命短しなればこそ
反省行脚、または挨拶回りなんて言うのか。
家族にクラスメイトに、と謝り倒した。
タバセンの計らい、というか彼女がいろんな報告を偉い人とかに回してくれたおかげで、私がそういう小難しい場所に出る事はなかった。本当に、タバセンにはお世話になりっぱなしだ。
傷の経過は良好で、今はまだ痺れが残っているが、切断することもなく後遺症も殆ど残らないと思われるとか。傷跡は残るが、あまり気になるようなら手術で目立たなくすることもできる。特にどうのこうのしようとは思わないけど。
挨拶回りはなかなか厳しいところだった。
文尾さんは優しくて、相談してねとかってラインのIDとかメアドとかくれて、わんわん悲しんでくれるだけだった。踏み込んでこないのも、本当に助かった。
親しくない人も遠くから見てきたり、色々あってちょっと疲れたけど、面倒臭いのが沢山いた。
「正直、ぶん殴りたいけど我慢してる」
堀田さんはどこまでも正直だった。自分と美鈴にどれだけ心配をかけたのか、と私の心を完全に無視して怒りを表明していた。私はようやく自分の気持ちと決着をつけたから、堀田さんは新しい脅威とまで思えるくらい困ってたけど、美鈴が仲裁してくれてなんとか怒りを納めてくれた。
私が悪いことは確かなのだが、あまりに敵意が強くて本当に怖い時が多い。
「ま、ありえんでしょ。人に言っといて自分は死のうとするとか」
堀田さんよりも長く、嫌味たらしく、くどくど文句を言ってきたのは、意外にも仁木さんだった。
文尾さんが以前より私のところに来るようになったせいで、彼女までついてくるけど、そのたびに文句を言うのだ。
ただ内容は真っ当だ。私のことを疎ましく思っている、のもあると思うが私の行為を嫌っているのは確かだった。
仁木陽さんのことを色々知ったけど、彼女は文尾さんと一緒にいるけど、曲がったことが嫌いで、正しい事を重視しているらしい。
ほぼ無関係な人なのに遠慮なく言われると、ただ申し訳なさしかないから、何も言えなくなる。彼女は、文尾さんが仲裁してくれてなんとかなったけど。
で、面倒臭いにも種類があって。
「おっ、久瀬~、元気にしてるか? ん? ん?」
タバセンは私を見ると必ず積極的に近づいてきて体を触ってくるようになった。
「尻はやめてください」
「おおすまんすまん」
するとパントマイムみたいに滑らかに肩やら腰やら腕やらを触ってきて、はぁ気持ち悪いと睨みつけるが、彼女はにこにこ笑うだけだった。
タバセンが私の弱味みたいなものなので、触られるとどうにも抵抗できなくなった。彼女がどういう意図でそれをしているのかはいまだに分からないけれど、スキンシップで仲良くなろうというつもりなのではないかと思った。
熱血教師、とは違う気もするが、彼女はそう呼んでも良いくらいの人だと思った。本当に、私のことを考えてくれたし、私のためにあんな風に泣いてくれる人だから、悪い人なわけないし。
でも、これだから、扱いに困る。
「法律沙汰はやめてくださいよ」
「んっふっふ~」
でも満足いくまで触り終わった後、くしゃくしゃに頭を撫でまわす動き、髪の毛が乱れるけど、これは嫌いじゃなかった。
あとは、とにかく美鈴がべったりするようになった。
私の腕を掴んでふにふにの胸を押し付けてくる。肩に顎をのせたり、頬をくっつけたり、幼稚園児のラブラブカップルか! ってツッコミを入れたくなるくらい、べったりしてた。
面倒臭い、と言うのが複雑だけど、そうとしか言えない。私は美鈴のことが好きだし、美鈴も私のことが好き。他の人より差をつけて仲良くして当然だし、タバセンだって触ってるんだし美鈴にそれくらいさせるのは当然だと思う。
けど、かなりべたべたしてる。ふとした瞬間に美鈴の方を見ると、唇が触れ合いそうになってドキっとする。急に美鈴に腕を組まれても、もう彼女の匂いで分かるようになった。
正直重荷というか、そういうのは、なんというか疲れるというか、だ。
