おいでませ、四方土町へ
バスに乗って学園を出発してから、かれこれ数時間が経った。家を出た時はまだ低かった太陽も、今は頭の上まで昇っている。
外では蝉たちが残り僅かな余生を謳歌しているなか、僕と先輩たちを乗せたバスは、順調に旅路を消化していた。
青空からカンカンと照りつけてくる夏の日差しも、クーラーの効いた車内では露とも感じず、すこぶる快適な旅を僕らは満喫中だ。
僕たちが向かっている合宿先は、内陸の山間にある、とある田舎町である。
空気が澄んでいて自然豊かな土地なのだとか。逆にそれ以外は無いと言えるかもしれないが、テンプレートな田舎らしくて良いと思う。なにも観光や遊び目的で遠出するのではない。今回の合宿の名目として、我が部は二つのお題を掲げている。
かく言う、僕が立案したものだ。
まず一つ目は、『自然の雄大さや美しさに触れて豊かな心を育み、その土地の風習や文化を学んで人々の暮らしを知る』こと。
自分で考えておいてなんだが、正直なんのこっちゃである。
なにせ学園側の耳障りが良さそうな事をもっともらしく書いただけなので、内容の趣旨をあまり深く理解出来ていない。
読んでると政治家の答弁みたいな文章だとつくづく思う。
ぶっちゃけこれは重要ではないのだ。
次の二つ目。これが重要なのだ。
『部活動の仲間達とふれあい、親睦を深めて楽しい思い出を作ること』。
打って変わって、なんと明朗快活で分かり易い題目ではなかろうか? これで先輩たちと大手を降って遊べるひゃっほい!
……以上、この二つを念頭に合宿を行っていく事になる。
なんだかんだ、僕が高校生になって、まだ半年も経っていない。
お嬢とは昔からの知り合いだが、チミ先輩とグラスハート先輩は高校生になってからの関係だ。メア先輩に至っては知り合ったばかりでまだ知らない事も沢山ある。好きな食べ物とか、ご趣味とか。
この合宿は、先輩たちの事をより深く知る、良い機会になるだろう。
「――ややっ!? 同輩くん、いま木の間から町が見えたよ!」
僕が合宿に思いを馳せていると、突然、隣の窓際の席に座っていたチミ先輩がそう言いながら、イスの上で膝立ちになって窓を開いて顔を外に出した。
開け放たれた窓から、外のむっとした熱気と共に、都会とは異なる空気が車内に流れ込んでくる。
あと、チミ先輩のシャンプーの匂いも。
安らぐわぁ、そこらのアロマよりテラピーしてるでぇ……。
「あ、あっ! ほら見て見て同輩くん! あそこだよっ!」
興奮したチミ先輩に促されて僕も窓の外に目をやると、チミ先輩が指差す先に、周囲を山に囲まれた、小さな町が見えてきた。
遠目にだが、結構家なんかも建っていて、僕の想像していた田舎のイメージとは違っていた。
「へぇ……こんな不便そうな山奥なのに、人間ってのはどこでも生活できるもんなんですね」
「うむ。動物さんや虫さんたちと違って、てきおー力とやらがハンパないのが人間の強みなのだよ、同輩くん。『住めば都』と言うやつさ! ……て、この前テレビでやってた!」
「なるほど、勉強になります」
チミ先輩のありがたい講釈を拝聴していると、お嬢が運転席の方に移動して、運転手の黒服さん(♀)と何やら話をしていた。
「――皆さん、長時間のご乗車、お疲れ様ですわ。もう少しでバスが目的地に到着しますわよ」
お嬢が振り向いて微笑みながらそう言うと、車内の雰囲気が俄に活気付いた。
「結構な遠出だったけど、自然が一杯で良いところそうねぇ」
「もうすぐ……? やっと着く……? よかった……。もう腰、限界……」
グラスハート先輩は窓から見える景色を見て喜色を表し、メア先輩は長時間の車移動に慣れていないのか、ホッと安堵の息を吐いている。
「いよいよだね、同輩くんっ」
ふんす!と鼻息も荒いチミ先輩が、町を見据えながら言ってくる。
「ええ、ようやく合宿が始まりますね。この日の為に、皆でテスト勉強を頑張りましたもんね」
「うむ! きっとあそこには、沢山のわくわくが私たちを待っているに違いない! 全力で楽しむぞ、同輩くん!!」
「はい!」
活気づく僕らを乗せて、バスは町へと入っていった。
◆◆◆
バスは町の入り口にある長い橋を渡ると、入ってすぐのとこにある、サービスエリアの広い駐車場で停車した。
バスが完全に停車したところで書記長ちゃんが立ち上がり、車内を見回す。
「皆さん。ここで一旦、トイレ休憩とさせて頂きます。集合は今から十分後、このバスの前でお願いします。休憩が終わったらそのまま合宿先の宿泊施設へと向かいますので、各自荷物をまとめて置いて下さい」
書記長ちゃんのよく通る声が車内に響いた。
なぜ町についたこのタイミングでトイレ休憩を挟むのか少し不思議に思ったが、少ないよりはいい事か。
最初にメア先輩が腰を押さえながらよろよろとバスから降りて、それに付き添うようにグラスハート先輩が続いた。お嬢は運転手の黒服さん(♀)となにやらまたお話している。書紀長ちゃんは自分の座席で日程表らしきプリントを取り出していた。
時刻はお昼前。トイレは大丈夫だが、少し小腹が空いてきたか。
「同輩くん、同輩くん。暇ならちょっくら、ここいらを探検してみないかいっ?」
