学園に戦争をもたらすもの
僕と三人の先輩たちが通う学園は、国内でも最多の生徒数を誇る、いわゆるマンモス校だ。
この学園だけ見れば、日本が少子化に悩んでいるのが嘘に思えるほど生徒で溢れかえっている。
そんな学園で、学園非公式ながらも最多の生徒が所属するクラブ、通称『漫画研究会連合』と、総勢、僅かに四名が在籍する我が部は、今現在もって、深刻な対立関係にある。
今年の春に両者の間でちょっとしたいさかいが起きてから今日に至るまで、継続的かつ一方的な嫌がらせを僕たちは受け続けていた。
具体的にどんなのかというと──
「──ぐぅぅッ……!! ちくしょう、また待ち伏せか!? こちら天野、こちら天野ッ! 敵戦闘部隊の奇襲を受けた!! また漫研のヤツらだっ!! 数は不明、凄い攻撃だっ……至急、応援を求む!!」
一瞬、平和で退屈な日本の学校に居るってことを忘れさせてくれるほど、素敵な体験ができる。
明らかに違法な威力で飛んでくるBB弾。これまた違法改造されて、壁や廊下に打ち込まれていく釘打機の釘。
まるで戦場だ。なに考えてんだヤツら。校舎ボロボロじゃねえか。
直前でヤツらの奇襲に気付いた僕は、咄嗟に真横に立っていたロッカーを引き倒して即席の塹壕にし、身を低くしながらスマフォでお嬢に救援を乞うたが……くそっ、電波の調子が悪い。野郎、お得意の手作りジャマーか? 前より精度が上がってやがる。
「撃てぇー! 弾幕を張って、一気に畳み掛けろー!」
「くたばれ天野ぉー!」
うっせー! てめーらがくたばれ!
──とまあね、時々こういう風にゲリラ仕掛けてくるんですよ。あの馬鹿共。
何度僕を襲えば気が済むんだか。
そもそも漫画研究会がなんでこんなに攻撃的なの? 漫画研究会だったら大人しく漫画読んで研究してろよと、声を大にして言いたい。
こんな馬鹿どもがいるのウチだけか? 余所の学校の漫研はもっと大人しいの? だったらぜひ交換して欲しい。
そんな馬鹿たちが騒ぎを起こすのは、単純明快な目的があるからだ。
その目的とは、グラスハート先輩である。
この世に顕現した美の女神、その身柄の確保。
そう。奴らは自らの妄想が具現化したような、正しく二次元にしか存在しない美しさを持つ先輩に欲情した、クズ人類である。
ヤツらに捕まったら最後、先輩は何をされるか……考えるだけで恐ろしいっ。
だから定期的に掃除しているのに、気付いたらまた増えてやがるアイツら!
ロッカーの影に身を隠し、廊下奥から銃撃してくる漫研陣営を伺おうとするも、少しでも顔を出せば即釘やらBB弾が飛んでくる。
狙いは荒いが、とにかく数が多い。数打ちゃ当たるを実践している。
毎度毎度、わらわらわらわら溢れやがって……!
「──しもし、天野くん? ちゃんと通じているのかしら……?」
「っ! お嬢!?」
床に放置していたスマホから、微かな声が漏れ聞こえた。妨害されていた電波が復旧したのか、粗末な手製品を使うヤツらで助かった。
飛び付くようにスマホを拾い、急いで耳に押し当てる。
「……あ、もしもしー? 天野です。お疲れ様ですー」
「暢気に挨拶はよろしいですから、それより後ろで聞こている、戦場にいるような音の原因を教えて下さらない?」
「あ、はい。漫研の奇襲を受けました」
「……またですの?」
「はい、一週間ぶりに、またです。眼鏡かけたオークと眼鏡かけたスケルトンで構成されてるんで、ほぼ間違いないかと」
「はぁ……」
お嬢の疲れたようなため息が電話越しに鼓膜を震わせてきた。やっぱお嬢の声って、こう、色っぽいよな。艶があるというか……。
