第10話 王女様の青いガウチョ
「目が覚めたか。」
キョウは昨晩出した『ライター』で焚火をしていた。
「森の朝は冷えるな…。体調は大丈夫か?」
「ええ…平気よ。」
ティエラは眠い目をこすりながら体を起こした。
ブランケットがあるものの、泉の周りは気温が下がりやすく身体が冷えていた。
「(ティエラの服はボロボロだな…俺も人のことは言えないが。」
テリトリーや森の中を駆け抜けたキョウたちの服は傷だらけで汚れきっていた。
ティエラは気にしない素振りを見せているが、王女にいつまでもこんな格好はさせられない。
「(魔法で服を出してあげるか…、でも女性の服なんて知らないしなぁ…。)」
キョウには妹がいるものの、服のことはそこまで詳しくない。
変なモノを具現化するのも申し訳ないし、どうしようかと悩む。
「…そうか、服の”見本”があればいいのか。」
ふと、キョウは妹がよく読んでいたファッション雑誌を思い出す。
服の写真を見てそれを具現化できるかはわからないが、やってみる価値はありそうだった。
「ティエラ、着替えを出してみようと思う。」
「魔法で?そこまでしてもらわなくても大丈夫よ。」
「いや、これは俺の実験も兼ねている。できるかわからないから期待せずに見ていてくれ。」
「わかったわ。そんなことなら…。」
ティエラは、ボロボロのブーツや泥だらけのドレスを見て赤面する。
「お言葉に甘えさせてもらうわね。」
ティエラは、恥ずかしそうに笑った。
キョウは早速、『ファッション雑誌』を具現化する。
「それは…本なの?」
「そう。『雑誌』と言って、いろいろな情報が載った手軽に読むことができる本だよ。」
「私も本は見たことあるけど、紙や塗料の質が段違いよ。まるで世界が本に閉じ込められたみたいね。」
ティエラは、キョウに渡された雑誌をパラパラとめくる。
「それに、素敵な服がいっぱい載っているわ!これを出してくれるの?」
ティエラは目を輝かせる。その姿は年齢相応な年頃の女の子だった。
キョウはゆっくりと頷く。
「じゃあ…これがいいな。」
ティエラが指さしたのは、真っ白なボタンシャツに青色のガウチョパンツと同色のスカーフを合わせたコーディネートだった。
カラフルな差し色が入った白のスニーカーがワンポイントになっており、上品でセンスがいい。
「よし、やってみるか。」
キョウは写真をしっかり見つめ、手を伸ばして魔力を込めた。
手の先から光が溢れ、ティエラが希望した通りの服がそこに現れる。
「やった…成功だ!」
「わぁ…!」
ティエラは満面の笑みを浮かべ、屈んで服を拾った。
「ありがとう、キョウ。」
「こちらこそ、まさかできるとは思わなかった。」
今まで何度か具現化を使ってきたが、キョウは今初めて魔法というものに触れられた気がした。
満足そうに手を腰に当てるとティエラを見る。
「あれ?」
服を持ったティエラは、何故かまだキョウの前に立っていた。
「どうしたんだ?着替えないのか?」
ティエラは雑誌を持ち上げ、何やら恥ずかしそうにしている。
「あの…。あと、これも出してほしい…。」
彼女はうつむきながら、下着の写真を指さした。
「あ…。」
キョウはそこまで気が回らなかったことに罪悪感を覚えつつ、ティエラ以上に赤くなった顔を隠しながら下着を具現化した。
「ごめん、気づかなかった…。」
「ふふ、いいのよ。じゃあ、あっちで着替えて来るわね。」
「おう、気をつけろよ。」
ティエラは弾みながら、茂みの向こうに消えていった。
「(ま、まぁともかく、実験は成功したわけだ。)」
魔力で具現化したモノは時間が経てば消えてしまうので、また明日の朝に服を出してあげる必要がある。
「(一着分の魔力は残しておかないとな…。)」
これで、ティエラが着ている服は全てキョウの魔力でできていることになる。
もし着替えるのを忘れてしまい、服が魔素に還元されてしまったら目も当てられない。
いや、本音は目を当てたいのだが…。
「待たせたわね。」
そんなことを考えていると、茂みの向こうからティエラの声が聞こえた。
「おお、どんな感じだ…?」
着替え終わった彼女の美しい姿に、キョウは思わず目を奪われた。
「キョウ…?」
「あ…、いや、びっくりした。すごく似合っている。」
「ほんと…!?」
昨晩洗った髪は、シャンプーのおかげで美しい瑠璃色に輝いている。
青色のガウチョとスカーフは、そんなティエラの髪色とよくマッチしていた。
彼女は服を撫でまわしながらはしゃいでいる。
「これを言うのは何度目かもうわからないけど、本当に出てくるモノの質が高いわね。」
ティエラは感心しながらシャツの襟を摘まんだ。
王女であるティエラの観察眼は本物だった。
