僕らの学園戦争
戦いに勝った。わー! わー!
奇襲してきた漫研連合の第三漫画研究会所属の一番隊を背後からお嬢が襲撃したのが決め手になった。学校の廊下で見事敵を撃破した僕とお嬢の二人は、死屍累々な戦場でお互いの無事を喜びあった。
「ご無事でなによりですわ、天野くん」
「勿体なき御言葉です!」
僕は臣下の如く、お嬢の前でバッと跪く。
「天野くん……。何度も言いますが、そんなに改まらなくてもよくってよ?」
面を上げよとお嬢が僕の肩を叩く。
いつものお嬢とのやり取りに、日常に戻ってきたのを実感した。
◆◆◆
学校の廊下を、黒いスーツを着た人達が忙しそうに行き来している。お嬢の私兵的立場の黒服さんたちだ。
彼らはお嬢に戦後処理を命じられ、その仕事に奔走しているのだ。
それを横目に見ながら、僕は持っていたチリ取りを床に置いた。
「へー。じゃあ奴ら、別に死んでないんですね?」
「ええ。暴徒鎮圧用の特殊弾ですから、それで死んでたら困りますわ」
お嬢は箒を手に持ち、地面に散らばっていた薬莢を掃いて集め、僕が持っているチリ取りへと入れていく。
「でもなんか、めっちゃ爆発していたんですけど。どういう弾なんですか?」
「強烈な音と光で神経を痛めつける威嚇弾と硬化ゴム弾の二種で相手の戦意と反抗心を奪うというコンセプトの銃なのですが、倫理観に反するとして試作段階でお蔵入りになっていた物ですわ」
そんなもんどこで見つけてきたんですか。
でもワキガの頭が爆発したように見えたのは、その弾がヒットしたからか。グロいことになっているだろうと意図的に見ないようにしていたから、最後まで気付かなかった。
疑問が解消されてスッキリしつつ、僕はチリ取りに取った薬莢を、お嬢が持っているゴミ袋へと入れていく。
お嬢は次世代を継ぐ、新しいタイプのガンファイターだ。自分が出した薬莢は自分で片付ける。
これができるやつは、世界広しといえどお嬢だけだろう。実践したのもお嬢が始めてのはず、つまりパイオニアだ。そんじょそこらのただ撃ちまくる銃使いとは格が違うのだ。
と、お嬢と一緒に薬莢の掃除をしていると、黒服さんの一人がやって来た。なんだろう?
「ご報告します。部室前で気絶していたものたちの連行が完了しました。護衛対象のお二人はご無事です」
あ、そっちの奴ら忘れてた。まあ全然心配してなかったんだけど。
核だって防ぐんだぜあの部室。
たかが学生にあのセキュリティは突破できねえって。
でも、こうして人づてでも無事だって聞いたら、やはり安心するな。
お嬢も僕とおんなじ気持ちなのか、ほっとした顔をしている。
あ、今のお嬢。なんかエロ可愛いかった。
「そう……よかった。チミさんたちのご様子は?」
「変わらず。異変に気づいた様子はありません」
「ん。報告、ご苦労様でしたわ。引き続き、作業に当たりなさい」
黒服さんはお嬢と僕に礼をすると、この場から離れていった。きびきびしてて、働く男って感じで憧れるなぁ。
お仕事頑張ってくださーい!
「さて、だいたい片付いたかしら?」
「ですね」
ちょうど黒服さんたちも漫研の連中を拘束し終えたようで、今は粛々と護送に移っている。
お縄についた漫研の連中は、皆一様に項垂れている。お嬢の与えたダメージもあるだろうが、これからの自分の未来に悲観している者もいよう。
敗者にふさわしい、惨めな姿に達成感が満たされる。
だがその中に一人だけ……。
「あ、天野ぉー!!」
その声が聞こえたと同時に、反射的にお嬢を背後に庇う位置に立った。
いかんな、つい敵意に反応してしまった。ヤツは拘束されていると言うのに。
「思ったより元気そうだな、ワキガ」
「誰がワキガなんだなぁー!!」
ワキガは黒服さんの拘束から脱け出そうとするように、芋虫のように体を捩って暴れる。
「ぎゃあっ!?」
そんなことしたら、当然黒服さんも怒って攻撃するのに。
ワキガは縛られたまま地面に崩れ落ちた。
おー、おー。いっちょまえに睨んできてやがる。
「どうやら、自分の置かれた立場というのを理解していないようだな? 和木香」
僕は蠢くヤツの頭に片足を乗せ、上から見下ろしながら笑顔で優しくレクチャーしてやる。
「僕、勝者。お前、負け犬……理解したな?」
「ぐっ、ぐぅぅぅ〜ッ!!」
屈辱で顔を赤黒くさせるワキガ。はっはっはっ! 愉快、愉快!
「こ、殺すッ……! オマエは絶対殺すぅッ!!」
は? お前が? 僕を?
「ふ、ふふっ……ふふふ、くっはははははははは!!」
突然笑い出した僕に、ヤツは踏まれているのも忘れて呆気に取られていた。
いやはや、本当にバカなんだなぁ。
僕は乗っけていた足を高く上げ、勢いよく降り下ろした。
「ギャぺっ!?」
蛙が潰れたような悲鳴をあげたヤツの髪を掴んで無理矢理上を向かせて、鼻血塗れの顔と真っ直ぐ目を会わせる。
「もうお前に次なんてないんだよ。先輩たちに手を出そうとした事を、俺が赦すとでも思ったのか……?」
「……あ、あ、ぁぁ……」
何お化けでも見た顔してんだよ?
