期末テスト前日 〜お前の屍を越えていく〜
いよいよ期末テストを翌日に控えた放課後。
僕は背中で校舎の壁をぶち抜いていた。
「がぁッ――!?」
大砲の球のように吹き飛ばされながら、教室を一つ、二つ、三つと貫通した所で身を捻り、背後に迫っていた壁へ垂直に四肢を着いて勢いを殺す。
衝撃で蜘蛛の巣状にひび割れ陥没した壁にそのまま張り付きながら、見上げるようにして僕が空けた穴の向こうを睨みつける。
「参ったな……今のでも死なないのか。君は一体、何者なんだ?」
穴を越えてやって来た遠藤会長から視線を逸らさず、へばり着いていた壁から降りて口中に溜まった血を吐き捨てる。
ちきしょうが……。最後の壁をぶち抜いた時に、思いっきり舌を噛んでしまった。暫くは刺激系を控えないと……。
昨日、メア先輩と漫研のアジトをしらみ潰しに襲撃した結果、占領したアジトの一つで発見した遠藤会長の側近の一人を拷も……尋問し、遠藤会長の隠れ家を突き止めた。
そして今日、放課後になるやいなや、流行る気持ちを押さえきれず単身ヤツの所へ殴り込んだ所、案外強かった遠藤会長に逆に殴り返されてしまい、今に至っている。
僕は、何者呼ばわりしてきた遠藤会長に食って掛かった。
「うるひぇー! おみぇに言われたきゃ……あいたた……」
「あげく、舌を噛んだだけとは……。ますます君に興味が湧いてきたよ」
悪いが、男に興味持たれても嬉しかねえよ。
「あんたのその筋肉……。結果にコミットさせたもんじゃねえのかよ」
遠藤会長の上半身は、その鍛えぬいた筋肉を見せびらかすように裸だった。吹っ飛ばされる前にヤツに一撃入れたら、なんか勝手に上の服だけ弾け飛んでああなった。
お蔭で小梅ちゃんがヤツの露出にビックリして鞘に引き込もってしまったじゃないか。まさか、こんな武器封じがあるとは……。
「裏メニューに“超人量産計画”という物がある。それに志願したのさ。この力は、その賜物だよ」
んなのCMでも聞いたことねえぞ……。
「だから、裏メニューと言っただろ? 一般に知られては意味がなくなる」
ふん、なるほどな。結果にコミットさせると謳っているだけの裏があるわけか。
「時に天野君。テスト勉強のほうはどうだ。進んでいるかね?」
「はあ……?」
いきなり世間話を始めた遠藤会長に不審な目を向けたが、直ぐに脳内で今までの漫研の行動と今の台詞が繋がった。まさかっ……!?
「じゃあ、今まで戦力を小出しにしてきたのは……」
「そうだ! やっと気付いてくれたようだな? どうやら頭のデキは、及第点ギリギリといったところらしい」
うるせぇほっとけ!!
だから真面目に勉強したかったのに!