質が高いのも当然で、キョウが具現化したのは高校生には手の届かないようなブランド服だった。
いつも紗希の買い物に付き合っているからか、再現度の高さがわかる。
本物と並べても遜色ないようだ。
「(しかし…本をちらっと見ただけなのに、魔法でこんな緻密に再現できるものなのか?)」
実際にできてしまったので疑う余地もないが、写真の一枚を見ただけで完璧に再現できてしまうようなら、雑誌の一冊が世界を変えてしまう可能性がある。
それに、キョウが具現化したものをティエラが問題なく着られたところにも疑問が残る。
LEDライトの時は、ティエラがボタンを押してもライトがつかなかった。
「(これは…もっと慎重に動くべきかもしれないな…。)」
魔幻師は、キョウにとって唯一の武器だ。
詳細を知っておくことは、いざというときに生死をわけるかもしれない。
念のため、『ファッション雑誌』は『ライター』で燃やしておいた。
灰や煙は出ず、全て魔素に還元された。
「考えるほど不思議だよな…。ティエラ、魔素や魔力について詳しく知ってたりしないか?」
「詳しく、って?」
「魔素の性質とか、正体とか、生物との関係とか。」
「キョウ、そんなことに興味があるの…?」
ティエラは軽く引いている。
「…私が『翠ノ國』にいた頃、キョウが言っているようなものを研究している先生がいたわ。なんの役にも立たない研究ばっかりだったから変人扱いされていたけど…。」
ティエラが、あなたも同類なの?と言うような目を向けてくる。
この世界では、理論を突き詰める人は変人扱いされるようだ。
「あとは、『霊ノ國』なら知っている人がいるかもいれないわ。」
「『霊ノ國』?」
「精霊とか妖精とか、身体が魔素でできている住民の国よ。強力な魔法使いがたくさんいるわ。」
「そんな国もあるのか…。」
答えにたどり着く日は遠そうだ、とキョウは腕を組んだ。
「私も『霊ノ國』は行ったことがないわ。いつか行ってみたいわね。」
ね?とティエラはキョウを見る。
キョウにはそれが「キョウと一緒に」なのか「単なる願望」なのかを推し量ることはできなかった。
「まぁ、とりあえず何か食べるか。腹が減ってはなんとやらだ。」
キョウはティエラが野営の片づけをしている間に、自分の服を『具現化』させると茂みの裏で着替えた。
あまり魔力は使わないようシンプルなTシャツとジーパンした。
昨日キラービーを倒したおかげか、魔力が増えている。
「そういえば…。」
着ていたズボンのポケットからLEDライトを取り出す。
少し軽くなっており、魔素に還元されたようだった。
「キョウ、朝ご飯をとってきたわ。」
「…え?」
着替え終わって茂みから出ると、ティエラが腕に赤い果物を抱えて立っていた。
「いつの間に?よく見つけたな…。」
「気づいてないの?魔力泉の周りの木には果実が実るのよ。」
ティエラに言われて見回すと、魔力泉の周りにちらほらと赤い果物を実らせている木が見える。
「ありがとうティエラ、お陰で手間が省けた。」
「どういたしまして!」
ティエラは嬉しそうに笑うと、キョウに赤い果物を差し出した。
「(木に果物が見えてるとは言え、結構高所にあるんだよな…。)」
ティエラのことだから、ジャンプしてもぎ取ったのだろうか。
そんなことを考えながら、一見リンゴのような果物を齧る。
「…リンゴだ。」
シャクシャクと歯ごたえも程よく、甘みと酸味が良い香りと共に口の中に広がる。
それはキョウの知る限り、リンゴそのものだった。
「これすごく美味しいな、なんていう果物なんだ?」
「そうでしょ!名前はないんだけど、私の周りでは『知恵の果実』って呼ばれていたわ。魔力泉の周りにしか実らないのよ。」
種を植えても実がなることはなく、栽培はできないとのことだった。
果物の王様と言われており、伝説的なその存在を求めて魔力泉を探し回る冒険者も少なくない。
「私もその一人だったのよ。」
ティエラが自慢げに胸を張る。
『翠ノ國』で魔力泉を探したと言っていたが、『知恵の実』が目的だった。
もし量産が出来たら大ヒットは間違いないだろう。
「腹も膨れたし、そろそろ行くか。」
「そうね、着替えてさっぱりしたわ。」
ティエラは立ち上がると、ズボンについた草を払う。
キョウは魔力泉で洗った二人分の服を、昨晩具現化した『タオル』に包んで持ちやすくした。
ついでに残りの『知恵の実』を大きな葉に包み、着替えと一緒に仕舞った。
「それで、どっちへ向かうんだ?」
「あっちよ。テリトリーから離れれば、誰かに会うかもしれないわ。」
「よし、行こう!」
キョウとティエラは、力強く大地を踏みしめた。




