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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第一章 後輩の僕と、愉快な先輩たち
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プロローグの終わり 〜そっとビッチを添えて〜


 お家に着いた。わーい、晩ごはんの匂いがする。

 もうすっかり夜だ。お空に一番星が見えるもの。

 夏で日が高いからって、あんまり部室でだらだら過ごすのも考えものだな。でもあの部屋のクーラー、気持ちいいんだよなぁ。

 グラスハート先輩とお嬢は、無事に帰っただろうか?


「――同輩くぅーん! まぁた、あしたぁーーーっ!!」


 私を忘れるな、とばかりに、チミ先輩の声がご近所中に響き渡る。

 そう、何を隠そう、チミ先輩とはご近所さんだったんです。

 だが近所といっても、ベタなテンプレ設定みたいに隣どうしとまではいかなかった。

 道路を挟んで三軒隣の斜向かいという、微妙な距離感だ。

 それに僕の家の隣は、僕が生まれた時から幼馴染みの家になってるから、望みは絶たれていたか……。

 いやぁー、でも初めて知った時、世間って狭いなって実感した。あと運命も感じた。

 とりあえず、先輩のさようならに答えない後輩はクズだと思うので、僕も返事を返す。


「近所迷惑ですよォーーーッ!!」


 僕の大声が、静かな夜の街に木霊する。どこかで犬が吠えた。

 まったく、こんな夜中に騒ぐなんて躾がなってないな。


「わかぁったぁーーー!」


 それに比べてチミ先輩は可愛いなぁ!

 お休みなさい、チミ先輩。また明日!


 僕はホクホクした気分で家に入った。



◆◆◆



 ――翌朝。

 早起きしていつものように、チミ先輩ん家の前で出待ち中。

 まだかなまだかな、とボーッと突っ立ってると玄関のドアが開いた。キタっ!!


「お早うございます、チミ先輩」

「おふぁよー……んにゃ……あまにょ、くん……うぅ」


 わあ、ぐでんぐでんだ。チミ先輩はどうやら、寝不足らしい。


 いつもは好奇心を溢れさせている、くりっとした大きな瞳を重そうに閉ざして、両手で目蓋をゴシゴシしてる。

 身嗜みもぐちゃぐちゃだ。

 セミロングの亜麻色の髪は、寝癖が跳ね放題だし、制服はブラウスのボタンを盛大にかけ間違えているせいで、その小さな体に不釣り合いな大きなお胸の谷間とブラジャーが見えてしまっている。ああ、今日は黒なんですね。

 僕は慌て先輩に駆け寄った。

 玄関先とはいえ、ここは天下の往来に面している。誰かに見られる前に、せめて下着と谷間が丸見えになっているシャツだけでも隠さなければ……!


 寝ぼけてぐずるチミ先輩を宥めながら、なんとか先輩の身嗜みを整えていく。

 家の奥から慌てやって来た先輩のお母さんとも協力し、学園の風紀員に目をつけられない程度には仕上げた。あとは目を覚ましてもらうだけだが……。


「……背中、乗ります?」

「うむぅ……たにょむ……」


 家から歩き出した所まではよかったのだが、隣の塀の上から追走してくるカタツムリに追い抜かされてしまったので、途中からは先輩を背負って当校することにした。羽のように軽いとは、この人のためにある言葉だと思う。