「僕の勉強を、邪魔するのが目的だったのか……!? なんのためにそんなことを……」
「何のため……? 何のためだと? これだけヒントを出されて、まだ俺たちの真意が分からないのか!?」
いきなり激昂してキレた遠藤会長に、なんかムカついたからキレ返した。
「わっかんねえよ、バカかお前!? 僕のこと及第点ギリギリってさっき自分で言ったじゃねえか!! だから責任もってお前が僕の代わりに答えるんだよ! ほらどうした? さっさと進言せよっ!」
烈火の如く怒り狂う僕の剣幕に、遠藤会長は呆気に取られていた。
「え、あ、あれ……? な、なんで天野君の方がキレているんだ……? しかもそんな上から目線で……」
相手から下に見られると、精神的に不利になるからだよ。ならば遥かな高みから敵を見下せば、自ずと勝利が転がり込んでくるというのが僕の哲学だ。
「ま、まあいい、教えてほしいなら言ってやるさ……――全ては、貴様の夏休みを補習地獄にしてやる為だ!!」
「……は?」
あまりにも意味不明な理由に、僕はポカンと口を開けてしまう。
「俺も、漫研の皆も! お前のことを怨めしく思っているんだよ!! 学園のマスコットのチミたん! お嬢様っぽい謎の美少女! 挙げ句には、隠れ美人だと判明した紫峰院に、我らのプリンセスまでッ……。そんな名だたる学園の美少女たちに囲まれて、いつもちやほやされやがって!! どうせ夏休みは、彼女たちとのイベントが盛り沢山なんだろ!? だがそうはいくかっ! 貴様にも、俺たち非モテの孤独な夏休みを味あわせてやる!!」
僕に向かって呪詛を吐き散らす遠藤会長の姿は、どこか小さく見えて、何故か、憐れに思えた……。
「あー……、でも、友達ぐらいいるだろ? ほら、漫研はあれだけ居るんだし、仲がいいヤツとか……」
「オタク同士の繋がりなんて、同人誌より薄っぺらいに決まってるだろ!!」
「あ……そ、そうなの? な、なんか、ごめんな? 辛いこと言わせて」
思わずフォローを入れてしまうくらいには、本気で同情していた。
遠藤会長の目元にキラリと光るものがあったが、僕はそれを見なかったことにした。
「う、うるさい、リア充め! 爆発しろォ!!」
遠藤会長が腕を振ってそう叫んだ瞬間、本当に僕の足元が爆発した。
「ぬわぁっ!?」
反射的に飛び退いたが、ズボンの裾が焦げていた。手品でも幻覚でもない。まさか、溢れるリア充への怨念を一点に集束し、そのエネルギーを暴走させて物質界にまで影響を及ぼしたというのか!?
「流石だな、一目でこの技を見切ったか」
僕の表情から、自分の技の原理を知られたと悟ったのか、遠藤会長は手放しで僕を賞賛してきた。
彼の顔を見れば、決して強がりで出た台詞ではないと分かった。むしろ強者に出会えた事を嬉々としているようだ。どこまで底が知れない男なんだ……遠藤会長!?
「……前に一度、似たような技の使い手がいたんでね。直ぐにピンときた」
「ふっ、なるほどな、どうりで。そう、君の推測どおり――指弾だよ」
「えっ」
「第5類危険物、ニトログリセリンを特殊加工した玉だ。入手に大分苦労したが……貴様に使うなら、惜しくはない」
人指し指と中指の間に挟んだ黒い玉を僕に突きだして、得意顔をむけてくる遠藤会長。
……全然違った。全然看破できてなかった。
やだ、すごい恥ずかしい……。
「……小細工が僕に通じるとでも?」
僕は自分の恥ずかしい勘違いを密かに闇へ葬るべく、遠藤会長に話を合わせる。今は戦闘中だ、やつに弱味を見せてはならない。
「おや、焦っているのかな? どうした、会話にさっきのようなキレがなくなっているぞ」
その減らず口を黙らせようと、ポケットから素早く鉛筆を取り出して奴の顔に投げ放つ。
「おっと、躊躇せず顔面を狙ってきたな! 図星だったか?」
鉛筆を避けながら突進してきた大男の振り下ろしの一撃を横に跳んで回避する。
「いや、顔を狙うのはクセだ」
ついつい致命傷の場所を狙っちゃうんだ。野球とかだと危なくてバッターしかできないから、直したいと思っているんだけど。
