背後より
教師も周りを囲んでいたギャラリーもいなくなった現在、僕ら兄弟と瀧阿に十華ちゃん……そして叶士のクラスメートである生徒とその友人だけが残っていた。未だに状況がわかっていない瀧阿を除いてお互い一歩も動かない。だけど叶士と言い争っていた彼だけは瀧阿をじっと見ていた。威圧とも言える雰囲気で彼女を見るその表情は、先程までの空気を壊された怒りともまた違うようだったが……ぶれることなく瀧阿を見ていたのだ。
『叶士、学校で問題を起こすのは良くないよ…今は抑えて。もう行こうよ』
また二人で言い争って教師を呼ばれれば、今度こそ面倒なことになるのは明らかだった。なんとか叶士をその場から離そうと肩をつかむが何と先に動き出したのは相手の方だった。
『てめ、夜丸っ…!』
夜丸と呼ばれた生徒が向かったのは瀧阿の方だった。出遅れた叶士は夜丸君を止めようとするも既に彼の手は瀧阿に向かって伸びていた。
一緒にいた十華ちゃんは瀧阿を抱きしめたまま数歩後退するも、180を軽く越した長身の夜丸君にすぐに距離を縮められては術がなくただ瀧阿を抱きしめたまま身を固く構えることしか出来なかった。瀧阿も知らない男子生徒が黙々と歩いてくる姿に動揺していて、一瞬だけ僕らと視線が交わるも勇敢に……十華ちゃんを守るようその身から抜け出して自ら夜丸君と対峙するような形になったのだ。
十華ちゃんの悲鳴と叶士の叫び声が廊下に響き……瀧阿の背後から鋭く伸び、煌びやかに装飾された爪を持つ華奢な手が現れた。
『…アンタ。後輩の、しかも女子に突然触ろうとするなんてマジキモいんだけど。変態なわけ? せめて一言くらいなんかあんだろ。つかマジ…何様のつもりだっつーの』
金髪に派手なメイク。
着崩された制服と校則違反の塊のようなピアスにネックレス等の装飾品の数々。
彼女のことは僕でも知っていた。入学当初よりその服装と大胆な行いと……注意された数は歴代一位とされる一年生
匣辺楽 朱唯
『なんか用な訳ー? 言いたいことあんなら早く言いなさいよ。こちとら午後一で体育だっつーの。正直用があんなら後にしろっての。マジ空気読めよ』
眉間に皺を寄せてガンガン言いたいことを先に言う匣辺楽さんは、すっかり押し黙ってしまった夜丸君に興味をなくすと今度は僕らの方につかつかと寄ってきて無言で右手を差し出した。
『…あの、その手は…』
そう問えば、まるではぁ? と顔がそう言っているような表情をすると大きな溜め息を吐いてかと思えば
『弁当に決まってんだろ! 雨座の弁当! 白飯二個も食えってか!? 話の流れで察しろよ、ったく… 』
叶士が持っていたお弁当袋から一つ箱を出すと彼女は引っ手繰るようにそれを取り、雨座にそれを渡すと今度は雨座から御飯を一つ受けとって叶士へと渡した。叶士からは乱雑に受け取ったのにも関わらず瀧阿には心なしか中腰になって話しかけ受け取り方も別人のように丁寧だった。
『じゃあ私、もう行くから。雨座。早く食べちゃいなよ。着替える時間なくなるからさ』
『う、うん…。朱唯ちゃん、ありがとう! また今度お弁当作ってくるから一緒に食べようね』
僕らの方に手を振ってから瀧阿が慌てて時計を見ながら十華ちゃんと一緒に走って階段を上がって行った。意外なことに瀧阿は匣辺楽さんと親しげに話していたので、あの二人はどうやら仲がいいらしい。
もう行く、と言っていた割に匣辺楽さんはその場に留まりさっきまでの雰囲気とは違い……静かに夜丸君を睨み付けていた。
『雨座に何をしようとしてたか知らないし、させたくもないけど……手ぇ出したらぶっ殺す。あんまり調子に乗らないでよ。悪意があるなら尚更だ』
去り際に僕らにも視線を寄越した辺り、牽制されたのは同じらしい。突然現れた匣辺楽さんは去っていくのも突然で後ろから何を言われても振り返らず黙ってスマホを弄りながら消えていった。
すっかりペースを持っていかれた夜丸君も舌打ちをして友人と一緒に去ってしまった。
『瀧阿って意外と交流関係広いんだね…』
『俺らの間じゃ結構有名な話だ。匣辺楽が瀧阿の転校初日から話してたりしてるって…見たのは初めてだから驚いたけど』
偶々通りがかって助けたのであろう、匣辺楽さんは終始瀧阿を庇うような姿勢だった。あんな風に人の心を動かしてしまう何かがある……瀧阿はそういう子なのかもしれない。
『…まぁ匣辺楽は小さくて可愛いものが好きってのも有名だけど』
『…該当してるね』
その後僕らは一緒に中庭で話すことになり、生徒たちが楽しげにバドミントンやバレーボールをする横でベンチに座っていた。
『いじめの主犯…? じゃあ、統木栄火君をいじめていたグループのリーダーが…』
『夜丸だ。飛尾 夜丸……一年の頃からずっと栄火をいじめてた。理由も思い当たる節がないから…多分、中学の頃かまたは……俺のしらねぇところでなんかあったのか……』
統木栄火君をいじめていた主な人物が、先程の飛尾夜丸君。
あの言い争いは他でもないいじめの主犯だった夜丸君に栄火君について聞き、そのままどんどん言い合いになり……結果 ああなったそうだ。
『聞いたんだよ。なんで栄火だったのかって……事故で死んだ志島も夜丸とよくつるんでた奴だったし何か知らないかって。でも夜丸の奴……何も知らないし興味ねぇなんて言うからつい……』
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