「天野くん」
「っ! ……すみません。お嬢」
お嬢の窘める声にはっとなり、ヤツを離して下がる。
危ない。危うくダークサイドに堕ちてしまうところだった。
僕を下がらせたお嬢は一歩前に出ると、落ち着き払った態度で和木香と相対した。
「貴方が、今回の主犯格ですわね?」
「……」
和木香はすっかり萎縮し、お嬢の問いにも答えない。
お嬢を無視とはいい度胸だ。もう一度ストンピングすんぞ?
だがお嬢はワキガの失礼な態度を意に介した様子もなく、さらに質問を続けた。
「あら? 答えないということは、貴方じゃないのかしら? それじゃあもしかして――誰かに命令されていたのですか?」
お嬢……? その質問の仕方は――
「! そっ、そうなんだな! む、無理矢理で、仕方なくてっ……だ、だからボクは悪くないんだな!」
さっきとは打って変わってワキガはまくし立てるように早口で責任転嫁を始めた。誰がみても嘘と分かる、言い訳だ。
だがお嬢は手で上品に口元を隠して、大層驚いたような仕草をした。
「まあ! それはなんてお可哀想に、さぞ辛かったでしょう……。そんな酷い事を貴方に指示なさったのは、一体どこのどなたですの?」
……ああ、成る程。お嬢の考えが読めたぞ。
「だ、第三漫研の会長の――」
「あらあら、貴方のとこの会長さんが? でもよくお考えになって。貴方のようなそれなりの立場の人に有無を言わさず命ずる事が出来る方でしょう? ……裏に、誰がいたのかしら?」
「え? あ……。で、でも、それは……」
逡巡するワキガ。
そりゃそうだろう。今のでお前も、お嬢が何を言わせたいのか分かったはずだからな。
お嬢は、連合の長を釣りだそうとしている。
今お嬢がヤツから引き出そうとしているのは、その大義名分だ。
これまではなかなか尻尾を出さなかったが、今回はコイツらが独断で上に黙って動いたんだろう。
奴らの強みは、その数だ。それはこんな雑魚部隊でも数十人いることからもわかるとうり、今まではその数に圧されて防戦に回ってきたが、その組織の後ろ楯さえなければ、たかだか一部隊なぞ容易く対処できる。
「あら、言えないの? そう……では貴方が主犯でいいのね。――ではもう用はありませんわ。この者を連れて行きなさい」
「ま、待て!? 待つんだな!!」
お嬢が黒服さんにワキガの連行を命じた瞬間、ヤツは慌て口を開いた。
「……だっ、第一漫研の、遠藤会長だ!! 全部彼に言われてやったことなんだなっ、だからどうか許して欲しいんだな!!」
クックックッ、やはりクズな人類よのう。我が身かわいさに、あっさり自己保身に走りおったわい。
「それは、本当なのかしら? 嘘ではなくって?」
お嬢は疑わしそうに眉をひそめてワキガに視線をやる。
「ほ、本当なんだな! 嘘じゃない、信じて欲しいんだなっ!」
「そう、わかりましたわ」
お嬢はコロッと表情を変えて可憐にニッコリとワキガに微笑むと、くるりと踵を返して背中越しに黒服さんに命令を出した。
「必要なことは聞けましたわ。連行なさい。ああそれと、丁重におもてなしして差し上げて」
お嬢はそれだけ言うと、もう興味はないとばかりに歩き去っていった。
命じられた黒服さんは強引にワキガを立たせて、他の連中と同じようにヤツを連れ去っていく。
脳内でドナドナが流れだした。
「お、おいっ!? どこに連れていくんだな!? ちゃんと話したんだから、助けて――助けて欲しいんだなぁーーー!?」
遠ざかっていく子豚を見送り、その悲鳴を背にして僕はお嬢を追いかけた。
「お嬢っ」
お嬢は振り替えることなく、前を歩き続けながら話し始めた。
「仕掛けますわよ、天野くん。準備はよくって?」
その言葉を聞いた瞬間、自然と口元が弧を描いた。
「なんなら、今からでも」
「愚問でしたわね。ええ、今度はこちらの番ですわ。始めましょう――戦争を」
ついに、ついにこの日が来た……。
戦争じゃー! 戦争じゃー!!
血、湧き肉踊る戦じゃー!!
「何処までも御供します、お嬢」
地獄の果てから、天の頂まで!
「ありがとう、天野くん。でもその前に、チミさんたちとお茶にしましょ。お昼もまだでしょう?」
そういえばお腹空いたな。まだお昼を食べてなかったや。体を動かしたし、何も食べないままで午後の授業は辛い。
「でも時間大丈夫ですかね? あと少しで昼休み終わっちゃいますよ」
「一杯くらいなら、頂けるでしょう。なにも食べないのは体に毒ですわ」
そんな風にお嬢と話ながら歩いていると、いつの間にか実習棟を出ていた。
あれ? どこ行くんですお嬢?
外出ちゃいましたよ?
不思議に思っていると、なにやらバラバラバラバラ騒々しい音が響いてきた。なんだよこの音? 五月蝿いな。
例えるなら、そう。ヘリコプターのローター音のような……。
「……なんでヘリコプターが目の前にあるんすか?」
お嬢に着いて行くと、本当に目の前にヘリコプターがあった。……なんで? ヘリコプターなんで?
「だってこれで来ましたから」
お嬢は事も無げにそう言いなさる。
いや、チャリで来たから、みたいに言いますけど、ヘリコプターってそんな気安く乗り回せるもんなんですか?
意外と速く来てくれたなと思ってたら、どうりで……。
僕が呆然としている間に、お嬢は髪を押さえながらトコトコ歩いてヘリコプターに向かっていく。
「天野くーん! 置いていきますわよー!」
お嬢がヘリコプターの音に掻き消されないように大声で急かしてきた。
「……すげえ、ヘリコプター乗れる」
お父様、お母様。
お先にフライングゲットしてきます。