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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第二章 僕と先輩たちの真っ赤な夏休み
26/31

ラジオ体操でオーラは出ない ※一般人のみ


 部活動会議が終わった、次の日。

 僕は通学路沿いのあの公園にいた。

 どうにも朝早くに眼が覚めてしまったので、ご飯が出来るまでの暇潰しにあても無くうろうろと朝の町を徘徊していたら、ちょうど公園で国民的知名度をほこる夏休み定番のあのラジオ体操が行われていたのだ。これはテンションが上がる。

 そこで偶然にも、以前ここで弟子にした二人の女児たちがいて僕に手招きしてきたので、飛び入り参加してちびっ子たちに混じりながら一緒に元気よく体操する事ととなった次第だ。

 飛び入り参加するとあっては、半端なものを見せるわけにはいかない。僕の本気ってやつをみせてやる。腕を伸ばして背伸びの運動ー!


「ししょー、動きキレッキレじゃん!」

「ししょー。それ、ラジオ体操なの?」


 空手の演舞にも引けを取らない空を射貫くような鋭い動きに驚嘆する弟子たち。

 驚いたか、弟子たちよ? なにを隠そう、小学生のころは『ラジオ体操王子』とも呼ばれていたからな。夏休みのラジオ体操には六年間欠かさず通いつめたものよ。言うなれば年期が違うのよ、年期が。

 弟子たちにキラキラした眼差しを向けられて調子に乗った僕は、ラジオ体操に秘められし奥義を披露することにした。これからのラジオ体操界の未来を担う若者に、きっとイイ刺激になるだろう。


「見晒せ、小童ども! これこそが、レイディオゥ体操の真髄だ!!」


 ラジオ体操王子の華麗なる舞に、魅了されよッ!!



◆◆◆



「楽しかったぞししょー!」

「いつか『裏百八番』も教えてねししょー!」

「おー、いつかその時が来たならなー。それまで日々精進せよー」


 ラジオ体操・裏演舞を披露し終わり、お家に帰るというちびっ子たちを手を降って見送る。

 ……もし、本当にラジオ体操奥義『裏百八番』を伝授する時が来るのならば、それはあの子達がこの僕を超える日となるだろう。

 親から子へ家族の血が受け継がれていくように、師匠から弟子へと技は受け継がれていく。

 それまで僕は、あの子達の超えられない壁で有り続けよう。それが師匠としての勤めだ。


 裏演舞の効果で身体の隅々にまで充実させた氣をオーラのように立ち上らせながら、お腹も減ってきた事だし僕も帰ろうかと踵を返したところで、ふと何者かの気配を察知した。


 この感じ……なかなかの手練とみた。

 氣で五感を強化させていなければ、おそらく気付くことはなかったであろう。理想的な隠行だ。


「……出て来たらどうだ。もう僕以外には誰もいないぞ、遠慮する必要はあるまい」

「――ふっ……この距離でも気付かれてしまうか。さすがだ、天野君」


 はったりで声を掛けたら、背後の植え込みの中からデッケぇ望遠レンズをつけたカメラを構えながら、ガタイのいい長身の男が出てきた。

 状況証拠的に、ラジオ体操に来ていたJSのスナップに勤しんでいた疑いしか持てない事案野郎だが、悲しいことに知り合いだった。


「遠藤会長――! ……ごめん、通報していい?」

「ふふ、マジでやめてくれ」


 茂みをかき分けながらニヒルな笑みを浮かべて僕の方へ歩み寄ってきたのは、あの遠藤会長だった。

 つい先日、包丁をぶっ刺されて顔面真っ青で搬送されて行ったというのに、その足取りに淀みはない。


「もう体調は良くなったみたいだな」

「超人というのは伊達ではないのだよ。翌日のテストを問題なく受けられるくらいには、頑丈なつもりだ」


 そりゃ大したもんだ。なんとも、人間の更なる可能性を感じさせてくれる話じゃないか。これは僕もうかうかしていられないな。帰ったら、早速母上に稽古をつけてもらわねば。なに、そろそろ次のステージに進もうかと話合っていたところだ。


