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命の価値について話そう  作者: イウよね。
6/18

久瀬梨香のある一日

「タバセンこれ、美鈴がもう全部覚えたそうなので」

「……なに? 一学期だけでなく、二年の分を全てか? それは……あと半年以上退屈させることになるな。で、本人は?」

 そう問われても、美鈴は職員室にまでついてこなかった。胸を触られたことが原因か教室で待つことにしたらしい。

 どうせなら下足箱のところで良いと思うが、少しでも長く、一緒に帰りたいそうだ。それならついてきてくれてもいいと思うけど。

「にしても、美鈴、か。随分仲良くなれたみたいだな。私も安心だ」

「そう……ですね。一学期に良い思い出ができました」

 終業式まで残すところ僅か数日、夏休みに会う約束なんかも既にしていて、高校二年にしてようやく我が世の春が来たとでもいうところだろうか。

 青春なんてものは冬が過ぎてくるものだと思っていたが、突然訪れるものらしかった。

 私のイメージする『いつか』はどのタイミングで来るのか、それが今は漠然とした不安でもある。

 それは『いつか』私が実行すると思っていたが、どうにも私の意志に関わらず必ず襲い来る絶対的な終幕である予感がする。今美鈴と楽しい高校生活を送っているからこそ、それが終わるかもしれない不安と重なっているのかもしれない。

 死にたい、死にたくない、ではないのだ。必ず来る終わりの概念、それが私の罪悪感と伴って存在感を増しているのかもしれない。

 ともあれ、『いつか』死ぬ。ただそれだけは万人に言える共通の事実だった。

「じゃあ久瀬はもう死ぬなんてことも言わないのか?」

「いえ、それとこれとは別です。今が楽しくて、友達ができたとて、私は恐らく自殺します」

「そうか、意志は変わらないか」

「意志というか、まあそうですね。変わらないです」

「……寂しいな、久瀬」

「近寄らないでください」

 既にタバセンは両腕を広げてハグの姿勢に入っている。それと同時に私は軽く睨みながら職員室を出た。

 田端先生は、別に外見だけは良いし、実際に私達のことを想ってくれているのだが、行動がいまいち伴っていない時がある。抱きしめて解決なんて都合のいい話はない。

 ……んにゃ、でも私はあの時、結局美鈴を抱きしめていたな……。

 

―――――――――――――――――――


「梨香って、なんか謎が多いよね」

「そう?」

「私たちってさ、ほら、一番の友達でしょ? だからお互いのことをもっと知り合いたいな~って」

 下校で二人きりの時にのろけた話をされると妙に頬が緩む。美鈴は本当に、なんというか女の子らしさがにじみ出ている。私にはない感性だ。

「何が知りたい? 別にあんまり面白いことないけど」

「何かあるでしょ~。だって梨香すっごい変だし。うん、すっごい変! なんかある!」

「えぇ……私のことをなんだと思ってるわけ」

 美鈴には妙な確信があるみたいだけど、私は本当に、これといって何も別にない。

 今からそれを簡単に証明することにした。


――――――――――――――――――――――――


 午前六時四十分、二階の自分の部屋で目を覚まし、母の朝ごはんの調理を手伝う。

 母は五時に起きて父の弁当を作り出すから、私も早く起きれる時はより早く起きるけど、基本的には兄と妹と自分の分の朝食を作るのが役目だ。

 早く起きれたら豪華なものだけど、基本的には食パンに色々付け足すトーストだ。

 朝食をリビングのテーブルに置いたら、二階の兄と一階の妹を起こして、私も自分の部屋で着替えてか、鞄も玄関においてから朝食をとる。

 父を見送って、大体七時くらいに食べ終わって、朝は六チャンネルのニュースを見ながら、新聞も確認。

 七時半には家を出て、七時五十分の電車に乗り、八時三分に高校の最寄り駅につく。

 だいたい八時十分には高校について、教室で授業。

 今まではただまんじりとせず、図書館で借りた戯曲だとか、書店に置かれている新書なんかを読んでいたけれど、今では美鈴とアニメの話をしたり。

 授業もそつなくこなして、たまに遠く離れた美鈴の方を見ると、目が合ったりして。

 放課後、曜日によるけど午後四時半、美鈴と一緒にゆっくり、喋りながら帰って。

 駅で名残惜しく視線を交わして、ホームで別れて。

 午後四時五十二分の電車に乗る時も、向かいのホームにいる美鈴の方を見て。

 帰りは本屋やコンビニによることが多いから帰宅は五時半くらい。長い時は事前に連絡するけど、そういうのは滅多にないし、休みの日に母や妹と服を買いに行ったりするくらいだ。

