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命の価値について話そう  作者: イウよね。
14/18

言葉にできない気持ちを抱えて

 美鈴との心の距離が開いて縮まらない。

 一番の友達になったあの日のことを思い出せば、心ここにあらずな美鈴と一緒にいるだけでどこか辛いものがある。

 いつもどこか一歩引いて、少し距離を開けている。遠慮気味だけどはきはき喋る彼女も、大きな声で笑ったり怒ったりする姿も、すっかり見られなくなってしまった。

 美鈴と向き合わなければならないことは、やっぱりそっちの問題について考えなければならないわけで。

 最後の頼みの綱ということで、私はタバセンに相談しにきていた。

「言いたいことは分かっている。喧嘩の原因はなんだ?」

 私と美鈴の不和は誰の目にも明らからしく周知になっていた。タバセンもそれには気付いているらしい。

 ただ、その内容について話していくと、彼女も表情は翳っていった。

「……。そうか」

「どうしたらいいでしょうか」

「それは、私に聞かれてもだな。君がどうしたいかだ」

「変じゃないですか?」

「こら。別に変じゃないだろう。好きなものを好きになって何が悪い。昔こそそういう差別や偏見は多かったがな、最近はちゃんと認められてきているんだぞ」

「政治の話ですか?」

「この世界の話だ。ヨーロッパとかじゃ同性で結婚だってできるんだからな。男と女も女と女も変わらんよ」

「変わると思いますけど」

「まあな……」

 先生はあっさり躱すように言って、小さく溜息を吐いた。珍しく、考え込んでいるかの様子だ。

 自殺すると決めていた私を諭そうとしていた時も、似たような感じだった。妙に疲れた大人の雰囲気は、まさかセクハラ教師だと思わないくらいの哀愁があった。

「君は枇々木のことをどう思う?」

「好きですけど、でも……」

「まあ、抵抗はあるだろうな。しかし、私が君くらいの年の頃にはなりふり構わず恋愛をしていたぞ? もし男子から告白されたらどうする?」

「えー……そんな仲良い人いないのでたぶん断ります」

「なら君が臆病になっているだけだろう。いや、別に恋愛を推奨するつもりじゃないが、もし君が将来、誰かと恋仲になると考えているのなら、今がその時なのかもしれない、くらいに考えてはどうか?」

「それが、美鈴ですか?」

「高校の恋愛なんてそんなものだ。一生を添い遂げるものなんて滅多にない。試しに付き合うのもいいんじゃないか? 見知った枇々木が相手なら安心だろう?」

 先生の言うことは、つまり性別というものを考えなかったら、美鈴はうってつけの相手だということだった。確かに一番仲が良いし、信頼のおける相手だ。私も仲良くなりたいと思ってるし、正しい気もする。

