先輩の心、後輩知らず
四方土町の入り口にあるサービスエリアから出発した僕達だったが、現在、車内には妙な空気が流れていた。
それと言うのも、バスが町の中心部を通り過ぎたのに、何故かいつまで立っても止まる気配がないのだ。
予定では、町に着いたら真っ直ぐ宿泊施設に向かうと聞かされていたのだが……。
「――あの、お嬢。町から出ちゃいましたけど……?」
そしてついに、窓の風景が再び木と山だけになったところで、不思議そうな顔をしている他の先輩たちを代表して、お嬢に聞いてみた。
「ええ、町外れにある私の別荘に向かっていますから、当然ですわ」
返ってきたお嬢の言葉に車内がざわ着いた。ザワ……ザワ……。
「べ、別荘……?」
僕が疑問をそのまま口にすると、前の席に座っている書記長ちゃんが、お嬢に向かって話しかけた。
「空欄さん、事前に説明をなさっていなかったのですか?」
「ああ……そう言えば皆さんには、何処に泊まるかまではお話していなかったですわね……。えっとですね、四方土町には、宿泊施設がないんですの。あいにく、町に一軒だけの民宿が少し前に無くなったらしいんですわ。山奥で交通も不便ですし、特に観光で成り立っている町でもなさそうなので、仕方ない事なのかもしれないですけど」
なるほど、そうだったのか。
だから町から出てお嬢の別荘に向かっている、という理由はわかった。でも、どうしてこんな場所にお嬢の別荘があるんだろう。別に詳しい訳ではないけど、別荘となれば普通、観光地とか景観のいい場所に建てるものではないのか? と疑問に思っていたら……お嬢の話には続きがあった。
「ですから私、思い切って国内四十八番目となる、新しい別荘を建てましたの! 泊まれる施設が無いなら、造ってしまえば良いんですわ! 名案だとは思いませんこと?」
お嬢はそう言って、珍しくどや顔を見せてきた。かわいいっ!
流石お嬢だ、問題解決の仕方が豪快すぎる。ひと夏の合宿の為に別荘建てちゃうなんて、僕には逆立ちしても真似できない。主に金銭面的に。
しかしそうなると、新たな疑問が生まれる。そこまでしてお嬢がこの町を合宿先に選んだ決め手は一体何なのだろうか?
「そんなっ、ズルいわよお姫ちゃん! だからこの町を選んだの!?」
「嵌められた……。これから向かう先は、既に敵地……」
「戦いはあの時、既に始まっていたんですわよ、お二人とも。申し訳ありませんが、地の利は私にありますわ……ふふふふ」
僕が疑問に首を傾げていると、グラスハート先輩とメア先輩がお嬢と何やら言い合いを始めた。
どうやら先輩たちは、お嬢がここを選んだ理由が分かって、その事について抗議をしているようだが……。傍から聞いていても、何をそんなに憤っているのかが、僕には分からない。
隣に座るチミ先輩も、不思議そうにきょとんとした顔で三人の先輩を見つめていた。
「みんな、一体何の話をしているのだ……?」
「さぁ……? ねえ書紀長ちゃん。先輩たちの話の内容、分かる?」
座席の上から顔を出して書記長ちゃんに尋ねてみると、頭痛を堪えてるような声で返事が返ってきた。
「……風紀を乱さないのであれば、生徒会は生徒同士の関係の進展を、温かく見守りたいと思います。ですから、私を私情に巻き込まないでください、管轄外です……」
「「???」」
僕とチミ先輩は揃って首を傾げた。
ついに書紀長ちゃんの言っている事も分からなくなってしまった……一体、今なにが起きているんだ?