「わかりましたわ。まず確認しますが、相手方に死者は出ていますか?」
「あ、はい、ゼロです」
まだ誰もヤってません。
「ふむ……なら、この状況を有効に使いましょう。天野くん。できればそのまま、人死にを出さずに時間を稼いでもらいたいのですが……やれますわね?」
「はい。勿論です」
お嬢にはなにか、考えがあるようだ。ならば、僕はそれに忠実に従うまで。それが僕を信頼してくれている先輩への、後輩として譲れない矜持だ。
「では現在地を」
「東校舎の実習棟三階、2番渡り廊下の辺りです」
「わかりましたわ。グラスハートさんたちお二人の保護と仕掛けが済み次第、私もすぐに向かいます。それまでどうか、耐え忍いで下さい……では──」
「了解、オーバー!!」
いよいよ激しくなってきた銃撃に負けないように、大声で返事をする。スマホだから別にオーバー言う必要ないんだけど、それはほら、その場のノリっていうか。
さて、お嬢の現在地にもよるが、来るまで早くても数十分はかかるだろう。
この無駄且つ無意味に広大な学園の、馬鹿みたいな広さが恨めしい。
とはいえ、いつまで恨み言を言ってもなにも始まらない。せいぜい殺されないように抵抗しなきゃ。
えーと、いま持っているのは、筆箱だけか……。中にはよく削った2Bの鉛筆12本と、カッターとハサミ、あとペーパーナイフに偽装した普通のナイフ。これだけ。
心許ねぇな。でもヤバい物いれてるのを第三者に見つかった時のリスクを考えると、やっぱなぁ。まあ今はこれしかないし、うん、頑張るか。
おや? なんか廊下が騒がしいな。いや、さっきから騒音ばっか響いてるけど、それに人のざわめき的な音が加わっていた。
気になったので耳を済ますと、一際廊下に響く、不快な甲高い声を捉えた。
「あ、天野を倒した者には褒美に、プリンセス・グラスハートへの一番槍を許すんだなっ! わ、我こそはと言う者は、天野の首級をボクに掲げよぉ!」
ああッ? 僕の前でグラスハート先輩を、あんだって? へぇー、どうやら自殺志願者がいるらしいな。
この間の変態教師といい、近頃女神の美貌に見境なく盛るクズ人類が多すぎる。法治国家なんだぞこの国は!?
いやでも最近になって、グラスハート先輩の既に神懸かった美くしさが、より磨きがかかってきたからな。その影響が出始めているのか。
この薄汚れた地上で、あの神のような輝きは、クズな人類には刺激が強過ぎる。
いや、強過ぎてもはや、毒だ。
現状の人類全体でみた種としての成熟具合では、グラスハート先輩の美貌を間近で直視して狂わなった男は、聖人認定してもいいだろう。若しくは生粋のホモかロリコンだ。
もちろん、まだ若輩だが、僕も聖人の一人であるという自覚を持っている。言うなれば、セイント天野だ。まっこと穢れなき、光属性の聖戦士である。
さしずめヤツらは、女神の美貌に狂った闇属性の魔物といったところか。
そこに馬鹿が、火に油を注ぎやがった。
後先なんか考えちゃいない──死兵が来るぞ。
火に入る蛾のように、こうなったら玉砕覚悟で女神を手に入れようとするだろう。
普通なら理性が歯止めをかけるが、女神の美貌は時に人の理性を溶かしてしまう。理性のない人間ほど、何をするかわからん。
だから万が一にも、ここで僕が倒されるわけにはいかない。
ああ、手が震えている……!
僕の肩に、女神の運命がかかっているんだ。どうして震えずにいようか。この伸し掛かる重圧に、非力な僕は耐えられるだろうか?
いや、耐えなければ、僕が、女神を守るたったひとつの防壁なんだ。
我が女神よ……どうか卑小なるこの身に、聖なるご加護を──!
