初めてのお出かけ編・正午の部
どっきりドンキー。
それは男の子の憧れ。
注文したハンバーグがカートに載って運ばれてくるときのあの感動と興奮は、他では味わえない一瞬だ。
そしてテーブルに配膳される、肉汁したたる大きなハンバーグ。その旨味が染みこんだ御飯との絶妙な食べ合わせは、舌と胃を同時に満足させてくれる。そして合間に食べる、付け合わせのドレッシング付きのサラダは、なんとも言えない爽快感を口の中にもたらし、気付けばまた、肉の濃い味が欲しくなってしまい、いつの間にかハンバーグへと箸をのばしてしまう……。
「――てな感じですかね? ラノベに出てくる食レポって」
「んー、及第点かな?」
そっかー、及第点か。
ストローでメロンソーダを飲んでいたチミ先輩から採点を貰った僕は、改めて食べ掛けだったハンバーグを食べる。うん、うめぇ。さすがどっきりドンキーだ。
あ、ポテト貰いますね。
◆◆◆
傷心のグラスハート先輩を癒すために、部活の皆で街にお出掛けしにきた僕たちは、ハンバーグが美味しいファミレスでのんびりと昼食を取っていた。
「お嬢……。何度も呼び出しボタンを押そうとしないでください」
気付かれないように、そっとボタンに手を伸ばしていたお嬢をたしなめる。
「だ、だって……」
だってじゃないです。これ以上なに頼むんですか?
気持ちは解らなくもないですが、注文のときチミ先輩が押したんだから、もうソイツに出番はありません。
「あ、チミちゃん、お口にケチャップついてるわよ。ちょっとじっとしててね……はい。キレイになった」
グラスハート先輩がチミ先輩の口の端についていたケチャップをナプキンで甲斐甲斐しくぬぐい取っていた。
まるで親子のように見える微笑ましい光景だが、恐ろしいことに二人は同い年だ。
もしかしたら僕はいま、人類の神秘を目の当たりにしているのかもしれない。
そんな風に和気藹々と楽しく食事をしていたら、店内にゲラゲラと品のない女子の笑い声が響いた。
ほんと近頃はどこにでもマナー知らずがいるもんだ、と、楽しい一時に水を指された気分で声のする方を睨むと――
「やだぁ、今日マジで全部奢ってくれるのォ? 太っ腹じゃーん! 腹出てないけどキャッハハハ!」
「ビチ子ォォォッ!!」
僕は吠えた。
その存在を否定するように、怨敵の名を叫んだ。
「うあ! な、なに!? ……てっ、アマのんじゃーん!! 三日ぶりー!」
ビチ子は引っ付かんでいた真面目そうな眼鏡の青年を突き飛ばし、僕らの席へとずんずんと歩いてきた。
「てっめぇ……、なんでいんだよ……!?」
怒りを押し殺して震える声で聞いた僕に構わず、ヤツはズイッと詰め寄ってきた。前より香水は控えめになっている。だからなんだ。
「てかアマのんメール見てないっしょ! 何度もおくったのに!」
「メール? 見てないよ」
仰山送りやがって、あれまとめて処理するのも面倒――
「き、きゃーーーっ!?」
こ、こんどはなんだ!? いきなり女の子の悲鳴が……て、チミ先輩のことを忘れていた!
「あ、あわわ……な、にゃ、にゃんでっ、悪の女幹部が……!?」
チミ先輩はオバケでも見たように、ガタガタと震え始めた。
ここで説明しよう!
チミ先輩はビチ子のことを悪の組織の女幹部だと勘違いしており、つい先日、なんやかんやあってビチ子をこの世から成敗したと思っていたのだ!
そりゃビックリするわな。先輩にとってはゾンビでも目にしたような衝撃だろう。悲鳴をあげるのも仕方ない。
僕の怒鳴り声とチミ先輩の悲鳴で騒然とする店内。
ああ、不味い、どうしたもんか――
――ピンポーン♪
「へ……?」
「お、押しちゃいましたわ……えへっ」
気付いて振り向いたら、お嬢がはにかみながらテーブルの上の呼び出しボタンを押していた。
店員さんが奥からすっ飛んでくるのが視界の端に映る。
この時点で穏便な収拾は不可能と判断した僕は全てを投げ出し、思考放棄して残っているハンバーグを食べることにした。
うん、うめぇ。
◆◆◆
「――へぇー、悪の女幹部に体を乗っ取られていたのかい。……ゴメンよ。そうとは知らず、ビチ子君のことを思いっきりパンチしてしまった……」
「いーのいーの! お陰で助かったし? 気にしてないから!」
したり顔のビチ子が席に座っている。
うん、ご一緒することにしたんだよ。
店員さんにペコペコ頭下げてなんとか追い出されずに済んだが、コイツは気付いたらちゃっかり席に座ってやがった。
この汚物を先輩たちに近づかせる訳にはいかないので、僕の隣に座っていたお嬢にはチミ先輩たちの方に移って貰って、僕と嬉しくもない隣同士だよ。
「ところで、佐野田さん。貴女、お元気そうですわね?」
「ん? うん、別に元気だけど? あむっ」
お嬢がなにか怪訝そうに首を傾げていた。なんだろ。てかビチ子、お前なに勝手にポテト食ってんだよ。いただきますくらい言えや。
「てかアマのんさ、こんな美少女三人も連れてデートとか、実は結構タラシ?」
誰がタラシだ人聞きの悪い!!