混沌としてきた車内を余所に、バスは軽快に走り続けた。
なんやかんや、わいわいと騒いでいると、バスはいつの間にか山道を走っていた。
左右を木々に挟まれた舗装されていない曲がりくねった道をノロノロと進み、木漏れ日が射し込む木のトンネルを潜り抜けると、視界が一気に開けた。
山の中腹を切り拓いたような広場の中心に、和の趣き溢れる、茅葺き屋根の日本家屋が佇んでいた。あれがお嬢の別荘か。
「おぁーっ……!」
「わぁーっ……!」
窓から顔を出した僕とチミ先輩は、揃って感動の声を上げた。
だって、時代劇とかに出てきそうな家なんだもん。そういうの見るの初めてだったから、ちょっと感激しちゃった。
あ、そうだ写真! 写真取らなきゃ! 気分はすっかり観光客である。
「それでは皆さん、宿泊地に到着しましたので、荷物を持って順番にバスから降りて下さい。あと窓から頭を出しているそこのお二人は、危険な行為を直ちにやめて下さい」
書記長ちゃんに注意された僕達は「はーい」と返事をして、大人しくバスの中に顔を引っ込める。
「はぁ……立派なお家ねぇ……。これ、本当に別荘なの?」
「ですわ。当然、各部屋には一通りの家具家電等も揃えてますし、それらはご自由に使ってもらって結構ですわよ」
「……なんか私、倒れそう」
「だ、大丈夫ですのグラスハートさん!?」
早速バスから降りていたグラスハート先輩とお嬢の会話が、窓の向こうから聞こえてくる。
グラスハート先輩が気を遠くさせてしまう気持ちは分かる。
人里離れたこんな場所に家を建てるなら、土地の確保や、職人の手配、建築資材の運搬といった、建築費とは別に諸々の高額な費用が掛かって、とても現実的ではないだろう。
だがお金が絡む話なら、お嬢が銃の次に得意とする分野である。
この別荘を建てるときのそれらの問題に対しても、その出処不明の有り余るマネーパワーが遺憾なく発揮されたのだろう。果たして、この別荘に一体幾ら注ぎ込まれたのだろうか……。
「私の家と、雰囲気似てる……」
半ば放心しているグラスハート先輩の後ろで、刀を包んだ風呂敷を抱えたメア先輩がポツリと呟いていた。
へぇ、メア先輩のご実家も日本家屋なのかな。普段から着物を着てるから、イメージとピッタリ合う。
「同輩くん、なにしてるんだい? 早く降りようよー」
「あ、ごめんなさい」
しまった、通路側に座っている僕がボーッとしていたら、チミ先輩がいつまでも降りれないままだ。
慌てて席から立ち上がった僕は、天井付近にある荷物置きのスペースから、チミ先輩の空色のリュックを取り出す。
当然というか、背がちっちゃいチミ先輩ではここまで手が届かない……まったく、不親切な設計だ。
「はい、どうぞ先輩」
「うむ、ありがとうなのだ、同輩くん! さきに降りて待ってるね!」
いえいえ、後輩として当然のことをしたまでですから。
チミ先輩がリュックを背負って荷物置き場の下から離れるのを待ってから、残っていた僕の荷物の着替えや洗顔道具などを入たリュックを引っ張り出す。
「あ、危な。あれ忘れるところだった」
そのまま降り口に向かいそうになった足を回れ右して、バスの後部座席へと向かう。
四人がけの長い座席の上には、警察に見つかったら言い逃れ出来ない量の刃物が入っているボストンバッグが置かれていた。
コレだけ大きすぎて上のスペースに入らなかったから、ここに置いといたんだけど……やっぱりこれ、色々邪魔だな。
「同輩くん。そのバッグ、随分と大きいけど、中に何が入っているんだい?」
ボストンバッグを肩に引っ掛けてバスから降りると、歩く度にガチャガチャと盛大に音が鳴っているバッグの中身が気になったのか、降り口で待っていてくれたチミ先輩が僕を見上げながらそう聞いてきたので、予め考えておいた設定を披露する。
「ちょっと気合を入れて、殺虫剤や虫除けを大量に持ってきてしまいまして……」
