その顔を抱きしめた
暴力表現や
胸糞悪い表現など多く出ます。
苦手な方は、見てはいけません。
一度目は、下校中のことだった。私は十華ちゃんに誘われて隣町の美味しいと評判のクレープを一緒に食べに行こうとしていた。隣町といっても山を越えるため電車で行く必要があったため、普段は使わない電車に乗って出掛けたのだ。
『ねぇ、瀧阿。バスが通らなくなってから徒歩で通学してるけど大丈夫? なんなら私、自転車で家まで迎えに行ってあげようか?』
クレープは評判通り、とても美味しくて。二人で交換しながら食べているとふと十華ちゃんがそう申し出てくれた。でも私は、鈍臭くて自転車も運転が苦手だったから断ったのだ……心配症な十華ちゃんは、それでもと申し出てくれた。
『大丈夫だよー? 歩いて登校するのも、結構楽しいし平気平気。十華ちゃん、ありがとう……心配してくれて。ちゃんと朝は時間に余裕を持つし帰りは暗くならない内に帰ってるよ』
『……そう? なら、いいんだけど。それなら帰りが遅くならないように、今日も帰ろう? ほらほら早く食べて、瀧阿』
いつも一緒にいてくれる十華ちゃんに、たまに声をかけてくれるクラスメート……ようやくクラスにも馴染めてきて、良かった……。
私と十華ちゃんは暗くならない内にと電車に乗り、町へ帰ってきた……その時だ。
『聞いてんのか、栄火ァっ!』
突然聞こえてきたその声に、私は驚き……その声のする方を見た。
『……十華ちゃん、あれ』
『……瀧阿、絶対に見ちゃ駄目よ。お願い……アイツらは、駄目よ』
駅を出て、隅の方にある自転車置き場。十華ちゃんが自転車を出し、分かれ道まで送ると自転車の後ろに乗せてくれた。
そして……駅から少し離れた河原にて……一人の男子生徒を、複数の生徒が囲んでいるもの。あれは何かと問おうとするも、十華ちゃんは一切口を開かずそこを通り過ぎた。見えなくなる前に見たのは……前髪を引っ張られ、次に腹部を殴られる男子生徒の姿。あっ……と大きめの声を出してしまった時、振り返ろうとする他の生徒たち。すぐに十華ちゃんが自転車を思いっきり漕ぎ出して、驚いた私はその背に掴まりその場を後にした。
『……ごめんね、瀧阿。びっくりしたよね……でも、アイツらに関わっちゃ駄目よ。アイツら、あの男子生徒をたまに集団で暴行するらしいの…先生に言っても証拠が、だの目撃者はいるのかだの言って止められないんですって。
……当たり前よ。私が目撃者です、なんて言ったら次に狙われるのはその人だもん。だからね、瀧阿……関わっちゃ駄目。ごめんね……あなたは記憶されやすい見た目なのよ。あなたが傷付くなんて……絶対に嫌なの』
何度も何度もそう諭す十華ちゃんに、私は頷いた。そうすると彼女も安堵の表情を浮かべてまた明日、と帰路に着いた。でも……私は、さっきの光景が簡単には消えてくれなかった。
『心臓が……いたい、な』
その痛みを抱えながら、私は家に帰った。祖母と食事を作って一緒に食べ……いつも通り過ごしたのに、胸騒ぎが治らない。十華ちゃんとクレープを食べて、沢山お話もして楽しかった……でも。
そして私は夜、ベッドから出て祖母に内緒で外へ出た。どうしても確かめなくては、どうしてもこの目で見なくてはと。もう時刻は零時に近付いているというのに、私は駆け出した。田舎の町に電灯は少なく人影など一切なかった。普段なら怖くて心細くて、こんなこと出来ないはずなのに……それなのに。
辿り着いたのは、あの河原だ。上がった息を整えたいのに、心臓が煩い。耳のすぐ側にあるみたいに煩くて熱い。
こんな時間にいるわけない……だって、あれから何時間過ぎた? そもそも何故、知らない人の為に……。
『……違う』
ふと、思い出す。あの時……髪を掴まれていた、あの人を。黒髪に……少し、長い髪……でも、そうだ。あの時……声を上げて目が合ったあの瞬間、顔を背けられたような。
かお、を……そむける……?
