論を思いつかず、もごもごと口ごもっていた。
「…それに、ティエラ殿はキョウ殿の魔力で『具現化』された衣服を纏っておりました。彼女が発見されたときには既に衣服は魔素へと還元されており、ティエラ殿は地下牢で辱めを受けていました。」
「なんだと…!?」
グウィンドは、それがどういうことなのか直ぐに理解する。
アマレウス家は婦女に取り返しのつかないことをしでかしてしまったのだ。
「ゲートル!理由はどうあれ、これは家名に泥を塗る行為だ!これについての処分は覚悟しろ!」
「父上!お言葉ですが、これは彼女の本性を警戒した上での判断です!」
「ゲートル、貴様から受けた報告ではティエラは偽物だったという話だが…?」
「そ、それは…!あくまで可能性の話で…!」
ゲートルの論理が破綻し、彼は目に見えてたじろいだ。
ダイニングに集まるほとんどの人間は意味が分かっていないようだが、ただならぬ雰囲気に誰もが閉口している。
その様子を見たユウノは、ダイニングへティエラを呼んだ。
ティエラは、首元からゆっくりと服に隠れた『天ノ國』の首飾りを取り出す。
「なっ…!?」
「お父様、ご覧の通りティエラ殿の首飾りは消えておりません。彼女は疑いようもなく、本物です。」
「そ…それは…!」
衆目の中、ティエラの正体を明かすことはできないので二人はそれ以上の口を慎む。
しかし、グウィンドは最早ユウノの言うことが全て真実であると認めるしかなかった。
ユウノは続けて二人の冒険者に顔を向ける。
「お二方、何か言うことはないかしら?」
「う…ほ、本当にごめんなさいっ!」
「僕らは何もできませんでしたあっ!実際に亡霊を倒したのは、キョウ殿とティエラ…さんです!」
「き…貴様ら…!」
冒険者の二人は、遂に耐えかねて嘘を認めた。
ゲートルは身体を怒りに震わせながら冒険者の二人を睨みつける。
「実は、警備兵からも話は聞かせてもらっている。黒幕は…、ゲートル様、あなたですね。」
エルインはゲートルを睨みつけた。
彼は無言を貫いたが、それはこれまでの事柄を全て認めるようなものだった。
「お…終わりだ…。アマレウス家は…終わりだ…。」
グウィンドは、震える手で頭を抱えて蹲ってしまった。
「ユウノ様、ティエラ殿…宜しいでしょうか?」
二人の後ろから、小声で騎士が話しかけてきた。
「あら、何かしら?」
「エルイン様の命を受けキョウ殿の捜索にあたりましたが…、日没までに彼を発見することは出来ませんでした。」
「そう…、わかったわ、ありがとう。」
「変に見つかるより安心したわ。また明日、お願いしますね。」
「はっ。明日は早朝より創作範囲を広げ、全力を尽くします。」
騎士は敬礼するとその場を後にした。
日の落ちた森は非常に危険な上に、暗い中キョウを捜し回ったとしても殆ど意味はないだろう。
ティエラもそのことは十分に理解していたので、もどかしい気持ちを抱えつつも騎士の報告を胸に収めた。
ユウノは小さくため息をつくと、隣にいるティエラに小声で話しかけた。
「ティエラ、お兄様に関して何か言うことはある?」
「私が『地ノ國』の貴族であるアマレウス家の内部事情に口を出すことは内政干渉に当たるわ。ゲートルの処分は家の判断に任せる他ないわね。ただし…」
「…ただし?」
「キョウの身にもしものことがあったら、私は彼を許さないわ。」
「…そうね、わかったわ。」
ユウノは居住まいを正すと、ダイニングにいる全員に向かって口を開いた。
「これで真実は明らかになったけれど、皆が酔っている中ではまともな判断はできないわね。主犯であるお兄様は牢へ一時的に拘束、日を改めて明日正式に関係者の処分を検討することとしましょう。」
「異議のある者は!?」
エルインが声を張り上げて辺りを見回す。
空気の冷めきった室内は通夜のように静まり返っていた。
「エルイン、ゲートルを頼んだわ。私はティエラを養生させるわね。」
「はっ。お任せください。」
「エルイン、貴様、私を投獄する気か…!?」
「お許しくださいゲートル様。これはアマレウス家の未来の為なのです。」
「ユウノ…!ゲートル…!貴様らを私は許さんぞ…!絶対に、許さんぞ…!」
「往生際が悪いわねお兄様。地下でゆっくり酔いを醒まされてください。」
「…っ!貴様…!」
ユウノはゲートルに背中を向けると、ティエラを連れて自室へと消えていった。
ゲートルは騎士数人に身柄を抑えられ、地下牢へと連れられてゆく。
「エルイン、悪いが私を寝室まで運んでくれ。…気分が優れない。」
「グウィンド様、承知いたしました。」
グウィンドはエルインに介抱されつつ、ダイニングを後にした。
残された者は手に持った酒の行き場を無くし、茫然と佇む。
