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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第一章 後輩の僕と、愉快な先輩たち
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初めてのお出かけ編・午前の部


 公園を出発した僕と先輩たちは、中心街に行くために地下鉄に乗っていた。

 日曜ということもあってか、電車内はかなり混雑している。


「これが音に聞きし、地下鉄ですのね……」


 今日が地下鉄初利用らしいお嬢が、車内の満員ぶりをみて茫然と呟いていた。都心の通勤ラッシュよりはマシだと言ったら驚くだろうか?


「チミちゃん、大丈夫かしら……」


 そう心配そうに呟いたグラスハート先輩の下半身に手を伸ばす痴漢の手首をギュッと握って圧砕しながら、僕も不安になってチミ先輩のいる辺りを見つめる。

 ちなみに悲鳴が出ないように悶絶させるように潰すのがミソだ。一昨日来やがれ性犯罪者が!


 さて脂汗かいて逃げたクズ人類よりチミ先輩だ。

 チミ先輩はつり革に手が届かないので、ひとり皆から少し離れたドア近くのポールに掴まっている。

 本当は皆で一緒にいたかったのだが、入り口近くに四人も固まっていると迷惑になる。さっき犯罪者を私刑したばかりだが、僕にだって良識はある。たぶん。

 だからせめて遠くからでも見守ろうと、ドア付近にいるはずのチミ先輩を人混みから探す。

 いた。ちょっと不安そうな顔をしている。

 と、その時。電車が大きく揺れた。

 ――ガタンッ!


「むぎゅっ!?」


 うあぁあっ、チミ先輩!?

 チミ先輩が前にいた力士みたいなおばちゃんの臀部に潰された!


「わっ、わあ!? 手が離れ……あ、天野くんたすけっ――」


「チミ先輩ー!?」


 しかも運悪くポールから手を離してしまったチミ先輩は、混雑する人波に飲まれて消えた。



◆◆◆



「うぅ……、ヒドイ目に遭った……」

「チミさん、しっかり。段差に気を付けるんですのよ」


 中心街の最寄り駅にようやく到着した。車内でもみくちゃにされて疲労困憊になった先輩が、開いたドアからヨロヨロと降りて行った。お嬢もチミ先輩に付き添うように続く。


「どうしたの、天野くん? 降りないの?」

「グラスハート先輩からどうぞ」

「あら、レディ・ファーストかしら? ありがとう」


 くすくすと微笑みながらお礼を言うグラスハート先輩のすぐ後ろにくっついて、僕も電車を降りる。

 ふぅ……。


 ――くそっ、いま何人先輩を狙ってやがった?


 もう電車を降りたのに、まだ背中に複数のギラついた視線を感じる。

 やはり学園外でも、先輩の理性を融かす魅了は健在か……。これは、タフな仕事になるな。

 だが今日は先輩にずっと笑顔でいてもらうって決めたんだ。

 悪いが、今日は……いや今日も容赦はしないぞクズ人類ども。来るならいつもどうり命懸けで来い!


「天野くん、最初はどこにいくの?」


 おっと、グラスハート先輩が振り返って尋ねてきた。

 こっちも疎かにしてはいけない。

 むしろこっちが本題だ、そこを間違えてはいけない。


「任せてください。ちゃんと計画を立てて、下調べもしてきました」


 今日はグラスハート先輩が主役だから、予め先輩の趣味や興味を示しそうな場所を選んだつもりだ。もちろん、先輩の護衛がし易い点も重要な要素だ。

 安心・安全・快適なプランを、この天野がご提供致します。


 まず、最初の目的地はここ。

 中心街からアクセスもよく、見た目も瀟洒な建物。緑溢れる庭園になんかよくわからないモニュメントや著名な造形家が手掛けたらしい銅像が配置されたこの場所は、我が町が誇る美術館である。


