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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第二章 僕と先輩たちの真っ赤な夏休み
27/31

赤毛の生徒会長


「生徒会長に関する、天野君にとって有益な情報……ね。遠藤会長は、確かにそう言ったんですわね?」

「はい、お嬢」


 窓から入ってくる夕陽が部室を橙色に染めるなか、僕とお嬢は部室の中央にある黒いガーデンテーブルに着いて話をしていた。


 今朝、遠藤会長と別れたあと帰宅した僕は、直ぐに会話の内容をお嬢に電話で伝えようとしたのだが、事の重要性から部室で会って直接報告することになった。ここなら盗聴の心配もないから、内緒話をするには打って付けだろう。

 チミ先輩やグラスハート先輩に物騒な話を聞かせる訳にはいかないので、メア先輩に二人の事を頼んで先に帰って貰った。今度メア先輩にはお礼をしないと。


 僕が説明を終える頃には、もう日が沈みかけていた。

 流石にこの時間帯になると、グラウンドに運動部がチラホラ見える程度で、学園は普段の喧騒と打って変わって、静けさに包み込まれている。


「ふむぅ……判断が難しいですわね。天野君の件もありますし、私としても()()生徒会長の情報なら、是非とも欲しいところなのですが……」


 そう言ってお嬢はムムムっ、と思案顔を作る。

 ここで少し、お嬢の悩みの元凶である、その生徒会長について触れておこう。

 生徒会長の名前は、『神木(かみき)アンリ』。

 去年の生徒会選挙で、転校生でありながら僅か一年足らずの期間で多くの生徒たちから圧倒的な支持を得て、今期の生徒会トップの地位に立った人気者である。俗に言えば、カリスマというやつだ。

 そこだけ聞けば、人気が高いだけで特に問題はないように思えるだろう。

 だが、僕を含めた一部の生徒は、その人気の高さを怪しんでいる。

 理由は単純だ。


 決して、他人に好かれるような性格をしていないのだ、あの生徒会長は。


 腹黒を自称して他人を自分の都合の良いように利用しようとしたり、生徒会長としての仕事を適当に済ませて、その度に誰かしらに迷惑を掛けたりなんてのは茶飯事だ。その反面、自分が興味を引かれたり得をするような仕事となると完璧に仕上げるときた。

 本人曰く、悪気は無いらしいが、僕に言わせればあれは典型的な自己中人間だ。嫌煙されはしても、周囲に人が集まるタイプではない。


 ――なのに、神木アンリは人気がある。男女問わず、誰もが彼女を慕う。誰もが彼女の横暴な振る舞いを、当然のように笑って受け入れている。


 世の中には、イタズラや失敗をしても、なかなか憎めない人間というのは確かに存在するが、あれは人柄がどうこうというレベルではない。いくら神木のツラが美少女に分類される物だとしても、周囲の持て囃しようは異常だ。


 そう、異常なのだ、神木アンリは。


 お嬢はその人気の裏になにか秘密があるのではと考えて、以前から神木の情報を探っていたのだが、妙にガードが堅いらしく、未だ禄な情報を得られてない。精々アイツのプロフィール欄が埋まった程度だ。

 だというのに、遠藤会長は一体どうやってアイツから僕に有利な情報を入手したんだか。これでもし渡された情報が、神木のスリーサイズだとかしょーもないものだったらどうしてくれよう。


「そこなんですわ。その情報が一体どんな類のものなのか曖昧なのが不安なのですわ。確かに情報は秘匿されているほど価値がありますが、その肝心の中身が分からなくては……」

「申し訳ありません。僕がもう少し、遠藤会長に探りを入れていれば……」

「あ、いえ、天野君が気にする事ではありませんわ。……恐らく、遠藤会長は私達がこうして悩むのを見越して、傘下入りを表明したのですから」

「なるほど。それはつまり……つまりええと、どういう事なんですか?」


 お嬢が小さくため息を吐いた。

 ああっ、お嬢を落胆させてしまった!?


