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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第一章 後輩の僕と、愉快な先輩たち
22/31

期末テスト三日前


 夏休みまで、あと九日。

 テストは三日後、水曜日から金曜まで行われる。もう期日は間近に迫っていると言っていい。今日一日を上手く使えば、ノルマを達成できるだろう。ここが正念場だ。


 母上のありがたい土産話を聞き流しながら朝食を済ませ、自室に戻った僕は瓶底メガネをくいーっと上げて、七三を整え、ハチマキを締め直し、もう何本目かになる栄養ドリンクをいっき飲みする。こりゃキクぜぇ、最高にハイッてやつだ。


 昨日は無理せず、そこそこでテスト勉強切り上げた。前日に無理をすると翌日に響くことは身をもって経験している。同じ轍は二度も踏まない。

 この期に及んでコメディー要素などいらん。勉強あるのみだ。

 このまま毎日誰よりも勉学に励めば、東大の首席入学も夢ではないだろう。そして栄光のエリートコースを、僕は駆け上がるのだ……!



◆◆◆



「――む。栄養ドリンクが切れた、か……」


 僕としたことが、ペース配分をミスしてしまったようだ。

 今の僕はさながら、プルーストの物語に出てくる、ジルベルトにフラれた主人公といったところか。何事も、求め過ぎは禁物だな。


「こんなことで引用されるとは、プルーストも夢にも思っていまい」


 ひとり静かに失笑しながら、僕はドリンクを補充するべく、七三を整えて近くのコンビニにへ出掛けることにした。



◆◆◆



 すごく視線を感じる。

 すれ違う人が皆、僕を見つめてくる。

 やはり注目されてしまうか……この溢れ出る、インテリジェンスオーラに!

 僕は自慢気に瓶底メガネをクイックイッと何度も上げながら、颯爽とハチマキを翻し、歩道の真ん中を突き進んでゆく。

 道行く人達は、皆僕に道を譲ってくれる。ありがとう、善良な市民よ。この恩は、国会に行ってから返そう。

 そうしてスムーズに最寄りのコンビニに入店する。


「いらっしゃいま……っ!?」


 アルバイトご苦労、若者よ。どんな仕事も、誰かに必要とされているから存在するのだ。正社員でなくとも、自分の仕事に誇りを持ち、胸を張って働きたまえ。君こそが、日本の未来を担う一人であるのだから。


「店員。栄養ドリンクを一ダース所望する」

「は、はぁ……。では、商品をお持ちになって、レジにお並びください……」

「うむ」


 丁寧な対応に感謝する。そのサービスを続けたまえ。


 カゴを手に持ち、栄養ドリンクを補充した僕は、レジ前に並んでいる列の最後尾へと並ぶ。


 ふむ、やはり休日ともなれば、コンビニの客層にも幅が出るな。お年寄りや若者、子連れの親子といった異なる年齢が一所に集う光景は、中々に興味深い。


「ママー。あのお兄ちゃん、なんかヘン」

「こらっ、指を指すんじゃありません!」


 すみませんすみません、と何度も頭を下げてくる主婦に、よいよいと鷹揚に頷く。

 子供とは無邪気なものだ。悪気が無い者を叱るのは、道理に反するだろう。


 親子と和やかに交流していると、コンビニのドアが開かれ、大きな独り言と共に騒々しい客が入店してきた。


「あぁーもー、外マジであっちぃー! なんなのこの暑さ、メイク落ちんじゃんか、夏まじでサイアクぅ」


 誰憚ることなくキャンキャンと喚きたてる、不覚にも聞き覚えのあるビッチじみた声。そう、ヤツの名は――


「ビッ――!?」


 っぶねぇー!? また条件反射で吠えるところだった……。

 ビチ子ぉぉぉッ……!! なんで毎度僕のいく先々に現れるんだよあのビッチは! 嫌だぞ、アイツと赤い糸で結ばれているなんて……! そんな恐ろしいことが他にあるか!? いやない!!


 いや、あ、慌てるな。いまの僕は普段とは似ても似つかないガリ勉君だ。目立たなければこのままバレずにビッチとのイベントをスルーできるはずだ。ヤツのフラグなんて立てたくない……立てたくないっ!


