プロローグ
※注意事項※
この物語は、フィクションです。実際の人物、団体、国家、宗教とは、一切関係ありません。
また、この作品は、一切の犯罪も推奨しておりません。
犯罪を行うと法律で厳しく罰せられます。決して主人公達の真似をしないようにしましょう。
主人公たちが犯罪行為を行うことに忌避感を覚える方は、ここでブラウザバックをお願いします。
フィクションなんだろ?問題ないぜ!という方は、以上の点に留意した上で、作品をお読みください。
春も過ぎ去り、初夏の兆しが見え始めたこの頃。
雲ひとつない青空を背負った太陽が、僕と先輩しか居ない閑散とした教室に、静かに日差しを送り込んできていた。
僕は読んでいた本から目を離し、窓枠に遮られて、格子状に切り取られた教室を見回す。
「チミ先輩、カーテン閉めますか?」
前の席で気持ち良さそうにうたた寝している彼女にそう話すと、彼女は首を振った。
「うん、ありがとう、でもいいよ。気持ちのいい風まで入って来なくなりそうだからね」
幼さを含んだ声でそう答える、僕より大分背の低い少女――チミ先輩は、座ったまま背筋をうんと伸ばして眠気を払うと、イスの上でくるりと回って逆向きに座り直し、背もたれに頬杖を突いて僕を見上げてきた。
「ねえ、同輩くん」
同輩くんとは、僕のことだ。
彼女は僕より年上で先輩だけど、僕と同じ学年の同じクラスに在籍している。つまりチミ先輩は、一回留年しているのだ。
だから同級生だけど先輩でもある彼女を僕は“先輩“と呼ぶし、そして同級生だけど後輩である僕のことをチミ先輩は“同輩”くんと、そう呼んでくる。
さて、そんなややこしくも尊敬して止まない先輩がこれから何を語り始めるのだろうか。
「なぜ世の中のライトノベルには、いわゆる『学園モノ』が多く蔓延っているのだと思う?」
なんの脈絡もなく、チミ先輩は僕にそう問いかけてきた。
「……さあ?」
いきなりな話題だったので、気の無さそうな返事しか返せなかった。
というか、今まさにその学園モノのラノベを読んでいた訳だが、これが先輩の話の切っ掛けになったのだろうか?
だが生憎と、そこまで深くラノベのことを考えたことなど一度もない。
いま読んでいるこれだって、暇潰しに流し読みしているに過ぎない。おっと、挿し絵で表紙のヒロインが半裸になったぞ。先輩とはいえ、かわいい女子が目の前に居るんだから自重してほしい。純情な僕には心臓に悪すぎる。
如何わしい本をさり気なくカバンに仕舞うなか、チミ先輩はその小さな肩をすくめ、可愛らしくため息をついた。
「おいおい、『さあ?』はないよ同輩くん。これじゃ会話が続かないじゃないか。少しでいいから、わたしの暇潰しに付き合っておくれよ?」
妙な口調の、舌っ足らずな甘い声でそう不満を述べるチミ先輩。この人は拗ねた顔がかわいらしいのでもっと見ていたかったが、せっかく話を振ってくださったんだ、今は話題に集中しよう。
「ていうか、そんなに言うほど多いですか? 学園モノって」
「何言ってるんだい。君が今まで読んできたラノベの主人公たちを思い浮かべて見たまえ。ほとんどが示し会わせたように、十代の自称フツメンなんじゃないか? しかもやたら高一か高二が多いはずだ。だが高三はいない。違うかい?」
そう言われると、確かに。多い気がします。しかも高二ばかりです。そして高三の主人公はパッと思い浮かびません。もしかしたら差し迫った受験シーズンを前に、ラノベの主人公をやってる場合では無いのかもしれない。
「じゃあ、なんでこんなにラノベには学園モノが多いのか、教えてくれませんかチミ先輩?」
すると先輩は腰に手を当てて、小学生みたいな体に不釣り合いな大きな胸を張って、自慢気に語りだした。お胸が背もたれに乗ってらっしゃる……。
「そういうことなら、うむっ、存分に語ってあげようじゃないか!」
ついチミ先輩の胸をガン見していた邪な感情を誤魔化すように、僕はやんややんやと場を暖めた。よっ、待ってました!