でも、これからどんどん気温は冷えていくことになるから構わないと思った。
ちょっと遅れたけど、二学期が始まる。
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そしてそれは、予期せぬ恋の始まりだった。
「私さ、梨香のこと、本当に好きなんだ」
「うん、私も好きだよ」
「あっ、ちがくて、そういうのと……」
帰り際に美鈴が言った言葉の意味を何度反復しても私には理解できなかった。美鈴の表情は徐々に曇って行ったが、それでも私にはそれが理解できず、ただぼんやりと彼女の顔を見ていた。
桜色にほのかに染まった彼女の頬は徐々に青白く変わって、震えた目を隠すように身を翻して、足を速めた。
「ごめん、何も聞かなかったことにして」
「え、あ……」
その日は珍しく美鈴から何の連絡もなくて、ますます言葉を反復した。
――本当に好き――
というのは、別に今までの好きと言う言葉が嘘だったわけではあるまい。もしそうだったら泣く。
が、じゃあ分かってることでそんなに顔色を濁すのかと問われればそれも違うだろう。
若干自分の中でも答えが出かかっているが、確信に至らない、というか自信がない、というのも。
誰かに告白されたのなんて初めてだから。
それも、女性から、とは。
悩む悩まない以前の問題だ。わけがわからない、というのが正直な気持ち。
だって――そもそも美鈴とはそういうつもりではなかったし、女性同士で付き合うって、あまり良い印象でもない。
何を考えているんだろう、どういうつもりなんだろう。
本気――なのは分かった。美鈴の態度を見れば嫌でもわかる。
もう少し考えてみても、なんというか……納得いかない、という感情の方が強い。
つまり、美鈴はレズだったということだろうか。インターネットでの交流が多い彼女が、岡倉と知り合いだったのは別に性別を超えた、というかそういう特殊な環境だから単に仲良くなったんだろうけど。
どう……なんだろう、付き合い方が分からなくなってしまった。今まで通りでいいのか、何か、何か。
唸っているうちに時間も遅くなってきたから寝ることにした。とりあえず、美鈴にちょっと聞いてみないと。
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「そんなことあったっけ」
が、美鈴は知らぬ存ぜぬを貫く様子だった。
朝から電車で二回、三回、学校についても彼女は話をそらしてばかり、昨日のことは全て幻だった、そう言い張っているような。
「ねえ美鈴」
「いい加減、諄いよ」
怒りを露わにする様子でもなく、感情をかみ殺したような表情は、美鈴には似合わない。
一番の友達になる直前の時の美鈴のようだ。
人を恨んで、憎んで、誰かと距離を縮めることをしなかった美鈴にとってそれは苦痛を伴うのだろう、まして私は彼女の憎悪の対象、更に親密な関係になる、となればこの敵意にも似た警戒も当然なのかもしれない。
よく分からないけど、このもやもやしたままは嫌だ。
「言わないと分からないよ」
「何が?」
そんな冷たい顔をしていて、何もないわけがないというのに。
あまりに頑なだから、少し待った方が良いのかもしれない。彼女が再び話したいと思う時まで待つ、というのも選択肢の一つにはなるだろう。
でも、私は隠し事はできればしないでいてほしい。
せっかく禍根を乗り越えて、もっと仲良くなったのに、今じゃ手をつないでもくれない。
美鈴の感情を不思議に思うより、今は寂しさの方が勝っている。
だけど、待つ。美鈴が良いって言ってくれるまで。
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と思っていたのに。
「で、今度は何があったわけ?」
堀田さんにつかまってしまった。