「立ち話もなんだ。座って話をしないか、天野君?」


 遠藤会長に促されて、僕らは公園のベンチに並んで座った。早朝の公園で野郎と二人っきりで座るのはなかなか抵抗があるが、致し方ない。

 遠藤会長はグレネードでも出てきそうなカメラをベンチの上にゴトリと重そうに起きながら、世間話でもするような軽い調子で口を開いた。


「まずは、戦勝おめでとう。と言っておこうか」

「そりゃどうも。随分と謙虚なんだな?」

「こちらの完敗だったからな。あれだけやられれば、いろいろ吹っ切れもするさ。まさか、あそこで非戦闘員のプリンセスを出してくるとは、思いもよらなかったよ」


 僕も思いもよらなかったよ。

 あの時点でグラスハート先輩のハートがブレイクハートするなんて、誰も予想できていなかった。誰にとっても誤算だった。

 僕にとっては、もっとしっかりしなくてはと、自分の至らなさを痛感した出来事だ。

 ぶっ刺された本人である遠藤会長も思う所はあるようで、話し方が少しぎこちない。


「それで、天野君。プリンセスの様子は……」

「その点については心配しなくてもいい。あの時のことを、先輩はなにも覚えていなかった」


 この前の部活動会議では、グラスハート先輩にはあえてなにも触れずにしておいたが、演技をしている様子もなく、いつもの優しい女神な先輩に戻っていた。

 どうやら、グラスハート先輩とブレイクハート先輩の間で記憶は共有されないらしい。

 だが、傍目から見てそうだと判断は出来ないだろう。なにせ身体は正真正銘、本人そのものなのだから。

 グラスハート先輩のナイト気取りだった遠藤会長にとって、先輩に刺されたというのは衝撃的な出来事だったはずだ。

 僕としても、アレがグラスハート先輩の意思であると勘違いされたままにしておくのは遺憾であるし、どう説明したものかと悩んでいたのだが……。


「そうか。なら、良かった」

「……それだけか?」


 予想していたよりもあっさりとした返事に、僕は思わず尋ねていた。

 仮にも刃傷沙汰になったというのに、まるで他人事のような、気にしていない態度が不思議だった。だって普通に警察沙汰だよアレ?


「では逆に聞こう。天野君、もし君が彼女に突然背後から刺されたとしたら、どう思う?」

「手が滑ったのかなー、て思う」

「……君の方があっさりしていないか?」


 そうか? そうかな……どうだろう? でも僕なら、ちょっと刺されるくらい愛と信仰心でカバーできるからと、軽く見ているかもしれない。まあ僕の認識が軽い重いうんぬんはどうでもいいことだろう、地球は問題なく周るさ。さあ、君の弁を続けたまえ。


「あ、ああ……では話を戻すが、とにかく、俺には多少思う所があったわけだ。……あのプリンセスが、人を傷つけるのを厭わない程、我々は知らないうちに彼女を追い詰めていたのではないか……と」


 まるで懺悔するように重く言葉を吐いた遠藤会長は、ベンチの背もたれによりかかりながら、仰ぐように空を見上げた。その視線の先に、カトンボがふわふわ飛んでいるのを見つけた。アイツら、気づいたら壁とかに居て、見つけたときちょっとビックリするよな。

 遠藤会長はさり気なく目線を下げて、語り続ける。


「我々は……いや、俺は、プリンセスを見ているようでその実、彼女の本心には全く目を向けていなかった。認めたくはないが、俺たちは彼女を都合のいいように理想化された、二次元のキャラとしてしか見ていなかったのかもしれない。彼女だってリアルで生きていて、俺達のように悩んだりもする人間だというのにな……」

「……」


 遠藤会長がこれまでの自分たちの行いを反省しているのを、僕は黙って聞いていた。別に、シリアスな空気に流された訳ではない。

 ていうか遠藤会長を刺したのは別人格のブレイクハート先輩な訳で、そこにグラスハート先輩の意思は関わっていないから、ぶっちゃけ的ハズレだ。たとえ天地がひっくり返って地球が裏返しになろうと、グラスハート先輩が誰かを害することなんてあり得ない。なぜなら彼女は、誰よりも慈悲深くて、争いを好まない穏やかな人で、そして誰よりも心が弱い人なのだから。

