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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第一章 後輩の僕と、愉快な先輩たち
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小さな嘘のプロローグ

※この回は主人公の能書きがアレなので、そういうのが苦手な方は流し読みを推奨します。


 いやー、一時はどうなるかと思った。お嬢の力添えがなかったらマジでヤバかった。

 このヤバさは今年の入学式のときの、くしゃみして鼻水出たけどティッシュがねぇ!? けど校長の挨拶はまだ続いている! に次ぐヤバさだった。

 いやー、あれはヤバかった。ああいう時に限って、景気よく飛び出るもんだから……。

 トイレに駆け込むまで、終止意味ありげに手で顔を隠していたから、お陰で完全にイタイ奴扱いされて、見事にクラスから孤立よ。

 僕の高校デビューは、意図しない中二病を患いながらのスタートでした。


 でもまあ、それでクラスからハブにされていた僕を見かねて話し掛けてくれた優しいチミ先輩と知り合いになれたんだから、人生どう転ぶかわからないものだ。

 今でも鮮明に思い出せる、チミ先輩と初めて出会った時のことを。


『――どうかしたの、君? いつもひとりで居るけど、皆とお喋りしないのかい? え、不気味に思われて避けられている? ふーん……? “どこにでもいる、素直そうな男の子”にしか見えないけどなぁ……――よしっ、なら私が君の話し相手になってあげよう! なに、私はこう見えて実は君より一つ先輩なのさ! おっと、先輩なのになんで同じ学年に居るのかは聞かないでくれよ、そういう事も間々あるものさ!』


 あの無邪気で分け隔てない性格に、どれほど救われたことか。

 もし入学式の時に時間を巻き戻せたとしても、僕は喜んで中二病っぽく振る舞うだろう。

 今度はちゃんと、ティッシュを待って。


 いつもと変わらない帰り道で、ふとチミ先輩との出会いのシーンを思い返していた。

 グラスハート先輩やお嬢とは前のY字路で別れて、今はチミ先輩と二人で下校している。

 すっかり日が暮れて、空や住宅街、世界全てが夕焼けで赤く染まっていく光景は、不意に人を郷愁に駆り立てるものがある。

 だからか、妙に懐かしく感じる、つい数ヶ月前の出来事を振り返ってしまったのだろう。

 そんな僕の空気を払うかのように、チミ先輩が明るく声をかけてきた。まるであの時と変わらない、どこか的外れな能天気さで。


「どうしたんだい、同輩くん? なんだか遠くを見つめて……ハッ! もしや……なにか美味しそうなお菓子でも見つけたんでしょう! どこ、どこにあるのっ!?」


 必死にキョロキョロと当たりに視線をやるチミ先輩。勿論、お菓子うんぬんは先輩の可愛いらしい勘違いだ。しかし何故お菓子が落ちてると思ったのだろう?

 興奮でいつもの変な背伸びした口調も忘れた今の先輩は、見た目もあって、本当にただの子どものようだ。

 多分、こっちが素なんだと思う。最初の頃みたいに、僕のこと「天野くん」て呼んでるし。


 しかし、こんなに純粋無垢で愛らしい人と一緒に下校できるなんて、僕はなんて幸せものだろう。

 ああ……汚い人類を掃除して薄汚れた心が洗われていくようだ――よしっ、これでまた戦える!

 日々の疲れを癒してくれたお礼に、チミ先輩にちょっとサプライズをしてあげよう。


「落ち着いて下さいチミ先輩。先輩が探しているお菓子なら、あそこにありますよ」


 先輩に分かりやすいように、少し先にある知らない人ん家の茂みを指差す。勿論そんなところにお菓子があるわけない。

 だが先輩は素直にじっと茂みを見つめだす。超ピュア……!


「むぅー……見つからないよ、どこにあるのー?」

「あれ、そうですか? 変ですね、ちょっと待ってください。いま手元に――ハァッ!!」

「ひゃぁい!? ……び、びっくりしたぁ、急になに……あっ! す、すごい! 天野くんの手の中にお菓子がある! どうやったの!?」

「母から伝授した魔法です。どうぞ、チミ先輩」


 なんの疑いもなく、目をキラキラさせて嬉しそうに僕からお菓子を受けとるチミ先輩。


 チミ先輩は、本当に疑いなく、僕が魔法でお菓子を出したと思っているのだろうが、勿論、僕は魔法なんか使えない。僕にできるのは、精々汚い人類を綺麗に始末することくらいだ。


 種を明かすと、これはただの手品だ。

 先輩の視界を一点に集中させて、僕から気をそらしてる間に普通にカバンからお菓子を取り出しただけ。うま○棒、安いのに美味しいから、何本かカバンに常備しているんだよ。

 あとは必死にお菓子を探す先輩の注意を、大声かなんかで僕に戻せば、あら不思議。さっきまで遠くにあったお菓子が、手の中に!