もうすぐ授業も始まろうというのに、トイレで美鈴と分断された状況で、個室から出るタイミングで中に押し込まれるという、犯罪の手口みたいな状況で強引に二人きりの状況を作らされた。
彼女の怒りがまだ収まっていないところを考えると、本当にどういう手段を用いるかもわからない。
そして、私も相談相手が欲しかった。特に、美鈴の過去を知っている堀田さんこそ、うってつけだとも思った。
「実は……」
そこから話したのは一から十だ。美鈴が愛の告白っぽいことをしてきた、ということが主になるけど、それ以外のこともなるべく話すようにした。
堀田さんには何度も話したことになるけれど、それでも丁寧に話したところ、やっぱり私の思う通り、美鈴の同性愛についてが一番の問題だと感じているようだった。
「というか、私もそんなの知らなかったな~」
「堀田さんは、美鈴に、その、なんかされたりとかしてない?」
「まさか。私の方がからかってるくらいだし。美鈴姉はそういうの喜ぶタイプでもないし」
確かに、タバセンのセクハラに対して過剰なくらい嫌悪してたし、むしろ異性にされるのと同じくらい嫌なのかもしれない。でもそういうことされすぎて女性を意識するようになったとか。謎は深まるばかり。
「どうしたらいいと思う?」
「断れば? 気持ち悪いんでしょ?」
「け、結構辛辣だ」
「そうじゃない? 美鈴姉とセックスとかできないでしょ」
「それは……考えたことないね」
「そういうことじゃん」
付き合うってもう、そこまで考えないとダメなんだ……、それは確かにハードル高いな。
美鈴……でも美鈴の体はかなりグラマラスって感じだし、分からないでもないあれがある。思う存分触りたい、みたいな。
でも美鈴からそう思うことは何故だろう? 私の体は、まあ、つまり別に触っても得しないような体だ。そんな体目当てで好きなんて言っても、損しかない。逆に言えばそうでも言わないとこの体を触る理由はないだろうけど。
「っていうか、堀田さんはやっぱり男子と付き合ったこととかある?」
「ない。陸上が恋人みたいなところはあるけどねっ」
それはそうっぽい。けど、それはこの話であまり役に立たないということだ。
都合の付く恋愛上手である文尾さんとか、に相談することも一瞬思いついたけど、彼女は絶対おしゃべりだ。それに同性の恋愛なんか想像だにしない人だろうし、あまり役には立たないだろう。
「にしても、美鈴姉が告白ねぇ、ほーん、はーん、へー」
「面白がらないで」
「やっぱり付き合いなよ」
「……へぇっ!?」
くるっと意見を展開させた堀田さんは、続けざまに言う。
「だって美鈴姉が自分の意見言うの珍しいし、そういうの大体久瀬さん関連だし。私は幼馴染の恋愛を応援してやりたいし」
「さっきと言ってること全部変わってるよね。っていうか私の気持ちは?」
「美鈴姉のこと好き?」
「それは……でも美鈴の好きと私の好きは」
「似たようなもんだって」
似たようなもの、ではあるかもしれないが。
私だって美鈴じゃなければそんなに悩まずすぐに断る。女性同士の恋愛なんて普通じゃないし、全部手探りでよく分からないし。
けど美鈴の好意を放っておくのは、あまりにもひどいことに思えた。別に誰の好意でも酷いことなんだけど、美鈴が傷つくことは特にしたくない、というのは友達として当然のことだろう。
そんな現金な考えをしても、決め手にはいまひとつ欠けていた。美鈴を愛せるかどうか、というのはどうにも判断しかねるところだった。
美鈴が好き。
そう思ったところで、その好きが何かに変わるということはやはり分からない。
色んな気持ちが渦巻いて、困る。美鈴を一人にしたくない、美鈴と離れたくない。でも美鈴の気持ちを理解できない、美鈴を愛するという自覚も自信もない。
きっと堀田さんの安易な考えに従うわけにもいかず、美鈴に同情するような気持ちで受け入れるわけにもいかない。
ただ、微妙な距離感と複雑な思いが交錯するだけで、私達の日々は過ぎていくのであった。