「どこの殺し屋だよ……!」
遠藤会長は若干顔を引き攣らせながら、教室の床にめり込んだ拳を引き抜いた。
人のこと言えんのか? 素手で人体壊せそうな馬鹿力しやがって。……あれ? 前に僕も似たようなことをしたような……いや、気のせいだな。デジャヴだろう。
「遠藤会長。悪いが、僕は先輩たちとサマーを楽しくバケーションしたいんだ。この気持ちは変わらない」
「ふっ……。やはり君とは相容れないな。だがその心意気は気に入ったよ」
「遠藤会長……」
互いに立っている位置は違うのに、その時、確かに僕と遠藤会長はわかりあえていた。
もしこんな戦いがなければ、彼とは友達になれていたのかもしれない。
「あんたとは、違う出会い方をしたかったよ」
「ああ、俺もさ……。だが俺と君は、敵として合間見えた。ならば、決着を着けねばなるまい。どちらかが死に、残った者がその分も行き続けるのだ」
言い終わると、遠藤会長は静かに拳を構えた。
ああ、そうだな。もはや言葉は不用だ。あとは、拳で語り合うのみ。
「遠藤ッ……!!」
「さあ来い、天野!! 夏休みを漫喫したければ、俺の屍を越えてゆけ!!」
机やイスが瓦礫と化した教室の中央で僕らはにらみ合い、そして――僕のスマホが振動した。
「あ、ごめん。電話入ったから、ちょっと出ていい?」
「あ、うん。いいよいいよ。けど、続き頼むな?」
「ほんっとごめんな」
遠藤会長に断りを入れて、僕はズボンのポケットから取り出したスマホを耳に当てる。
「はいもしもし、天野です」
「あ、天野くん? 私、私」
一瞬新手の詐欺かと思ったが、この声はグラスハート先輩だ。
なんか久しぶりだなぁ。最近どっちもテスト勉強で忙しくて、グラスハート先輩とは会えてなかったから、声が聞けて嬉しい。
「お疲れさまです先輩。それで、なにかご用でしょうか?」
「天野くん、今どこ?」
「え、今ですか? 南校舎の5階に居ますけど……?」
「うん、わかった」
「え、わかったって……あれ、先輩?」
切れちゃった……。何だったんだろ?
「あ、終わった?」
上半身裸で肌寒そうに待っててくれた遠藤会長が聞いてきた。
「あ、うん……。待たせてごめんな?」
「いやいや、全然いいよ。それじゃ改めて――来い、天野っ!!」
「行くぞ、遠藤ォ!!」
気を取り直し、僕と遠藤会長は同時に地を蹴った。瞬く間に睨みあっていた距離は無くなり、互いに相手が間合いに入った瞬間――またしても僕のスマホが振動した。
「ちょっ、タンマ! 電話きたから!」
「えぇー……? いやまあ、いいけどさぁ……」
「ほんっとごめん!」
とても至近距離に遠藤会長のムキムキがあったので、彼に断りを入れてから教室の隅っこまで小走りに移動して、スマホをポケットから取り出して耳に押し当てた。
「も、もしもしっ?」
「あ、天野くん? 私、私」
あれ? グラスハート先輩? なんでまた……。
「どうしたんです、何か言い忘れたことでもありましたか?」
「天野くん、5階のどこに居るの?」
「えっ? えーと……」
一番奥の教室から三回貫通してきたから……。
「二年W組の教室です」
「うん、わかった」
「え、あ、ちょっ、先輩?」
また切れちゃった……。なんなんだろ?
「あ、ごめんな? 何度もお待たせし、て……――え?」
遠藤会長の方へ振り向くと、彼の背後に、真っ白な髪がちらりと見えた。
その人物は、何故か鈍く光る包丁を握っていて……、
「えい」
遠藤会長を、刺した。
「がはぁっ!? なっ……プ、プリンセスっ……!? な、ぜ……」
遠藤会長は驚愕の表情を顔に張り付けたまま、頭から地面に倒れこんだ。
倒れた彼の向こうから現れたのは、血にまみれた包丁を握った、グラスハート先輩だった。
え、あ? 何が……う、嘘だろおい? 遠藤会長?
信じられない気持ちで、倒れ伏した遠藤会長を見つめていたが、彼はぴくりとも動かず、真っ赤な血だけが地面にじわりと広がっていった。
グラスハート先輩が……。あの、慈愛に満ちたグラスハート先輩が、人を、刺した……?
