罪が罪となり罪として
私の母は、小学生の寒い寒い冬の日の朝……亡くなった。父は異国の力ある一族の末の息子で、母はこの国のある有名なホテルで働いていたそうだ。父が仕事の都合で日本に来て、母の働くホテルに暫く滞在した。初めはなんて事ない関係だった二人が、言葉を一つ……二つ交わすたびに惹かれあい、交際した。父は殆ど飛び出すような形で日本へと渡り、母を連れてひっそりと田舎で暮らし始めた。決して豊かな暮らしとはいかなかったけど、それでも……それでも、幸せだったと聞いている。
そして産まれたのが、私。
両親の愛情を受け、三人で幸せに暮らしていたのも数年だけ……そう。たった数年だけだ。ある日、母が病に倒れた時に幸せの幕は閉じてしまった。母の病は既に末期、手が付けられないほど。だから、残りの時間を精一杯使って……母は最後まで優しく私と父を愛してくれた。最後まで母は、私に語りかけてくれた。母の癖っ毛と父の髪色が合わさった自慢の髪。父とおんなじ色をした異国の瞳。全部、全部愛してると。私たちの証そのものと笑う母を……今でも鮮明に覚えている。そんな母が亡くなり、更に異国の父の一族が何処からかその事を聞き当てて私たちの元へと来た。父は逃げ切ることも、その気力も失っていて……葬式が終わると半ば引き摺られるように祖国へと連れ戻されてしまった。よく言えば海外赴任だが……幼くとも、なんとなくわかってしまった。父とはもう、きっと……あの穏やかな笑顔で温かさに満ちた日常に帰れない。私は母方の祖母に引き取られ、幸運にも祖母はとても穏やかで優しい人。 それでも私は……どうしようもない悲しみの中から、抜け出すことが出来ない。
私は、私を……。
『つか、まっ……てて』
そう。
あの日。
慣れない土地に来て、初めてバスに乗った日。初めて学校に行く日。初めて……声を、私に声をかけてくれた、優しさが含まれたあの声を聞いたあの日。朝の通勤ラッシュというもので、沢山の人と押し込められて手摺にも手が届かずバランスを何度も崩して倒れそうになっていた時。そっと体を守るよう人々の壁になり、手摺がある位置まで導いてくれた人がいた。少し掠れた、父とは違うまだ幼い男の子の声。顔を見てお礼を言いたかったのに、身長の低い私には他の人の髪やら鞄やらで視界は悪く顔を上げようにも度重なる揺れとの格闘で満足に彼の顔を見れなかった。けれど……それからも彼は私を守ることを辞めず、ずっとずっと……私を助けてくれた。何度か見れた彼の顔は、その長い前髪のせいで全て見ることは叶わなかったけれど……私の視線に気付くと、慌てたように顔を反らしてしまったしバスを降りた後もすぐに居なくなってしまったけれど、
彼は、統木 栄火君は……私を、助けてくれた唯一の人だったのに。
『私は……貴方を、……っ救えなかった。私は救うチャンスをっ……三度! 三度も棒に振り、貴方を……貴方を救えず、いつもいつもメソメソ泣くことしか出来なかったっ……クズのような人間なのに!!
どうしてっ…!
どうして、貴方は……それでも私なんかを救おうとするの!! そんなっ……そんな姿になってまで、私は貴方に何も出来てないのに! 答えてよっ……栄火君っ……』
燃え盛る炎の中に、私はいた。私なんかのせいで裏側は火を放たれ、棚倉は燃え……それなのに、誰かが死ぬのはもう嫌だ。だからこうして最後まで残り、結果として逃げ遅れてしまった。でも、後悔はない。私はもういい、十分だ。私がいなくなれば、犯人は満足だろう……仇を打てなかったのは嫌だけど、私なんかのちっぽけな力じゃ誰かもわからない犯人に向かうのは無理だ。巻き込んでしまった人たちにただ、ただ……申し訳ない。諦めれば許されはしなくても、止めることは出来るだろうか。
そう、思って炎の中……一人いたのに。
黒い人影が、唐突に姿を現したのだ。火の手が迫る誰もいなかったはずの部屋。他でもない……彼は私の恩人にして、私が見捨ててしまった人。どれだけ姿を変えようと、死して尚も現れる……こんな私の前に。酷いことをしたのだ、私が……見殺した。なのに なのに なのに
黒い人影は、なんてことないように……あの日のように、私に手を差し伸べた。
『行けないよ……』
次は誰が死ぬ。大切なお友達……先生、クラスメート、家族、先輩……ああ、そうだ。良くしてくれた人たちをも、私は裏切っていたんだ。知っていた真実を……私の罪を告白、していない。違う、知られたくなかった。
『ねぇ、栄火君』
『どうしてっ……
どうして、死んじゃったのっ……。嫌だよ、やだ……ごめんなさい、ごめん……なさい、酷いことを言うけど、どうかっ、どうか……っ!
死んじゃ、やだよっ……! 栄火君っ……私、ぁっ…あぁああっ!!』
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