「あ、もしかして……!」


 芸術に関心があるグラスハート先輩は、直ぐにピンときたようだ。


「はい。以前先輩が仰っていた日本画家の展覧会が開らかれると小耳に挟んだので、そのチケットを取っておきました」


 ここに足を運ぶ人なら理知的な人ばかりだろうし、先輩を目にして理性を簡単に手放すクズ人類は少ないだろう。

 僕や先輩にとっては、悪魔の寄り付かない教会みたいな場所だ。

 さっそく入館すべく、人数分のチケットを取り出して先輩たちに差し出す。どうぞー。

 しかしグラスハート先輩は躊躇していた。


「いいの、天野くん? 全員ぶんだと、安くはなかったでしょう?」


「いえいえ、日頃先輩たちにはお世話になってますから。気兼ねなく受け取ってください」


 全員高校生だから、大人よりは割安料金だったし。


「ありがとうございますわ、天野くん」


 お嬢が率先してチケットを受け取ってくれた。相変わらず、気が利く人だ。


「グラスハートさん、ここは素直に受け取って置くべきですわ。彼もそれを望んでいるのですから。まさか、嫌々私たちにくれてはいないでしょう?」


 グラスハート先輩を諭していたお嬢が、イジワルな笑顔を僕に向けて急に話を振ってきた。


「そんな高尚なカツアゲ、聞いたこともないですよ」


 美術館のチケットを欲しがる不良の先輩がいたらむしろ見てみたい。


「……じゃあ、ありがたく頂くわね、天野くん」

「はいどうぞ」


 今日は僕なんかに遠慮せず、思う存分楽しんでくれたら幸いです。

 まだ少し戸惑っているグラスハート先輩の背を押しながら、僕たちは美術館の自動ドアを潜った。



◆◆◆



「やはり素晴らしい筆致ですわね……。私程度の審美眼では、到底味わいきれませんわ」

「お姫ちゃんは謙遜が過ぎるわね。私より絵に詳しいくせに」

「いいえ、それはただの知識を引き出しているだけに過ぎませんわ。グラスハートさんみたいに、作者の心情までは汲み取れませんもの」

「あら、意地悪言ったのに褒められちゃったわ、ふふ」


 美術館独特の静謐な空気を乱さぬよう、静かにハイソな会話を交わす先輩二人。その背中を、遠くから所在無さげに見つめる僕とチミ先輩。場違いだな。

 いや、グラスハート先輩が楽しんでくれたら、それでいいんだ。


「……ねえ同輩くん。あれはなんて絵なんだい?」


 チミ先輩が、「私ちゃんと絵に興味あって来ました」とでも言うように、ガラスの向こうの水墨画っぽい白黒の絵を指さして尋ねてきた。


「えっとですね……あ、下の方に題名の書かれたプレートがありますよ」


「……見えないよ」


 あー、前に人いっぱいいますもんね。チミ先輩は小さいから……。


「肩車しておくれよ、同輩くん」

「流石に美術館では、ちょっと……」


 目立たないようにいる警備員さんにご遠慮願われるかもしれない。


「むぅー……つまんない」


 いかん、チミ先輩が退屈してらっしゃる。

 だが想定内だ。

 チミ先輩は高尚な絵画より、大衆向けの漫画やアニメのほうが好きだからな。部室でもよく女児向けアニメのDVDを見てはしゃいでいる姿を目撃している。

 だから代替案を用意しておいた。伊達に下調べをしていない。


「そういえば、エントランスにお土産コーナーが出ていましたね。何があるか、見に行ってみますか?」


 エントランスに展覧会関連の絵画のポストカードがずらっと並んでいて、他にも画集やら絵画の模造品など色々置いてある土産ものコーナーが出張していた。美術館に入ったときにチミ先輩がチラチラ見ていたから、興味があるのは間違いない。


「ご家族用にお土産でもあるかもしれませんよ」

「お土産……! 見るっ!」


 よし、なら決まりだ。

 僕は指をパチンと鳴らしてお嬢に合図を送る。

 すぐに気付いて振り向いたお嬢と視線を合わせ、アイコンタクトを開始。


(チミ先輩が退屈してきたんで、外の土産品を見てきます)

(あら、じゃあグラスハートさんは私が見てますわね)

(頼みます。あ、なにか欲しいお土産とかありますか? 確保しておきますよ)

(そうね……では、あれとあれとあれのポストカードを四つ、いえ五つずつお願いできるかしら?)