 帰るとリビングでアニメを見ている妹と、少し話したりする。遠慮気味な妹の態度に対して、今やってるアニメが美鈴の見ているものか確認したり。

 六時くらいに部屋で勉強して、四十分には夕飯の手伝いを軽くする。

 七時半ごろに家族揃ってとは行かずとも夕飯になる。父と大学生の兄が帰ってくる時間は日によってまちまちだからだ。

 お風呂掃除も私がしていて、お湯を沸かした後にまた勉強する。大体九時頃から妹がお風呂に入りだすから、私もそのくらいの時には勉強に飽きて本を読んだり、美鈴のオススメアニメや小説を見たり。

 九時半から十時くらいにお風呂に入るけど、私は二十分で出る。十時半にならないくらいの時だ。

 お風呂はテレビ番組の都合で入る時間が変わるし、たまに妹と一緒に入ることもあるけれど。

 それから歯を磨いて、時間割を合わせて、不安なら勉強をすることもあるけれど、一番遅くても深夜零時、早い時は十一時には就寝する。


―――――――――――――――――――――――――――


『いつか』の時に備えて自殺できるか、カッターナイフを手首に添えて確認する習慣もたまにあるけれど


―――――――――――――――――――――――――――


 それは言わず、のんびり私の一日について話した結果、美鈴は口を開けて驚いていた。

「めっちゃいい子」

「そう? ありがとう」

「もっと、反社会的なことしてると思ってた。新書ってなに」

「別に普通に。少年法改正について~とか、SNSの弊害について~とか、なんか面白そうなやつ」

「真面目だ……家族のお手伝いとかもしてるし、本当に良い人なんだね……うっ、眩しくてもう梨香が見れない……」

「私は、良い人なんかじゃない」

 それだけは確信をもって言えた。私は(あがな)うべき罪がある。いや、贖うべきかどうかは分からない。けれど私の心に刺さった楔のようなものが告げるのだ。お前は間違っていると。

「でもそんなの言ったらさ~、私なんてクズだよ。勉強だって気が向いた時しかしないし、基本的にアニメ見たり漫画読んだりしてるだけで……うぅ、見習わなくちゃ」

「そんなの。今まで通りで良いと思うけど」

「うぅ~、でも、……あぁぅ……。うん! やっぱり私、梨香みたいな良い人と友達になれてよかったよ!」

 見習うことは諦めたのだろうか、気分を切り替えて、ぎゅ、と腕を掴んでくる美鈴の顔はもう笑顔にあふれていた。

 向上心を諦めたのかもしれないけど、美鈴のこういう明るいところは好きだ。

 一年間も引きこもっていて、ずっと登校拒否だったのに、ものの数週間でそれを乗り切った。

 とてつもないポテンシャルだ。それは単に美鈴の能力が高かったということもあるのだろうけど、この気持ちをよく切り替えることができるのも理由だと思う。

 諦めることは諦めて、やると決めるとやり通す。できることとできないことの区別がつく、のだろうか。

 美鈴さんに言われたことを思い出す。

 一番の友達だから、もっと互いを知り合いたい。

「次は……」

 なんて言ってると、駅についていた。

「あー、やっぱり早いね。じゃあ、また明日ね、梨香」

「……うん」

 私は、美鈴の話を全然聞いてなかった。

 それに、私の話をもっとしたかった。

 そんな感情が不思議と生まれる。今まで誰にも話さなくて済んでいたのに、美鈴といると調子が狂う。

 だけど、その心地が妙に良かった。明日、また学校で話そうと思うと、どこか心が躍った。

 夏休みが今から楽しみだ。

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