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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第一章 後輩の僕と、愉快な先輩たち
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ミステリアスな嬢のプロローグ


 何事にも、タイミングというものがある。

 例えばソシャゲのガチャで、何時何分丁度にクリックするとレアが出る!……ような気がする!! ていう、あの感じだ。


 グラスハート先輩……美しき我が女神に仇なした異教徒共への天罰代行は、まだ時期尚早であると判断する。

 仮にすぐ実行するにしても、今月は使徒としての活動スパンが短すぎる。断念するしかない。


 それと言うのも、ちょうど昨夜、女神を拐かして如何わしい行為に及ぼうと企んでいた我が校の変態教師相手に、ちょいと派手にやらかしてしまったのが地味に響いているのだ。

 詳細は省くが、今朝はちょっとした騒ぎになったほど。まあ社会人がいきなり消息を経てばね、職場とかで交友関係なくても、そりゃあざわざわくらいするよな、てことだ。

 流石に連日は不味い。このままグラスハート先輩の敵を闇に葬り続けたら、疑いの目が先輩にまで及んでしまう。それでは本末転倒。女神の安穏を守るという、趣旨に反する。

 だから今は、じっと堪え忍ぶ時。


「ふっ、僕もまだまだ青いな……」


 あのときの自分の行いを省みると、つい怒りにまかせて随分と杜撰な犯行……もとい、必殺技を出してしまったもんだ。正義のバールのような物アタックは、まだまだ改善の余地有りだな。一撃で仕留められなかった。ゆくゆくは、人数を揃えて合体技にまで発展させたい。


 そんな風に自らの若さゆえの過ちを反省しながら、部活動を終えてチミ先輩たちと仲良く並んで昇降口へ向かっていると、廊下の向こうからやってくる人物が見えた。


 その人物を目にした瞬間、僕の頭の中で、ホルストの組曲『惑星』の第1曲が流れだした。


 ホルスト組曲『惑星』の第1曲は――『火星』戦争をもたらすもの。


 そのラスボス感溢れる勇壮な音楽をBGMにできる御方など、この学園で彼女を置いて他にはいない。


 豪奢な縦巻きの黒い髪を揺らし、王者の貫禄を振り撒きながら悠々と歩く彼女へ僕は急いで駆け寄ると、ヤのつく人たちのようにバッと礼をする。


「お疲れ様でごぜぇやす、お嬢っ!」


 氏名不明、素性不明、住所不明、スリーサイズ不明。ただ素顔だけが判明している、歩く学園の七不思議。二年A組出席番号0番。人呼んで、通称『お嬢』だ。僕らの部活の仲間であり、僕の憧れの先輩である。


「ん。ご機嫌よう、天野くん」


 持っていた扇子で雅に口元を隠しながら鷹揚に頷いたお嬢は、面を上げよと僕の肩を叩く。


「毎度毎度、そんなに改まらなくていいですわよ? 貴方と(わたくし)の仲じゃありませんの」

「滅相もございません。普段から、お嬢には世話になりっぱなしで……」

「頑固ですわね。ああ、でもそのことで少しお話しが……」


 と、お嬢が言いかけたところで、チミ先輩とグラスハート先輩が追い付いてきた。


「お嬢く〜んっ! いま帰りなのかい?」


 元気よく突進してきたチミ先輩を、お嬢はやさしく受け止める。


「ご機嫌よう、チミさん。これから部室に参ろうかと思ってたのだけど……今日はもうお開きかしら?」


 チミ先輩に優雅に答えながら、お嬢はグラスハート先輩に顔を向ける。


「ごめんなさいね、連絡してくれれば、もう少し待っていたんだけど……」

「いえ、私の方こそ申し訳ありませんわ。今日は少々手が離せない用事がありまして……。また明日の部活を楽しみにしますわ」


 互いに微笑みを交わす美しい先輩たち。

 この二人が並ぶと、空気が一気に華やかになるなぁ。眼の保養をしなければ。

 僕が眼福に浸っていると、お嬢に抱き着いていたチミ先輩が両手を上げて存在をアピールした。大丈夫です、忘れてませんよ。


「だったら、今日はみんなと一緒に帰ればよいよ! その間はお嬢くんともお話ができるじゃないか」


 チミ先輩がさも名案とばかりにお嬢にそう言った。やはりチミ先輩は優しいお方だ。全人類がチミ先輩だったら、争いなんて起こらないだろうに。同時に僕の天国も出現するだろうに。

