犠牲者
リビングのテーブルに各々座り、真剣な顔をした兄さんの眼差しが僕を捕らえる。隣に座る雨座も食後の紅茶をテーブルに戻して話を聞く態勢になった。僕は、二人に話すべきかどうか悩んだ…あれは本当に幻だったのか? もしも現実だったのならば一体なんだったという? あんな不気味な生き物は知らないし、聞いたこともない。
暫く口を噤んだ僕を見て兄さんは溜息を吐いたあと後頭部をガシガシと掻き乱した。
『わかった、まだ整理もついてないんだろ。今は落ち着いたようだし…良しとする。雨座、わざわざ来てくれてありがとうな。野菜や果物もとても美味しかったよ』
『いえ…! 春雛先輩になんともなくて良かったです! 夕飯までご馳走になって…春雛さんはお料理男子なんですねぇ、とても美味しかったです』
ニコニコと笑う雨座。兄さんと料理をしている彼女はとても楽しそうで、戦力外でキョロキョロしていた僕にも『先輩は病み上がりですから味見係りを任命します』なんてフォローしてくれた。お婆ちゃんと二人暮らしのせいもあってか我が家にいる雨座はとても楽し気で沈んでいた僕も明るくなれたくらいだ。
『じゃあ私、そろそろ帰ります。急いで来たから家の鍵も多分閉めてないですし…』
『そうだったか…まぁこの辺りに泥棒なんざ出ないだろうが、早く帰った方がいいか…』
雨座が帰る。
そう聞いた瞬間 なにか言いようのない、心の底から鳴り響くようなアラームがあった。
雨座が…外に出る。
危険ー…
雨ー…
黒いー…
夜ー…
人ー…
死………?
『駄目だっ…!!』
ガタンと椅子を倒し、帰り支度をしようとしていた雨座の手首を掴んだ。
『駄目だ雨座…! 外にでないで…危ないから! 雨座、帰ったら駄目だ!』
『先輩…?』
キョトンとした顔の雨座だったが、僕のアラームは鳴り止まずただ脳裏によぎった恐ろしい言葉を振り払いたくて縋るように彼女の手を握る。
『おい、叶?! お前一体どうした…!』
『駄目なんだ! 雨座は外に出ないでくれ! 帰っちゃ駄目だ、帰ったら雨座はっ…!』
雨座は…
雨座は、どうなるんだっ…?
『…私は、どうなるんですか?』
『っ…雨座は…雨座は…っ!』
床に座り込んだ僕に合わせて雨座も座ってくれた。自分でも突然何を言ってるんだ、頭がおかしくなったのかと自問自答している。
それなのに雨座は僕を馬鹿にした風でも呆れたでもなく、ただ真っ直ぐに僕と向き合ってくれていた。
『わかりました、先輩。
雨座は帰りません。きっと何か悪い予感がしたんですよね? 雨が降ってるし事故とか嫌な想像をしてしまったんです。そういう予感がした時は慎重に行動すべき時だとお婆ちゃんから教えられたんです。先輩がそこまで必死になってくれて、少し嬉しいんです…。なので今日、春雛家に一泊してもいいでしょうか?』
雨座は笑って、僕の手を握ってくれた。
途端にアラームは止み、僕の中にあった不安や焦りは消えて安心さえした。顔を縦に何度も振り小さくて優しい後輩の温もりに心底安心して、僕も笑った。
そして兄さんが両親に雨座のお泊まりの許可をもらうために電話をしたところ『可愛い女の子が我が家にいる…!』と男ばかりの家に花が咲いていると喜んでお泊まり許可を貰い、すぐに帰るという伝言まで届いた。数分後に帰ってきた叶士は雨座に迎えられて心底阿保みたいな顔をしていたため僕と兄さんは盛大に笑ってやった。
翌日 6月28日
2年生 志島 卓継の遺体が発見されたという連絡が入った。
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