第11話 馬車の危機と一発の銃弾
「怪異や動物が少ないと思ったら、街道が近くにあったのね。」
キョウとティエラは、魔力泉から歩いて少し経ったところに街道を見つけた。
道は土でできていて、馬や馬車の轍もまだ新しい。
「街道…、人が通るのか。」
「当り前じゃない、何言ってるの。」
あはは、とティエラは笑った。
まだティエラ以外の人に会っていないキョウは、自分たち以外の存在を新鮮に感じる。
「街道が近いと怪異が出ないのか?」
「そうよ。人が頻繁に行き来するところに縄張りを持つ生物は少ないわ。退治されることも多いし。」
「なるほど、運がよかったんだな…。」
怪異もやみくもに襲い掛かってくるものばかりではない。
ティエラの短刀以外にまともな武器のない二人が、戦闘を回避できていたのは単なる幸運であった。
彼女の短刀も魔影の核コアを多く割ったおかげで刃こぼれしており、動物はともかく怪異相手では危うい。
「(やっぱり、俺も何かしらの武器は持つべきだとは思うんだよな…。)」
魔幻師の『具現化』の魔法は、使い方によっては非常に強力である。
しかし戦闘においては、ごく普通の高校生が扱える、という条件に合致する武器が求められる。
キョウが思いつく限りでも、銃に限らず爆発物や毒ガスなど様々な攻撃手段があるが、素人には完全に諸刃の剣である。
それに加え、今の魔力量では具現化できるモノ自体が少ない。
「(拳銃程度なら今の魔力量でも具現化できるが、まともに撃てるとは思えない。魔力量の制約から弾数にも限りがあるし、この前のキラービーのようなすばしっこい怪異相手では意味がないだろう。剣も普通に使えるようになるまでどれだけかかるだろうか…。)」
外国の傭兵ならまだしも、普通の男子高校生であるキョウには筋力も体力も知識も足りない。
本は具現化できるので、時間をかければいずれも底上げできるだろうが、今そんな悠長なことは言ってられなかった。
「(せいぜい、ナイフやスタンガンといったところか…。)」
ティエラの役に立てる日はまだまだ遠そうだった。
二人は人気のない街道を歩き続ける。
「でも、油断はできないわ。人を狙って襲ってくる怪異だってたくさんいるもの。」
「そうだよな…。そうだ、俺がティエラの武器を具現化するって言うのは?」
「悪くないけど、武器がいつ必要になるのかわからないのに、こんなところで魔力を消耗する理由はないわ。」
「あぁ、そうだよな…。」
キョウは、ティエラに武器を使ってもらったほうが良いと考えたのだが、彼女の言うことも尤もであった。
そんな二人が着ている服も魔力で具現化したものだが、これに関してはやむを得ないと言えた。
「あ…でも、帽子が欲しいわ。ちょっと日がまぶしくて。」
「わかった、今出すよ。」
ティエラは、眩しそうに眼の上に手をかざした。
街道は木々が開けている上、二人は太陽の方向へ進んでいる。
警戒の面から考えても、日除けは重要である。
キョウは黒いつば広のハットを具現化すると、ティエラに手渡した。
「素材は見慣れないけど、帽子は私の知っているものとそう変わらないのね。ちょっと安心したわ。」
ティエラはキョウからハットを受け取ると深めに被った。
「(目元が見えなくなると、お忍び芸能人みたいだな…。)」
キョウは、ニュースでよく見た光景をぼんやりと思い出す。
順調な旅路に、二人には余裕が出てきていた。
だが、穏やかな道中は突然終わりを迎える。
「土煙…?」
ティエラが、緩やかな曲がり道の先に何かを見つける。
キョウは、嫌な予感がした。
「た…!助けてくれ…!」
悲痛な声と共に、道の先から砂まみれの老人が現れる。
彼の腕からは血が流れていた。
「大丈夫ですか!?その怪我は?」
「グランドベアに襲われたんじゃ!ワシは大丈夫じゃが、ご令嬢が馬車に閉じ込められておる…!」
「グランドベア…?」
「熊の『怪異』よ。強靭な肉体に厚い脂肪、余程の手練れじゃないと剣も通用しないわ。」
「熊か…!」
どうやら、運悪く人を襲うタイプの『怪異』に遭遇したようだ。
砂埃の中からは地響きと悍ましい鳴き声が聞こえてくる。
グランドベアはキラービーのように、小細工が通用する敵では無さそうだった。
「頼む…!お嬢様を助ける時間だけでも、稼いでくれ…!」
ボロボロの老人は、キョウの腕に縋りつく。
悲痛な視線に何とかしてやりたいという気持ちが強くなるが、自分ではどうにもできないことはよくわかっている。
「ティエラ…」
「キョウ…、私は行くわ。危険だから待ってて。」
「そんな…!」
キョウの返事を待たず、ティエラは凄まじい速度で駆け出す。
「は、早い…!名のある冒険者か?」
老人は、ティエラを見て驚愕の表情を浮かべる。
彼女は確かに強い。
だが、あくまで人類を基準にしたときの話だ。
「(最悪のケースも考えておくか…。)」
キョウは拳を握ると、彼女の後を追いかけた。
