どこにいった
『黒い人影はあの夜に生まれた。人の姿から変わり果て…真っ黒な影となって今もどこかにいる。彼の目的は私にはわからない…しかし、瀧阿さんならあの夜より前に起きた何かを見ているはずだ』
菊一さんの話が終わった頃、時刻はもう昼を過ぎていた。淹れたお茶もすっかり冷めてしまったが今はそれくらいの方が良かった。
知らなかった……。
彼女が、栄火君の死をそんなに早くから知っていたこと。何があったのかまだ全容はわからないもののそんなに大変な目に遭ったにも関わらず何事もなかったように日々を過ごしていたこと。
『ずっと自分自身を責めていると思う…彼女は何よりも自分を責め、あの日のことを後悔し続けている』
ふと思い出した、昨日の二人の姿。耐え切れず涙を流して歩く姿にそれをゆっくりと……決して悟られまいと歩くもう片方の姿。瀧阿がずっと自分を責めていることは、なんなのか。
きっとそれが事件を解く鍵の一つだ。
『彼女の姿を見たのは、あの日以来だ』
目が合った、菊一さんは僕を見て安心したように柔らかな笑みを浮かべたのだ。
『少し安心したんだ。久しぶりに会ったけど、予想よりも元気そうだったから……君たちがついていてくれたお陰だろう。あんな風に心配してくれる人がいるなら大丈夫だと思ったよ』
父さんや星一兄さんの視線が飛んできたので思わず顔を背けたが、叶士と背ける先が重なってしまい……菊一さんの笑い声が聞こえた。
『私も…もっと出来たことがあったのではないかと後悔している。だから捜査には協力を惜しまない…どうか、この呪われた事件を解いてほしい』
菊一さんは早速父さんから足跡の採取協力を申し出た。早々から疑ってしまうのは申し訳ないが瀧阿の自宅から出た侵入者の足跡は恐らく成人した大人か……または男のもの。菊一さんは快くそれを受けてくれた。
『瀧阿ってさ、バスで栄火に守ってもらってたんだよな』
菊一さんと父さんが話している間、僕らはソファーに座って母さんの作る昼食を待っていた。隣に座る叶士がふと話を始めたのだ。
『そう聞いたけど…それがどうかしたの?』
『確かにバスの中で助けてもらってたらさ、そりゃ恩も感じるだろうけどよ…瀧阿がそんなに思い詰めるほどの仲じゃないだろ? 命を助けてもらったわけでもねーし…』
叶士の言うことはもっともだ。
だからこそ思う。きっとそれ以上の何かがあの二人にあり、瀧阿はそこまで思い詰めることになったのだ。
『まだあるぜ…。
なんで瀧阿は事件当時、川にいたのか。散歩にしちゃ家から遠くまで来すぎてる。しかも栄火がいることもなんとなくわかってたみたいだし…わかんねぇことだらけだ…』
菊一さんの言っていた、あの黒い人影の誕生したその時……恐らく栄火君は既に亡くなっていて、あの姿になった。つまり亡くなったのも川だからそこに瀧阿が来たのが偶然とは思えない。
新たに増え続ける疑問に叶士と一緒に深くため息を吐いた。
『そういえば父さん。ずっと気になってたことがあったんだけど、聞いてもいいかな?』
『なんだ? 叶一郎』
僕が聞いたのは、本当に前から少し……気になっていたことだった。
『統木栄火君の死因って、なんだったの? 新聞にも不明ってあったけど……』
その質問で父さんは俯くと、暫く無言の時間が過ぎた。なんとなく空気が重くなったような気もして慌てて話題を変えようかと思ったけど父さんは重い口を開いた。
『……まだ、わからないことが多いんだ。損傷が激しくてな…何より、まだあまり公表していないことがあるんだ』
『首がな……頭部、と言うべきか。
ないんだよ。犯人によって切断されたらしい……そのせいもある。本当に…猟奇的な事件だ』
僕はその時、あの塗り潰された顔を思い出した。だからあの顔は……あんなに黒で潰されていたのかと。
そしてこの日。
雨座瀧阿が夜になっても帰宅せず、連絡にも応じない……行方不明となった。
時刻は午後9時となったが、瀧阿と連絡が繋がらなく家にも帰らない。彼女に何かあったと考えすぐに警察に連絡して捜索を頼んだ。事件続きの町なので対応も早かったし父さんの口添えもあっただろう。
『駄目だ! お前たちは家にいなさい!』
父さんと星一兄さんも瀧阿を探しに行くことになったが僕と叶士は参加出来ないの一点張り。父さんたちの気持ちもわかるけど、こればっかりは譲れない。
『頼むよ、親父っ…! 俺は瀧阿を守るって決めてんだよ!』
『僕だって! 瀧阿が危ないかもしれないのに家でじっとしてろなんて、無理だよ!』
何度も何度も抗議して、時間も惜しいと結局僕らが押し勝った。条件として父さんと叶士…僕と星一兄さんの二人ずつで行動することとなった。
家を出ようとしたその時、何度も何度も激しいチャイムが鳴り響き…出迎えた。
『瀧阿っ…!!』
そこにいたのは、匣辺楽 朱唯さんだった。
私服姿でいつもバッチリ決めたメイクは汗で少し崩れているし走って来たのか金髪の髪も大分乱れている。それでも彼女はそんなこと気にもとめず呼吸を整える間も無く僕に掴みかかって来たのだ。
『瀧阿がっ…! 瀧阿が、いなくなったって…! 帰って来なかったってマジなの!?』
『は、匣辺楽さんっ…?! どこでそれを…』
『いいから早く答えて!』
焦ったように、でもどこか泣きそうな叫び声でそう問う彼女に僕は何度も首を縦に振った。
『…瀧阿が…そんな…っ嘘だろ』
連日の事件
亡くなった二人の生徒
新たな…被害者…
『っ…探しに行くんでしょ!? 私も探す! 早くスマホ貸して!』
勢いよく捲し立てる彼女に圧倒され、何も言えないままスマホを差し出すと一瞬で何か操作されてすぐ返された。
あまりのことに驚く間もなく彼女は玄関から駆け出して行ってしまったのだ。
『……アドレス、登録されてる…早くない?』
秒の出来事だった。
匣辺楽さんがあんなにも瀧阿を心配するなんてと驚きつつ、僕たちも彼女に続いて瀧阿の捜索へと駆け出して行った。
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