 ……そんな単純な、手品とも言えない、子供だましだ。


 でも、先輩は喜んでくれる。

 この世に魔法があると信じてなければ、到底信じないような嘘を。

 きっとチミ先輩には、この綺麗ごとだらけの醜い世界が、本当に綺麗に見えているのだろう。

 いつも放課後の教室で語ってくれる“もしかしたらあり得るかもしれない”ネタ話を、全てあり得ない嘘だと断じたように。

 チミ先輩は、この綺麗な世界に“そんな醜いものがあるなんてありえない、それこそ嘘だ”と、そう信じている。


 世界は希望に満ち溢れているし、悪者が現れたらどこからともなく正義のヒーローが現れてやっつけてくれると、本気で信じてる。

 今時、小学生でも現実を知るような変に悟った社会だが、他の人たちの目に、この人はどう映るのだろうか?


 嘘がないというのならば、地上が綺麗なことだけで溢れているというのなら、それはきっと、誰にも優しい、素敵な世界なんだろう。

 優しくて嘘つきな、チミ先輩らしい、甘い嘘だ。


 そんな純真で、穢れないチミ先輩がこんな薄汚れた世界に居るから、だから僕は――()が、その汚たないゴミどもを片付けると、そう決めた。


 世界には綺麗なもんしかないって言う先輩の嘘を、きっと誰もが鼻で笑い、馬鹿にするだろう。現実を見てないって。

 だがチミ先輩は、そいつらの言葉には揺るぎもしないだろう。

 体は小っちゃいが、心はワールドクラスに大きな人だ。悪口や陰口なんて気にもとめないさ……少し拗ねるかもしれないが。


 綺麗なものを信じて何が悪い?

 へそを曲げて、本当に綺麗なものも汚いと嘯くゴミどもに、とやかく言われる筋合いはない。


 チミ先輩を見ろ。子供だましで出した安いお菓子一つで、あんなに幸せそうに微笑んで、すごく美味しそうに頬張っている!

 間違いなく今、世界で一番幸せなのはチミ先輩だ。あとそれを眺める俺! 先輩と同列タイだ。

 人間はこんな小さなことで幸せになれるのに、世界には欲張りで、自分勝手なゴミどもが多すぎると思う。


 ――そしてそいつらは、よりによって幸せそうな先輩たちを狙ってくる。

 グラスハート先輩が、正にいま被害にあっているように。

 ゴミどもはキラキラしたものを、自分たちと同じように汚そうとしやがる。


 だから、俺が掃除してやるんだ。せっかく綺麗な世界を、ゴミで汚されちゃ堪らない。

 それが、あの入学式までゴミみたいに生きてきた俺を救ってくれた先輩への、俺なりの身勝手な恩返しだ。

 俺がいる限り、先輩の視界には塵一つ残しはしない。


 けど、ゴミ掃除で一番汚れるのは、紛れもなく俺だろう。

 だから俺は先輩の前では――()になる。


 “どこにでもいる、素直でそうな男の子”


 あの時、先輩が言ってくれた、優しくて甘い、小さな嘘。

 僕は、その小さな嘘を信じている。


「――……のくん! 天野くん!」

「――はい。なんですか、チミ先輩?」


 チミ先輩の僕を呼ぶ声で、ハッと我に返る。いかんな、随分と自分に酔っぱらっていたようだ。

 僕は先輩の事になると、どうにも感情が暴走しがちになる。悪い癖だ。


「あのお菓子、とっても美味しかった!」

「それは、良かったですね」

「うん! だから魔法で取ってくれて、天野くん、ありがとう! お陰で私はいま、とても幸せだ!」

「! ……どういたしまして、チミ先輩」


 そう言ってチミ先輩は、僕に今日一番のとびっきり可愛い笑顔を向けてくれた。


 さすが、もう先輩たちのご利益が効いたな。


 ――今日は良いことあった。

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