「──死ぃに晒せぇぇぇ!! 漫研のブタどもがぁぁぁ!!」
塹壕から飛び出して廊下に躍り出た僕は、功を焦って突撃かまして来たオーク三連星の揺れる腹目掛け、両手の指に挟んだ鉛筆を投げ放つ。
奴らが反応する間もなく、鉛筆は真っ直ぐ腹に直撃。
甲高い悲鳴をあげた三人は腹を押さえながら、走った勢いを止められずに無様に廊下を転がっていく。
ちょうど僕の足下まで来たヤツの腹を足蹴にし、久しく感じてなかった戦場の空気に肌を馴染ませる。
ああ……この感覚、この感覚だ。
内より沸き上がる不可視の衝動。吹き荒ぶ血と煙。兵士どもの怒号、怨嗟、絶叫……。
嗚呼……剥き出しの生命を、感じる──。
「──聖戦なり。これは……聖戦なりぃいい!!」
僕は吼えた。
思いの丈を現すように、女神に届けとばかりに。
敵は僕の威容に呑まれ、攻撃の手を止めてしまっている。
愚かな。
「いざ、戦場へ参らん。我が女神に勝利を! そして──キサマらの死を捧げてくれるぁあああッ!!」
女神の加護のお陰ですっかりハイになった僕は、自分でもワケわからん雄叫びをあげながら、敵の陣中へと突撃した。
◆◆◆
「いったいどうしたっていうんだい、お嬢くん? 急にお昼休みに訪ねてくるなり、突然部室に行こうだなんて」
「申し訳ありませんわ。少々込み入った事情がございまして」
天野くんとの連絡を終えたあと、すぐにチミさんとグラスハートさんに連絡を入れて居場所を確認した私は、教室で年下のクラスメイトたちからお菓子を貰っていたチミさんを保護し、なんとか無事に部室までの護送を終えた。
もう一人の護衛対象のグラスハートさんは、保護するまでもなく既に部室にいた。ここで昼食中だったらしく、手間が省けて非常に助かりましたわ。
ここなら、例え核が降っても安心ですからね。警護にはもってこいですわ。
「お姫ちゃん、天野くんはどこ?」
グラスハートさんがチミさんしか連れて来なかったのを不思議そうに、私に尋ねてきた。
彼なら今、愚か者たちと全く楽しくないパーティーの最中でしょうね。
こういった事が起こる度に、いったい彼には何度、危険な役回りを演じさせたことか……。
いいえ。あんな酷なことを頼んだ時点で、私が彼に罪悪感を抱くなんて、烏滸がましいですわね。
「天野くんなら実習棟だよ。前の授業で、被服室に筆箱を忘れたんだって」
私が答えに窮していると、代わりにチミさんが話してくれました。
しかし、忘れものを取りに行ったということは、自分から一人になったのですね。
敵は彼が単独行動をしたのを好機と捉えたのか、もしくは……。
なんにせよ、今回の敵の奇襲は、事前に計画されていたものではありませんわね。
今までと比べて、今回は余りにも手が温い、私の足止めがない時点でお粗末ですもの。
「すぐに彼も連れてきますわ。そのあいだ、お二人には先に、お茶の準備をしておいて貰いたいんですの」
「うむっ、そういうことなら任せてくれたまえよ! お茶の準備くらい、完璧にこなしてみせるさ!」
チミさんは自信満々にそう言うけれど、また紅茶のパックを、麦茶のと取り違えたりしないかしら?
「グラスハートさん……」
「ええ、私がちゃんと見ておくわ」
苦笑するあの顔は、あの味を思い出してますわね。飲めなくはないんですのよ。ただ、凄く微妙なだけで。
でも、彼だけは、ニコニコしながら飲んでましたけど。
「それでは、あとは頼みましたわね」
私は部室を出て扉を閉めると、すぐ横の壁に隠された静脈認証装置に手をかざす。
『認証確認。自動迎撃システムを起動します』
これでよし。
さて、ここからは、時間との勝負ですわね。
それに、あまり殿方を待たせ続けるのは、私の信条に反しますわ。
私、待たせるより、待ちたいタイプなんですの。これでも。
◆◆◆
「──ぐはぁぁぁ!?」
鉛筆がなくなった。いま仕留めたヤツに使ったので最後だ。
今の手応え、コイツも防弾チョッキを着込んでない……。
てっきりいつもの第一漫研傘下のエリート部隊かと思ってたんだけど、違うな。第二か、第三の雑兵どもだけで構成されている。
奇襲してきたタイミングといい、個でみた兵の技量から視ても、それは最初から明らかだったことだが。
「な、なんなんだよコイツ!? なんで弾が当たらないんだよぉ!?」
その雑兵の一人がエアガンの銃口を向けながら、恐慌状態で叫んできた。どうやら知らないようだな、ニワカめ。ならば教えてやろう。
「これが女神の加護だっ!!」
「ウソつけ! めっちゃ自力で弾避けてるだろ!?」
バッカおめ、それが女神の加護なんだよ。あれだ、えーと、視神経と反射神経を走る、脳伝達物質を、あーだこーだして……。
「えぇい、とにかく死ね!!」
「ぶひィィッ!?」
オークのクセにメダパニ使いやがったヤツを蹴散らす。安心せい、急所は外した……。
だいぶ掃除したが、あんまり減った気がしないな。
本当に、数だけは一人前だ。流石は、腐っても非公式クラブ最大組織といったところか。
こっちはひのきの棒もないうえに、しかも殺っちゃダメって、お嬢に言われてるからなぁ……。
テメーら、あとでお嬢に感謝しとけよ?