 冷や汗を滝のように流しながら、声にならない叫びを上げてじっとしていると、アイスを手に取ったビチ子はあろうことか僕の後ろに並びやがった! 向こうのレジの方が空いてるのになんでこっちに来た!?

 マジで何なん……!? マジでコイツと繋がってんの赤い糸!? 今すぐ僕が死ねばこの糸解けますか!? それとも糸を結んだ運命の女神をブチ殺せば解けますか!?

 神よ答えろ、殴るぞ!!


「ん……? あれ、アマのん?」


 いやぁぁあ早速バレたー!! い、いいや、慌てるな僕! よく聞いたら、最後の方が疑問系だった。と言うことはまだ完全にはバレていない! ここは知らないふりをして切り抜けるんだ!


「……」

「ねぇ、アマのんでしょ? 変なコスプレしてるけどアマのんでしょ?」

「ひ、人違いではないでしょうか? ぼかぁ、あなたのようなビッチと知り合ったことはありませんよ?」

「あっれ、マジで人違いだった? ごめーん、いやあたしの彼氏にそっくりだったから――」

「誰がテメェの彼氏だおぉん!?」


 聞き捨てならない戯れ言を吐いたビッチに向かって、僕は吠えた。――吠えて、しまった。

 すぐ我に返ると、目の前でビチ子がニヨニヨといやらしく笑っていた。


 は、嵌められたのか、この僕が……? ビッチに嵌められた……なんか、凄く汚された気分……。


「やーっぱアマのんだったぁ〜」

「黙れビッチ……!」


 僕はビチ子に背を向け、ひたすら正面のレジを見据えた。こうなりゃ見ざる言わざる聞かざるだ。


「休みの日にすっごい奇遇だねー。あ、もしかしてアマのん家ってこの近くだったりする?」

「!!」


 なんで気付いて欲しくない所をピンポイントで気付くんだコイツ!?


「……ジョギング中に、たまたま寄っただけだ」

「こんなクソ暑い中走ってたの? そんなコスプレの格好して?」


 今日のビチ子はマジで鋭い……。運命の女神に殺害予告したせいか? 運命がビチ子に味方してるとしか思えない。

 取り合えず、他の話題に変えよう。


「それより、テストが近いな。勉強はどうした?」

「赤点のヤツだけ補習受けるからいい」


 すげぇな、補習受けるの前提かよ。チミ先輩の爪の垢でも飲ませてやりたい。


「そうか。でも僕は勉強したいから、それじゃあ」


 レジで買い物を済ませ、足早にコンビニを出たら、ビチ子がそのまま後ろに着いてきた。


「……おい、買い物はどうした?」


 アイス持ってたろ、万引きしたのか?


「いらないってレジに置いてきたから大丈夫」


 店員さんに迷惑かけんじゃねえよ。


「そうか、わかった。僕に着いてくるな」

「たまたま同じ方向なだけだから、気にしない気にしない!」


 絶対嘘だ。


「ああ、そうかよ。そんじゃあな」


 僕はその場で方向転換して真逆に歩き出した。

 案の定、やはりビチ子も方向を変えて僕に着いてきた。


「だから着いてくるんじゃねえよ!」

「じゃあアマのん家教えて?」


 じゃあじゃねえよ、じゃあじゃ! それを知られるのが嫌だから着いてきて欲しくないんだよ!


「ビッチなんぞに教えてたまるかっ!」


 僕はたまらず、走り出した。こうなりゃ強引に撒くまで。コイツに住所を教えるなんて、百害あって一利なしだ。


「あ、ちょ、待ってよアマのん!?」


 うっせー! 待てと言われて待つのは犬だけだボケェ! ていうかこの前も思ったけど、コイツやっぱ足早いな!? ああクソ、こんなことなら栄養ドリンク一ダースも買うんじゃなかった! 袋の中でガチャガチャ嵩張ってうまく走れん!


「待ってってばー、アマのん!」

「着いて来るなぁあああ!!」


 ――その後。ビッチを撒くまで鬼ごっこしてたら、すっかり日が暮れてしまった。貴重な勉強時間がぁぁ……!!



【今日の天野くんの勉強時間: +5時間 = 残り、10時間】


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