僕はどうしようかと考えていたら、窓の外を親指で指しながら目をキラッキラ輝かせたチミ先輩からお誘いされた。断る理由なんかないので即答する。
「合点承知!」
「よい返事だ! ではゆくぞ、同輩くん! 未踏の町へ、突撃だー!!」
「ヤシャスィーン!!」
旅先に出た開放感からか、浮かれまくった僕とチミ先輩は、バスの降り口へ向かってドタバタと駆け出した。
「お二人ともー、地元の人に迷惑掛けちゃダメですわよー?」
「はーい!」
「分かりましたー!」
バスから降りるとき、通り過ぎざまにお嬢に注意されたので、チミ先輩と一緒に元気よく返事しておく。
「よし同輩くん。知らない町に着いたら、まずは情報収集が大事だぞ!」
バスから降りたチミ先輩は、腰に両手を当てて僕を見上げてきた。
「了解です! さっそく手近な現地民を捕まえてきます!」
「げんちみん……? よく分かんないけど、そんなもの捕まえるのは後にしたまえよ。それよりほら、情報を集めるのにちょうどいい物があそこにあるじゃないか!」
チミ先輩が指差した方向を見ると、どこの観光地でも見かける観光案内の看板地図があった。
なるほど、確かにアレなら一目でこの町の事が分かる。なんて鋭い観察眼なんだ。
「さすがチミ先輩、僕なんかとは目の付け所が違います」
「えっへへ、褒めても何も出ないぞ? これでこの町のことが丸分かりさ!」
ニコニコ上機嫌のチミ先輩と並んで看板の近くまで歩いていく。
地図を見ると、この町が俯瞰的に描かれていて、四方を山に囲まれているのが良くわかる。
「うわぁ、すごいね同輩くん。町の周りが高い山ばっかりだよ」
「ええ、山塗れですね」
昔の人は、なぜこんな場所に町を作ろうと思ったのだろうか、不思議だ……。
勿論、地図には山以外にも、他にこの町の見所とか名所の他、この町の歴史何かも書かれていた。どうやら1600年代には前身となる村が出来ていたらしい。
この地図は色々と便利そうだから、スマホで写真を撮って後で先輩たちに画像を送信しよう。気の利く後輩アピールをするチャンスである。
イマイチ画面に収まらない中途半端なサイズの地図をなんとか写真に納めようと苦戦している間、チミ先輩は地図の上に書いてある『おいでませ、四方土町へ!』と書かれてある、所々ペンキの禿げた看板をジッと見つめていた。チミ先輩に見つめられるなんて、羨ましいヤツだな。
「ええっと……よん、かた……つち?」
看板を見上げながら、こてん、と首を傾げるチミ先輩。
可愛すぎて、思わずカメラを連射モードにしてチミ先輩に向けてしまうほどだった。
「チミ先輩。それは多分、『よもつち』って読むんだと思いますよ」――パシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャッ!!
「えっ? う……うん、知ってるよ? 小学校で習う字くらい読めるさ! い、今のは、別視点から見た斬新な解釈を試みたまでだよ。この複雑怪奇な世の中で、定番どうりの答えとは限らないだろう? ひょっとしたらこれは、よんかたつち町と読むかもしれないじゃないか! ……ていうかなんで私を撮ってるの?!」
チミ先輩の妙に必死な熱弁を聞いて、僕は深い感銘を受けた。
ふぅむ、なるほど……そういう考え方もあるのか。
「そうだったんですね……さすがチミ先輩、卓見です。先輩の深慮には感服しました。そうとは露知らず、僕ごときが出過ぎた口を利いてしまいましい、誠に申し訳ありませんでした……!」
自分の浅はかさを思い知った僕は、地面に膝をついてチミ先輩に土下座した。いつかチミ先輩のような立派な人間になりたいと考え、行動してきたが、まだまだ道は果てしないようだ。
「う、えっ? い、いや、天野くんの読み方もなかなかイケてると思うから、そんな謝らなくていいんだよ? ていうかごめんね天野くん! いまウソついた! ほんとは全然読めなかった!」
タックルするような勢いで抱き着きついてきて、半泣きで謝ってくるチミ先輩を受け止める。
どうやらいつも放課後で僕と嘘話をしているときの癖がつい口を突いて出てしまったようだ。
「ウソ言ってごめんねえ」と何度も謝るチミ先輩を宥めていると、背後から声を掛けられた。
「お二人とも、もう集合時間になりますわよ……ってなにをやっているんですの?」
あ、お嬢! すみません、いま行きます。
それでこれはですね、えっと……話せば長くなるんで後でいいですか?
「まあ、だいたい察しは付きますわ」
「ありがとうございます」
落ち着いたチミ先輩と一緒に迎えに来てくれたお嬢の後についてバスまで行くと、既に他の先輩たちがバスの前に集まっていた。
全員が居る事を確認をした書紀ちゃんの号令で再びバスへ乗り込むと、僕達を載せたバスは、四方土町の中心部へと向かって走り出した。
――バス車内にて――
天野くん (危なかった……あそこで土下座して強引に話題を変えてなければ、撮った写真の事を追及されていた。そうなれば最悪、消去されていた可能性が高い。合宿施設についたら、まず画像を保護して、あとバックアップもしないと……捗るぞぉ!)(*^^*)
チミ先輩「そうだ同輩くん。さっき撮った写真、恥ずかしいからちゃんと消しておいてね?」(´・ω・`)
天野くん「ギクゥ!?」Σ(゜Д゜)