 お嬢は少し迷うように小首を傾げたが、直ぐにチミ先輩に微笑み返した。


「……では、お言葉に甘えさせていただきますわ」



◆◆◆



 今日は珍しく、お嬢と一緒に下校。

 顔には出さないが、僕のテンションはうなぎ登りだ。チミ先輩には感謝しかない。


 僕たち四人は丁度帰り道の方向が一緒なので、都合が合えばこうして仲良く下校する。

 四人で楽しくお喋りしながらてくてく歩道を歩いていると、僕の隣を歩いていたお嬢が前の二人に気付かれないように、そっと顔を近付けてきた。


「天野くん、少しよろしくって……?」


 僕の耳元でお嬢がそう囁いた。おぅ、お嬢の声って色っぽいんだよな。凄いドキってした。


 どうやらナイショ話のようなので、わざとゆっくり歩いてチミ先輩たちと自然に距離を取る。

 これなら小声で話しても大丈夫だろう。


「――さっきの続きですか?」

「ええ。先ほどは言いそびれましたけど……例の変態教師の件、なんとか始末をつける手筈が整いましたわ」

「マジすか!?」

「しーっ! 声が大きいですわ……!」


 はっ! いけない、驚きのあまりつい……。

 何事かとこっちを振り向いたチミ先輩たちに、何でもないですよと笑顔で誤魔化しておく。


「……それで、具体的にどうなるんです?」


 今日は変態教師が急に学園に来なかったから、ちょっと話題になってしまったんだよな。

 これだと僕個人じゃ、収拾できるレベルを大きく越えてしまっている。

 だから泡食ってお嬢に泣きついたのが、今朝のことだ。お嬢には毎度、僕の不始末を手伝ってもらっていて、本当に頭が上がらない。

 お嬢は、ヤツが今日学園に現れなかった理由となる(・・・・・)物語りを語り始めた。


「――まず、変態教師のもとに昨夜、故郷の母親が急に倒れたという報せが入りました」


 ふむふむ、それは大変だ。一大事じゃないか。


「それで彼はなりふり構わず慌てて帰郷、そして職場への報告を怠慢。結果、今日は無断欠勤となりました」

「ちょっと待って下さい。それだと、少しこじつけが強すぎやしませんか?」


 思わず口を挟んでしまったが、そこは抜りの無いお嬢のことだ。何か手を打ったのだろう。これは確認のようなものだ。

 お嬢は落ち着いた様子で、最もだと頷いた。


「ええ、その通りですわ。ですから今朝のうちに、彼は重度のマザコンであると、そういう噂をそれとなく流しておきました。彼の普段の評判なら、違和感なく広がりますわ」


 なんという鮮やかな手際。これを即興でやるんだから、お嬢には敵わない。

 でもこれなら、馬鹿話が好きな生徒たちは納得する。あとは、如何にして僕たちとお別れするかだ。


「そして、実は重度の認知症だと判明した母親の介護をするために、彼はそのまま教員を辞職。余生を故郷の田舎で過ごし、私たちとは永遠に会う機会も無くなるでしょう」


 そう言いながら、お嬢はカバンから一枚の書類を取り出して、僕に差し出してきた。


「拝見します」


 これは、カルテだな。

 ふむ、奇遇だな、あの変態教師と同じ苗字だ。ああ、この人も重度の認知症なんだな。高齢者の認知症は少子高齢化が進む日本では深刻な問題だからな、医療と介護の現場には期待したい。

 ざっと読み終わり、僕は恭しくどっかの誰かさんの個人情報を、お嬢へと返す。


「お手数をお掛けしました」

「いいえ。慌ただしかっただけで、対して手間はかかりませんでしたから。というのもこれ、実は本物の写しなんですの。本人はいま介護施設に入ってますわ」

「あれま。バレませんそれ?」

「息子の名前も思い出せないほど重いようですし、入所記録も改竄しましたから、なにも心配することはありませんわ」


 お嬢は書類を受けとると、無造作にカバンへ仕舞った。

 この件はこれでお終い。ということだ。


「でも次は、事前に相談くらいしてほしいですわね……」


 お嬢がややジトっとした目で僕を睨んでくる。

 ああ不味い、もしかしなくても、お怒りになってる?

 今回は一人で突っ走り過ぎたものな。どうしよう、とりあえず、先んじて指詰めとくか?


「てい」

「あ痛っ」


 僕が指何本にしようかと悩んでいると、お嬢が僕の頭を扇子で軽く叩いてきた。全然痛くない。


「まあ、今回はこれで許してあげますわ。でも次やったら、オシオキしますわよ?」


 お嬢はそう言うと、早足に前の二人の間へと混ざりに行った。

 僕はそれを、頭を押さえながらポカンと見送っていた。

 走り去り際、チラッとお嬢の顔が笑っているように見えたのは、気のせいだろうか? いや、断じて見間違いじゃない。


「……お嬢がデレた……」


 今日は良いことあるかもしれない。

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