期末テスト五日前
夏休みまであと十一日。
今日はいつもどうり、ちゃんとグラウンドが戦場と化した。
昨日奴らが現れなかったのは、どうやら僕たちを待ちぼうけさせて疲弊させる狙いがあったらしい。自分達は休んで英気を養い、翌日に攻撃を仕掛ける魂胆だったようだ。その証拠に、今日は僕とお嬢を遠巻きに包囲できるほど、多くのゴミが集まっている。
姑息な手を使いやがって……お陰で家に帰っても、勉強に身が入らなかったじゃないか。
疲労がなんだ。むしろ煮え滾る怒りで、今日は何時もより大暴れ出来そうだ。
懐から引き抜いた小梅ちゃんを正面に構え、刃に手を添える。
「――乞い願えッ、『小梅姫』!!」
僕の叫びに答えるように、構えた短刀から幼い女の子の泣き叫ぶような金切り声が鳴り響いた。
小梅ちゃんは、動物たちと心を通わせることができる、ディ○ニーのお姫さまみたいな女の子だ。
小梅ちゃんが一言動物さん達にお願いすれば、彼らは少女の願いを叶えようと、喜んでその命を投げ出すだろう。
今やっているのを例にあげると、カラスの群れを上空に集めて、漫研の連中を空から一方的に襲わせたりとかできる。
常日頃からコンクリートジャングルでサバイバルしている彼らの戦闘力は侮れない。敵と見なされれば、人間の死角である後頭部にきっちりと狙いを定め、自慢の鳥足でど突きまわしてくる。
「ぎゃー!! なんでカラスがこんなに!?」
「く、黒魔術だァ! 天野がついに、黒魔術に手を出しやがったんだ!!」
ちっげーし黒魔術じゃねえし! 小梅ちゃんのメルヘンな能力を魔女の魔法みたいに言うな!!
おのれ暴徒どもめ、好き勝手に言いおって……。往け、黒の愚連隊! 姫さまを陥れる者どもを討ち取るのだ!
「天野くんっ! やり過ぎは禁物ですわよ!?」
背中合わせになって僕のすぐ後ろで銃を乱射していたお嬢が、連続する発砲音に負けないように大声で言ってきた。
「でもお嬢っ! いまこの時も、貴重な勉強時間が削れていってるんですよ!? 僕ら学生なのにぃー!!」
コイツらの相手してたら勉強時間が足りねーんだよ!! 僕は天才じゃない。人並みに勉強しなきゃ、普通に平均点を落としてしまう!
もしそれで僕が補習なんてなったら、今も部室でグラスハート先輩と猛勉強して頑張っているチミ先輩に顔向けできなくなる! 僕の天使と会えなくなったらどうしてくれるんだ!?
「アンタらが悪いんだ、全部、アンタらがー!!」
沸き上がる怒りに任せて小梅ちゃんを漫研へと向けて突きだすと、カラスの軍隊は空中で急旋回し、刃先の指し示す方向へと一斉に矢のように飛んでいく。
「蹴散らせー! 凪ぎ払えー! どうした、それでも都会のアウトローの末裔か!?」
どいつもこいつも、早く僕に勉強をさせろぉー!!
◆◆◆
その後、小梅ちゃんの力を存分に振るって、無事に漫研のヤツらの殲滅は終わった。逃げ帰っていく奴らの顔ときたら、そりゃあ見物だったよ。
そんなしみったれた僅かな報酬を胸に、くたくたになりながら家に帰って机に向かったが……いかん、急に目蓋が重くなってきた……。
小梅ちゃんの慣れない力を使い過ぎたせいもあるだろうが、一昨日から何かと不規則な生活をしてきたから、思っていたより疲れが溜まっていたらしい。
まあ……、明日は土曜で休日だしな。まだ焦る時間じゃない。今日一日ぐらい、勉強を休んでもいいだろう。今日は早寝して、明日早起きして朝から頑張ればいい。うん、それがいい、そうしよう。明日から本気出す。
英断を下した僕は、フラフラとベッドに倒れこんだ。
僕、なんだか疲れたよ小梅ちゃん……。
【天野くんの今日の勉強時間: +0時間 = 残り、23時間】