「おっほん……。これは、あくまで私の私見として聴いて欲しい。実はライトノベルの学園モノは――作者が自分の冴えない学生時代を払拭するために存在していると、私はそう考えている!」
なんとも直球な、歯に衣着せない、もっと言えば身も蓋もない事を言うお人だ。偏見の目で見すぎと言うものだろう。
「え、マジですか?」
だが僕はそれを鵜呑みにした。先輩が言うんだ、ならばそれは嘘偽りのない、世界の真実の一つなのだろう。先輩がカラスは白いと言えば、世界中のカラスは全て白になるのだ。
しかしなんて残酷な……青少年の夢も希望もありゃしない。あのだいたい700円前後の書籍の大半が、そんな未練がましい怨念のような、濁った過去への回帰願望の産物だったとは……。
僕はラノベの知りたくなかった裏話に震撼し、先輩が大真面目な顔でする話にのめり込んでいく。
「マジもマジ、大マジだよ同輩くん! 彼奴らは過去に自身が得られなかった青春への餓えを、少しでも満たそうと必死なのだ! ……だがこんなのはまだかわいいものさ。悪質なものになると、ライトノベル編集者がこれを推奨することがある」
「編集者が? 一体、何のために……?」
僕は知らず知らず、ゴクリと生唾を飲みこんだ。
「あくまでほんの一部の限られた話だが……信じられないことに彼らはなんと、『学園モノは売れるから』という安易な理由だけで、ラノベ作家に学園モノを書かせているのさ!」
な、なんだってー!? それじゃあ作者はまるで、金稼ぎの道具じゃないか! 事実であれば、赦しがたい行為だ。
そしてそんなものに態々お金を払って読んでる僕らは、搾取される家畜だとでも言うのだろうか……?
「そう、残酷だが、これが学園もののラノベの真相だ……。編集者崩れの数だけ、世には無駄に学園モノが蔓延していくのだ……!」
「なんたる横暴、鬼畜めッ……!」
ついさっき、カバンにしまったあのラノベもそうだったと言うのか、おのれ、今度の休みにBOOK○FFで売り捌いてやる!
「ああそうだ、彼らは鬼畜だ、オニ畜生だ。もちろん、なかにはちゃんとした立派な編集者もいるだろう。だが、そんなのはごく一握りでしかない。そういう優れたエリート編集者に運良く担当してもらえた作品だけが、取って付けたような学園設定に振り回されずに、成功を納めるのだよ」
無論、作品の善し悪しが大前提だけどね。と最後に付け加えて、先輩はニコリと音が聞こえそうなラブリーな笑みを僕に向けてきた。
「だから同輩くん。ラノベ作家にだけは絶対になるな。そんな宝くじでアタリを引くようなギャンブル性が必用な職業なんて、碌でもないに決まっている。そして誰かの妄想小説の設定を覚える暇があるのなら、少しでいいから勉強して、テストでいい成績を収めておきなさい。成績が良くて悪いことなんてないのだから。そうやって身に付けた力は、つもり積もって将来、同輩くんが社会に出たときに、君の可能性を広げてくれるだろう」
今年で二回目の一年生を繰り返す先輩が、慈しみの表情と共に語るそれらの言葉を、僕は神託を賜る聖職者のような厳かな顔で、一言一句心に焼き付けていく。
「私も、この事実にあと一年早く気付いていれば……くっ」
愛らしい顔を苦悶の表情で歪ませ、小さなお手手をぎゅっと握りしめるチミ先輩。
僕はハッと息を呑む。
まさか先輩……ラノベの読み過ぎで勉学が疎かになって、そのせいで留年を!?
そういう事か……チミ先輩は、呑気にラノベなんぞを読んでいた僕を見て、自らの二の舞いになるのを憂慮して、この話を聞かせてくれたのか。
ならば、後輩として、その気持ちに答えないわけにはいかない。
「はい、解りましたチミ先輩。僕、残念なラノベ作家にだけは絶対なりません! あともっと勉強頑張ろうと思えてきました!」
「うん、それでよいのだ! 同輩くんは素直だなぁ、いい子いい子してやろう」
イスの上に立ち上がったチミ先輩が、ニコニコしながら机越しに僕の頭を撫で撫でしてくれた。
今日はいいことあるかもしれない。
「――よし! 今日も私の舌は絶好調だ! ヘリコプターのプロペラみたいにくるくる回ってたでしょ同輩くん!?」
「はい、流石でしたチミ先輩。流れるような弁舌に、危うく信じかけてしまいました」
「よせやい、それは褒め過ぎだよ同輩くん」
ニコニコ笑顔で照れるチミ先輩を、僕はひたすら褒め称えた。
いま話したのは、全てチミ先輩が面白おかしく脚色した嘘話である。
先輩は放課後、今日のように暇を持て余していると時々こう言った嘘八百の面白い話を聞かせてくれるのだ。
「さて! それじゃあそろそろいい時間だし、部室へ向かうぞ、同輩くん!」
「はい、チミ先輩」
どうやら、本日の放課後のお喋りはここまでのようだ。今日も実に有意義な時間を過ごせた。
元気よく先に教室を飛び出した先輩に続いて、僕は誰も居なくなった放課後の教室を後にした。