「そんなになるまで、昨日の夜は何をしてたんですか?」

「んぅ……流れ星に、お祈りしてた……」


 ……あっ、ヤバい。朝から涙腺にきた。なんて健気な……。

 先輩、昨日僕が悩んでたこと、そこまで気にしてくれていたのか。それで夜更かししてまで、ずっと流れ星を探して。


「ありがとうございます、いつも」

「だって、先ぱいだもん」


 はい、自慢の先輩です。


「でも流れ星、見つかんなくって……でもね? 変わりに、お祈り……一杯した。だから、大丈夫だよ」

「はい」


 必ずや、奴らを全員、○してみせます。


「む……天野くん。足止まってる……」

「あ、すみません。ちょっと急ぎましょうか」

「ん……」


 小さく頷くチミ先輩を背負い直し、僕はいつの間にか止まっていた足を動かして、再び通学路を歩きだした。



◆◆◆



 昨日、グラスハート先輩たちと別れたY字路に着くと、お嬢の後ろ姿が見えた。あのドリル髪は見間違えようがない。

 あ、お嬢が急に振り向いて僕に気付いた。ドリルって思ったのが不味かったか? 悪口のつもりはなかったのだが。


「ご機嫌よう、天野くん……と、チミさんも」

「おはようございます、お嬢」

「ぐぅ……」


 申し訳ないが、チミ先輩はつい先程、夢の世界に旅立たれた。


「あれ……お嬢ひとりですか?」


 いつもなら、グラスハート先輩と一緒に待っているのに、今日は先輩の姿が見えない。


「彼女なら、あそこに居ますわよ」


 お嬢の視線の先には公園があった。住宅街に作られた、小さな公園だ。

 そこに備えられたベンチのひとつに先輩を見つけた。あの朝陽を浴びて幻想的に輝く白い髪は、グラスハート先輩に他ならない。

 僕とお嬢はグラスハート先輩に近寄るが、グラスハート先輩はピクリとも反応しない。

 なんか様子が……?


「えっ、これ、グラスハート先輩、寝てる?」


 グラスハート先輩は、凄く姿勢の良い居眠りをしていた。

 書道の教科書に出てくる座り方の見本みたいに綺麗だった。

 えぇ? グラスハート先輩、これ本当に寝てるの……?


「昨日はお疲れだったみたいですわ。天野くん、学園まで背負ってあげなさいな」

「わかりました」


 グッスリ眠ってるようだし、ここで起こすのも忍びない。何より女神の寝顔なんて滅多に見れないレアスチルをもっと拝んでいたいという思いもある。

 片手でチミ先輩を抱っこして、背中にグラスハート先輩を乗っける。

 じゃんけんで負けて荷物持ちになった小学生がよくやる、前にも後ろにもランドセルな状態だ。


「相変わらず、力持ちですわね」

「これでも男子ですから」


 手が足りないので、二人のカバンは申し訳ないがお嬢に持ってもらう。僕に腕がもう一本あればよかったんだが、ここが人類の限界点だ。


「それじゃ、行きましょうか」

「ええ」


 そして僕とお嬢が公園を出ようとしたところで――それを目撃してしまった。


「――いーじゃん、ねっ? 絶対こっちのがいいから! ぜったいクセになるって!」


 その女は、ウチの制服を着ていて、なにやらキャンキャン騒ぎながらバーコードヘアーのスーツを着た中年男性の腕を引っ付かんで、公園の公衆トイレに連れ込もうとしていた。

 すぐにピンと着た。


 ――あ、援交だ。


 隣でお嬢がスマホをパシャリと鳴らした。

 あとで学園に提出するんだろう。


 ていうか待て。

 あの後ろ姿、もしかしてアイツは――!?


「あら? あの方は確か、E組の佐野田美智子(さのだ みちこ)さ――」

「サノバビチ子ォーーーッ!!」


 僕は吼えた。

 前後で眠っている天使と女神がいるにも関わらず、怒りのあまり我を忘れて怒鳴った。

 チミ先輩はむずがり、お嬢はちょっとビクっとし、グラスハート先輩は相変わらず眠り続けた。


 そしてビッチは、僕のほうへ振り向いた。


「えっ? て、あーっ! アマのんじゃん!」


 僕に気付いたビチ子は掴んでいた中年を突き飛ばし、ずかずかと僕の方にやってくる。


「来るんじゃねぇー! それ以上近づくな!!」


 天使と女神の御前であるぞ、腐れビッチ風情が!

