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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第二章 僕と先輩たちの真っ赤な夏休み
28/31

合宿開始!


 夏休みになると、どうして時間の流れが早く感じるのだろうか。今年も例年のように日付はあっという間に過ぎてゆき、お盆も明けて、いよいよ夏休みも後半に差し迫ろうとしていた。

 いつもなら学校に隕石を降らす儀式の準備に入る時期だが、しかし、今年の夏は違う。

 なぜなら今日は、待ちに待った合宿の出発日なのだから。


 合宿を行う為の部の引率者が不在という致命的な問題は、まあ……解決した。これに付いては、引率者を引き受けてくれたご本人の事も含めて後で説明したい。


 何はともあれ、学園から我が部に合宿の許可が下りたのだ。

 それからは準備に忙しい日々が続いた。

 海か山かで合宿場所が中々決まらなかったり、いっそ海外に行こうとして学園側と一悶着あったり、遊び目的では決して無い事を生徒会に文章で提出する事になったり、部の皆で買い物に行ったりと、ほんと色々ありました。


 そんなこんなを乗り越えての合宿である。

 今日の僕の気分は絶好調だ。お天道様も祝福するように照らしてくれている。

 そりゃ、可愛いくて綺麗で尊敬する先輩たちとの合宿となればね、僕も男ですよ、わくわくします!


「同輩くーんっ!!」


 そんな風に荷物を持ってウキウキしながら家を出て門を閉めていると、大きな声で僕を呼ぶ声が背中に掛けられた。

 振り返ると、大きなリュックを背負い、手をブンブン振りながらトコトコと元気に走ってくる小さな少女の姿が目に入った。

 ちょうど同じタイミングで家を出たらしい。これが運命か。


「チミ先輩! おはようございますっ」

「おはようなのだ! 今日もいい天気だねぇ、絶好のお出かけ日和になって良かったよ!」

「そうですねぇ」


 チミ先輩とニコニコ笑顔を交わしながら、一緒に空を見上げる。

 天気は雲ひとつない日本晴れ。これもチミ先輩がテスト勉強を頑張ったご褒美だろう。神も粋な計らいをするじゃないか、今季はもう暴言は吐かないでおこう。


「しかし、最近熱いねぇ……。制服着てると汗かいたとき体にぺたぺたするからヤなんだけどなぁ……」

「仕方ないですよ。一応、校外活動なんですから」


 額に汗を浮かせながら、チミ先輩は手でパタパタと顔を扇ぎだした。

 チミ先輩が言うとおり、僕もチミ先輩も今は制服姿だ。

 合宿はプライベートな旅行と違い、学園の生徒として行動する事になるので、制服の着用が義務付けられている。

 最も、これは出発日と帰宅時のみで、合宿中は基本自由な服装が許されている。だからほんの少しの辛抱だ。


 夏服の白い半袖シャツ姿が眩しいチミ先輩と取り留めない話をしながら、集合場所である学園まで並んで歩き始める。

 いつも通りの見慣れた登校風景なのに、何処か新鮮に見えるのは、やはりこの後に特別な行事を控えているからだろう。

 人間、心情一つ変わるだけで世界の見方も変わるらしい。


 そんな風にどこか落ち着かない、浮足立った感覚のまま集合場所である学園東地区の駐車場に着くと、夏休みのため空きが目立つ駐車スペースの真ん中に、マイクロバスが一台止まっていた。

 今回の合宿の為にお嬢が用意した物だ。そのバスの前に三つの人影が立っているのが見える。

 どうやら僕らが最後のようだ。気付いたチミ先輩が嬉しそうに三人の下へと駆けだした。


「お嬢君! グラスハート君! メア君! みんなおはようなのだー!」


 三人の先輩達と笑顔で挨拶を交わしているチミ先輩に少し遅れて、僕も先輩方に挨拶する。


「おはようございます。今日は皆早かったですね」

「おはよう、天野君。それなんだけどね、ふふっ、聞いてくれる?」

「なにかあったんですか、グラスハート先輩?」


 笑いを堪えながら、グラスハート先輩が今日も美しい笑顔で僕に話し掛けてきた。その笑顔のためなら何日でも聞き続けますよ。


「三人の中でお姫ちゃんが一番乗りだったんだけどね、何時から居るのって聞いたんだけど、そしたら……」

「ちょっとグラスハートさん!? 聞こえてましてよ! それは言わない約束でしょう!?」

「あー、お姫ちゃんに聞こえてたみたい、ふふふっ。ごめんね天野君、また後でね?」

「はい、楽しみにしてます」


 グラスハート先輩はちっとも懲りてない笑顔で、チミ先輩と戯れていたお嬢へ言い訳しに行った。

 グラスハート先輩はいつになく浮かれているようだ。それだけ期待が大きいのだろう。はしゃぐ先輩も好きです。

 しかしお嬢はどれだけ早く着いてたんだろう。そんなに合宿が楽しみだったのか。まあ僕も人の事を言えないくらいには楽しみにしてたし、少し早めに来ても仕方がないだろう。

 さて話は変わるが、さっきから気になっている先輩がいる。


「あの、メア先輩?」

「……」

「起きてますか?」

「……んぅ。朝は、だめ……」


 いつもの和服ではなく、珍しく制服を着ていたメア先輩は、藍色の風呂敷で包んだ模造刀を抱えながら、自分のスーツケースの上に座って船を漕いでいた。いつも気怠げに開かれていた切れ長の目はピッタリ閉じられていて今にも眠りだしそうだ。