「そっか、なるほどねー……あ! そう言えば、お母さんに言われてたのに、朝虫除けスプレー掛けてくるの忘れてきちゃった……。同輩くん、よかったら後で私にも貸してくれないかい?」
「いいですよ。どうせ一人じゃ使い切れないくらいあるんで、存分に使ってください」
ボロを出さないように、というわけではないが、実際に先輩たちの為に何本か本物の虫除けも持って来ている。後輩として、今日も先輩たちをサポートする体制は万全ですとも。
「ありがとう同輩くん、やっぱり君は頼りになるなぁ。先輩の私も、もっとしっかりしないとね」
その言葉を聞いて、僕は密かに心の中でガッツポーズをする。
っしゃあ! 先輩に頼りなる後輩と思われてるぅ! 後輩冥利に尽きるというものだ。この調子で、今後とも後輩道を追求して行きたい。
「天野さん、チミさん。ご乗車、お疲れ様でした。お二人とも、車内に忘れ物等はしていませんか?」
バスから降りると、入り口の脇に立っていた書記長ちゃんに声を掛けられた。僕とチミ先輩は、揃って頷く。
「大丈夫なのだ!」
「僕も大丈夫。あ、荷物スペースは僕が確認しておいたから、他に忘れ物があるとしたら、あとは座席周りぐらいだと思うよ」
「お気遣い頂き、感謝します。では私は車内に忘れ物がないか、もう一度確認しますので、皆さんはどうぞお先に宿泊施設でお休みになっていて下さい」
書記長ちゃんに促された僕達は、彼女にお礼を言ってから、お嬢の別荘の玄関を潜った。
「皆さん、私の別荘にようこそですわ。合宿中はどうかご自分の家だと思って、のんびりと寛いで下さいませ」
玄関の上がり框の前で、クルリと僕らに振り返ったお嬢が、恭しくお辞儀をする。
「こちらこそ、お世話になりますのだ、お嬢くん!」
チミ先輩の屈託のない声に続いて、僕らもお嬢にお辞儀を返す。
親しき中にも礼儀あり、だ。
「さて、まずは荷物を部屋に運び入れましょうか。これから皆さんのお部屋にご案内しますわね」
お嬢を先頭に、僕達は古民家風の別荘へと上がる。
玄関から入ってすぐの所に、襖で仕切られた大広間があった。中はちょっとした宴会が開けそうなくらい広く、今は襖が全て開け放たれていることもあり、一層開放感がある。
なんと言うか、入り口からして普通の家とは雰囲気が違うや。
自分の実家でもないのに、不思議と懐かしく感じるのは、僕の中にある日本人の血がそうさせるのかもしれない。
「む。この廊下、鶯張りですか」
途中、縁側の廊下に差し掛かると、足元からキィキィと音が鳴りだした。忍者返しとも言われる、大昔の泥棒避けだ。流石お嬢だ。防犯対策をしっかり施してある。
ちなみに鶯張りの廊下の起源は定かではなく、意図的に作られた説と、ただボロいからキィキィ音が鳴っている偶発説、この二つの説が今のところメジャーだ。これ豆な。
この廊下は音が鳴るように、現代の技術で再現された物だろう。
「やあ、キュッキュッて音が鳴るよこの廊下! 歩いてるだけでなんだか楽しい気分になるね!」
そんな廊下事情など露知らず、チミ先輩は踏む度に甲高い音が鳴る廊下の上を無邪気な笑顔で走り回っていた。
いやぁ、和みますなぁ。この光景を見たら、この廊下を作った職人さんもニッコリすることだろう。
「あーっ、しまったですわぁ!」
そのまま廊下を進んでいると、お嬢が突然立ち止まって大声を上げた。
「どうかしたんですか、お嬢?」
ちょっと棒読みみたいな言い方でしたけど、大丈夫ですか?
「天野君、私、この別荘に個室のお部屋が五つしか無いことに、たったいま気がついてしまいましたのー!」
え? それは……えっと、部員は僕も含めて五人で、あ、いや。書記長ちゃんも入れて六人だから……あれ?
「それだと、部屋が一つ足りなくないですか……?」
「あちゃーですわ。やってしまいましたわ。痛恨の極みですわぁ」
お嬢は(≧△≦)←こんな顔をしながら、持っていた扇で自分の額をペシリと叩いた。
お嬢がこんなミスをするなんて、珍しい事もあるものだ。設計段階で気付かなかったのだろうか?
