第12話 騎士と小さな魔法使い
「キョウ…!」
ティエラは、倒れたキョウの横に跪く。
キョウの腕では発砲の衝撃を抑えきれず、バランスを崩して倒れてしまった。
銃⼝は⼤きく跳ね上がり、銃撃はお世辞にも上出来とは⾔えなかった。
「(だが…、あの距離は外す⽅が難しいな。)」
キョウは仰向けになりながら、⼝⾓を上げた。
「な…!?」
⾺⾞の周囲で⾒ていた騎⼠は驚きで声も出ない。
ティエラが盾を離した瞬間、グランドベアが⼤きく体勢を崩したことでキョウと同じ⽬線まで頭が下がった。
キョウはその瞬間を逃さず、銃の引き⾦を引いた。
発射された銃弾はグランドベアの巨大な額に当たり、厚い脂肪を貫き、頭蓋⾻を粉砕し、頭部を徹底的に破壊して⽌まる。
その⼀発が、『怪異』の息の根を⽌めたのだ。
「キョウ…。」
「安⼼しろ、俺は⼤丈夫だ。ティエラこそ、怪我はないか?」
「え、ええ。問題ないわ。」
発砲の衝撃でキョウの腕には鈍い痛みが響いているが、特段問題は無かった。
ティエラは倒れているグランドベアの巨体を振り返ると、再びキョウの方に向き直る。
「助けてくれて、ありがとう。」
彼女は微笑む。
その腕には、盾が深く食い込んだ跡が残っている。
キョウは、自分の判断は間違っていなかったと安堵する。
「二人とも、大丈夫か。」
騎士の指揮官らしき男…エルインが、二人の方へ歩いてきた。
彼は片膝を地面に付くと頭を下げる。
「我々を救ってくれてありがとう。とても言葉では感謝し切れないが…、いずれ改めて礼をさせてもらう。」
「いえ、運が良かっただけです。それに、彼女が居なければ倒せませんでした。」
キョウは起き上がり、ティエラの方を見る。
彼女は帽子を深くかぶり、顔が見えないようにしていた。
「しかし、どうやってあの怪異を…」
「あら、魔法使いの商売道具は詮索するものじゃないわ。」
「そ、そうだな。失礼した。」
ティエラが横からキョウにフォローを入れた。
キョウは慌てて銃を服の下に隠す。
「君も相当の実力者と見受けた。君達と出会えたことはとても幸運だ。」
「倒れた人は…、大丈夫なの?」
「あぁ、彼は兜に衝撃を受け、一時的に意識を失っているだけだ。安静にすれば回復するだろう。」
「そう、よかったわ。」
ティエラは帽子の下で微笑む。
指揮官は立ち上がり、姿勢を正した。
「申し遅れた。私はエルイン=カーシュタウト。アマレウス家に支える護衛騎士団の長を務めている。君たちの名前を伺っても良いかな?」
エルインと名乗る男は胸に手を当て名乗る。
キョウは、彼の所作をこの世界の敬礼と受け取った。
「俺はキョウと言います。彼女は…」
「ティエラよ。」
「キョウに…ティエラか。改めて礼を言おう。」
ティエラは意外にも本名を名乗った。
エルインも特段それ以上のことは詮索してこないので、ティエラは珍しい名前でもないらしい。
瑠璃色の髪色は目立つが、一国の王女がここにいるとは誰一人思わないだろう。
「我々はアマレウス家の屋敷へ帰るところだった。君たちも乗せてやりたいのだが…この馬車はもう使い物にならん。迎えが来るまでここにいるつもりだ。君たちは冒険者か?」
「そうよ。生憎、身分を明かすものも何も持ってないけどね…。」
「難民であったか、申し訳ないことを聞いた。許してくれ。」
ティエラは自然に自らを冒険者と名乗った。
キョウはこの世界には明るくないので、彼女に任せることにした。
「大丈夫よ。ただ、このままだと街にも入れないから困っているの。」
「事情はわかった。ここを真っ直ぐ行くと森の中に屋敷が見える。アマレウス家の別邸だ。私の名前で手紙を認めるので、門番に渡して貰えれば何かの力になってくれるだろう。」
「ほんと…!助かるわ、ありがとう。」
「礼には及ばない。今はこんなことしかできないが、今度改めて礼はさせてもらう。」
そう言うと、エルインは腰についた鞄から紙を取り出すと筆を走らせた。
「羊皮紙を護衛の騎士に持たせるなんて、アマレウス家は有力な貴族のようね。」
「そうなのか、書き辛そうなのに…。」
「キョウが出した本の紙質は別格よ。羊皮紙は贅沢品なのよ。」
ティエラは、キョウに耳打ちする。
馬車の方を見れば、いつの間にかさっきの御者が戻ってきており救出作業にあたっている。
皆、傷はそこまで深くなさそうだった。
エルインは手紙を書き終わり、封に入れてから立ち上がった。
「待たせてすまない。さぁ、この手紙を受け取って…」
「遅いじゃないの!いつまで待たせるのよ!」
キョウがエルインから手紙を受け取ろうとしたそのとき、馬車の方から甲高い声が聞こえた。
「お嬢様、申し訳ございません。思ったより馬車が固くて…」
「言い訳無用よ!それに、怪異にやられるなんて修行が足りないんじゃないの!?」
「ごもっともです…。」
グランドベアの脅威を振り払って威勢の良かった騎士たちが、青菜に塩をふりかけたように縮こまっている。
「あの子は…?」
「彼女はユウノ=フォン=アマレウス。アマレウス家のご令嬢だ。」
彼女は10歳くらいに見えるが、ハキハキ喋るしっかりとした女の子だった。