 どうやらメア先輩は朝が弱いタイプらしい。


「メア先輩、そのまま居眠りしたら危ないですよ?」

「ぅー……あと五分、寝るぅ……」

「え、あっ、ちょっと……!?」


 そう言ってメア先輩は、有無を言わずに僕の背中によじ登ってきた。

 なるほど、これならば寝ても安全だと、そう言う事ですか。

 これは責任重大だな、なにせメア先輩の安眠が僕の双肩に掛かっている。だがプレッシャーは楽しむものだとダイ○ハードでマクレーンも言ってた気がする。役得だと思ってこの状況を楽しもうじゃないか。背中に感じる重さが尊い……。


「全く、グラスハートさんったら、もうっ……!」


 と、メア先輩をしっかり背負った所で、お嬢がぷりぷりしながらこちらにやって来た。


「おはようございます、お嬢」

「……おはようございますわ、天野君。貴方はいつも女の子を背負ってますわね」


 そういえばそうですね。チミ先輩、グラスハート先輩、そしてメア先輩だから……おお、あとお嬢を背負えば部の先輩たちコンプリートですよ。ゲームだったらトロフィー貰えそうですね。


「まあ、天野君が誰と何をしてようとどうでもいいですけど……本当にどうでもいいですけど! ああ、そう言えば、先ほど部室に寄ったので、ついでにコレを持ってきてあげましたわよ。感謝なさい」


 いつもよりツンツンしたお嬢が、僕の前に人一人が入れそうな程大きなダッフルバッグを置いた。

 地面に置いた弾みで、中でガチャガチャと音が鳴った。


「あっ、ありがとうございます。重くなかったですか?」

「流石に手が痛かったですわ。ちょっと詰め過ぎなのでは?」


 ダッフルバッグの中を確認する為にしゃがんで中を開くと、中には僕の()()()()がギッシリ詰まっていた。前に研いでおいたから、どれもよく斬れるだろう。

 前日に部室で準備して置きっぱなしにしてたのだが、お嬢の手を煩わせるなら持って帰ったほうが良かったかな? いや、でもサツの職質受けたときに言い逃れできないしなコレ……。


「始めての遠出ですからね、なんか心配で……そう言うお嬢こそ、そのキーボードケースの中に何に入れてるんですか?」

「むっ……これは、その、護身用ですわ」


 お嬢の背中には、部活戦争中によく見た、特注の黒いキーボードケースがあった。その中身は、推して知るべしだ。


「ところで、引率者の方はまだですの? そろそろ集合時間になりますわよ」

「ああ、それについては、心配ないと思いますよ。遅刻する姿が想像できない人ですから」


 五分前行動とか、そういうのをきっちり守りそうなイメージの子ですし。


「あ、て言ってたら、ほら。来ましたよ」


 噂をすれば影。駐車場の入り口を見ると、小柄な女生徒がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


 第一ボタンまで閉じられたお手本のような制服姿に、下結びの長いポニーテールと、最初にあった時と変わらない姿で、彼女が僕らの前にやって来た。


「おはようございます、皆さん。どうやら合宿参加メンバーは、全員集合しているようですね。時間前行動が出来ているようで、たいへん素晴らしいです」


 夏の暑さにも負けず、今日もクールな書記長ちゃん。そう、彼女こそ、僕らの合宿の引率者である。


 ことの経緯を説明すると、あの後、結局僕らの引率者を引き受けてくれる教師が見つからなかったらしく、それで困り果てた僕に、()()()()から提案があったのだ。


 引率者の代役として、学園側の信頼厚い生徒会役員を派遣してやる、と。――ただし、条件付きで。


 ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべながら言った神木のその条件を、僕は飲むより他はなかった。

 今から夏休み明けが憂鬱になる様な条件だったが、僕だけが迷惑を被る内容なのは幸いだった。いや、神木の性格を考えれば当然か。えらく僕に執着しているからな、アイツは。


 そんなことより、僕や神木の事情に巻き込んでしまった書記長ちゃんには、本当に申し訳ない事をしてしまった。

 後日電話で謝ったら、「生徒の役に立つ事こそ、生徒会役員の仕事ですから」とクールな返事が返ってきた。カッコ良すぎて惚れそうだった。もう書記長ちゃんには足を向けて眠れないな。後で住所を聞いて置かなきゃ。