それはともかくとして、人数分の部屋が足りないとなると、はてどうしたものか……。
「誰か一人を廊下で寝かせるなんて訳にはいきませんし……――と言う訳で、申し訳無いのですけど天野君? 旧知のよしみで私と同室で我慢して頂け――」
「そ、そういう事なら、クジ引きで二人一部屋になる組を決めないっ?」
お嬢が僕に向かって話していると、グラスハート先輩が横から割って入るように僕たちの間に飛び込んできた。グラスハート先輩、今日は随分とアグレッシブだ。
「ほら、私、こんな事もあろうかと、ちょうど人数分のクジを用意してたの! これで相部屋になる人を決めればいいんじゃないかなっ?」
シャツの胸ポケットから取り出した六本の爪楊枝を手に、妙に早口で説明するグラスハート先輩。その内の一本だけ、先が赤くなっている。なるほど、アレがアタリなのだろう。
流石グラスハート先輩、用意がいいや! こんな事態を想定していたなんて、普通思いつかないよ。なんて気配りのできる人なんだ。
「むむっ……や、やりますわね、グラスハートさん」
「悪いけど、今回は私も本気だからね、お姫ちゃん……!」
グラスハート先輩の準備の良さを賞賛(?)するお嬢に、グラスハート先輩も挑戦的な笑みで微笑みかえしていて……なんか二人の会話おかしくないか? どことなく不穏というか……。
「それじゃあ、早速クジ引きしましょうか――」
「いいえ。その前にまず、このクジは天野くんが持っていて下さいな」
「あっ……!」
そう言ってお嬢は、グラスハート先輩から爪楊枝をもぎ取ると、僕に渡してきた。
「はぁ、まあいいですけど……?」
別にこれくらい構わないが、わざわざ僕に頼むなんて、まさかお嬢、グラスハート先輩がイカサマすると思ってます?
またまたご冗談を、それは疑い過ぎですよお嬢〜。
「先輩はそんな事しないですもんね?」
「えっ……?! そ……、そうよ! そんな事ちっとも考えてないわよっ?」
ほらー、しないって言ってますよ。お嬢は勝負事になると熱くなっちゃうんだから、もう。悪い癖ですよ?
「じゃあ、誰が持っていても構いませんわね?」
「も、もちろんよ……?」
「なら良かったですわ。それでは天野君。今からそのクジを一人ずつ引かせて――」
「――わー。手ガスベッター」
突然そんな声が聞こえたかと思って振り向くと、後ろに居たメア先輩が、抱えていた風呂敷の包みを振り解いて中から刀を取り出し、瞬間移動のように僕に向かって踏み込んで来ると、目にも止まらぬ神速の居合斬りを放ってきた。
瞬きする間もなく振るわれた綺麗な太刀筋に見惚れていると、何かがパラパラと足元に落ちる音が聞こえてきた。
気になって視線を下にやると、なんと僕の待っていた六本の爪楊枝が、全て半ばから切り飛ばされているではないか!
おおっ、なんというワザマエ!
「ややっ、これはお見事っ!!」
「んふふ……照れる」
メア先輩は僕の心からの賞賛の言葉を受けたせいか、少し赤らんだ顔で微笑みながら、チン!と涼し気な音を鳴らして刀を鞘に納めた。その刀は、いつもの模造刀ではなく真剣だ。大分使い慣れている様子からして、恐らく、アレが先輩の本来の得物なのだろう。
やはりメア先輩は凄腕の剣士だな。爪楊枝だなんて小さな的を適確に狙ったばかりか、刃が爪楊枝に当たった瞬間、手に僅かな衝撃も感じなかった。お陰で気付くのが遅れたくらいだ。刃の入りが完璧でなければああはいくまい。
やろうと思えば鉄さえ容易く切れるであろう、芸術的なまでの抜き打ちだった。トキメキすら感じたね。見ろよこの切り口、惚れ惚れする……!
