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俺とパイセン  作者: 雨傘撃墜
第一章 後輩の僕と、愉快な先輩たち
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グラスハート先輩の憂鬱


「あ。グラスハート先輩」


 昼休み。チミ先輩をクラスの女子に取られて暇なので、気晴らしに学校の廊下を徘徊していたら、前からグラスハート先輩がやってきた。

 昼はいつも部室にいるのに、珍しいな。


「あら、天野くん。こんにちわ」

「ちっす、グラスハート先輩」


 グラスハート先輩は、僕が尊敬する数少ない人類の一人である。

 慈愛に満ちた性格は言うに及ばず、初めて先輩を目撃したら二度見したあと余裕でガン見するであろう、美を体現した容姿が特徴だ。

 艶やかな純白の長い髪、凛としつつも柔和な美貌、抱擁力のある大きな胸、すらりと伸びた御み足と、つまり女性として半ば完成された存在である。その美しさは、もはや罪と言えよう。


「ふふっ、ちぃす。今日も元気ね……ふふ、会話が通じてる。うふふ、ふふふふふっ……」


 グラスハート先輩……、今日はクラスでハブられたのか。御労しや……。

 だが先輩は僕と会話したことで、少しは気が晴れたようだ。

 それはもう、嬉しそうにうふうふ笑い続けた。

 僕も嬉しくて、うふうふ笑い返した。


 ところで、先輩の呼び名である“グラスハート”というのは、もちろんあだ名であり、決して本名ではない。先輩は歴とした大和撫子である。

 ガラス細工のように透明で綺麗な心の持ち主と言う意味と、繊細ですぐ割れるという意味のダブルミーニングらしい。僕はそういうの、カッコイイと思う。


 そんな素敵な先輩は……陰湿なイジメを受けている。今まで主に女子主導だったのが、最近ではクラス全体から無視されたりといったことがしょっちゅうあるらしい。どうしてそこまでイジメの規模が広かったのか、まだ把握はできていない。

 女子はともかく、男子までグラスハート先輩を害しているというのが、どうにも解せないのだが……。

 教師? 見て見ぬふりさ。そのうちヤツらのグルになりそうな気がする。


 心を傷める先輩のために、出来れば今すぐ先輩のクラスに飛び込んで、僕の忠誠心の証を全国紙の一面に載せたいところだが、それは先輩に堅く禁じられているので、断腸の思いで断念している。


 ――だから秘密裏に事を運ぶ必要がある。だが一人一人神隠しに遇わせると、手間も時間も掛かる上に、流石にサツにバレるだろう。

 一クラスぶんの人数を消すとなると、どうしても事が大きくなるのは仕方がない。


 だから、発想の転換が必要だ。

 ここは大胆に、先輩を除いたクラス全員を一気に始末する方法をチョイスしたい。 

 例えば、グラスハート先輩が保健室にいる間に、授業中の教室に隕石を降らせるとか、大雑把に言ってしまえば、そんな感じだ。

 全員イジメに加担しているようだし、気兼ね無く一掃してやる。


 だが……、その上手い方法が未だに思い付かない。もう異世界クラス転移とか起きないだろうか?

 こんな他力本願しかできない、無力な後輩で申し訳ありません、先輩……。


 とにかく、イジメに触れるような話題はタブーだ。代わりになにか、先輩が明るい気持ちになってくれるような……。


 と、僕が話のタネを考えていると、グラスハート先輩は僕をじっと見ながら、寂しそうに溜め息を吐いた。


「でも残念ね……。せっかくお話出来たのに、今週はもう、今日の部活以外で天野くんに会えないもの……」


 ……ん? ああ、そうか、今日は金曜だったな。明日は休みか……よし。


「先輩。土曜日か日曜日にですけど、暇ならどこかに遊びに行きませんか?」


 休みの日はウチの部は活動がないから、こういったことは新鮮なはずだ。我ながら名案だと思ったのだが……。


「――え……?」


 先輩の様子が、おかしい。一時停止したみたいにビタッと固まった。まさか、地雷踏んだ……?

 僕が冷や汗を流しながら黙っていると、


「あ、あの、先輩……?」

「――天野くん」

「は、はいっ!?」


 先輩はうつ向いて垂れた前髪で顔を隠しながら、地の底から響いてくるような声で聞いてきた。


「聞き間違いでなければ、あなたは、わたしと……このわたしと、休日に態々一緒に遊んでくれると、そう聞こえたのだけれど……」


 せ、先輩から、見えない圧を感じる……!


「は、はい。そう、お誘いしたつもりです……」


 僕が恐る恐るそう言うと――先輩は両手で顔を押さえながら泣き崩れた。


 わあ!? なんですっ? どうしました!?

 慌てて支えに入ると、先輩は綺麗な涙を零しながら、今日一番の美しい微笑みを僕にくれた。


「道路脇の側溝のような人生を歩んできたわたしに、こんな……こんな幸せが廻ってくるなんて。ありがとう、天野くん……うぅ」


 遊びに誘っただけでそこまで感謝されても……。いや、それだけ先輩の心が傷ついていたと言うことか。


 先輩は敵すら許す博愛の精神の持ち主だが、その心は人一倍、ガラスのように脆い。

 先輩は誰かに悪意をぶつけられて平然としていられるほど、強い人ではない。むしろ誰よりも繊細なお人だ。

 僕はそれを知っていたはずなのに、最近はオーク共と戦争したりビッチとヒーローショーやってたりと、忙しさを言い訳にグラスハート先輩のことを気に掛けていなかった。後輩失格だ……。

 先輩がこんなになるまで追い詰められていた事にも、気付いてあげられなかったなんて……。


 ――いや、後悔しても何も変わらない。悔いたのなら、今からでも行動するべきだ。


 グラスハート先輩は遊びに出かけるのを楽しみにしている。

 ならば先輩がイジメの事なんか忘れるくらい、楽しませてあげよう。それが後輩としての、僕の勤めだ。


 決意を新たにしていると、泣き止んだ先輩が、目尻を指で拭いながら冗談めかして話しかけてきた。


「いつもありがとう、天野くん。あなたはまるで、天使のような人ね」


 いいえ、僕にとって天使はチミ先輩で、女神は先輩です。お二人には、まだまだ遠く及びません。

 ちなみにお嬢は女帝です。あの気高さに憧れてます。


 僕の話を冗談だとでも思ったのか、グラスハート先輩が珍しく声を上げて笑いだした。

 本気なんだけどなぁ……。


 僕はお昼休みが終わるまで、そうやって嬉しそうに笑うグラスハート先輩と一緒にお喋りした。




 というわけで、休日にグラスハート先輩と街に出掛けることになった。


 気合い入れておめかししなくちゃ。

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