第一話
人生最高の一日があるとしたら今日だろう。
そして人生最悪の一日があるとしたら、それも今日だろう。
その日、オレは一大決心をしていた。小学生の頃から6年間思い続けてきた女の子、美波にとうとう告白することにしたんだ。
美波は居るだけで、話すだけでオレに力を与えてくれる。サラサラの少し茶色がかった髪に、クリクリとした愛らしい瞳、長いまつ毛が瞬きの度に揺れる。口角が上がった魅力的な唇。性格は明るく、いつも友達の輪の中心にいるような子。
根暗で他人に興味を持つことが少ないオレは彼女のことを語るときだけは、誰よりも生き生きと雄弁になる。
今日、オレは美波と繋がっているSNSで前以て部活後に教室で会う約束をした。オレは剣道部の練習を早々に切り上げて待機していた。
____ 好きです・・・いや、違うな・・・。お前のことが昔から・・・あーヤバい、緊張してきた
オレは待ち合わせの教室の片隅でブツブツつぶやきながら、美波への告白シミュレーションをしていた。
「・・・ふふ。ハル君?なにしてるの?」
突然の声に振り向くとそこには美波がいた。
「・・・み、美波・・・!思ったより早かったんだな・・・」
オレはシミュレーションを聞かれたかもという動揺で頭の中は真っ白になっていた。
「うん。今日は下級生に部室の鍵締めお願いしちゃった。ハル君に呼ばれてたし・・・んで、話ってなぁに?」
突然来た本題に、更にフリーズと再起動を繰り返してるオレを少し不安そうに美波は見つめていた。
_______ やるしかない・・・!
「みみみ美波‼!オレ・・・!美波のことが・・・好きなんだ!」
____ 言ってやった!オレはやった!!み、美波の返事は・・・
「・・・んーーーーー、知ってる。ハル君が私のこと好きって知ってたよ?」
「え?」
美波からの予想外の返事にオレはまたフリーズした。
「んー、だって私もハル君のこと好きだから」
この時のオレはどんな顔をしていたのだろう。きっと赤くなったり青くなったりしていただろう。美波の目にはどう映っていたのだろう。いつか聞きたい。
_____ 人生最高の日に間違いない・・・。本当にそう思ったんだ。
次の言葉を紡ごうとした時に、美波のスマホが短く鳴った。
「あ・・・ユイを待たせてたんだった!ハル君ごめんね!夜電話してくれる?」
美波はスマホを見た後に、オレの目を見てニッコリと笑った。その笑顔に釣られてオレは笑い返した。
「ああ!もちろん!!」
マジで死んでもいいくらい幸せだった。家への帰り道の夕焼けがとてもキレイだった。
あまりに熱く、あまりに眩しすぎて目がくらみ、そして何も見えなくなり意識を失った。
それはあまりにも突然だった。
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一体何が起きたのだろう?
「あ、目ぇ開いたぞ!」
「よく、こんなとこで眠れるわね。」
軽い感じの男と冷めた響きのある女の声が耳元でした。
____ ん?どこかで聞いたことあるような・・・。
「オイ!相田!おきろってば!」
ペシペシと頬を叩かれてオレはイラっとして手を払いのけ、しっかりと目を開けた。
そこに居たのはうちの学校の制服を着た男女、男子バスケ部の篠崎アキマサと、弓道部の藤村ナツキがいた。
「・・・おまえら何してんの?・・・ここ、どこ・・・?」
ゆっくり起き上がりながら二人に尋ねた。時間を見ようとポケットの中のスマホを探したが見つからない。確か、オレは家に向かっていたんだ。周りを見ると、テレビで見たことある中世ヨーロッパの城の中のような調度品に囲まれた部屋の真ん中に置かれたベッドの上に寝ていたようだ。