「し、紫峰院さんっ!?」
「メアちゃん、いきなりどうしちゃったの?!」
「ほわーっ!! 凄いの見ちゃったのだ! もっかいやって!」
突然抜刀して華麗な剣技を披露したメア先輩に、他の先輩たちからも驚嘆の声が……あれ? チミ先輩以外、僕と驚きのベクトルが違う……。
メア先輩のサプライズ居合斬りによって廊下は一時騒然となったが、メア先輩が持っていた刀の鞘で廊下をドンッ!!と強く叩くと、場が一気に静まり返る。「ひゃっ……!?」と驚いたチミ先輩が僕にしがみついてきた。
大丈夫ですよチミ先輩、メア先輩は別にブチ切れてるわけじゃないみたいですから。
「え、えっと……お話、しますっ。聞いて、ほしい……」
誰からも声が上がらないのを肯定とみなしたのか、メア先輩は廊下が静かになったことをもう一度確認すると、心なしか毅然とした表情で皆を見渡す。
そして、いつもの囁くような静かな声で、厳かに語りだした。
「私たちは部活の仲間、だから……一人の失敗は、皆で補うべき。ここは公平に、順番を決めて、日替わりで相部屋になる人を決めたほうがいい……と思う」
「む……せ、正論ですわね……」
「確かにそっちの方が、皆の不満もないかも……いやでも……」
メア先輩の提案に、お嬢とグラスハート先輩が一考するように頷く。
普段はぼんやりしているメア先輩だけど、やはり先輩も部活のメンバーとして、色々考えてくれているんだなぁ。
「僕はメア先輩の提案に賛成です。クジで決めるのもいいと思いますけど、先輩たちはどうお考えですか?」
率先して自分の意見を示すと、お嬢とグラスハート先輩はうんうんと頭を捻りながらも、最終的には、メア先輩の提案に賛成してくれた。後は相部屋になる人の順番を決めるだけとなった。
――と、言う訳で。
急遽、僕と相部屋になる順番を決めるための、ジャンケン大会がここに開催された。
「……えっ? ちょっと待って下さい、なんでいつの間に僕が先輩達と相部屋する事になっているんですか!? こういうのって普通、異性は省くものじゃないんですか? しかもこれ僕だけずっと相部屋じゃないですか!?」
「なんですの、不満でもありまして?」
「え、いえ、不満なんてそんな……」
むしろ、先輩たちが不満ではありませんか?
だって僕、男子ですよ? 野郎ですよ? オオカミなんですよ?
後輩とは言え、自分の生活空間に男を入れるのって抵抗ありません?
いや、煩悩を捻り潰す手段を母上から教わっているので、万が一にも間違いを起こすつもりはないですけど。
「いいですこと、天野君? この部で男の子は天野君だけなんですわよ? 仮に女子同士で相部屋を決めるとなったら、確かに問題はスムーズに解決するでしょう。しかしそれでは私達女子の中だけで問題が解決してしまって、男子の天野君だけ皆から仲間ハズレみたいな雰囲気になってしまうような気がしなくも無きにしも非ずなんですわよ。仲間ハズレはダメ、絶対!ですわ。だからここは逆転の発想によって、部活唯一の男子である天野君が逆に私達の部屋を回ることによってなんか公平な感じになり、結果的に私達全員から不満がなくなる……と言うわけですの。理解できまして?」
「な、なるほど……?」
長文な上にちょっと早口過ぎて、途中で何言ってるのか理解が追い付かなかったが、他の先輩たちも納得してるみたいだし、別におかしな事は言ってない……のかな?
「いやでも、本当にいいんですか? 僕なんかが先輩たちの部屋にお邪魔して、やっぱりご迷惑では……」
「そんな事ないわよ、天野君」
僕がウジウジと悩んでいると、グラスハート先輩が慈しむような声を掛けてくれた。
「だって天野君は、私の大事な後輩ですもの。い、一緒の部屋になるくらい、ぜんぜん気にしないわよ? む、むしろ歓迎というか、あ、いやそういう意味じゃなくてね……!? と、とにかく本当に大丈夫だから安心してっ!?」
なんと……! グラスハート先輩は、僕の事をそこまで信用してくれていたのか……。
先輩にここまで言わせて断るようでは男が……いや、後輩が廃る!!