(あれとあれとあの絵のやつですね?)

(違いますわ。あれとあれと、あの絵です)

(え? あれじゃなくて、あっちのあの絵ですか?)(そうそれですわ)

(わかりました。以上でよろしいですか?)

(ええ。人気のポストカードは直ぐ無くなってしまいますから、速めにお願いしますわね)

(了解!)


 お嬢とのアイコンタクトを切る。思ったより長話してしまった。指で軽く目蓋を抑えて目を休ませる。


「ふぅー……それじゃあ行きましょうか、先輩」

「同輩くん、目眩でもするのかい?」

「いえ、何でもないですよ」


 心配そうに見上げてくるチミ先輩を連れてエントランスに向かった僕らは、結局グラスハート先輩とお嬢が満足して出てくるまで土産コーナーで暇を潰した。



◆◆◆



「やっぱり生で観ると迫力が違ったわ、堪能しちゃった……!」


 グラスハート先輩は美術館の土産が入った袋を抱え、満面の笑みを浮かべていた。今にもスキップしそうだ。

 その幸せそうな先輩の真横から歩きスマホをしながらあからさまにぶつかりに来た不届き者のスマホをパリィして弾き飛ばす。

 あ? あんだよ事故だよ事故。なに壊れただ? 知らねえよ。前方不注意のお前が悪い。

 スマフォが壊れてメソメソしている野郎を追い払って、先輩たちの元に戻る。 


「天野くん、あの人知り合い?」

「いいえ、人違いでした。そんなことより、楽しんでくれたようで何よりです」


 僕とチミ先輩には、敷居が高過ぎましたが……。チミ先輩が売店のおばちゃんにすっかり気に入られて飴を貰ったのが唯一の収穫だ。キツいミント味のだったから、代わりに僕がなめてる。


「少し早いですけど、そろそろお昼にしましょうか?」


 のどをスースーさせながら先輩たちに提案した。今ならオペラ歌えそうだ。


「そうね。今ならどこも空いているでしょうし、お昼はどこで食べるの?」

「実はまだ決めてないんです。その時の気分でお店を選んだほうがいいかなって」


 今日はカレーだ、て聞いてたのに、直前で酢豚に変更されたあのなんかモヤッとする、あの気持ちを回避するのが目的だ。……あんまり好きじゃないんだよな、酢豚。


「はい! どっきりドンキーがいいです!」


 先輩たちに希望を聞こうとしたら、真っ先にチミ先輩が手をあげて元気よく言ってきた。


「いいわね。私もよく家族と行ってるわ」

「どっきりドンキー……?」


 どうやらどっきりドンキーを知らないお嬢に、僕が大衆向け食堂だと説明した。


「つまり俗に言う、あのファミリーレストランのことですわね?」

「“あの”がなにを指しているのかは解りませんが、他のファミリーレストランを僕は知りません」

「以前からファミリーレストランには興味があったんですの。私もそこで構いませんわっ」


 お嬢の瞳が爛々と輝いている。ファミレスが戦場にならないといいが……。


「じゃあ、お昼はどっきりドンキーでいいですね?」


 全員が頷いたので、早速物知りなスマホくんに近くにどっきりドンキーがないか聞いてみた。

 ほんと直ぐに答えてくれるねこの子。


「駅前通りに一軒ありました。案内しますんで、着いてきてください」


 こうして、午前中は何事もなく過ぎていき――波乱含みの午後へと突入していく。

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