 そんな人は、自分が傷つけられるのは受け入れても、自分のせいで他人が傷つくのは受け入れられない。

 だから僕は、あえて訂正せずに勘違いさせたままにすることにした。

 自分から反省すると言うなら是非してほしい。今まで僕が何を言っても漫研連合は聞く耳を持たなかったからな、いい薬になるだろう。

 それと、朝ごはんを食べてないからお腹が減って無口になっているのも影響している。今朝は目玉焼きな気分だなぁ。ちなみに僕はコショウ派。


「ようやく、大事な事に気づけたよ。まあ、遅すぎたみたいだがな……」


 なにやら清々しい顔してるとこ申し訳ないが、僕のお腹と背中の皮がくっつきそうなんだ。巻きで頼むよ。


「なあ、遠藤会長。そろそろ――」

「ああ、言い忘れてたな。俺はもう、会長じゃないんだ」

「え……?」


 僕がそろそろ話を切り上げようとしたら、遠藤会長は再びニヒルな笑みを浮かべて僕の言葉を遮ってきた。

 こちとら朝飯前で腹が減ってはいるが、今後の学園の情勢に関わるネタなら話は別だ。情報次第では、グラスハート先輩とチミ先輩の安全に直結しかねない。僕は浮かしかけた腰を気付かれないように下ろした。


「今回の敗戦の責任を問われてな、会長の座を辞したんだよ」

「……あんた程の能力があるにも関わらずにか?」

「言っただろう。オタク同士の繋がりなんて、薄っぺらいものだ、と。負けた途端、手のひらを返すように槍玉に挙げられたよ」


 これは、マズいな……。

 なにがマズいって、今まで辛うじて統制が取れていた奴らの手綱が、遠藤会長の手から完全に離れたことを意味している。

 遠藤会長はロリコン疑惑のある事案野郎だが、それでもあの暴走集団を束ねていた傑物だ。

 その遠藤会長の代わりが見つかるとは、思えない。

 生徒会の沙汰を待たずに、漫研連合は空中分解するかもしれないな。

 そうなるとヤツらの行動の予測が不透明になる。


「漫研の連中を野放しにするつもりか?」

「その件については、俺に考えがある。そう悪い結果にはならないはずだ」


 その言葉を信じた訳ではないが、僕はそれ以上の追求を止めた。ここで僕らが幾ら話し合っても、解決はしない。

 遠藤会長はその考えとやらを話すつもりはないようだし、僕ら側としても、遠藤会長に頼らずに対策を考えるべきだろう。後でお嬢に相談しよう。

 ウチの部の敵は、なにも漫研連合だけではないからな――

 僕はここで一旦思考を打ち切って、遠藤会長との会話に戻ることにした。


「で、これからただの遠藤さんはどうするつもりなんだ?」

「うむ、実はそれ程悲観してはいないんだ。これも良い機会だと思ってな、漫研の会長職はきっぱり捨てて、今後は有志を募って新たにプリンセスのファンクラブを創設するつもりだ!」

「おい」


 それって、今度はファンクラブの会長になるってことだろうが。さっきまでの反省はどこ行った?


「今後は影に日向に、プリンセスを見守る、妖精のような存在でありたいと思う」


 ナイトから妖精にクラスチェンジか、いやもはや転生だな。呆れて言葉も出ない僕は、しかし次の遠藤会長の言葉で気を引き締め直した。


「――ついては、我々は今後、君達の部の支援をしたいと考えている」

「――……へえ」


 僕は気のない返事をしながら、横目で遠藤会長を睨んだ。

 それはつまり、あれか?