 だけどその一線は越えて良いものかどうかが分からない。恋愛としていつか終わってしまって、そのあとは美鈴とどうなるのだろう。

 友達ならずっと続く関係であっても、美鈴との恋愛なんて続かないに決まってる。そんな終わりのある関係にはしたくない。

「先生、私は――美鈴とずっと一緒がいいんです」

「……お、おお。じゃあそう伝えたらどうだ」

「いいんですか、それで?」

「それが本心なら最高の答えだと思うが」

 どこか困惑してるようにタバセンはへろへろと受け答えをしている。自分の意見をもう出す気がないらしい。

 そんな簡単にうまくいくものか、と少しタバセンを睨んでから私は職員室を出た。


――――――――――――――――――――――――――


 しかし、教室で美鈴に言おうとして、直前でようやくそれがプロポーズのような言葉だと気付いた。

 同性だから、異性だから、で意味が変わる言葉というのか。それとも私の価値観のせいでそういう印象があるのか、ともかく私の口は堅く閉ざされてしまったのだ。

「ね、放課後パンケーキ食べない? アイス乗っけるやつ」

「う、ん」

 美鈴は今をどう考えているんだろうか、と思った。互いに本心を隠して、曖昧な距離感で、以前のような関係を「ままごと」みたいに続けている。

 私がこんなに辛いのだから美鈴だって辛いに決まっている。

 進むのは怖いけど、このままじゃどんどん離れて行ってしまう。

「美鈴、私、私は」

 私は、ただ離れたくないんだ……。

「ごめん、梨香、やっぱりもう少し、私……」

 何を言われるのだろう、心臓がバクバクと不安で揺れる中――


「ちょっといい?」


 間に割って入ったのは仁木さんだった。


――――――――――――――――――――――――――


 助けられたような邪魔されたような、複雑な気持ちのまま、仁木さんに言われるがままついていって喫茶店に入った。

 どういう目的かはまだ分かっていないけれど、仁木さんがどうしても私と話したい、というから仕方なく美鈴と別れて、仁木さんと二人きりになったのだ。

 こなれた様子で注文をした彼女は、相も変わらずむすっとした感じの表情で私を睨んで――

「目つき、悪くてごめんね。これ生まれつきだから」

「あ、えっ、そうなの?」

「ちょっとは苛立ってるからあれかもだけど、だいたいこんなん」

 彼女は軽い調子で、退屈そうにメニューをいじくったり、お冷の水滴を触って遊んでいる。

 文尾さんと仲良いし、真面目な感じだけど結構口調は軽い。その妙なギャップから今の今まで彼女のことを測りかねていたけれど、そもそも彼女のことを推しはかるほど緊密な仲ではない。

 だからこそ、こうして誘われたことが不思議でならない。例えば、私と美鈴が喧嘩しようが彼女には関係ないはずなのだから。

「それより、何の用?」

「ぶっちゃけ大した用じゃないけど、雛が枇々木さんと二人きりで話したいっていうから分断しただけ」

 退屈そうに、店員の方を見て水滴を指で弄ってる仁木さんは、それきり何も言わない。

「……え?」

「や、ほんとそれだけ。だからまあ時間潰しに適当に話す? 枇々木さんも雛も話長引きそうじゃん?」

「いや、なんで私と美鈴がきちんと話せてないのに……」

 他人と話して解決することとは思えない。

 私と美鈴の関係を、別の誰かが横入りしてどうこうなんてなるわけがない。

 それとも文尾さんには別の考えがあるとでもいうのだろうか。そもそも、突然すぎて意味が分からない。

「っていうか……!」

「ところで、私って意外と口堅いんだけど」

 仁木さんの細い目が一層狭まった。笑っているみたいだけど、不気味だ。

「口堅い人は口堅いって言わないと思うけど」

「そうかもね。大事なことを話すのって結局は信用するかしないか、だし」

 店員さんがコーヒーとケーキを持ってきて、仁木さんは普通に満面の笑顔を向けていた。普通に笑えるんじゃん。

 私にも同様に注文した品物が来たけれど、呑気に食べる前に聞きたいことはいくらかある。

「目的は?」

「私は単に雛のために。で、雛が二人が仲直りしてほしいって思ってるから、私にもその一助ができればと」

「へぇ。余計なお世話だ」

「私もそう思うけど雛がそうしたいって言うんだから」

「自分の意志はないの?」

「私の意志をはっきり言うと、気持ち悪くて仕方ないからとっとと仲直りしちゃえよ、とは思ってるかな」

 そう言われると参る。確かに、私達がベタ甘になってたのが、急によそよそしくなっているとクラス全体の空気にさえ関わっているような気がした。

 でもそれは傍から見ての話、他人目線での話だ。わざわざ介入してまで解決することではない。

 余程の「気にしい」かお節介焼きくらいだ。文尾さんはお節介焼きなんだろうが。

「私は正直どうだっていいんだけど、付き合わされてるだけだし。ま、もし久瀬さんがなんか悩んでるんなら独り言を聞く壁くらいにはなってやれるよって話」

 そういわれると、と少し自分に甘い考えを持ちそうになる。

 私だって、美鈴が私を好きと言ったことに困惑してるのだ。美鈴と仲良くない人がそんなことを聞いたら、どう思うか。

 ……どうでも良いって思うかな。仁木さんは文尾さんの世話を焼くけどお節介とかそういうわけではない。糾弾しようとか矯正しよう、というほどやる気を出すタイプにはとても思えない。

