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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第一章 後輩の僕と、愉快な先輩たち
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ビッチとの遭遇


 戦争するにはまだ期間がある。とお嬢がいうので、それまで僕は、残された日常を満喫することにした。


 そんなある日のこと、いつものようにチミ先輩と楽しくお喋りしながら部室へ移動していると、不幸にも廊下でビチ子とエンカウントした。この廻り合わせを采配した神を呪う。


「ひゃぁ!? あ、悪の女幹部!?」


 ビチ子の姿を目にしたチミ先輩がその場で尻餅をついた。

 いかん、この間の話で少々脅し過ぎたか。


 今チミ先輩にとってビチ子は、見境なく男をバリバリ貪り喰らう恐怖の食人鬼に見えているのだろう。あながち間違いではない。

 可哀想に……鞄をひしっと抱き寄せて、涙目でぷるぷる震えてしまっている。

ちょっと罪悪感……。


「ア、アマのん、妹ちゃんどしたの……?」

「くっ……! 近寄るんじゃない、色欲怪人アバズーレ!」

「は!?」


 こうなっては致し方ない。ヤツには悪いが、女幹部として成敗されて貰おう。決して怨恨ではない。これは闇に囚われた純真な少女の心を救う、正義の行いである。


「先輩、大丈夫です。僕がついています」


 先輩に寄り添うように膝をつき、震えている小さな両肩に手を置く。

 するとハッとしたチミ先輩は、勢いよく僕へ振り向いた。


「だ、ダメだ天野くん! 女幹部は男の人が主食って言ったのは天野くんでしょ!? 私は大丈夫だから、早く逃げてぇ!!」


 チミ先輩がちっちゃな両手で必死に僕を逃がそうとグイグイ体を押してくる。


 さっきまで恐怖で動くことも儘ならなかったのに、今は自分の身も顧みず、後輩の僕を逃がそうと身を呈してくれている。

 この人こそ、現代人が忘れた勇気と優しさを併せ持つ、人類の掛け替えのない宝だと確信した。


「あの……アマのん? さっきから何して――」

「ダメぇ! 来ちゃだめなのー!! 天野くんを食べちゃやだぁー!!」


 戸惑いながら近づいて来たビチ子に、先輩は小さな体から大きな声を出して精一杯威嚇し、僕を庇うように体に抱き着いてきた。


 こんなに大事に思われていたなんて……。

 チミ先輩の頬を伝う雫を見て、

 僕は決意した。


「――倒しましょう、先輩」

「ふぇ……?」


 チミ先輩が目を丸くして、僕を見上げてくる。

 僕はビチ子を、いや、悪の女幹部、色欲怪人アバズーレを睨み付けながら、先輩を強く抱きしめ返した。


「ヤツを、倒しましょう……僕と、先輩で!」


 だがチミ先輩は弱気だ。


「む、ムリだよ……。だって、私バカだし、泣き虫だし、弱っちぃもん」

「そんなことありません。先輩は誰よりも強いです。それに、言ったじゃないですか。僕がついてますって」


 窓から入ってくる日射しの角度を計算し、歯をキラリと光らせながら先輩と目をあわせる。


「……ほんとに、勝てるの?」

「きっと勝てます。僕らが力を合わせれば、アイツにだっ――」


 これからキメ顔でちょっと主人公っぽいことを言おうとしたら――ビチ子の方から着メロが盛大に鳴り響いた。世界の歌姫とやらが歌ってる、アレ系だ。

 目を点にする僕達をよそに、ビッチが妙に小慣れた手つきでスマホを耳に当てる。


「はいもっしー、うんあぁし。うん……、うん……、えちょそれマジで言ってん? はぁぁあ? おまぁざっけんなしシねばっ?」


「なんか、外国語喋ってる……」


 なにやらスマホに喚いているビチ子を見ながら、チミ先輩が呆然と呟いた。先輩、あれ一応日本語なんです。ぐずぐずに砕けて煮崩れ起こしているけど、我が国の言葉です。


「……あの、ちょっと待ってて下さい。すぐ戻ってきますんで」

「あ、天野くんっ……!?」


 僕を引き留めようとするチミ先輩を振り切って、やるせない気持ちを引き摺りながら、電話を切ったビチ子に近づいた。うわ、香水くせぇ……。


「はーっ。ったくマジありえないしぃもー。ムッカつくわー」

「おい」

「ん? あ、なにアマのん? 妹ちゃん大丈夫な、ぁ痛っ!?」


 つい奴の頭をスパーンとはたいていた。いやだってヒッデーもん。折角お膳立てしたのにグッダグダじゃん。これから二人の力を合わせてって時に、それをお前、なに? やる気あんの?


「え? あ、なに。ゴッコ遊びしてたの?」

「そんなもんだ」


 テメーを抹殺するという儀式のな。


「うーわー、懐かしー。アタシも小さい時やってたなぁ。あれでしょ、日曜の朝の。視てた視てた! 今なにレンジャー?」


 ……そういえばなにレンジャーなんだろ?