「お父様に言いつけてやるんだからね!」
「お嬢様、それはご勘弁ください…。」
なるほど護衛も楽ではないな、とキョウは騎士に同情する。
「キョウ殿、ティエラ殿、少々待っていてはくれぬか。」
「構わないわよ。」
エルインはやれやれといった表情で馬車の方へ向かい、女の子の下で跪いた。
「ユウノお嬢様、この度は大変ご心配をお掛けしました。お身体に問題はありませんか?」
「あらエルイン。ちょっと擦りむいたけど、魔法ですぐ治したわ。待ってる間暇だったんだから。」
「お待たせして申し訳ありません。」
「ふん、いいわ、許してあげる。」
「ありがたきお言葉…。」
ユウノは、エルインの言うことは素直に聞いた。
「ときにユウノお嬢様、護衛の中で怪我をしたものがございます。どうかお力をお貸し願えないでしょうか。」
「いいわ、連れてきなさい。」
「ははっ。」
エルインは先ほど倒れていた騎士を連れてくると、ユウノは彼に手をかざした。
手の先から光の粒子が溢れるそれは、紛れもなく魔法であった。
「あんな小さい子が、魔法使いなのか…。」
「大したものね。あれは治癒魔法よ。」
「治癒魔法?」
「本人の回復力を促進する魔法よ。治癒魔法や支援魔法使いは人類でもそこまで珍しくないんだけど…。」
「何かあるのか?」
「魔法杖とかの媒体も無しに術を使うなんて、末恐ろしい子ね。」
ティエラは、小さな魔法使いを凝視する。
「支援魔法か…。使えたら便利だろうな。」
「支援魔法と言っても、ちょっと暑さに耐えられるとか、重いものを持てるとか、毒に強くなるとか、そこまで便利なものでもないわ。人類の場合は特にね…。」
キョウは体力不足を魔法で補えれば便利だろうと考えたが、そんな魔法の使い手を見つけることは困難だということに気づく。
「(まぁ、こんな無力な自分に手を貸してくれる魔法使いなんていないよなぁ…。)」
キョウはため息をついた。
ユウノに治癒魔法を受けていた騎士は、無事に起き上がりお礼を言っている。
「回復したようね、良かった。」
「あぁ。我儘そうだが立派なお嬢様…」
「魔法を使ったらお腹が空いたわ!さっさと家に帰るのよ!」
「また始まったわ。」
ティエラは呆れたように掌を上に向ける。
「ユウノお嬢様、急いではおりますが馬車が使いものにならぬ故、代わりの馬車を用意するまでお待ちいただかねば…」
「えーっ!?帰れないの?そんなぁ…!」
「お…お嬢様…!」
騎士たちが慌ただしくなる。
相当手を焼いている様子がキョウたちにも伝わった。
「ただでさえ『知恵の実』が手に入らなかったのに、お家に帰れないなんて…!」
「『知恵の実』?」
キョウは、ティエラと顔を見合わせる。
「ですから、魔力泉の周りにはキラービーがおりまして、ユウノお嬢様には大変危険でしたので…」
「そんな怪異、ちゃちゃっと倒しなさいよぉ!」
ユウノは騎士の一人の腕を掴むと前後に振る。
騎士たちは相当参っている様子だ。
キョウは、荷物の中から大きな葉に包まれた『知恵の実』を取り出してユウノに向けた。
「あるぜ、『知恵の実』。」
「えっ…!」
「なんですと…!」
騎士たちが一斉にキョウの方を見る。
その中には、ユウノの強烈な視線も混じっている。
「間違いない、あれは『知恵の実』…!しかし…!」
エルインも驚いているようだったが、倒れたグランドベアを見ると納得したように頷いた。
キョウはユウノに近寄り、『知恵の実』を差し出す。
「これは君に。」
「いいの…!?」
「ああ、俺達はもう食べたからな。」
「ほんと!やった!やった!」
お嬢様はすっかりご機嫌になり、飛び跳ねて喜んでいる。
「キョウ殿…!誠、感謝申し上げる!」
エルインが救いの神を見るような目をキョウに向けた。
背中がむず痒くなったキョウは、そそくさとティエラのもとへ戻る。
「キョウ、良かったの?」
「いいんだ、あの木の実は昔よく食べてたからな。」
「そうなのね…。」
ティエラは少し考えると、
「うん、いいと思うわ!」
と言って、にっこりとキョウに微笑んだ。
ユウノの様子をみて安心したエルインは、先ほど渡しそびれた手紙を再びキョウに差し出した。
「キョウ殿、『知恵の実』についても手紙に認めさせていただいた。是非とも、また私に会ってほしい。」
「そうさせてもらいます。お世話になりました。」
キョウとティエラはエルインに頭を下げると、手紙をタオルに包んで歩き出す。
「待ちなさい!」
後ろから、二人はユウノに呼び止められた。
「名前を聞き忘れたわ!教えなさい!」
キョウとティエラは再び顔を見合わせると、笑って振り返った。
「俺はキョウ。」
「私はティエラよ。」
「キョウとティエラね!覚えておくわ!」
二人は微笑むと、再びユウノに背中を向け歩き出す。
小さな魔法使いは、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
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