「……わかりました。不肖の身ではありますが、この天野、合宿の間、先輩たちの部屋にお邪魔させて頂きます」
僕は先輩たちへと、深々と頭を下げる。
僕なんかを受け入れてくれる素晴らしい先輩たちに、せめてもの敬意と感謝の気持ちを表したかった。
「同輩くん、部屋が一緒になったら一杯お喋りしようね!」
「はい、楽しみにしています」
頭を上げると、朗らかに微笑むチミ先輩の背後で、お嬢とグラスハート先輩とメア先輩が無言でハイタッチしていた。僕を説得するのに骨を折らせてしまったからな……。本当に、僕なんかには勿体無い先輩たちだ。
「それじゃあ早速、順番を決めちゃいましょう! ジャンケンで勝った人からでいいかしら?」
「異論ありませんわ。あ、紫峰院さんは目隠しをお願いしますわね。貴方の反射神経なら、後出ししほうだいではなくて?」
「んぅ、確かに……しかたない。でも、見えないのにどうやってジャンケンするの……?」
「チミさんに紫峰院さんの勝敗をジャッジして貰いますわ」
「それなら安心」
「よぅし、みんな準備はいいかい?」
四人で輪になった先輩達が、お互いの顔を見渡しながら頷く。
「では、ゆくぞぉ! さーいしょーはグー! ジャーン、ケーン――」
「――皆さん、一体何をやっているのですか?」
「あ、書記長ちゃん」
先輩たちがジャンケンを始めた所で、僕の後ろから書記長ちゃんが遅れてやって来た。やけに真剣にジャンケンに没頭している先輩たちに代わって、かくかくしかじかと、こうなった経緯を説明する。
「…………」
「どうしたの、書記長ちゃん? そんな度し難いものでも見たような顔して」
「いえ……個室が五つしかないのなら、一人が玄関前の大広間でも使えば良いのではないかと思いまして」
あ……。
そう言えばそうだ。別に寝るだけなら、あそこに布団を持って行けば、それで済む話しだったのか……。
「でも、あの空気にそれ言える……?」
僕はジャンケンに興じる先輩たちの輪を指差す。
皆凄い真剣にやってるんだよね、特にお嬢とグラスハート先輩とメア先輩が。鬼気迫るような気合がビリビリと伝わってくるようだった。
「私はお断りします。水を指したいのであれば、ご自由にどうぞ」
ですよねー……。
「ですから、くれぐれも女生徒と二人きりになったからと言って、淫らな行為に及ばないようにお願いします」
「淫らって……えぇっ!?」
こ、この子は突然なにを言い出すんだ!?
「そ、そんな! 書記長ちゃんってば、そんな事言う子だったの!? 僕らまだ学生だよ……!」
先輩たちとそんな……お、恐れ多いっ!! せっかく僕を信用してくれているのに、そんな信頼を裏切るような真似、出来るわけないじゃないか!
「……。最初に会った時から思っていましたが、本当に掴みどころの無い人ですね、貴方は……。先輩方に対して真摯だということは、十分に伝わりましたけど」
実はムッツリだった書記長ちゃんにセクハラされて、僕が顔を真っ赤にしている間に、どうやら先輩たちの勝負が決まったようで、廊下が一気に賑やかになった。
「やったー! 一番なのだー!」
「ん、運が良かった……」
「うーん……お姫ちゃんに勝てただけでも、良しとしましょうか」
「……ジャンケンなんて、嫌いですわ……」
先輩たちは勝負の結果を前にして、それぞれ悲喜こもごもな反応をしていた。
そんなこんなで、僕と相部屋になる先輩の順番は、以下の通りとなった。
一番目・チミ先輩。
二番目・メア先輩。
三番目・グラスハート先輩。
四番目・お嬢。
合宿の日程はたっぷり一週間あるのだが、一巡したらまた順番が一番の人に戻って、二番、三番と繰り返すことになる。
つまりお嬢だけ僕と相部屋になるのは一回だけと言う事だ。
「天野さん……。もう一度言いますが、くれぐれも間違いを犯さないでくださいね?」
「あ、はい」
書記長ちゃんから、冷たい視線が突き刺さってくる。
大丈夫だ、安心してくれ。僕は決めたんだ。先輩たちの信頼に答えてみせると。
例えどんな誘惑が襲ってこようと、僕は絶対に屈しない!
書記長ちゃん「なんだか2コマで屈しそうです」