「全員揃っているようですが、顔と名前の確認の為にも点呼しますので、呼ばれた方は返事をお願いします」


 書記長ちゃんはそう言うと、旅行カバンの中から部員名簿を取り出して、順番に僕らの名前を読み上げていった。


「それでは点呼を取ります。二年A組、出席番号0番、氏名空欄さん」

「はいですわ」


 お嬢の呼び方は相変わらずだな、書記長ちゃん。皆キョトンとしてるぞ。


「二年B組、出席番号7番、白姫(しらひめ)雪子(ゆきこ)さん」

「はい」


 グラスハート先輩が笑顔で返事をする。実はまだ恥ずかしくて、グラスハート先輩を本名で呼んだことないんだよな。ゆっ、雪子さん……デュフ! とか言いそうで恐くて。こんな調子でいつか呼べるのかな……。


「二年D組、出席番号5番、紫峰院冥亜さん」

「……んぅ」


 僕の背中でメア先輩が返事なのか寝言なのか判別が付かない声を上げた。ほら、もう出発しますから起きてください。


 さて、ここまでは順調に行っているな……。いや、名前を呼ばれるだけなのに、何をそんな気にしているのかというと、実はチミ先輩に少し不都合があって……。

 心配になって隣を見てみると、案の定、チミ先輩がガタガタと震えていた。見るからにヤバそうだ。

 やはり書記長ちゃんに事情を説明しようと口を開きかけたが、その前に、チミ先輩の名前が呼ばれてしまった。


「次に、一年生部員に移ります。一年A組、出席番号13番、えー……魑魅影(ちみかげ)魍魎(もうりょ)さん」

「ひぅッ?!」


 書記長ちゃんがその名前を呼んだ瞬間、チミ先輩の肩がビクッと跳ねた。

 そう、びっくりな事に、今書記長ちゃんの口から発せられた禍々しい漢字の羅列こそ、チミ先輩の本名である。


「……チミ先輩、名前呼ばれてますよ?」

「っ〜! ……フルネームで呼ばれるの、きらいっ!!」


 そう言ってチミ先輩は、ぷるぷる震えながら、プイッと顔を背けてしまった。おこである。しかもちょっと涙目になってた。


 ご覧の通り、チミ先輩は自分のおどろおどろしい名前にコンプレックスを抱いていて、本名で呼ばれることを何よりも嫌っている。フルネームで呼ぶなんて以ての外だ。女の子の名前に鬼の字が四つも入っていれば、さもありなん。昨今のキラキラネームのほうがまだマシだろう。


「あの、書記長ちゃん。チミ先輩のことは、あだ名で呼んであげてくれないかな? 見ての通り……ね?」

「……了解しました。……彼女の気持ちは、理解できます」

「ありがとう……」

「不快にさせてしまい、申し訳ありませんでした、チミさん。以後は気をつけますので、どうかご容赦を」

「……」


 チミ先輩は無言で僕の後ろにさっと隠れてしまった。超プリティ!


「……チミって呼んでくれたから……いいよ」

「ありがとうございます、チミさん」

「うん、私は先輩だから、大人なたいおーができるのだ。そう、私は大人……こんなことで怒りはしない」


 チミ先輩は本当に良い子だな。後でご褒美にお菓子を献上しないと。


「……あの、少し確認をしても宜しいですか?」

「ふぇ、な、なんだい波風くん?」


 チミ先輩と目線を合わせるようにしゃがんだ書記長ちゃんが、意を決したように口を開いた。


「あの、本当に私と同学年なんですよね?」

「うん? ……ああ! そうだね、確かに私は君と同じ一年生だけど、何を隠そう、私は一回留年しているのだよ! だから実は波風くんより1歳大人なのだ! どう、凄いでしょ!?」


 えっへん! と誇らしげに胸を張るチミ先輩。大きなお胸の躍動感も凄まじい。


「……」


 おっと、書記長ちゃんが言葉を失っておりますな。


「あ、天野さん、あの……」

「チミ先輩は常に明るい未来を見ておられる御方だ」

「そ、そうですか……」


 チミ先輩の可愛らしいカミングアウトにノックダウンされたらしい書記長ちゃんは、やや覚束ない足取りで姿勢を戻すと、咳払いを一つして、名簿を抱え直した。


「点呼に戻ります……。最後に、1年A組1番、天野さん。部活名簿に苗字しか記入されていませんでしたよ」

「あれ、名前書き忘れたかな? ごめんね、書記長ちゃん」

「後日、再記入をして頂ければ結構です」


 僕が最後なのはこれを言うためか。

 はーい、と返事しておくが、合宿の後で忘れないか心配だ。


「さて、それでは改めまして、自己紹介をさせて頂きます。私、生徒会より今回の合宿の引率者を命ぜられて参りました、波風彩音と申します。合宿の間、皆さんを監督させて頂く立場となりますが、どうか宜しくお願い致します」


 書記長ちゃんが深々と頭を下げると、先輩達からそれぞれ歓迎の声が響いた。

 この合宿中に、書記長ちゃんも先輩たちと仲良くなれるといいなぁ。真面目な子だし、きっと先輩達もすぐ気に入ってくれるだろう。


「こちらこそ、引率宜しく、書記長ちゃん」

「はい、最善を尽くさせて頂きます。――それでは皆さん、出発時刻になりましたので、手荷物を持ってバスへ乗車してください。これより、合宿先へと出発します」


 こうして、予定になかった同行者を加えて、僕たちの夏休みが本格的に始まるのだった。

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