僕は茫然と遠藤会長からグラスハート先輩へと視線を移す。
「グ、グラスハート先輩……――じゃない!?」
僕の目に写っているのは、紛うことなき白い女神の姿だ。だが、あれは違う。彼女は、グラスハート先輩ではない。
「そんな、まさかっ……“ブレイクハート”先輩……!?」
「えへへ、来ちゃった」
ハイライトが消えた瞳で、彼女――ブレイクハート先輩は僕に笑いかけてきた。
ま、不味い……! 先輩の第二の人格である、ブレイクハート先輩が目覚めてしまっている!!
ブレイクハート先輩は、グラスハート先輩の心が壊れた時に表に出てくる代理人格である。エヴァのダミープラグとは似て非なる存在だ。
最近は安定していたはずなのに、彼女がなぜ表に……!?
「久しぶり天野くん!!」
血塗れの包丁を手放したブレイクハート先輩は、遠藤会長の身体を乗り越え、一直線に僕目掛けて走ってきて、そのまま勢いよく抱きついてきた。
惜し気もなくぶつけられた豊満な胸が、僕とブレイクハート先輩の間で柔らかく潰れる。
「うんうん、ちゃんと天野くんだわ! 本物の生天野くんっ!!」
僕は茫然としながらも、ぎゅーぎゅー抱き締めてくるブレイクハート先輩の頭を撫でて落ち着かせようと試みた。
この状態の先輩は、何を仕出かすか解らない。それこそいま、遠藤会長を進路の邪魔だったから強制排除したように、普段の理知的な先輩とはかけ離れた行動をする。
ブレイクハート先輩には謎が多い。こうなった先輩を元の人格に戻す方法が、まだ確立していないのだ。取り合えず宥めすかして落ち着かせるしか、今のところ処置ができない。
「天野くん、お姉ちゃんずっと寂しかったのよ?」
「ご、ごめんなさい……」
慣れないお姉ちゃん呼びに戸惑いながらも、とにかく謝った。
「だーめ! 許しませんっ! 罰として、もう二度と離れちゃダメなんだからね?」
壊れた笑顔で、僕の首に蛇のように腕を回しながら見上げてくるブレイクハート先輩を見ていられず、僕は助けを求めて叫んだ。
「たっ、助けてぇー! 書記長ちゃーん!!」
「はい、なんでしょうか?」
教室に空いた穴から、彼女がひょっこり登場した。おお、救いの女神よ!
「ブレイクハート先輩に精神科医を! あと遠藤会長がそろそろヤバい!!」
遠藤会長の口から、彼の魂的なものが見えてしまっている。今にも旅立ちそうだ。
「いま保健委員を呼んでいます。この学園の医療班は優秀です、すぐに来ますのでご安心を」
こんな時でもクールに対処してくれる書記長ちゃんが頼もしい……。
「天野くん、無視しないで……寂しくて死にそう」
「あ、はい。先輩しか見えませんから大丈夫です」
だからどうかご自分を刺さないでくださいね……?
「それと、たったいま天野さんたちの部が勝利条件を満たしました。おめでとうございます」
僕はブレイクハート先輩を抱きしめるふりをしながら、書記長ちゃんに手話で“ありがとう”をした。
こうして、緊急搬送されていく遠藤会長を先輩と見送りながら、長かった漫研との闘争は、唐突に終息した。
遠藤会長……。僕は待っているぞ、絶対に戻ってこいよ……!
【今日の天野くんの勉強時間: ?時間 = 残り、?時間】
拝啓読者様、ここまで本作を読んで下さり、ありがとうございます。
これにて第一章は終了となります。お疲れさまでした。
誤字、脱字等、お気づきになられましたら、よろしければ感想欄などでお気軽にご報告ください。光の速さで修正させていただきます。




