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ー第2章ー 誰の真実



喫茶店 眠威は町でも指折りの憩いの店であり、春雛家はいつもここで店長の特製ブレンドされた紅茶を買っていて紅茶は勿論のことケーキやサンドイッチも絶品だと評判だ。少し薄暗い店内にカウンターと奥にはテーブル席もある。


平日の夕方ということもあって店内は客は疎らだったが、心地よい音量で流れるクラシックと落ち着いた店内の雰囲気がマッチして時間の流れを忘れさせてしまう。そんな店内に荒々しく扉を開く音が響けば、一瞬にして全てが台無しになってしまう。誰もが入り口に目をやるもすぐにその視線はUターンしてしまう。目に入ったのが長身の高校生でしかも茶髪に服装を崩した……人相最悪な男がいれば、誰もが視線を逸らすはずだ。そんな人々には目もくれずにズンズンと店内に入る弟に続いて僕も入店する。店長は僕らの雰囲気をなんとなく察して何事もなかったようにグラスを拭いている。



『叶士、あの奥の席みたいだ』



店の一番奥の席に、瀧阿はいた。向かいに座っている男性は見たことがない人だが星一兄さんと歳が近いと思う。眼鏡をかけて知的そうな印象で吊り目なところが少しだけ怖そうな人だ。



『……知らない奴だな。行くぞ、兄貴』



二人は僕らの存在にはまだ気付いてないらしく、まだ二人で何か話しているようだった。あの三人組が言っていたように瀧阿はあの小さな背中を更に小さくすぼめていつも以上に小さく見えるし何だか俯いた様子で変だった。近づくにつれてふと男性の話し声が聞こえた。



『そんなに気負うべきではない。あの状況ではああするしかなかったのだ……』



『でも、私……私は、それでもあそこにいなくちゃいけなかった気がするんです……』















『私が、栄火君を殺したんです』
















頭の中が、真っ白になった。


短くも確かに存在する瀧阿との思い出が濁流(だくりゅう)のように押し寄せて来る。優しくて可愛い後輩。小さくて弱々しい女の子。



虫も殺せないような子なんだ。そんなあの子が、今……なんと言った?



『瀧阿』



その声に弾くように体を揺らしてこちらを振り返った彼女は、僕らを見た途端に悲しげに顔を歪ませて泣きそうな目で僕らを見上げた。男性は何も言わなかったがなんとなく僕らが知り合いだと悟り口を出さなかった。



『近くまで来たから、一緒に帰ろうかと思って。帰ろう……瀧阿』



隣で固まっていた叶士の体を(ひじ)で突くと、やっと正気に戻った叶士に瀧阿と先に出ていろと指示を出せば黙ってそれに従ってくれた。瀧阿も一緒に立ち上がらせると外に行ってて、と背中を押して半ば追い出すようにした。



『そういうところで冷静になる辺り、兄とそっくりだ』



背後からした声は、何処か可笑(おか)しそうだった。男性は椅子から立ちがると僕に向かって右手を差し出した。



『初めまして。私は菊一(きくいち) 白洋(はくよう)という。君の兄である春雛 星一とは同僚(どうりょう)だ』



『兄さんの……?』



差し出された右手を握ると、菊一さんは名刺を出してくれた。確かに兄さんと同じ会社だった。僕が兄さんに似ているところと瀧阿からの会話に出た三兄弟というところからピンときたらしい。



『彼女は春雛の家で世話になってたのか……そうか。年の近い君たちが一緒なら、彼女も少しは安心して過ごせるな』



菊一さんは伝票を取ると瀧阿の分を払うと言った僕を軽くあしらって会計を済ませてしまった。女性に払わせる気も同僚の弟に払わせる気もないとすっぱり断られてはぐうの音も出ない。



菊一さんは扉の前で足を止めると僕に先程の名刺を出せと言い、裏に電話番号を書いて改めてそれをくれた。



『彼女に無理に話をさせるな。私が知っている限りなら後日、話してやる』



『……話すって、貴方は何を知ってるっていうんですか』



『決まっている。



この町が変わった始まりの日だ。あの黒い人影の化け物のことだよ』



目を見開き、思わず叫んで問いただそうとさえしたのに彼はもう店から出て瀧阿と一言二言交わすと背を向けて歩き出してしまった。急いでその後を追って店から出るものの、まるで追って来るなと言うように彼は立ち止まって僕を見ていた。



『今日休みをもらうためにお前たちの兄に仕事を代わってもらってる。早く帰るといい。その自転車で帰るならまだ明るい内に帰れるぞ』



今度はもう、振り返らず菊一さんは歩いて行ってしまった。三人もいるのにどうやって自転車で帰れというのか。


そしてこのどうしようもなく気まずい雰囲気をどうしたらいいのか。自分で作っておきながらなんだが、とてもやりにくい。誰も何も言えず……ただ黙って歩き出した。自転車を引く音とアルファルトの上を歩く音。酷くゆっくりとした時間が流れる。



『……私、寄りたい場所があるので先に帰ってて下さい』



突然立ち止まった瀧阿は明らかな嘘を吐いた。


そんなことは出来ないと何度言っても止まってしまった瀧阿の足は動かず顔はずっと地面と平行を(たも)っている。



『お願いします……ちゃんと夜にならない内に帰るので、先に……行って、下さい……』



もしかしたら、眠威で言っていた言葉の意味を話してくれるんじゃないかと心の何処かで期待していた。自分たちにもきっと話してくれる。相談してくれるんじゃないかと期待していた。でも実際は、それどころか瀧阿は距離を取りたがって離れようとしている。



それがどうしようもなく辛く、切なくて……悲しくて。



『……わかった。早く帰ってきて』



『兄貴っ…?!』



慌てる叶士をさっさと自転車に乗せると、僕はペダルを踏んでから……瀧阿の方を振り返った。



『瀧阿』




『瀧阿。僕らは信じて待ってるよ。瀧阿はもう僕らの家族の一員だし、大切な妹みたいなものなんだよ。だから僕たちは、待ってるよ』




自転車を漕いで、暫くすると誰かの鳴き声が聞こえてきた。子どもみたいにわんわん泣いている……彼女の方を振り向いた。
















ほらね。やっぱり君は……彼を殺してなんかないじゃないか。


泣きながら歩く瀧阿の後ろには、黒い人影が……ゆっくりと歩いていた。絶対に追いつかず、姿を悟られないように……



栄火君は、まるで見守るように……泣きじゃくる瀧阿の後ろを歩いていた。






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