期末テスト一週間前
夏休みまで、残り十三日。
今日からテスト週間が始まった。生徒たちをテスト勉強に集中させるため、テスト前一週間は部活動が全て休止させられる。
僕は模範的な学生らしく、チミ先輩と放課後の教室でテスト勉強をしていた。
あれから皆と話し合い、チミ先輩には一人ずつ交代で勉強を教えることになった。微力ながら、今日は僕が先輩に教える日という訳だ。
開けっ放しの窓から見える青い空に、白い入道雲が昇っていくのを横目に見たあと、僕はチミ先輩に問題を出していく。
「では次の問題です。紀元前8世紀頃に造られたアテネは、何人が建設したポリスでしょうか?」
クイズ番組みたいに僕が出した問題に、チミ先輩は短い腕を組んで、小学生にしかみえない顔を可愛らしくしかめて考え始める。
「んっと……ポリスは、英語でおまわりさんだから……んん? アテネって名前のおまわりさんを、建設……??」
チミ先輩は混乱しているようだ。少しヒントを出そう。
「チミ先輩。これは世界史の問題で、ポリスは都市国家という意味です」
「う、うむっ、そうだ! もちろんだとも!」
「では、アテネという街がどこにあるかは、ご存じですか?」
「えっと……オリンピックのやつだよね? イギリス……じゃなくて、……イギリス、イギリ、ギリス……あ、ギリシャっ! ギリシャの人だ!」
「正解です」
問題が解けて得意気にニッコリ笑うチミ先輩に、僕もニッコリ微笑みながら、窓の遠くに見えるグラウンドで、今日も元気にお嬢たちと戦闘している漫研の群れに向けて持っていた鉛筆を投げ放った。
だんちゃーく……いま! よしっ、部隊長は沈んだな。炎天下だと目立つんだよな、部隊長の証のあの黒コート。
これで少しはお嬢たちの仕事が減っただろう。
「いま何かしたかい、同輩くん?」
「いえ、羽虫がいたんで、ちょっと追い払おうと」
「そっか、窓開けっ放しだもんね。けど閉めたら風も入ってこなくなっちゃうし……」
チミ先輩はそう言って、くりっとした大きなまるい瞳で窓の外を眺めた。
「あれ……? 運動部かな。テスト週間なのに、グラウンドでなんか――」
「チミ先輩そろそろ休憩にしましょうか」
「えっ、ホント!? やたー!」
窓の向こうの出来事なんてすっかり忘れて、両手をあげて喜ぶチミ先輩。
チミ先輩は部活のみんなと夏休みを満喫するために、あれから猛勉強している。
睡眠時間を四時間も削って勉強の時間に当てて、今は一日八時間しか眠っていないらしい。
寝むたいはずなのに、少しも弱音を吐いたりしていない。
自分の苦手なことに、こうも真摯に取り組むなんてそうそう出来ることじゃないだろう。
そんな風に小さなチミ先輩が頑張っていると、僕も頑張ろうと自然と思えてくるから不思議だ。
だから今度のテストでは、自己ベストを更新しようと目標を定めて、自分にノルマを課した。
具体的には、あと30時間くらい勉強すれば確かな手応えを得られると、僕のゴーストが囁いている。
今日からテスト前日まで七日間ある。一日四時間ちょっと勉強していけば届く計算だ。
決して無理な目標じゃない。
尊敬する先輩の後輩でいるためにも、僕はこの試練を乗り越えてみせる。
そして大手を振って、先輩たちとキャッキャッウフフな高校最初の夏休みを迎えるのだ!
待っていろ、夏休み……リア充に、僕はなる!!
【天野くんの今日の勉強時間: +5時間 = 残り、25時間】