「いいですか天野君? つまり遠藤会長からもたらされたこの条件は、彼の試金石でもあるんですわ。自分達の有為性を示すと同時に、私達がこの情報一つで手を打つのか、それとも更に彼から条件を引き出そうとするのか。それ如何で私たちが従うに相応しいか否か、そして私たちの反応から、生徒会長の危険度を見極めようとしているのでしょう」


 ええ……マジですか? そんな頭のいい事考えていたのあの人? 策士じゃん。

 今朝会った時はもろ不審者だったけど、もしかしてあれも実は僕を油断させる演技で……いや無いな、流石に考え過ぎか。


「なんにせよ、彼のような逸材と人手が得られるまたとない機会ですわ。返事の期限は特にないようですが、このタイミングで言ってきたということは、夏休み中がリミットでしょう。始業式まではまだ時間もありますし、この件は焦らずゆっくり考えていきましょう」

「わかりました。で、次にですが、漫研連合の残党への対応はどうします?」


 残るもう一つの問題が、現在生徒会の調査を受けて活動停止中の漫画研究会連合の連中だ。

 僕らに部活対抗戦争で敗北し、更に今までの狼藉が明るみにされたあげく、仲間割れして頭の遠藤会長を降ろしたせいでてんやわんやになっているらしいが、『喉元過ぎれば熱さも忘れる』という言葉もある。また懲りずにゲリラ仕掛けてきても困るのだ。


「それについてなんですけど、何かお忘れではなくて、天野君? 私達は、部活対抗戦争なんて物までして、わざわざ彼らに勝利したんですわよ」

「? ……ああ、そう言えばなんかありましたね。勝者が敗者を言いなりにできるとか」


 テスト勉強したくて、何で戦っていたのかすっかり忘れていた。


「ええ、その勝者の特権を私達は得ていますわ。この権利を使って、もう彼らが私達に関わらないように生徒会経由で公布してもらいましょう。最も、これだけで全員を黙らせる事は出来ないでしょうけど、大多数は生徒会の権威に怯んで大人しくなるはずですわ」


 おお、流石お嬢! 権力の使い方を心得ていらっしゃる。

 奴らの脅威はその数だ。それが削がれた漫研など、爪と牙を抜かれた獣にすぎない。そうなれば後は片手間にあしらう事ができる。


「それじゃあ、これで漫研連合との争いは実質終わり、ですか」

「ええ。これでようやく、落ち着いた学生生活を送れますわね」


 なんだかんだ、春先からずっと続いてましたもんね。

 そう思うとなんだか名残惜しいなぁ。あの無双ゲーのような体験も出来なくなると思うと、少し寂しく感じるから不思議だ。もう、人を纏めて吹き飛ばす事なんてないだろう。


「さて、お話はこんなところですわね。遅くまで残ってもらってありがとうございますわ、天野君」

「いいえ僕の方こそ、いつもお嬢に大事なことを任せてしまって、すみません」


 お嬢には、チミ先輩やグラスハート先輩には相談できないことも話せるから、その分二人より余計に頼ってしまっている。申し訳なく思うのと同時に、それ以上に感謝の気持ちで一杯だ。この恩に報いる為にも、僕はお嬢が自慢できるような後輩で在りたい。


「そう畏まらなくていいですわよ。あなたと私の仲じゃないですの」

「いいえ。お嬢には、本当にお世話になってますから」


 このやり取りも、もう何回目になるだろう。

 お嬢と知り合ってから何度も交わされたこのやり取りが、実は気に入ってたりする。僕が遠慮すると、ちょっと拗ねた顔になるお嬢が、また可愛いのだ。今日も拝ませて頂きます。


