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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第二章 僕と先輩たちの真っ赤な夏休み
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第一回部活動会議【議題:夏休みの計画】


 期末テストを乗り越え、終業式で学園長の長い挨拶を耐え忍び、教室で返されるテストと通知表に一喜一憂すれば、生徒たちを待っているのは、学業から解放される自由の夏休みである。


 その記念すべき夏休み初日。

 午前9時ジャスト。僕、部室入り。

 部室には誰もいなかった。今日も今日とて一番乗りだ。後輩の面目躍如といったところか。


 先輩たちが快適に過ごせるように、こもっていた空気を入れ換えるため部室の窓を全開にし、軽く掃除をする。しかしそれらを終えると、急になにもやることがなくなる。

 誰も居ないし、ボーッと突っ立っているか、あの60Vの大画面テレビでなにか映画を観ててもいいのだが、今日は久しぶりに部活動で使う道具の手入れをしよう。

 ちなみにあの数十万はしそうな大型テレビはお嬢が持ち込んだものだ。チミ先輩のお気に入りである。


 僕は部室に入ってすぐ横にある、やたらとゴツくて堅牢な作りの鋼鉄製の扉の前に立ち、お嬢から預かっている合鍵で扉を開けた。ここの鍵は僕とお嬢しか持っていない。チミ先輩たちがうっかり入らない為の措置だ。この中には人には見せられない危険なものがいっぱいあるからだ……。


 中に入ると、入口から左手に向かってお嬢のガンロッカーがずらりと並んでいる長方形の部屋に出る。あのロッカーの中には、なぜ日本に存在しているのか不思議に思えるほどのステキなウェポンが沢山納められており、ガンマニアな男の子にとっては夢の宝物庫と言えるだろう。今はここには用がないので、そのままドアから真っ直ぐ歩いて、すぐ目の前の扉を開ける。ここが僕用の部活道具が置いてある部屋で、さっきの部屋と間取は同じだ。

