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暦が終わり、始まる日。

作者: アカラ瑳



「本日の予定は、以上でございます」


「ああ。今日は忙しくなるが、よろしく頼む」



お辞儀をして部屋を出るじいやを見送り、さて、と自分も気合いを入れる。

今日は暦の最終日。月の満ち欠けや気候の移り変わりの統計によって作成された、約360日のそれは、今日をもって終了し、明日からは新たな暦に移行する。

俺が生まれる何十、いや何百年も前から受け継がれるそれは、国中の人々にとっても大切なもの。


その中でも特に、この移り変わりの日は盛大に祝われる。社交界でもこの日を基準に様々なパーティーや茶会のシーズンが設定されるので、勿論皆が注目する。装飾などのモチーフをこの日に決定するというのも大きいだろう。今年は鳥がそうだった。因みに来年は猪。それに合わせて、既に城内の装飾も更新済みである。


今日の予定は、何と言ってもパーティーだ。国中の貴族が集まり、王も姿を見せる。公式で王が出てくるのは建国記念日以外ではこの日くらいなのだから、いかに今日が重要かがわかる。


勿論俺も顔を出す。ので、その挨拶もだが、未婚の身である俺はダンスに参加しなければならない。

踊るのはいい。だがその相手を誰に頼むかが問題だ。

下手に選ぶと、すぐに恋愛沙汰になってしまう。無礼を承知で言うが、面倒くさい。

大臣によって選ばれ、じいやに渡された候補者一覧の名簿。執務室の机でしっかりと存在感を放っているそれを、なるべく視界に入れないように、しかし手を伸ばす。


だって他にもうやることがないのだ。

この候補者選びから逃げ回り、あらゆる仕事を片付け回ったせいで「後はルーン様がいなくても大丈夫」だと全ての事柄において言われてしまった。じいやの無慈悲な報告にため息をつかなかった俺は偉かったのではないだろうか。

しょうがない。候補者選びも重要なことだ。自分の立場を考えれば、それが決して単なる社交的なものではないのは明白。何か間違いがあっては王家の威光に傷がつく。



「誰だよ、俺を国の象徴とか言ったのは…」



はい、国民です。国の最も大切な宝達です。

うううぐぬぬ…覚悟をするんだ、ルーン。お前は大きな期待を背負っているんだっ。


深呼吸をして、ぱっとリストを開く。

ずらっと並んだ名前は、二つある公爵家から、それぞれ一人。

侯爵家から五人、伯爵家から三人、子爵家からは八人。

ん?と思って、もう一度名前を確認する。記憶の中の情報と照らし合わせる。やっぱりそうだ。



「全員、成人前の子供じゃないか…?」



えええどういうこと?俺は少女が好きなの?いや、子供は好きだが…流石に恋愛対象には…。

クエスチョンマークが浮かびまくった頭でページをめくると、そこには見覚えのある字でこう走り書きがなされていた。


『お前のことだから、どうせ候補者を決められないだろう。なのでこのリストのご令嬢全員と踊って差し上げるがいい』


間違いなく、アレス兄上の文字だ。

これは…つまり、なんだ。気をつかってもらったということか?

リストを見直してみると、彼女達はまだあまりパーティーに顔を出していない。成る程、誰かと踊ったこともないのだろう。最初の相手が俺ならば、そこそこ良い印象でデビューが出来るはずだ。


そういうことなら、何の文句もない。しっかりとエスコートをして、良い思い出を持ち帰ってもらいたい。

じいやを呼んで、至急花束を18個用意するように頼んだ。



++++++++++



音楽が終わり、相手のご令嬢に一礼して離れる。


そして花束を手渡し、微笑みかければ、彼女も花のような笑顔でそれを受け取ってくれた。

やっとおわった。体力的には問題ないのだが、気をつかい続けるというのは中々に大変だった。

控えの部屋に戻り装飾品を外していると、じいやが飲み物を持ってきてくれた。



「お疲れ様でした、ルーン様」


「ありがとうじいや。リリアナ嬢とローラ嬢には、茶会の招待状を準備しておいてくれ。メリア姉上と繋がりを持っておいた方がいいからな」


「ほう、お眼鏡にかないましたか」


「非常に賢いお嬢さん方だ。おそらくは国内の貴族に嫁ぐだろうからな…大きい後ろ盾をつけた方がいい」


「では、メリア様にもご報告を。この後はアレス殿下によるお言葉、暦移りのカウントダウン、その一時間後にパーティーは終了となります。ルーン様はその間王家の座に控えていただきます」


「わかった。それにしても…すごいな。毎年のことだが、毎回思うんだ」


「何をですか?」


「皆でこうして祝えて、よかった」



華やかな音楽、楽しげな声、人々が生み出す熱。

気分が高揚する感覚は、気持ちがいい。そしてそれ以上に嬉しい。


夢のような理想を掲げて、正義を名乗り駆け回った日々。勿論いいことばかりではなかった。

バカにされた。甘いと貶された。何も知らぬただの小僧だと嘲笑された。最後には「王家の恥」だと、あらゆる人々から軽蔑されるまでに至った。


それでも、諦めなかった。諦めなかったからこそ、今この瞬間を迎えられている。



「…南の土地では、この日は神に祈りを捧げるそうだ。皆がまた笑顔で、暦を越すことができるように」


「ルーン様も、そう願うのではないですかな?」


「勿論。だが、少し違うな…俺はそれを己に願う。だから決意表明みたいなものだ」



こうやって暦を越せることが、普通だなんて一度も思ったことがない。俺はそれをよくよく理解しているつもりだ。だから立ち止まったりしないように、常に前を向けるように、己に言うのだ。

愛する民を、家族を、この国を。守り通す剣であれ、と。



「そろそろ兄上が出るな。俺も行く」


「いってらっしゃいませ、ルーン様」



じいやからマントを受け取って、再びホールへと踏み出した。

さあ、今年が終わる。そして新たな暦が始まる。

俺は、走り続けることができるだろうか。来年も、ここに笑顔で立っていられるだろうか。

不安もあるが、期待も胸に残っている。何か良いことが起こるかもしれない。今年こそ、そう…例えば、大切な出会いがあるかもしれない。

だから今は前を向く。国の象徴である、ルーン皇子として。



さあ、行こう。




2018年、本当にありがとうございました。

来年もまたよろしくお願い申し上げます。

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