「もう、本当に頑固なんですから……ああ、そうでしたわ。天野君、帰る前に一つ、お使いを頼んでもいいかしら?」

「なんでしょうか?」

「生徒会長の話をした直後に申し訳ないのですが、生徒会から合宿許可願の用紙を貰ってきて欲しいんですの」

「合宿許可願、ですね」


 語感からして、合宿をする為に必要な書類なのだろう。


「ええ、生徒会の役員なら、まだ誰かしら生徒会室に残っているはずですから」

「わかりました。なんなら、僕が書いて提出しておきますよ」


 普段お世話になってる、せめてものお返しだ。これ位はやらせて欲しい。


「あら、でもいいのかしら?」

「お安い御用です」

「そう言って頂けると、助かりますわ。実は、いま外に迎えを待たせていて、これから急いで候補地の下見に向かわねばなりませんの」

「候補地って、合宿先のですか?」


 そういえば、それもお嬢に任せていたんだっけか……お嬢、ちょっと働き過ぎではないだろうか? これでは、恩が募る一方である。


「そうですわ。せっかくの好機……もとい、思い出に残る夏休みにするためにも、手抜きなんて出来ませんものっ」


 鼻息も荒く夏合宿への意気込みを語るお嬢から、なにか不穏なプレッシャーを感じる……。何だ、このゆっくりと外堀を埋められていくような感覚。


「では、頼みましたわよ天野君。あ、帰るときは部室の戸締まりもお願いしますわね」


 そう言ってお嬢は、何故か入り口ではなく窓の方へ歩いていくと、徐に窓を開け放った。

 すると、タイミングを計ったように、上空から騒音を響かせながらヘリコプターが降下してきた。ダウンフォースで窓ガラス割れそうだ。

 よく見れば、前に僕も乗った事のある、あのヘリコプターだ。てことはお嬢のヘリだ。びっくりしたなあ、もう。


「それでは、ご機嫌よう天野君」

「あ、はい。お疲れ様でした」


 別れの挨拶を言うと、お嬢は窓辺を蹴ってホバリングしていたヘリへとジャンプして飛び移った。とってもビューティフォー。

 お嬢を載せたヘリは急上昇し、あっという間に空の向こうへ飛んでいく。 


 いやはや、アクション映画のワンシーンみたいだったな。僕もいつかやってみたいものだ。


 一人残された僕は、お嬢が乗り込んだヘリが見えなくなるまで見送った後、お嬢の開けた窓を閉めて言われた通り全ての戸締まりを確認してから、部室を後にした。



◆◆◆



「――あれ、書記長ちゃん?」


 部室を出て階段へ向かっていると、見覚えのあるポニーテールと廊下の角で鉢合わせした。案の定、生徒会書記長の波風彩音ちゃんだった。僕に気付いた書記長ちゃんが一礼する。ポニーテールもピョコんと跳ねる。やあ。


「お疲れ様です、天野さん」

「お疲れ様。どうしたの? 生徒会役員が下に降りてくるなんて、珍しい」


 我が学園の生徒会は部室棟の最上階を丸々使用しているのだが、役員は普段、滅多に他の階には降りてこないのだ。これから向かおうとしてた所だったので丁度良かった。おまけに顔見知りときた。これは幸先いいぞ、と思っていたのだが……。


「先程、生徒たちから『部室棟で生徒がヘリとランデブーしている』との報告が複数寄せられたので、その確認に来ました」

「あ、ごめん。それウチだわ」

「……そうですか」


 いや、ごめんねお騒がせしたようで。僕はここに居ないお嬢に代わって書記長ちゃんに頭を下げた。


「まだ校内に残っている生徒もいますから、今後は学園内での航空機の飛行は謹んで下さい」

「お嬢に伝えておきます。あ、そうだ書記長ちゃん。ついでなんだけど、合宿許可願ってプリントが欲しいんだけど――」

「はい、こちらになります」

「――お、おぉ。あ、ありがとうございます」


 そう言って、書記長ちゃんは会議の時も保っていたファイルホルダーを開いて、一枚の紙を差し出してきた。

 用紙の上部には、確かに『合宿許可願』と書かれている。

 メア先輩の時も思ったけど、もしかしてこの子、全種類の用紙を常に持ち歩いているのか?