 ちょっと検索してみるか。ええと……、日曜、朝、ヒーロー、で。

 お、出た。2017年はこんなヒーローがテレビで活躍しているのか。


「へー、今こんなんやってんだー」


 ビチ子が横から僕のスマホを覗きこんできたので、見やすいように斜めにしてやる。おい、勝手に操作するんじゃないよ。


「えっ、てか仮面ライダーやばくない!? なにこれ、メッチャ頭ツンツンしてる!」


 確かにヤバイ。一瞬ライダーだって気付かなかった。いまはこんな感じなのか。はー、時代だなぁ……。


「あ、天野くん……?」

「――はっ……!?」


 後しろから掛けられたチミ先輩の声で我に返った。

 し、しまった! いつの間にヤツの術中に……!?

 これがなんだかんだで顔は広いビッチのコミュ力か……!


 どうするこの状況!? すっかりビチ子とダベっちまった。

 これでは先輩が、ビチ子の正体を疑ってしまう。

 それは駄目だ。先輩はこの世にヒーローがいるという()を信じている。


 こんなことでその真実を崩すわけには行かない!


 そう決意した僕は、小声でビチ子に指示を出す。


「おい、僕に合わせろ……!」

「へ? なにが?」


 僕はその場から素早く後ろへ飛び退いた。


「――交渉は決裂だな。どうあっても僕達と戦うつもりか?」


 いきなり芝居かかった調子で喋り始めた僕に、きょとんとしていたビチ子だが、直ぐに得心したらしく、ガラッと雰囲気を変えて高笑いをした。


「オーホッホッホ!! 悪が正義の味方を見逃すと、本気で思っていたのかしらぁ? だとしたら、正義の味方はとんでもない大バカね!」


 よし、乗ってきた!

 てか誰コイツ? 演技上手いなぁ、正直ビビった。きっと昔も、悪の女幹部ポジションをやってたんだろう。スゴい堂に入ってる。正直期待してなかったが、これならイケる……!


 斯くして、僕とビチ子がお送りする、即興ヒーローショーの幕が上がった。




「そうやって、何故正義を笑う!? お前にも良心があるはずだ!」


「悪には悪の通さねばならない義がある。それも解らない子供が、一人前のような口を開くから笑ってあげたのよ!」


 む、なかなか深いテーマできたな。悪には悪の理由があると、ただの悪者で終わらせない話づくりできたか。日本人は昔から勧善懲悪が大好きだが、最近は復讐ものとかも幅を利かせてきたからな。まあ社会勉強の一環てことで、アリだろう。


「だとしても……お前のやっていることはただの悪だ! 大勢の人間を貪り喰らうお前が正義を語――」


「うぇぇ!? なにそのエグい設定!?」


 おい、バカ! 素が出てる! しゃーないだろ、もう先輩にそう話してんだから!


「ふ……ふん! お前たち人間も、家畜の肉を食べているじゃない。それは悪ではないとでも言うつもりかしら?」


 よーしよく持ち堪えた! 褒めてやるぞビッチ!


「違う! 僕たちは毎日、感謝を込めて命を頂いている。ただ喰い散らかすお前と一緒にするな!!」


 何とかここまで漕ぎ着けたな……短いようで長かった。あとはクライマックスだ。


「ふん……。やはり正義と悪はどうやっても相容れないようね」


「僕はお前を、ここで倒す……!」


「出来るのかしら? お前一人で」


「僕は、一人じゃない!!」


 さあここで小さなお友達の力を借りよう。


 こう言うと、正義の味方もみみっちい戦い方してんなぁ。思えばいつも複数人でつるんでるもんな、アイツら。最後の一人になっても正義の味方に挑む怪人たちの根性を見習って欲しくなった。


「先輩! どうか僕に、力を貸して下さい!」


 ここで僕は、後ろで見守ってくれてるはずのチミ先輩へと振り向いた。


「は、はいっ……!」


 わあ、スッゴいキラキラした目で見てくる!

 僕がヒーローだとなんも疑っていないのが伝わってきた。

 さっきまで捻くれたことを考えていた醜い心が浄化されていくぅッ……!


「ぐっ……!」


 僕は堪らず、膝をついた。自分の醜さを実感して、胸がズキズキと痛む……。


「……なんでヒーロー、ダメージ食らってんの……?」


 ビチ子が小声でツッコミを入れてきた。

 しっ! ま、まだ大丈夫だから、黙ってろ!


「し、しっかりして天野くん!? どうしたの!」


 チミ先輩が駆け寄ってきて僕の体を支えてくれた。


「ぐっ……、先輩。どうやら、奴がばら蒔く毒を、吸い込み過ぎたようです。僕は、動けません」


「毒……? はっ、ま、まさか、この匂いが……!?」

「え、そんなキツい……?」


 両手で鼻を覆ってしかめっ面になるチミ先輩。 その様子を見ていたビチ子が、さり気無く自分の匂いを嗅いでいた。

 もうちょっと薄くてもいいと思うぞ?