* * * * * * *
状況は、圧倒的に劣勢であった。
十名を超える護衛の騎士や騎兵がいるが、多勢に無勢である。
馬車と同じくらいの巨体を持つ『怪異』グランドベアは、ほぼ無傷で騎士たちに対峙していた。
「正面に展開しろ!馬車に近づけさせるな!」
「負傷者は後ろへ!救出を手伝え!」
馬車は運悪く入口を下にして倒れている。
グランドベアが馬車に手を伸ばす前に、中から令嬢を救出する必要があった。
「いざとなったら、この身を呈してでも…!」
護衛騎士団長のエルイン=カーシュタウトは、いつでも捨て身で飛び出せるよう構えた。
そもそも、武器を持った人類が十名程度集まったところで敵うような相手ではない。
グランドベアの理不尽な怪力と獰猛さを前にして、既に半数近くの騎士がやられている。
「(護衛は最早壊滅状態、増援も見込めん…。)」
エルインは唇を噛む。
魔王のテリトリーから離れた森の中とは言え、これほどまでの怪異が出るのは不運としか言いようがなかった。
御者はすぐに助けを求めに行ったが、テリトリーで寸断された街道を歩く人など居るはずもない。
エルインは剣を構えつつ、伏して動かない騎士を庇うように動く。
グランドベアの振るった腕が直撃した彼の周囲には、武具が散乱している。
「おそらく致命傷ではないだろうが…、目覚めるまで見捨てることはできん…!」
剣を握る手に力を込めた、その時だった。
「剣と盾、借りるわね!」
「なっ…!」
突如、風のような速さで瑠璃色の髪の少女…ティエラが現れる。
ティエラは倒れた騎士の周囲に落ちている武具を拾うと、そのままグランドベアの正面で剣を構えた。
「何者だ!危ないから離れていろ!」
「あなた達こそ、そんな装備でグランドベアに立ち向かうなんて自殺行為よ!早くお嬢様を救出して逃げなさい!」
突然現れた、奇妙な格好をした少女に騎士たちは戸惑う。
彼女の顔は帽子に覆われていてよく見えない。
「何やってるの!?早く…!」
「危ない!」
グランドベアは、ティエラに向かい前足を持ち上げると力任せに振り下ろした。
「くっ…!」
ティエラが咄嗟に振り上げた盾にグランドベアの前足が当たり、鈍い音が森に響く。
「信じられん…、あの攻撃を防ぎやがった…!」
「何をしている!急いでお嬢様を救出しろ!」
エルインは、この一瞬でティエラに任せるという判断を下した。
その素早さに能力の高さが伺える。
もしもあの攻撃を受けたのが彼らならば、盾ごと押し潰され助からなかっただろう。
「(ティエラ…!)」
必死でティエラの後を追いかけてきたキョウは、天人の身体の強靭さに改めて舌を巻く。
だが、防御もそう長くは続かなさそうだった。
「ぐっ…!重い…!」
グランドベアは振り下ろした前足に体重をかけ始め、ティエラを盾ごと押し潰そうとしている。
流石のティエラも防ぎきれず、構えた盾が徐々に下がってきている。
騎士による馬車の救出も進捗は芳しく無く、まだ時間がかかりそうだった。
「(まさに、絶体絶命か…。)」
そんな状況の中、安全地帯から見ているだけのキョウは自分に嫌気が指す。
しかし、玄人の中に素人が紛れ込む方が迷惑がかかるのではないか…、と彼の考えはまとまらない。
「(落ち着け…どうするか考えろ…!)」
キョウは胸に手を当て、目を瞑って深く息を吸い込んだ。
「俺は、ティエラを護る。」
そう小さく呟くとキョウは眼を開け、ありったけの魔力を手の先に込めた。
「(これ以上の消耗戦は危険だ。一撃であの怪異を仕留めるしかない…!)」
光と共に手の先に現れたのは、鈍く銀色に光る大口径の拳銃だった。
魔力量の制約から装填数は一発だが、それで十分だった。
キョウはティエラの真後まで移動する。
「…キョウ!?何でいるのよ、危ないわよ!?」
「ティエラ、時間がない、よく聞いてくれ。」
「…何よ?」
「合図をしたら、盾を離してグランドベアの体制を崩してくれ。」
「でも、次の攻撃が来たら抑えられるかわからないわよ!」
「問題ない、一発で仕留める。」
「一発…?」
ティエラは、キョウの提案を頭で反芻する。
そんなことができるはずがない、と彼女の経験は警告するが、迷っている時間はない。
「わかったわ。私はキョウを信じる。でも…」
「わかってる。失敗したら、一緒に逃げよう。」
どのみち、このままでは全員が犠牲になるのは確実だ。
ならば悪魔と言われようとも、キョウは彼らを見捨てティエラと生き延びることを選んだ。
故に、失敗は許されないのだ。
キョウは震える手先を勇気で押さえ込み、息を大きく吸い込んだ。
「…今だ!」
その言葉を聞いたティエラは、最後の力を振り絞って盾を離し、グランドベアから一気に距離をとった。
体重の殆どを掛けていた支えを突然失ったグランドベアは大きく体勢を崩す。
「当たれ!」
森に、この世界で初めての銃声が響いた。
未熟者ですが、頑張って書きます。