 投げやりな堀田さんと、親切が過ぎるタバセン、それとは違う意見を少し聞きたい気もある。噂を広めたりしない人で。

「……じゃあ、ちょっと相談するけど」

 仁木さんの口元が僅かに緩む。ちょっとは嬉しい気持ちを示しているらしいけれど、吉と出るか、凶と出るか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 美鈴が私に告白して、それに対して私はとても受け入れられなくて、けれど彼女と離れたくないまま、彼女はどんどんよそよそしくなっていく。

 大まかにそういうことを伝えた。美鈴の感情が実際どうなのかはわからないけれど、私はそれなりに確信がある、ということも。

 話し終えた時、仁木さんは普段見せないほど目を開いていた。純粋な驚愕の表情だ。

「……私は、美鈴とずっと一緒にいたいと思ってる。でもそれだと、恋人っていう関係は終わりが来そうで、怖い」

「……ふぅん」

 うまく伝えたと思う。仁木さんがコーヒーカップを握る手が僅かに震えていて、カチャカチャと食器が鳴る。すぐに、落ち着いて一口、深く煽っていた。

「思ったよりだいぶヘビーな話だった」

「じゃなきゃ仲違いなんてしないし」

 ケーキをもしゃもしゃ食べながら、またコーヒーを飲んで、ぐふぅと大きなため息を吐かれた。相談中なのに。

「じゃ、まあ例え話なんだけど」

「うん」

「アンタら付き合わないでそれぞれ彼氏できたらどうなる?」

「えっ……いや、私そういうのないし」

「じゃ、枇々木さんと一番の友達でいたいと思いながら、枇々木さんに彼氏ができたとしてどう?」

「どう、って……」

「分かるでしょ、どうなるか大体」

 そう言われれば、そうだ。私と美鈴の時間は減って、美鈴が優先するものも、どうなるか。

 友達と恋人、その線引きは難しいかもしれない。恋人と関係が終わっても友達はずっと続くにしても、恋人がいる間は一番の友達でも二番目の存在になる。

 私は美鈴に優先されなくなるのだ。

「……でも、友達だったら終わらない」

「じゃあまたもしもの話だけど、恋人と別れた馬鹿な女が、フラれて自殺するなんて言われた日にはどう? うちのクラスにはそんなことしでかす漫画みたいな馬鹿が二人くらいいるみたいだけど」

「……それって」

「例え話。枇々木美鈴が恋人にフラれて死ぬつってアンタのこと見向きもしないで他の女に相談しに行ったりしたらどう? その気持ちわかる?」

「仁木さん」

 彼女の言っていることはあまりにも。

 まるで仁木さんが、文尾さんのことを。

 彼女はただ自嘲気味に笑っている。意地の悪い汚い笑顔で、自分自身を嘲っていた。

「例えだよ、た・と・え。でも恋人ってつまり一番の仲良しじゃん? 意味とか深く考えず、もっと仲良くなりたいならなればいいと思うけど。誰かに横取りされてずるずる奪われ続けるよりかは」

 私は返答できなかった。それはあまりに適確なアドバイスのようで、けれど感謝も質問も、何かを言えば美しい仁木さんのどこかが崩れてしまいそうだったから。

「枇々木さんに彼氏ができて、四六時中その男の話聞かされるとか、耐えられるならまあ、やってみりゃいいけどさ」

 彼女の笑顔がぐにゃりと歪んだ。苦いコーヒーを一気に飲んで、またぐへぇと溜息を吐いた。

「……どう?」

「……私は、美鈴の一番でいたい」

「素直でいいね」

 仁木さんはそう短く言った後、肩を落として、俯いた。

「私、結構アンタには感謝してるから。雛、死ななくて……」

 彼女はただの一つもうめき声も漏らさない。

 ただ、震える肩を私は見ていた。

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