「皆部活の先輩たちだよ!」
「へー、アマのん部活やってたんだ。……ん? 皆?」
ビチ子が怪訝そうに、ストローでメロンソーダをぶくぶくしているチミ先輩を見た。
「……妹だよね?」
「いいや。先輩だ」
仮に血が繋がっていても、妹じゃなくて姉になるだろうな。チミ先輩のような姉なら大歓迎だ。
「……ねぇ、チミみん?」
ビチ子が恐る恐るといった感じに、チミ先輩を呼んだ。チミみん?
「む? なんだいビチ子くん?」
「今年で何歳?」
「17さい!」
「あたしとタメじゃん……」
ビチ子はそれっきり黙ってしまった。わかるぞ、奇跡の17歳だよな。
そしてビチ子は元気よく自分の年を答えたチミ先輩を指差し、僕の方を向いた。
「……合法?」
「違うわ」
聞いてなかったのか、17って仰っただろ。違法だ。
「……人間って、不思議……」
奇しくも僕と似た感想を呟いたビチ子は、暫くの間テーブルに頬杖をついて、グラスハート先輩と戯れるチミ先輩を見つめ続けた。
◆◆◆
ビチ子を交え、改めて自己紹介したりしていたら、店員さんからはやく帰って欲しそうな視線を感じた。本当すみませんね。
デザートのパフェも食べたし、そろそろ出ようかとなったところで、それは起きた。
「あれ……?」
チミ先輩が自分の空色のリュックの中を覗きながら茫然と呟いた声を拾った僕は、気になって先輩に尋ねることにした。
「どうかしたんですか、チミ先輩?」
びくっと肩を震わせたチミ先輩は、真っ青な顔でぎこちなく僕に向けてきた。
「どうしよ、天野くん……。お財布、忘れて来ちゃった……」
「あらあら……チミちゃん、もう一度リュックを探してみたら?」
幼い子どもに言い聞かせるようにチミ先輩に確認するグラスハート先輩に、チミ先輩はぶんぶんと首を振る。
「私がチミさんの分を出しましょうか?」
お嬢がそう申し出るが、チミ先輩はこれも首を振って拒否した。
「私が忘れたせいなのに、お嬢君に払わせられないよ……」
「でも、でしたらどうしますの? どの道、料金は払わねばなりませんわよ?」
「ぅ……」
どうしようもない事実に、俯いて黙り込んでしまったチミ先輩。それを見てお嬢もあたふたしだす。
仕方ない、ここは後輩の僕が助け船を出そう。
「チミ先輩、ここは僕が先輩の分も支払っておきます」
「で、でも……!」
チミ先輩がなにか言う前に、僕は考えていた台詞を口にした。
「はい。だからちゃんと後で返してくださいよ? 僕と先輩は近所なんですから、今日帰ったら家で待ってますから」
「……! も、もちろんだ! 帰ったら、真っ先に同輩くんにお金を返しにいくよ! 約束だ!」
真剣な目で誓いを立てるチミ先輩。友達からお金を借りるのが嫌だったのだろうが、今日中に返すと言う約束付きでなら、少しは心情も軽くなって受け取りやすいだろう。
「ていうか、お金がないと午後からどこも楽しめないでしょうし、今日は僕のお金全部渡しておきます」
「え、ええ!? でも、そしたら同輩くんはどうするんだい?」
「大丈夫です。どっかのATMからお金おろしてきますから」
「うぅ、ほんとにごめんよ……」
というわけで今日一日、僕の財布の中身を全てチミ先輩に貸し出した。
無一文じゃ遊べる場所も限られてくるし、早くお金を下ろしにいかないとな……。
「おいビチ子、ちょっとコンビニ行くから付き合え」
「ふぁい? うん、いいよー」
残っていた最後のフライドポテトを銜えていたビチ子を誘って席を立つ。
「じゃあ、ちょっとお金を下ろしてきますね」
◆◆◆
「ねえアマのん、お金おろすだけなら別にアタシいらなくない? ……あっ、わかった! もしかして」
「それはないわ」
「まだなんも言ってなくない!?」
ビッチの言いそうなことくらい察しがつくわ。だってビッチだし。
心底下らないやり取りをしつつ、ビチ子とコンビニを探して駅前通りを歩いていく。しかし、時々ビチ子が道行く男たちの視線をチラチラ集めてやがる。
こんなビッチのなにがいいのやら。肩とか背中とかさらしているなんかヒラヒラした服に、足剥き出しのホットパンツと、ビッチ丸出しの服装じゃねえか。こんなのと関係者だと思われてたらヤだなぁ。
「あ、あそこにコンビニあるよ、アマのん」
言われてビチ子の指差す方を見る。確かにあるけど……。
「あそこは……駄目だな。他探すぞ」
「え、なんで?」
「ATMがない」
「あるけど……?」
「いいから他いくぞ」