アマレウス家の勝利の宴は、最悪の結末を迎えることとなった。
* * * * * * *
「…眠れないの?」
満点の星空の下、夜の森に浮かび上がる焚火をぼうっと眺めていたキョウにメルナが話しかけた。
「…今日はずっと寝ていたからな。メルナこそ、寝なくて大丈夫なのか?」
「あたしも、実は夕方まで寝てたの。二人してねぼすけね。」
あはは、と彼女は小さく笑った。
二人は歳も近く、打ち解けるのに時間は要さなかった。
「その…ティエラさんという人が心配?」
「あぁ。まぁ、彼女なら大丈夫だとは思っているんだが…。」
「信頼しているのね。一人で貴族に立ち向かおうだなんて、考えたらダメよ。」
「そうだな…、慎重に行動するよ。」
「そうしなさいな。」
メルナはキョウの隣に座った。
「さっきは、情けないところを見られてしまったな…。」
「そんなことないわ。あたしも泣きたいときなんていくらでもあるもの。でも、夜になればお星さまになったお母さんとお父さんに会えるから寂しくないの。」
「…そうだったのか。」
キョウは、メルナの両親が他界していたことを初めて知った。
改めてこの世界の人間は強いな、と心の中で感心する。
「小さい頃からククルにはそう言って慰めていたのに、最近はあたしが慰められるようになっちゃって。男の子って、急に強くなるのね。」
「そんなことはないぞ。さっきの俺みたいにな。」
「ぷっ、それもそうね。」
あはは、と今度は二人で笑いあった。
「明日は日の出と共に出発だから、なるべく身体を休めたほうがいいわ。あと一息で都アルカナに着くよ。」
「ランドアルカナか…。一体どんな所なんだ?」
「え…?行ったことないの?」
「あ、いや。遠くの街に住んでいたから、この辺のことはよく知らないんだ。」
「…そうだったの。大きな街ではないけれど、緑がいっぱいでとても綺麗な街よ。」
「そうか、楽しみだな。」
キョウは、まだ見ぬ異界の街並みを想像して胸を躍らせる。
「だから早く寝ないと…って言っても、無理な話か。」
「焚火を見てリラックスしようと思ったんだが、もう一息なんだよなぁ。」
「私も。小さい頃はいつもお母さんの子守唄で眠っていたから、眠れないときはオババに唄ってもらってたんだけど…。」
「そうなのか、意外な一面があるんだな。」
キョウは、メルナの可愛げある一面に微笑む。
彼女は特段意識していないのか、恥ずかしがる様子はない。
「お星さまに幸せを願う唄なの。お母さんとお父さんに、私達を見守ってくださいって。」
「星に…願いか…。」
キョウはあたりを見渡す。
遠くには見張りのために警戒する村人が見えるが、近くの人は皆ぐっすり寝ている。
キョウはグランドベアを倒したことによって魔力の総量が増えていたので、少し魔力の使い道に余裕ができていた。
「たまには、いいよな。」
彼は微笑むと、手の先に力を込めて『具現化』を行った。
「その魔法は、まさか…!?」
「…どうやら俺は魔幻師という魔法使いらしい。」
「そのようだけど…。」
メルナは周囲を見渡すと、キョウの耳に顔を近づけた。
「誰にでも見せるものじゃないわ。できる限り秘密にしておくべきよ。」
「そ、そうなのか…?」
「魔幻師はとても珍しい特性だし、魔法の悪用も簡単なの。色んな人に狙われたり、嫌われたりするかも。」
キョウはティエラの言葉を思い出す。
彼女も、偏見を持つ人が多いと言っていた。
「今後は…気をつける…。」
「それがいいわ。」
メルナはにっこりと笑った。
特性が違うとは言え、同じ魔法使いに会えたことに彼女は喜んでいた。
「それで…それは何?」
彼女はキョウが『具現化』した小さな金色の箱を不思議そうに見つめた。
「あ…ああこれか。これは『オルゴール』だ。」
「おる…ごおる…?」
きょとんとするメルナを横目に、キョウはネジを巻く。
「こうやってネジを巻くと、バネの力で動き出して…」
「…わぁ…っ!」
『オルゴール』は静かに、優しげな音を奏ではじめた。
「こんな小さな箱なのに、素敵な音楽が入っているのね…。」
彼女はうっとりしながら耳を傾ける。
その綺麗な音色にキョウも聴き入る。
穏やかな金属の音は、二人に強い眠気をもたらし始めた。
「名前は…何て言うの?」
「名前…俺のか?それともこの曲の?」
「…両方。そう言えば、聞いていなかったわ。」
「言うのを忘れていたな。俺の名前はキョウ、苗字はイオリだ。」
「…キョウ…?」
聞き覚えのある響きに、心地の良い眠気に包まれるメルナの頭の中では何かが繋がっていった。
「そして…」
「そして?」
「この曲の名前は、『星に願いを』って言うんだ。」