「撃ち方やめぇーっ!!」
お、なんだ? 銃撃が止んだぞ。おら、撃ち方やめって言われてんぞ、いつまで銃口向けてやがる。エアガン折るぞ?
「そ、そこまでなんだな、天野ぉ!」
手近な敵のエアガンを地面に叩き落としていると、奥から雑兵の群を割いて、一際デカいのが出てきた。
力士みたいに横にも縦にもでかい。顔も肥えてパッツンパッツンで、とても同年代には見えないが、うちの制服を着ているから生徒なのだろう。
コイツがさっきのふざけた演説をぶちかました野郎か。
「なるほど、貴様がオークキングか?」
「だ、誰がオークキングなんだなっ!?」
顔を真っ赤にして怒ってはいるが、余計オークに見える。
「うっせー、裸の大将みたいなしゃべり方しやがって。ファンの僕を煽ってんのか、ああ? 今すぐキャラを変えろ」
「初対面でいきなり人格否定されたんだな!? う、噂どうり、なんて理不尽なヤツ……!」
信じられないものを見た、という表情で僕を見てくるオークキング(仮)。
現実世界で戦争しかけてくるオークには言われたくねえよ。
「おい、このオークキング野郎――」
「だっ、だからオークキングじゃない! ボ、ボクの名は、和木香なんだな!」
……えー。その顔と体型でカオルは色々ねぇだろ。せめて痩せる努力をすべきだ。
僕が呆れて黙っているのを何か勘違いしたのか、和木香――もうワキガでいいや、ワキガは得意そうに、口上を並べる。
「そ、そしてぇ! 漫画研究会連合、栄光の第三漫画研究会最強の一番隊隊ちょ――」
「長ぇわ」
話の途中だが、余りに口上が長いのでハサミを全開に開いてヤツの顔面目掛けて投げつけた。
「ひぎゃぁあ!? ……あ、危ないだろ! なっ、何をするんだな!!」
ちっ、避けたか。
「長い。無駄に長い。挨拶はコンパクトにまとめろ」
最近の小学校の校長のほうがまだ自重しているよ。
聞いてる子ども、砂いじり始めちゃうぞ。
「バ、バカにしてぇっ……! ──ふ、ふん! 強がっているのも、い、今のうちなんだな!」
ん? 急に余裕を取り戻したな。……この期に及んで、まだ何かあるのか?
ヤツはいそいそとズボンのポケットの中をまさぐりだすと、上手く取り出せずに何度かつっかえたながら、それを僕に突き付けた。
ヤツの手にあるのは……なんだ?
ラノベみたいな、幼い女の子のイラストが書かれた、やや長方形の……マジでなんだそれ?
すると、ワキガの横にいた雑兵が何か気づいたように、慌ててヤツに耳打ちした。
「た、隊長!? それ、マジカルモモちゃんのスリーブセットです!」
「へ? あぁっ!? な、なんか小さいと思ったら……!!」
なんか、間違えたらしい。まあとりあえず──
「隙ありィッ!!」
「えっ──ぎゃあああ!?」
ヤツの顔面に跳んでいったカッターは、あと少しのところで避けられた。ヤツの髪の毛が数本は散るだけに留まった。
また躱しやがった。思ったよりいい反応しやがる。
「お、オマエぇー!? 頭どうかしてるんだなっ!」
「はいはい、よく言われる」
お前みたいに僕の敵は、みーんな最後にそう言ってくるの。
「く、クソ、仕切り直しなんだな。と、とにかくこれを見ろ!」
次にヤツが取り出したのは、普通のスマホだ。
「なんだ、また美少女イラスト見せてくれるのか?」
「いいから黙って見ろぉっ!!」
ワキガは癇癪を起こしたように喚き散らしながらスマフォを操作すると、画面を向けてきた。
スマフォの画面に映っていたのは──
「……僕達の部室?」
見慣れた、いつもの部室のドアが、そこに映っていた。
「そ、そうだぁ! さっき別動隊に連絡して、プリンセスとチミタソの確保するよう命令したんだな! オマエらの部室は既に包囲されている! 二人がどうなってもいいのか!?」
……あー。
「な、なんだってー。ひきょーだぞー」
僕が急に狼狽え出したのを見て、ワキガは見ていて面白いくらいに調子を取り戻した。
「ふ、ふひっ! い、今さら慌てたって、もう遅いんだな! あの二人が泣きわめくところを見たくなかったら、大人しく武器を捨てて投降しろ!」
「く、くそぅー。わ、わかったー、言う通りにするー」
持っていたペーパーナイフに偽装した普通のナイフを放り投げ、無抵抗を示すように両手を挙げる。
僕があっさり抵抗を諦めたと本気で思い込んでいるのか、雑兵どもが一気に沸き上がった。
戦場となっていた廊下中に、野郎どもの歓声が喧しく響き渡る。
気の早いやつらだな。まだ僕を拘束してもいないのに、もう戦勝祝いか? やはりオークか。
「ふ、ふひっ、ふひひぃー! つ、ついに、ついにあの天野を屈伏させた……このボクが!! こ、これであのチミタソが手に入いる……これでもう、ボクは人生勝ち組なんだな!! 我が生涯に一片の悔い無し!」
はあ!? え、ちょっと待て、コイツ、グラスハート先輩じゃなくて、チミ先輩狙いかよ!?