「ウチの部の傘下に入りたい、と? 今までのお前たちの狼藉を、全て水に流せと言うのか?」

「ふふ、そこまで厚かましくはないさ。ちゃんと持参金を用意させてもらった」

「持参金……?」

「これは小耳に挟んだ話なんだが……天野君。君は我が学園の生徒会長と、なにやら因縁があるそうだね?」

「……」


 まさか遠藤会長から、”あの女“の話題が出てくるとは思わず、僕は黙り込んでしまった。


「その反応、どうやらガセを掴まされた訳ではないようだ」

「誰から聞いた」

「そう恐い顔で睨まないでくれ。俺が知っているのは、大凡の経緯と君にとって有益となる情報だけだ。プリンセスに誓うよ」

「なら信じる」


 グラスハート先輩の名を出すなら、この人に限って嘘偽りはないだろう。その情熱は本物だ。でなければ戦争なんて吹っかけてこない。ほんと迷惑な情熱だ。


「信じてもらえたようで良かった。しかし、尋常ではない嫌がりようだな、ウチの生徒会長と君の間に何があったんだ? 差し支えなければ、聞かせてもらえないか」


 僕は眉間に皺を寄せてしかめっ面をした。


「別に、生徒会に入れってアイツの勧誘がしつこかったから、鼻の骨を折ってやっただけだ」

「え、鼻の……って、あの美少女の顔面を殴ったのか!?」

「違う、殴ってない。蹴ったんだ」

「美少女の顔に蹴りを入れたのか!? やはりとんでもないな君は……」


 だってムカついたんだもん。あの女王様みたいな傍若無人な振る舞いかたが僕の逆鱗を逆撫でしまくったんだ。あの腹黒女に、どれだけ迷惑を掛けられたか。

 でもその分あれはスカッとしたよ。鼻血まみれで何が起きてるのか分からないってアホ面を晒しててさ、僕はそれを指差して笑ったよ。あいつが泣きながら逃げ出したときもその背中に笑い続けてやった。いま思い返しても楽しい思い出の1ページである。まあその現場を教師に見つかって一悶着あったのは、別の話だ。


「なんにせよ、これは僕の一存だけでは決められないな。一応、お嬢には話を通しておくよ」

「それだけで十分さ。ありがとう」

「どういたしまして」


 そこで僕は、遠藤会長に満面の笑みを向けた。


「けど、今度暴れたら、本気で潰すから」

「おっと、それは恐いな。では君に睨まれないよう、精々気をつけるとしよう」


 僕達はお互いに笑顔を交わした。

 やっぱり彼とはいい友達になれそうだ。


「ときに天野君。君……夏休みはその、やはり、プリンセスたちとバケーションに行くのかい?」


 急にガラリと話題を変えたと思ったら、途端に歯切れ悪くなったな、どうした?

 あ、いや、そういえば遠藤会長はこう見えて友人関係には明るくなかったな……聞き辛いのかな?


「ああ、一応、部活の皆で合宿に行くという話になってるけど」

「が、合宿……!? 合宿だとォ貴様ぁ!?」


 なんだよ食い付きいいな。落ち着けよ、荒ぶるなよ。まあ座れ。

 だが遠藤会長は僕の話を聞かず、更に喚き続けた。


「なんとけしからん! 見損なったぞこの破廉恥漢め!! 合宿などと偽って、本当の目的はなんだ!? 言え! 何を、いや、ナニをするつもりなんだろう!? 俺は知っているぞ、若い男女が一つ屋根の下に集まる意味を! キサマ、ついにR15では飽き足らず、K点超えを狙っているのだろう!?」

「なあ遠藤会長。唐突だけどさ、人間、どんなお喋りでも死んだら無口になると思わないか?」

「ごめん、ちょっと熱くなりすぎたわ……」


 いいって、気にすんなよ。僕と遠藤会長の仲じゃないか。

 だからそんなに震えなくても大丈夫、何もしないよ。分かってくれたんだろ?


「はぁぁー……けど、いいなぁ。それに引き換え俺は、今年の夏も童貞のまま終わるのか……なあ天野君。君の知り合いにオタクを差別しないフリーのギャルとか居ないかい?」


 なに血迷ってんだよ。童貞は捨てようが、理性は捨てちゃダメよ。だいたいそんな恥ずかしい知り合いなんて――いや、いたな。不覚にも知り合ってしまった、ビッチが。

 そういやビチ子のヤツ、最近見かけないと思ったら『全教科追試受けちゃった……』とかメールが来ていたな。

 『ざまぁ』とだけ返信した。あとは知らん。自業自得だし。


 その後、出会い系を始めようと思い悩む遠藤会長を宥め終えてついでにメアド交換して別れた後、僕はお嬢への相談事をまとめながら家路に着いた。

 お腹を減らして帰った僕の前に出された朝食のメニューがスクランブルエッグだったのは、もはやどうでもいい話だ。

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