 壁にある蛍光灯のスイッチを点けると、壁全面に打ち付けたベースラックに、ずらりとディスプレイされた刃物がお出迎えしてくれる。

 小さなものはポケットナイフから大きなものだと鉈まで、よりどり見取りだ。変わり所だと、斧やメリケンサックなんかも置いてある。

 小梅ちゃんが戻ってきてからここのは使っていなかったが、またいつ必用になるかも分からないし、久しぶりに腰を据えて作業しよう。

 肩慣らしに手頃なのをベースラックから取って、奥にある作業机へと向かった。



◆◆◆



 山姥の如く無心でひたすら刃物を研いでいると、部屋のドアが控えめにノックされた。お嬢の叩き方だ。


「天野くん、居るんですの? 入りますわよ」


 そう言って、美しい所作で部屋に入ってきたお嬢を、作業の手を止めて出迎える。


「おはようございます。……で、いいですよね?」

「呆れた……。時間を忘れるほど籠ってましたの?」

「お恥ずかしながら」


 照れ隠しに頬を掻いていると、お嬢は眉を八の字にしながら腰に手を当てて僕を嗜めてきた。


「もうとっくに皆さん揃っていますわよ?」

「えっ、マジですか!?」


 夏休み最初の今日は、部室で今後の部活動を会議する予定だった。他にも、この前の期末テストの結果発表とか、諸々の報告も兼ねている大事な話し合いだ。

 だというのに先輩たちを待たせてしまった。刃物を研ぐのに熱中し過ぎて、なんたる失態を……。死んで詫びても許されないだろう。


「す、すみません! 今行きます!」

「皆さん怒ってはいませんから、そんなに慌てなくてもよろしいですわよ」


 お嬢は仕方ないとでも言うように、顔に微苦笑を浮かべて笑いかけてくれた。

 お嬢の笑顔って、綺麗なのに可愛いんだよな……。こんなときなのに、胸がキュンとなってしまった。


 先に部屋を出ていくお嬢の背中に続いて、僕も部屋の電気を消しながら後に続いた。

 部室に出ると、いつもの顔ぶれが中央の丸いガーデンテーブルに集まっていた。


「やあ、同輩くん! おはようだ!」

「あら、珍しいわね、天野くんが最後に顔出すなんて」

「おはよ」


 三者三様の反応をする先輩たちに頭を下げながら、僕も自分のイスに座った。


「うむっ、同輩くんも席についたことだし、ではこれから、夏休みを有意義(ゆーいぎ)に遊ぶための部活動会議を始めるっ!」


 チミ先輩の元気いっぱいな音頭で、第一回目の部活動会議が開始した。


「さて、まずはこの場を借りて、テスト勉強で皆にとてもお世話になったことを感謝する。ありがとうございました!」


 ぺこっとお辞儀したチミ先輩を、僕を含めた全員が微笑ましく見つめる。チミ先輩の今の様子を見れば、その結果は言われずとも知れた。


「それで、結果はどうだったのチミちゃん?」


 それでも本人の口から聞きたいと、グラスハート先輩が急かすように尋ねる。


「うむ! その結果は……これを見よ!」


 紋所のようにばーん!とチミ先輩が返却された答案用紙を自慢気に見せてきた。

 おお……! 凄いっ、全部赤点ギリギリだ!!

 オールゼロすらあり得たのに、大躍進じゃないですか!


「やりましたねチミ先輩! これは偉業ですよ!」

「うむっ! これで補習はなしなのだ! ばんざーい!」


 ばんざいしてはしゃぐチミ先輩につられて、僕も心の中でばんざいする。

 チミ先輩、ばんざーい! チミ先輩、ばんざーい!


「そう言えば、天野くんの方はどうでしたの? テスト週間中は大分ピリピリしてましたけど」

「大丈夫ですお嬢。全教科平均点ピッタリでした」


 逆に言えば、あんだけ勉強したのに平均点を越えられなかったのだ。あと一時間足りなくて、結局ノルマを達成出来なかったせいだ。

 それでも頑張ったんだから、せめてピタリ賞が欲しい……。


「よかった、これで皆で夏休みの計画を立てられるわね。なにか考えがある人いる?」


 グラスハート先輩が嬉しそうに言うと……。


「はい!」


 誰より早くチミ先輩が手を挙げた。その表情は静かな自信に溢れている。

 ついに、心置きなくあの計画を実行するときですね、先輩……!


「夏合宿がしたいです! 皆でお泊まりしたいのだ!」


「お泊まり……?」

「おと、まり……」

「お、お泊まり……!?」


 なぜか、チミ先輩以外の視線が一斉に僕に集中した。

 何です? 大丈夫ですよ、ちゃんと一字一句聞いてますから。


「あ、天野くん。夏合宿、どう……?」

「いいと思います。楽しそうですし」


 グラスハート先輩がやや上目使いに聞いてきたので肯定する。“夏合宿”って響きだけでワクワクする。


「ではもし仮に夏合宿を行うことになったら、参加したいと思ってますの?」

「勿論です」


 お嬢が扇子で口元を隠しながら、横目に僕に意見を聞いてきたので頷いた。

 そんな楽しそうな事に参加しないわけがない。お祭りとかのあの空気、大好きです。


「後輩くん。夏休みの、ご予定は……?」

「お盆にご先祖様のお墓参りに行くくらいですね。あとは、特に予定は決まっていません」


 冥亜先輩がジーっと真剣な様子で僕を見つめてきたので、真面目に答える。去年は家族旅行とかに行ったりしたんだけど、今年はそういうのはない。先日母上が一人で行ってきたからな。


「私、夏合宿に賛成です!」

「わたくしも賛成ですわ」

「右と左に同じ」


 満場一致で全員の手が上がった。殆ど即決じゃないか。なるほど、先輩たちも“合宿”が楽しみと見た。


「詳しい話はまた後日するとして、今は大枠だけ決めておきましょうか」

「日程は、お盆明けで、いいと思う」

「場所の候補はわたくしのほうで幾つか選定しますわ。その中から選ぶのはどうでしょう」

「それでいいわお姫ちゃん。思い出に残る夏休みにするためにも、念入りに準備しましょう」


 おお! 先輩たちから、もの凄い意気込みをビシビシ感じる。痛いくらいだ! 僕なんかとはやる気が違った。


「みんな急にスゴいやる気になったのだ! やはり夏合宿にして大正解だったよ、同輩くん!」

「そうですね、チミ先輩!」


 僕とチミ先輩はニコニコしながら、物凄い勢いで夏休みの計画を立てていく三人の先輩の姿を見詰めた。




 ……この時は、誰もが夏休みという楽しい時間を漫喫していた。


 使い古されているから、こんな言葉は言いたくないのだが――まさか、夏合宿があんな事になるなんて、この時の僕たちには知るよしもなかった。


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