「……あれ?」

「どうかしましたか?」


 確認がてらに用紙に目を通していると、気になる箇所を見つけてしまった。


「ねえ、書記長ちゃん。これ、引率者の名前を記入する所があるけど……」

「はい。部活動で合宿を行うのなら、責任者として顧問の教員による生徒の引率が不可欠です。もし引率者の許可を得られなかった場合、生徒のみでの合宿は安全面に欠けるとして、我が学園では許可されていません」


 うん、だよね。分かってる。わかってたんだけど、確認せずにはいられなかった。


「ま、マジかぁ……。あの……、うちの部、顧問の先生が居ないんだけど……その場合は……」

「は……? いえ、部活設立時には、顧問となる教員の許可印が必要ですから、そんなはずは――ああ……。失礼しました。そういえば”特例“でしたね、あなた達は」


 前にも書記長ちゃんに言われた事があるが、僕たちの部は少々事情があって、特例で認められている所が多々ある。顧問がいないのもその一つだ。設立時に必要部員が足りなくて、お嬢が奔走してくれたお陰で勝ち取った特権なのだが、今回はそれが悪い方に傾いてしまったようだ。

 これは、困ったぞ……。


「残念ですが、今回ばかりは特例も認められないでしょう。学園内ならばともかく、学外で活動するとなれば、学園は貴方達の行動に責任を持てません」

「そんな……! な、何とかならない、書記長ちゃん!?」


 チミ先輩が一生懸命に勉強して赤点を回避した努力が無駄になってしまう! なにより、皆この合宿を楽しみにしているのに。


「私に言われても、規則ですので。逆を言えば、引率者さえ見つかれば許可は直ぐにでも取れますが」


 それが出来ないから焦ってる!

 僕たちに頼れる先生が居たなら、最初から部活の顧問をお願いしている。まさか、こんな形で必要になってくるなんて、思ってもいなかった。

 僕が頭を抱えて悩んでいると、哀れに思ったのか、書記長ちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。


「……よろしければ、生徒会の方で、誰か引き受けてくれる先生がいないか探してみましょうか?」

「え!?」


 マジで!? ありがてえ、本当に救いの女神だこの子は!

 僕は文字通りその手に縋り付いた。


「是非お願いします! ありがとう、ほんとありがとう書記長ちゃん! このお礼はいつか必ず返すから!」


 書記長ちゃんの両手をブンブン振り回しながら感謝の気持ちを伝える。よかった……ほんとに良かった。


「いえ、生徒の要望に答えるのも、生徒会の務めですから」



◆◆◆



 生徒会書記長、波風彩音は悩んでいた。


(確かに、引率者がいないのなら、臨時に教師を用立てればそれで済む問題ですが……彼らの部活を引率すると聞いたら、名乗り出る者が居るかどうか……)


 下校時刻が迫っていたので、連絡用に電話番号を交換して彼を帰らせた後、部活棟の最上階にある生徒会室に向いながら、彩音は今回の案件を持ち込んできた少年を思い返していた。


 見た目は普通、良くも悪くも特筆すべき容姿ではないが、その中身は大気圏から離脱する勢いで常軌を逸している。

 人を纏めて吹き飛ばすわ、カラスを操って人を襲わせるわ、校舎の壁をバトルマンガみたいに壊すなどなど、例を上げればキリがない。


 しかし実際に話してみる彼の人格は、少し配慮に欠けるが粗暴とはいえず、真面目だけど不器用な、普通の善良な人間のようにも感じるから不思議だ。

 そんな天野の行動を何度も見る機会があった彩音は、彼を観察した結果、一般人のように見える超人のような変人であると評価した。


 そして問題の彼だけでなく、他の部員たちもあらゆる意味で有名な生徒が揃っている。

 もし彼、彼女らを引率するとなれば、手を焼くどころの話ではないだろう。誰だって進んで厄介事に巻き込まれようとはしない。


 そんな事を考えつつ歩いていた彩音の足が、一つの扉の前で止まった。扉の上には、『生徒会長室』と簡素に書かれた表札がある。


 彩音は扉をノックしようと手を伸ばして、一瞬だけ躊躇するように止まった後、何事もなかったように扉を叩いてからノブを回した。


「あ、おかえりー彩音ちゃん。お仕事終わった?」


 部屋に入ると同時に、彩音に向かって声が掛けられた。


「――。只今戻りました、神木生徒会長」


 広くも狭くもない生徒会長室の奥、窓の向こうの夕焼けを背にしながら生徒会長のイスに座っている人物に向けて、彩音は軽く礼をした。


 夕陽に照らされて燃えるように輝く長い赤毛に、その下で宝石のように煌めく空色の瞳。

 日本人離れした容姿を見てわかるように、神木アンリには異国の血が半分流れている。

 可愛らしいというよりも、美しさが勝っているその顔には、しかし彼女のイメージを壊すように、軽薄な笑顔が張り付いていた。


「もう、彩音ちゃんは堅いなぁ。もっと気楽にアンリって名前で呼んでよ」

「善処します」

「あはは、またそう言うー。本当マジメだねぇ」


 自身の赤毛の端を指先でくるくると弄りながら、アンリはケラケラと笑い声を上げた。


「それで? 帰りになんか有ったんだよねぇ? ()()()()()()()