チミ先輩は確かに天使で愛らしい人だが、決してグラスハート先輩のように人智を超越した、人を惑わす魅了なんか持っちゃいない。ただの、小学生に見えるだけの女子高生だ。
これは……久々に本物のクズが出てきたな。
「あ、あのう、隊長。プリンセスの一番槍は、誰に……?」
雑兵の一人が、おずおずと媚びるようにワキガの前に進み出た。
「うん? そう言えば、忘れてたな。でもボクちんはチミタソにしか興味ないし……プリンセスは、じゃんけんで決めていいよ」
ワキガは……いや、クズは、まるでもう既に自分の物であるかのように、グラスハート先輩の処遇を適当に部下へと放り投げた。
「え? い、いいんですか?」
「いい、いい。僕は部下に平等にチャンスを与える上司なんだな。プリンセスはオマエたちで好きにすればいいんだな」
「ッ……!!」
こ、この、豚どもがァッ……! さっきから、人が黙って聞いてりゃ……! 先輩たちを、物扱いしやがって……!!
「んんぅ? おい、なんだその目は?」
おっと、殺意が顔に漏れた。
でも、もうコイツらに付き合う理由はなくなったから、別にいいか。
仕上げは頼みます──お嬢。
◆◆◆
「──まったく。今日はいつもより、悪臭を放つゴミが多いですわね」
◆◆◆
「おい天野! なにか答えたら──」
ワキガが僕の胸ぐらを掴み上げた、その瞬間。どこからか爆音が響き、そして──
──ヤツの頭が、爆ぜた。
「…………は?」
クズどもの群れから、そんな誰かの呆気に取られた声が聞こえた。
頭から煙を上げながら、そのまま倒れ込んで来たワキガの身体を、僕はゴミでも払うように横に流す。
さっきまでの見苦しい騒ぎはぱたりと止み、辺りは一瞬で、静寂につつまれた。そして瞬時に──悲鳴と爆音に支配されていく。
「ぎゃあぁぁッ!?」
「な、なにがっ──ぐわぁあああ!!」
「ぎゃあっ!! 痛ッ! や、ヤメっ──ぅあぁぁぁぁっ!!」
爆発の嵐が、クズ人類どもを打ち倒していく。まるで麦を倒すように、呆気なく、残酷に人間を倒していく。
なにも解らぬまま倒れる者。
抵抗しようとして力付くで撃ち倒される者。
無抵抗だろうと、容赦なく攻撃を浴びせられる者。
暴力の嵐は、怒号も怨嗟も絶叫も全て呑み込んでいき、後には、悲鳴と呻きしか残されない。
だが、僕には聴こえる。
勇ましくも無慈悲な、あの軍靴の音が。
“戦争をもたらすもの”の、あの勇壮な旋律が。
口が自然と弧を描いていた。
やはり、ゴミが掃除されていくのは、見ていて気分がいい。
僕は止まない暴力の嵐の目の中を、悠々と歩いていく。嵐は僕を避けるように、群がるゴミどもを選別し、容赦なく粉砕していく。
相変わらず、見惚れるほどの腕前だ。彼女の腕に比べれば、さっきの雑兵どもの銃撃なんか児戯に等しい。
本物の弾幕とは、こういうものを言うんだ。
この先に、彼女が居る。
僕が傅く、我が部の三人目の先輩。
黒い巻き髪を揺らし、王者の風格を振り撒く、美しくも気高き女帝。
「──お待ちしておりました、お嬢」
僕はお嬢の前までたどり着くと、恭しく膝をつく。
黒い短機関銃を両手にそれぞれ構えた彼女は、撃ち終えた弾倉を、大量の薬莢が散らばる地面に棄てながら、その可憐な唇を開いた。
「ご機嫌麗しゅう、天野くん。──お茶のお誘いに来ましたわ」