「ここどこなんだよ?オレのスマホ知らない?」
オレは再度二人に聞くが、二人とも顔を見合わせるだけで何も答えない。
もう一度二人に尋ねようとしたその時、大きなドアがノックと共に開き、如何にも執事といった様相の初老男性とメイドらしき女性達が入ってきた。
「お目覚めのようですね。それでは皆様お仕度を。」
初老男性が有無を言わせない言い方でオレらに告げた。
_____ 支度?
何なんだ?アキマサとナツキを見るとオレと同じく訳が分からないと言った表情だった。
「あの、支度ってなんですか?それにここで待てって言われて、私たち何も説明もされず待っているんですけど。持っていた荷物も無いし。それにあなたは一体誰なんですか?」
ナツキが眉間に皺を寄せながら棘のある言い方で立て続けに尋ねる。ナツキはジッと初老男性から目を反らさない。
そこにアキマサがオレにススッと寄ってきて耳打ちしてきた。
(藤村ってさー、マジ気ぃつえーよなぁ。がり勉で弓道部とか、オレのタイプじゃねーけど結構モテるらしーぜ。まっ誰とも付き合ってないらしーけどな)
どうでもいい内容を空気も読まず、説明してきているこの篠崎アキマサは男子バスケ部のエースで性格は軽いが顔が良い学校一のモテ男だ。美波にも誘いをかけてきていたので、オレはこいつが嫌いだ。
アキマサに返事をする前に、初老男性が話し始めた。
「私はこの城の姫にお仕えする身で、クレイと申します。貴方達は姫によってここに召喚された勇者候補です。そしてあなた方に対して求めることはたった三つです。」
召喚ってなんだよ・・・。オレの疑問をよそにクレイは続ける。
「ひとつ目はこの国とレオノーラ姫を守る騎士こと。ふたつ目はこの国を繁栄させること。みっつ目は目標達成後速やかに消え去ること。」
___ なんなんだ、これ。今時ゲームの中でもこんなの無いだろ・・・
突拍子もない話でオレとナツキは怪訝な顔をして黙っていた。沈黙を破ったのはアキマサだ。
「あのー、そのレオノーラ姫ってかわいいですかぁ?」
アキマサ・・・。こいつは本当にどうかしてる。今聞くことがこれかよ。
「・・・バカなの?」
ナツキは心底そう思っているに違いない。クレイも同意見のようで少し馬鹿にしたようにアキマサに回答した。
「見た目はとてもお美しい方ですよ」
アキマサの表情がパッと明るくなった。
「やりぃっ!相田聞いた?!美人のお姫様とかRPGの定番じゃん!オレ!オレ!騎士やります!!」
___ オレに振るなよ・・・
お前もかといったナツキの冷たい視線を浴びながらオレは冷静に答えた
「そうだな。それでオレらに騎士になれってことらしいが無理だ」
「私たち普通の高校生よ?騎士なんて出来るわけないじゃない。それよりも早く帰りたいわ」
ナツキの言う通り、オレも早く帰りたい。美波からの電話が来るんだ。オレとナツキの回答にアキマサはガキのように不満そうな顔をしている。
「クレイさん、オレ、いや僕達を帰らせてくれませんか?あとオレのスマホ知りませんか?」
オレはハッキリとした口調でクレイに言った。
「・・・申し訳ありませんが、一度召喚された者は目標をクリアするまでは帰還することはできません。これはルールなのです。では皆様、お仕度をお願いします。お荷物に関しては後程お返しいたします。」
申し訳無いなどと微塵も思っていないだろう。表情をまったく変えずクレイは言い放ち、踵を返し部屋から出ていこうとした。
「え?ちょ、ちょっと待って!」
追いかけようとしたが、それまでクレイの後ろにいたメイド達がサッと前に出て行く手を阻んだ。
「それでは皆様方にはジョブチェンジを行っていただきます」
メイド1が答えた。
「おおっ!ジョブチェンジ!!すげー盛り上がってきた!」
アキマサひとりテンションが高くはしゃいでいる。すぐには帰れないと分かってオレはがっかりしていたし、ナツキは諦めたような何か考えているような表情だった。
「ジョブチェンジの為のテストがございますので、別々のお部屋へお通しいたします」
メイドからテストと聞いてナツキの眉がピクッと動いた。ナツキは学年でもトップ10に入る秀才だ。赤点組のアキマサはテンションが下がったようでトーンダウンしていた。
オレは成績も良くも悪くもないしテストなんてどうでもいい。今は美波からの電話が気になって仕方ない。早くスマホを返してもらわなくては・・・。
「用意が整いましたので、こちらへどうぞ!」
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