 ショーを続けるべく、僕は先輩の肩を掴む。


「だから先輩に、僕の力を全て託しますっ……! 僕の代わりに、ヤツを倒してください!!」


「天野くん……っ!」


 チミ先輩は真剣な顔で頷くと、しっかりとした足取りで、臆することなくビチ子の正面に立った。


「や、やい! 悪の女幹部! わ、私が相手だ!」


 先輩はビチ子を指さし、力強くそう宣言した。

 この短い間に、ご立派になられて……!


「ふっ、いいだろう。私の前に出てきたその勇気に免じて、特別に相手になってあげるわ! ……けど、私にも悪の幹部としての意地がある。子ども相手に本気を出したとなれば、部下たちに笑われてしまうわ。だから、最初の攻撃は貴女に譲ってあげる。――さあ、全力できなさい!」


 ビチ子、お前才能あるよ……。ちょっと輝いてみえるもん。ビッチなのに。


 ビチ子渾身の初手譲りを言い渡されたチミ先輩は、拳を掲げ、眼をギュッと瞑り、一直線に走り出した。


「てやぁーーーっ!!」


 僕の力を託された先輩渾身のパンチが、悪の女幹部の腹へと突き刺さる――が、ここはテレビの世界じゃない。現実だ。


 その手で誰かを叩いた事すらないだろう、ちっちゃなチミ先輩の全力パンチなんて、一般人のビチ子でも余裕で受け止められる。


 だがチミ先輩は、本物の勇気を振り絞り、本気で悪の女幹部を倒そうとしていた。

 その勇気を、一体誰が笑えるだろうか。


 ビチ子の顔はそんなチミ先輩の姿を見て、微笑ましそうに笑っていた。


 演技は続く。少女の嘘を本物にするために。


 ビチ子は断末魔を上げ、僕はビチ子(・・・・・)に向かって(・・・・・)駆け出した(・・・・・)


「ぐあぁーっ! やられ――」

「――シィッ!!」

「えっ――ぐッはぁぁぁああああ!?」


 僕の全力全開の拳を受けたビチ子が、廊下の奥へとミサイルのように吹っ飛んでいく。


 尾を引く悲鳴を残し、ビチ子は廊下の突き当たりの壁に大の字でぶち当たって漸く止まった。

 それはそれは、悪の幹部の最後に相応しい、見事なやられっぷりだった。


「ふぇ……。あ、あれ? 女幹部は……?」

「やりましたね、チミ先輩」


 ぱちりと瞳を開いたチミ先輩に、僕はなに食わぬ顔で先輩の肩を叩いた。


「あ、天野くん……。もう大丈夫なの?」

「はいお陰様で。見てましたよ、チミ先輩がヤツを倒す勇姿を」


 脳内のフォルダに永久保存しました。


「そっか……。倒せたんだ、私……」


 先輩は心ここに在らずといった表情で呟いた。

 さっきまで張り詰めていた緊張が切れたんだ、無理もない。


「さあ、部室に行きましょう。お嬢やグラスハート先輩が待っていますよ?」

「あっ、そうだ忘れてた! あま……どっ、同輩くん! 早く部室に行くぞ!」


 わたわたと慌て出した先輩は、床に放置していたカバンを拾い上げると、皆が待つ部室へと元気よく走り出した。


 ――こうして、尊い犠牲を出しつつも、またひとつ、少女の嘘が本物になった。


 部活がお開きになったあと、僕は再びビッチと遭遇した廊下に戻っていた。


「おーい、大丈夫か?」


 突き当たりの地面で、大の字になって眼を回しているヤツを見つけた。


 短いスカートが盛大に捲れて、派手な下着が丸出しになっているが、これの価値はなんでも鑑定するテレビ番組でも付けてはくれないだろう。


「おい。死んだか?」


「うぅっ……」


 返事があった。まだ屍ではないようだ。


「あー……アマのん、なにすんのさ〜もぉ……」


 のっそりと上半身を起こしたビチ子は、そのまま品もへったくれもなく、パンツ丸出しのままボリボリと頭を掻いた。


「日頃の行いのせいだ」


「え〜? アマのんには何もしてないじゃん」


 はいダウト。今もセクハラ受けてます。さっさとパンツを隠せビッチ。


「てかいま何時? アタシどんくらい寝て……うっわ二時間くらい経ってる!?」


 自分のスマフォを取り出して時刻を確認したビチ子は、面白いほど慌ててた。


「なんだ、予定でもあったか?」


「んー、いや。ドタキャンされたから、別にいい」


 あー、あれか。


「まあいい。これ、悪の女幹部のバイト代な」


「ん? なにこれ……?」


 ビチ子に紙切れを渡す。


「僕のスマフォの番号とメアド。だがラインは駄目だ」


 前からしつこく聞いてきて、正直うんざりしてた。


「これで貸し借り無しだ。それじゃな」


 ぽけーっとバカになったように紙切れを見続けるビチ子を残して、僕はさっさと帰った。

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