不思議がるビチ子を無視して、そのまま周辺を歩き続ける。
そして、駅前通りから少し外れたあたりで、ついに目的に合致するコンビニを見つけた。
なんてことない、全国チェーンのコンビニだ。他に特別な箇所などない、ビチ子が最初に見つけたのと同じ店名だった。
違うのは、コンビニの入口近くでたむろする迷惑な5、6人の不良がいることくらい。今も、子ども連れのお母さんがおどおどしながら入口のドアを開けているが、彼らはなんら気にせず、仲間どうしで騒ぎ続けている。
僕が探していたのはコンビニではなく、そこに群がる習性を持つ、彼らだ。
「見付けた」
僕のATMたち。
「やっとぉ? 足疲れたぁ……」
へばっているビチ子に構わず、僕は指示をだす。
「ビチ子。なんでもいいから、あそこの不良をあっちの路地裏まで連れてきてくれないか?」
そう言いながら、コンビニから少し離れた雑居ビルの合間を指差した。
こいつなら何とかするだろう。むしろ得意そうだ。だから連れてきたんだからな。
「んー? よくわかんないけど……全員でいいの?」
「うん、一人残らずな。僕は先に行って待ってるから」
「おっけー、任せて……!」
面白いオモチャでもみつけたような笑みを浮かべて下唇を舐めるビチ子と別れて、さっさと路地裏へと入った。
さーて、僕も準備しないと。
路地の奥まで来た僕は、ポケットからジップロックを取り出し、中に入っているマスクと眼帯を着けていく。
なんでこんなもの持ち歩いているって?
東京のグールだってマスクで顔隠すだろ? 同じ理由さ。
右目の眼帯の位置を調整して、パーカーのフードを被って準備完了、となったあたりで、後ろから騒がしい音が近付いてきた。
「アマのーん! 全員引っ張ってきたよー!」
振り返ると、ビチ子がめっちゃ笑顔で手を降りながら、背中に顔真っ赤にした不良をトレインしていた。
早いな、何した? 全員怒り狂ってるじゃないか。てかあだ名でも僕の名前を呼ぶなよ。
まあいい。どうせやることは変わらない。
ビチ子がそのまま僕の後ろまで走り抜けると、自然と僕と不良たちは正面で向き合う形になった。突然前に立ち塞がった僕に、不良たちの足が止まる。
「なんだテメぇ!! その女のツレか!!」
不本意にもそうだよ。
不良たちの言葉を無視して、僕はマスクの下に笑みを浮かべながら、両手を広げて彼らを出迎えた。
「――イタダキマス」
◆◆◆
土下座して財布を差し出してくる不良たちをニコニコと見下ろす。
「いやー、なんかゴメンね? 催促したみたいで?」
「いえ! とんでもねえッス! どうぞお納めください!」
あれから彼らに懇切丁寧に語りかけたところ、彼らは気前よく僕にお金を融通してくれると言ってくれた。
いやー、やっぱ人間、コミュニケーションが大事だよ。きちんと話せばどんな人とでも解りあえるもんなんだ。
さっきより彼らの顔がボコボコになっている気がするが、決してそういうことがあったわけではない。非暴力不服従を唱えたガンジーを尊敬しているこの僕が、そんなことをするはずがないだろ?
「アマのん、やっべぇ……」
後ろでビチ子がなにか呟いたが、無視する。
「ビチ子、回収するの手伝って」
「うぃーす」
軽い返事をしたビチ子と手分けしてお金を貰っていく。
こういう不良は面子が命だからな。警察に被害届なんて娑婆いことはしない。つまらんプライドがそうさせない。
だから僕みたいなヤツにとっては絶好のカモよ。
クックックッ、大人しくサツに泣きつけばいいものを……。帰ったら精々代わりに枕を涙で濡らすんだな。
「あ。ビチ子、半分だけ財布に残してやって」
「なんでー?」
「帰りの交通費」
帰れなくなったら、コイツらも困るだろ。根こそぎ奪ったら本当にコイツらと同類になる。
手遅れとか言うなよ?
「ひーふーみー……半分でも多いな」
全額あわせたら、思ってたより持っていた。だが僕の元の所持金以上は必要ない。余りは後であのコンビニの募金箱に迷惑料として入れておこう。
お金も下ろしたし、もうATMにようはない。
「よし。これに懲りたら真っ当に生きろよ?」
不良じゃなければ、カモにしないから。
「はい! あざぁーッした!」
「「「あざーッした!!」」」
うるせえ、また黙らすぞ。
「行くぞ、ビチ子」
「うぃーっす!」
歩きながらスマフォを取り出して、時間を確認する。
探すのに少し時間がかかった、早く先輩たちの元に戻らないと。
時間は正午から、午後へと針が進んでいく。