「……」

「気になるなー。生徒たちの苦情の報告なんかより、そっちを先に聞かせて?」


 好奇心で彩られた二つの蒼い瞳が、全てを見透かすように、真っ直ぐ彩音に突き刺さった

 この強すぎる視線が、彩音は苦手だった。

 先程のように、一瞬生徒会室に入る事を躊躇してしまうくらいには。最も、苦手にしているのは生徒会の中でも彩音だけのようで、自分が神経質になっているだけなのだろうと、努めて気にしない様にしていた。


 彩音は内心を言い当てられた動揺を微塵も表に出さずに、一枚のプリントをファイルホルダーから取り出して、アンリの執務机の上に置いた。


「ん? 合宿許可願のプリント? これがどうしたの?」

「一年生の天野さんから、部活合宿に必要な引率者を紹介して欲しいと、生徒会に要望がありました」

「――」

「会長……?」

「うん、聞いてる。そっか、天野君がね……」


 先程と比べて、明らかにアンリの声のトーンが変わった。

 良くわからない、感情を隠すような、抑揚のなくなった声に言い知れない不気味さを感じながらも、彩音は気になった事を尋ねた。


「会長は、天野さんをご存知なのですか?」

「うん? んーと……まあね。知ってるよ、彼の事は」


 そう言いながら、撫でるように指で鼻筋を擦る生徒会長を、彩音は不思議そうに見つめた。


「ていうか、合宿の許可欲しいって、そもそもあの部活って何する部活なんだろうね? 彩音ちゃん知ってる?」

「いいえ。生徒会にある資料には何も記載されていなかったので、存じません」


 比喩ではなく、本当に何も記載されていなかった。

 部の名称、予算、活動内容など、必ず記入されるべき箇所が殆ど空欄だった。

 もし所属部員の欄に生徒の名前が記載されていなければ、無記入の用紙が紛れたのかと勘違いしてもおかしくないだろう。

 他にこんな部活はない。あの部活と部員たちは、色々と異常なこの学園に置いても、明らかに異様だ。


「そっか。実はかく言うアタシも知らないんだよね。天野君を知ってるって言っておいてなんだけど、なんであの部活にいるのか――」



「なんでアタシの側にいないのか」



「――……はい?」

「なに? どうかしたの、彩音ちゃん?」


 彩音は何度か瞬きしながら、目の前に座る赤毛の生徒会長を見つめた。

 おかしなところはなにもない。


「あの……いま、何か言いましたか?」

「え? えっと、なんで天野君があの部活にいるのか分かんないよー、って」

「いえ、そうではなく……。……? す、すみません、何でもありません」


 彩音は困惑しつつも、頭を下げて話の腰を折ってしまったことをアンリに謝った。


「アハハッ、彩音ちゃんがボーッとするなんて珍しいね。えーっと、それで何の話をしてたんだっけ?」

「天野さんの部活合宿の為に、臨時の引率者を紹介するという件です」

「そうそう、それだ。と言ってもさー、見付かると思う? 引率してくれる先生」

「恐らく、限りなくゼロかと」

「だよねー。うーん、どうしよっか……。引率者、ねぇ……」


 そう言ってアンリは腕を組みながら、暫く天井を睨んでいたが、ふと何か閃いたように目が見開かれた。

 そして机の上に乗り出す勢いで彩音に詰め寄る。


「――閃いたっ! 生徒会書記長、波風彩音! 生徒会長の名において、貴女に命令を下します!」


 その言葉を聞いて、ああ、また無茶をさせられるな、と彩音は心の中でコッソリ溜息を吐いた。

天野君は、さり気なく書記長ちゃんの電話番号を手に入れた!

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