 僕は警戒心MAXの猫のようにビチ子を威嚇する。


「あーんもう、つれないなぁ。もっと仲良くしよーよ、ね?」

「ざっけんな! 地獄に堕ちろアバズレ!!」

「ちょっと天野くん、少し落ち着きなさい」


 はっ……!? し、しまった、つい感情的に……。


「す、すみません、お嬢……もう大丈夫です」


 僕は犬歯を剥き出しにしてヤツを睨み殺さんばかりに威嚇しながら、お嬢に謝罪した。


「まったく大丈夫には見えませんが……貴女、天野くんとはどんなご関係ですの?」


 お嬢は話にならない僕に代わって、ビチ子に尋ねる。


「ん? あたしとアマのんの関係? んー……なんだろ? フクザツな関係?」

「紛らわしいこと言うな! あかの他人以外の何物でもないだろうが!」


 事実そのとうり、僕はヤツがフットワークならぬヒップワークの軽いビッチであるという事以外、なにも知らない。

 だが、一つだけ確かなことがある。


「ビチ子てめぇ……まだ僕の貞操を狙ってやがんのか!?」


 あれはそう、このビッチと不運にも初めて会った時の話だ――


 ある日の放課後。部室に行こうとしたら、急にトイレに行きたくなって、普段使わない人気のないトイレで用を足していた。そしたら、いきなり知らない男子生徒の腕を引っ付かんで、コイツが現れたのだ。

 さっきのはまるで、その時の焼き写しのようだった。


「いやー、あの時からアマのんのが気になってて……えへへ」


 照れんなビッチのクセに!


「むぅー……さっきからなにー……? もう学校?」


 あ、いかん。チミ先輩が目を覚ましてしまった。相変わらずグラスハート先輩は背中で熟睡しているからいいが、チミ先輩に目の前の汚物を見せるわけにはいかない!

 て、今は両手が塞がっているんだった!

 くそッ!! だからなんで僕には腕が二本しかないんだよッ!!


 ……いや、そんなことはない。今こそ、人類の限界を超えるときだ……!


 僕が、先輩を守るんだ!


 ……集中しろ、僕。僕ならできる筈だ……生えろ。生えろ、生えろ、生えろ、生えろ、生えろ……! 一本だけでいい、頼むっ、生えてくれぇー!!


「ん〜……天野くん、ギャルっぽい人がなんかこっちみてるよ?」


 生えなかった。


 あぁ、なんてことだ……。汚物を、よりによってあんな穢れた汚物をチミ先輩の視界に入れてしまうなんて……。

 昨日、あんなにカッコつけて「チミ先輩の視界には、塵一つ残さない(キリッ)」て言ったばかりなのに……。穴があったら入りたくなる気持ちがよく解った。確かにいま穴に入りたい。


「きゃーなにこの子可愛いー!?」


 僕が放心していると、チミ先輩の可愛さにやられたビッチが更に近づいてきた。


「この子なにー? アマのんの妹? って、背中にも誰かいるし! マジウケるー!」


 眠り続けるグラスハート先輩を指差して笑うビッチ。

 もう限界だった。


「お嬢、ちょっと二人を頼みます……」

「いいですけど、手早くお願いしますわよ?」


 お嬢に二人を預け、ビッチの正面に立つ。


「ん、なになにアマのん? まさか告白的な雰囲気これ?」


 僕はビッチの戯れ言を無視してそのまま――


「――破ァッ!!」

「げはぁぁぁっ!?」


 一気にヤツの懐に踏み込み、みぞおちにえぐりこむようなアッパーを叩き込んだ。


 品のない悲鳴を上げてビッチが気持ちよく吹っ飛んでいく。

 そしてちょうど後ろでうろうろしていた中年親父を巻き込んでもろとも地面に崩れ落ち、白目を剥いてそのまま気絶した。


「っしゃー! スッキリしたぁ!」


 ガッツポーズしてお嬢の元に戻ると、お嬢は怪訝そうな顔で聞いてきた。


「いいんですの?」

「いいんです」


 いつもああやって追い払ってますから。


「さ、早く学園に行きましょう。無駄な時間を使ってしまいました」


 お嬢からグラスハート先輩を受け取り、また背中に背負う。しかし本当によく眠っているな、毒リンゴでも食べたんじゃないかと疑ってしまう。


「ねえ、同輩くん。結局あれは誰なんだい?」


 すっかり起きてしまったチミ先輩が、いまだ中年と一緒に公園の地面に伸びているビッチを指差す。


「あれは……そう、悪の組織の女幹部です」

「なに! あれが噂の女幹部!? それは本当なのかい!?」


「ええ。ウチの制服を着て変装していますが、ヤツの名は色欲怪人アバズーレと言って――」


 先輩に悪の組織の危険性を教えながら、僕らはいつものように学園へと登校した。


 なお、ビチ子は遅刻した模様。

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