いつかきっと話す時が来る
本当に毎日美鈴の家にお邪魔したものか、悩んで行くのをやめようとした日もあったけど、携帯で呼び出されて結局何日も何日も通うことになった。
依存、と言うには私が美鈴への気持ちを希薄にしているままなので微妙だが、確かに私の命は美鈴に繋ぎ止められているような実感があって、そこは確かに依存と言えなくもない。
美鈴に会いたい気持ちもあって、彼女を大事とも思うけれど、結局のところ私にとって彼女は必要のない人間で、私は平気で死ぬことができるというのは、奇妙な状況だった。
もし、美鈴が死んでしまうとなれば、私は容赦なく自分の命を投げ出す。美鈴が生きてさえいれば私はどうなっても構わない、つまりそういう気持ちだった。
美鈴のことは大事だけど、私は別にどうなってもいい、早くに死ぬだろう、そういう気持ちがあるままなのだ。
命を粗末にしている、と言われればそれは確かにそうだ。けれど罪と罰の観点では、同様に命を疎かにしたものを必ず殺さなければならないのだろう。
概念や理念、そういう複雑な考えが無限に存在する中で、けれど一人の決断はどういった意見にも変わることなく。そんな状況で私は死ぬことを決めている。
私の決断は遠巻きだ。『いつか』なんて漠然なタイミングを掲げている。されど『いつか』には必ず死ぬのだから質が悪い。
要するに、結局のところ、私は特に変わっていないということだ。
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毎日毎日、夏休みに友達の家に遊びに行くとなっては流石に色々問題を感じた。
まず家族に不審がられた。危ない遊びをしてるとか、実は彼氏がいるとか色々疑われもする。彼氏だって普通そんな毎日一緒にいないと思うけど。
その問題は、私がわけあって美鈴と知り合い、その勉強を見届けてあげているから、夏休みの宿題とかも一緒にするため、とそれっぽい言い訳をして納得させた。
本当は、殆どの科目で既に美鈴の方が賢いし、宿題は少し手伝ってもらったりしてるけど。
次に美鈴の家族の方の心配なんかもあったけど――
「あら本当にありがとうね梨香ちゃん。お菓子持ってくるわ」
「いえお構いなく、毎日すみません本当に」
「いいのいいのいいの! あなたのおかげで美鈴が学校に行ってくれるようになって本当にうれしいわ。美鈴と仲良くしてやってください」
と、もう十五日くらいこんな調子だった。どれだけ美鈴の交友関係が狭かったのか、友達と遊んでなかったのか、ちょっと心配になるくらいだった。
あと、美鈴のお父さんは単身赴任しているらしく、それにはたまにお母さんが心配して見に行ったりしているとかで、一人で過ごす日もあるらしかった。美鈴が休学や登校拒否した時にわざわざ帰ってきたりもしたそうだが、それ以上彼女の家族関係について踏み入った話はしていない。
忘れてはいけない切実な問題も一つ、交通費。
こればかりは毎日電車で美鈴の家まで行くと素寒貧になってしまうので、自転車で彼女の家に行く術を覚えた。
結構時間がかかるけど、背に腹は代えられぬというものだ。お金には代えられない。
最後の問題となると、美鈴の気持ちだが――
「今日は何する?」
初めてここに来た時のように、薄暗く、美鈴の妙に甘い気持ちがほんのり香る湿っぽい部屋。
まったくもって彼女のホームであるこの場所で、彼女は一番安らぐ姿勢でいるのだ。
私を助けたいから私を誘った、と言うよりも美鈴にとって私がいた方が都合がいいから呼び出している、とさえ思えた。そんな不躾にも思える態度が、彼女に迷惑をかけていないのだと私も少し安心できる。
毎度のように何をするか尋ねられるのは困ったものだが。
「目的もないのに遊びに誘うっていうのもどうなの? っていうかたまには掃除したら?」
「お母さんみたいなこと言わないで。これが最高に片付いてるんだって」
そうはいっても布団も出し広げたままだし、目覚まし時計はこけているし、漫画本やDVDは散らばってるし。
「とりあえずアニメ見よう!」
時間も経たずに彼女は言う。一応はすることを毎日決めているらしい。だから私も、したいことはない素振りを見せている。
この日美鈴と見たのは近未来SFの作品で、三人の少女が危険地帯にいる人達を助ける作品だった。
放射能とか耐性や超能力めいたところはファンタジーじみているけれど、作品はリアルな雰囲気に寄せられているし、美鈴が言うところの「女の子ばっかり出して萌えを狙っている」ようなものでもないので普通に楽しめた。
危険を顧みずに人々を助ける、自分の命をなげうってでも大切な人を救う、言葉にすればそれだけのことだけれど、時間をかけて物語で見るとその感動は一入だ。
率直に言って泣いた。命の尊さ、人の思いやりの心、そういったものをシンプルに伝える作品だった。
隣を見れば美鈴もズビズビ言いながら泣いてた。ちょっと声まで漏らしてて少し引く。感動はするけど、既に見てたアニメを人前で見てこんな遠慮なく泣けるのってなかなかないと思う。
で、見終われば既に五、六時間経っているわけで。
「どうだっだ?」
涙声で私の感想を請う彼女は、やっぱり遠慮とかそういうのがないんだなぁと思いつつ。
「面白かった。凄く、良いと思う」
私もしゃくりそうだから、あんまり喋らないけど、色々と思うところはある。彼女がこれを私に見せた意味とか。
ならば私は、私の死の理由を、私の罪を彼女に告白しなければならないと思う。
命の価値なら既に分かっているのだ。だからこその決意なのだ。
「美鈴、私は……ひくっ」
ダメだ、恥ずかしい。しゃくりあげてしまった。大事なところでの失敗は恥ずかしさが何十倍も膨れ上がってもうただ全身が溶けてなくなってしまいたい気持ちしか残らなくなる。土に還りたい。
「なに?」
「なにもない」
とりあえず放っておいてほしい気分だった。
それでも、隣の美鈴は私に肩を寄せて。
「わかるよ。話したくないこと、誰にだってあるし」
それは、美鈴にもあるということだろう。
彼女が登校拒否をした理由を私はまだ聞いていない。
私達は互いに秘密を抱えている。お互いが居心地の良い関係になって、互いを一番の友達だと言っていても、まだ踏み込めないところがある。
まだ私達は居心地の良い関係でしかないのだ。これ以上互いに踏み込むことを恐れて、相手を信頼しきれずにいる。結局それは、ありきたりな関係でしかないと言える。ただ楽しく遊ぶだけの関係。
健全な関係だとも、プラトニックな関係だとも言える。私の罪に触れないままの、互いの心を侵さない関係。
――だけどそれじゃ、互いに救われない。
私は救われたいのだろうか。それはまだ判然としないが、きっと美鈴は私を救いたいと思っているし、私も美鈴の心を巣食う何かを取り払いたいと思っている。
そのためには一歩、近づかなければならない。
私も美鈴に肩を寄せた。
「『いつか』話すよ、きっと」
その『いつか』はきっと遠くない、必ず確実に来るだろうことを予感させた。
コッペリオンは泣ける