花を
その日、瀧阿は泣き腫らした目を擦りながら帰って来た。まだ両親も兄さんも帰ってきていなかったため急いでおしぼりで目元を冷やしてあげた。そっと窓から外の様子を見たが、外には人の気配もなく何もいなかった。
彼は無事に瀧阿が帰れるように最後まで付き添ってくれたらしい。
『では、行ってきます!』
『暗くならない内に帰るんだよ? 人の多いところを歩いて、人通りの少ない場所にはいかないように…あと』
『叶一郎…あまり心配し過ぎるものではないぞ。いってらっしゃい、気を付けてな』
次の日の午前中から、瀧阿は出かける用事があるということで僕ら兄弟と父さんとで見送っている。昨日のこともありまだ少し目元が赤いが瀧阿は特に気にした様子もなく……両親も深く聞くこともなく話題にはならなかった。
両手に花を抱えて出かける瀧阿。その様子を確かめた後、星一兄さんはある人物へと電話をかけ始めた。
『あの花……起きてから一緒に瀧阿の家まで摘みに行って初めて気付いたんだ。あの花は栄火が亡くなった日に机に備えてあった花だ。多分うちの担任に渡してるんだと思う。今日は……きっとあの河原にも供えるんだろうな』
僕が叶士の教室で気付いたあの花は、前に瀧阿の家の庭に咲いていた花だったんだ。瀧阿はずっと栄火君のため、花を摘んでいた。
【私が……栄火君を殺したんです】
あの時の言葉がずっと引っかかっている。瀧阿の行動といい、黒い人影となった栄火君の昨日の姿からしてもとても瀧阿が栄火君を殺したとは思えない。しかし、一度だけ……栄火君は瀧阿を襲ったことがある。勿論瀧阿は生きているし怪我もしていないが……彼は瀧阿の首に手をかけようとしたのだ。
『ああ、来たようだな』
瀧阿が出掛けてから数分後、春雛家に呼ばれて来たのは昨日会った菊一さんだった。
白いシャツに灰色のベストを着て眼鏡をかけている菊一さんはとても知的な雰囲気で事実、かなりの頭脳の持ち主で見た目とは対照に運動神経までいいという話だ。
『菊一。早くにすまないな、呼び出してしまって』
『構わない。君たちが彼女と関わっていると気付いた時からこうなるとは思っていた』
菊一さんの目線の先には父さんがいた。それはそうである。警察だった身であり現在は探偵の父さん……ついでに同じ学校に通う息子が二人。
菊一さんは父さんと挨拶を交わすとリビングに入り、皆で席に座った。菊一さんは辺りを見渡してから瀧阿の姿がないことに少し安心した様子だった。
『瀧阿は出掛けているよ』
『そのようだな。大方、彼女のことだ……休みの日に遊びにも行かず彼のところに行ったんだろう』
悲しげな顔でティーカップを摩りながら、菊一さんは目を閉じていた。思い出しているのは過去のこと……今日彼を呼び出したのは他でもない。その過去についてだ。
『私が話せるのは私が見た範囲のことだけだ。私の目線からしか話せないということ。それが真実とは限らない』
『それで構わない。君から見た話をどうしても聞きたいんだ。瀧阿には…まだ、聞くべきではないし聞いても彼女は答えないだろう』
父さんの言葉に頷いて菊一さんはゆっくりと話をしてくれた。菊一さんもあまり思い出したくない記憶なのかたまに言葉を詰まらせながらも、僕たちにあの日の一部始終を語ってくれた。
『私はあの日…遅くまで残業をしていてね。結局、終電に乗るはめになるほどだった。終電に乗って目的の駅に降りたよ、この季節にしては妙に冷えた嫌な夜だった。
駅を出ると人なんて全くいなくてね。私もあの時間に帰るのは初めてだったよ…月明かりのお陰で明るいくらいだった。とても大きくて綺麗な満月だったからね…』
時計の針の音がやけに大きく聞こえて、普段なら気にならない草木の触れる音さえ気になってしまう。
手にかいた汗のせいで、あの日の寒さを一瞬だけ思い出すようだ。
『そしてあの河原に差し掛かった時だよ』
『そこに、あの子がいたんだ』
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次話は、菊一白洋目線です。