あ、
あぁ、
なんて、なんてこと……
『まさ、か……そんな、じゃあ……あの人は、私を……助けてくれていた……?』
重なった、記憶。そう……バスで、今はもう走っていないバスの中。毎日のように私を助け、目が合っても素っ気なく逸らされてしまった……彼が。
目の前がグラグラした。私を助けてくれていた彼を……身で体を、優しさで心を救ってくれた、私の恩人を、私は……。
『君。こんな時間に何をしているんだ。 早く家に帰りなさい』
『えいか、くん……』
ようやく踏み出した足は、何故……あの時に動かなかったのだろう。
『こんな夜、川に近付いたら危ないだろう!』
『えいかくんっ……!』
あの時、なりふり構わず……自転車を降りて走り出せば良かったのに。自分が次のターゲットにされようが、学校に電話したら良かったのに。いっそ警察に電話をして助けを求めたら良かったのに。
全部……全部、終わった後じゃ、なんの意味もない。ただの後悔に終わってしまった。
そして私は、そこで……人ならざる何かが産まれたのを見た。衣服をつけない人間が、とんで はねて たたいて さけぶ あれは、人じゃなかった。やがてそれは、黒い……人影となった。
そして、これが二度目。私たちは、逃げた。その場に居合わせた人に担がれ、私は逃げた。また……彼を救わず、逃げた。あんな状態の彼に、私なんかが声をかけたところで何になるのか……でも。
家についた私は、また後悔していた。家の中に入ることも出来ず、ただただ動転して玄関の階段に座って泣いていた。ずっと考え、私はあの人との約束を破って歩き始めた。
空は少し明るさを戻し、僅かに星が残る空の下……泣きながら河原へと歩き、私は……今度こそ足を踏み入れた。何故あんな姿になってしまったのか、何故あんな憎しみを込めた叫び声を出していたのか。
私を……私を、憎んでいるのか。
『あ、ぁ……んなっ、そんなっ……!
ひどい、こんな……えいかくん! えいかくんっ……!』
そこには、彼がいた。衣服をつけていない彼を見て、溢れ出る涙が止まらなかった。彼の体は傷だらけだった……。沢山の傷や、跡や、痣……最近のものとは思えないような古いものから新しい痣などが刻まれていた。何故、どうして……溢れる感情を後回しにして、彼に駆け寄る。
でも、全部……全部遅い。
『っ……ぅ、うぅ…っ! ひど、い……こんな……ど、して……』
抱き上げた彼の顔は、殆ど原型を留めてなく……きちんと見た彼の顔は、これが初めてだった。体には刺し傷もあり、足など……折られているのか痛々しい。
『ごめ、んなさいっ……私、ずっと……お礼を言いたかったのに……今度は、私が! 私が助ける番だっ、たのにっ……』
私は、彼の体に自分のカーディガンをかけて……暫くそのまま膝に彼の頭を置いて泣いていた。無力で、弱虫で、最低な自分が情けなかった。彼もきっと、助けを求めていたはず……それを、私は……。
『痛かった、よね……えいかくん。朝になるよ……。私を、呪っていいんだよ……恩知らずで、ごめんね……助けられなくて、本当にっ……ごめんなさい……』
朝が、夜を追い出し始める。もう夜は終わった……何度も痛い思いをした彼も、ようやく……眠れる。
妙に瞼が重くて、……ちゃんと警察に連絡して一緒に待ってなきゃいけないのに。彼を……ゆっくり休ませてあげなきゃ……。
私の意識は、そこで閉じた。最後に……あの黒い人影が見えたような気がしたから、きっと……私もえいかくんに殺されてしまうんだ……そう思ったのに。
眼が覚めると、そこは……家の玄関だった。一瞬夢だったのかと思ったが近くにカーディガンがない……それが、何を意味してるのか。
約束通りに訪れた、あの人の真っ青な顔を見て……私は泣いた。
三度目だ。
私は最後に、彼と一緒にいたかった……なのに、何故こんなところにいるのか。疑問と悲しみと苦しさでいっぱいになって……最後まで、彼を一人にしてしまった。申し訳ない……申し訳ない……、寂しくなかっただろうか。誰かが見付けてくれた……でも、あの時連絡してれば、彼はもっと早く保護されたのにと思うとやりきれなかった。
夜になると必ず思い出す、あの日のこと。
夢に必ず出る、あの時のこと。
あの場所を通る度、泣きたくなる。
あの時の君を、私は……。
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