飛尾 夜丸
それは、二人の思い出だった。まだ越してきて間もなかった瀧阿とクラスメートにいじめを受けながらも困っていた瀧阿を密かに守ろうとしていた統木栄火君の誰も知らない思い出。
もしかしたらあの黒い人影は、鐘が鳴って目覚めた瀧阿を見て思い出したのかもしれない。かつて自分が守ろうとしていた瀧阿を見付けて……手が出せなくなったのだろうか。
『私も同罪です。栄火君に沢山助けてもらったのに……私は彼を救うことが出来なかった。救うきっかけすら作れなかったんです……彼はきっと、私のことだって憎んでいるでしょう』
そっと目を閉じた瀧阿の目尻には涙が溢れそうなほどになっていた。いっそ泣いてしまえば楽になるかもしれないのに、瀧阿は決してその涙を流そうとせずにいた。叶士とは異なる考えがあるのだろう、あの真っ直ぐな目は涙に濡れながらもぶれずに前を見ていた。
『……よし。今日はこの辺で解散しよう。話も大体聞けたから父さんはまたこの事件を調査しようと思う。統木君の事件の謎も多いし、志島君の事故も調査中だからね』
話が終わると母さんは瀧阿を連れて空いている部屋へ彼女を案内した。例の瀧阿の家の調査のこともあり彼女の荷物は粗方運んであるそうだ。二人がいなくなると再び父さんが席に座り、僕ら三人に座るよう合図した。
『雨座家の調査だがね、ある程度終わったよ』
父さんの言葉に息を飲む音がした。
『結果からして、雨座家に何者かが進入したのは間違いないよ。足跡は第三者にものでね……相当、この手の犯罪になれているか用心深い人物だ。靴跡は見つからなかったよ。恐らく靴下か袋でも巻いて逃走したらしいね。指紋も勿論、出なかったよ。髪の毛一本落ちてないんだから、私としては黒い人影よりも恐ろしいよ。
瀧阿を帰しては駄目だ。確実にこの町の何処かに彼女に悪意を持つ者がいる。警察はまだ動けない段階だ。私たちで守ってあげよう……多分それが亡くなった統木君の意思を継げる行為だ』
勢いよく顔を上げたのは叶士だ。赤くなった目を擦りながら父さんを見る叶士に、父さんは優しげな目で語る。
『瀧阿はあんな風に言っていたけどね……それだけで統木君が瀧阿を怨むとは思えない。むしろ彼は生前、彼女を守っていたんだ。だったらきっと彼に代わって……というわけじゃないけど、瀧阿を守ってあげた方がいい。それが彼に対する懺悔になるかはわからないが、やってみるだけ価値があるよ。叶士』
叶士はその言葉に頷くと、僕ら三人は一緒に部屋へと戻った。叶士は後に瀧阿の部屋に向かうと連絡先を教えてほしいと話していた。すぐに瀧阿から了承され二人が連絡先を交換していると僕の存在に気付いた瀧阿がおいでおいでと手招くので嬉々としてスマホ片手に駆け寄る。
星一兄さんを加えた四人でグループを作るとなんでもっと早くこうしなかったんだ、とみんなで笑った。
『……統木が生きてたら、お前と統木が話せる機会もあったのかもしれねぇ。その機会を奪った責任が俺にはある。……すまねぇ、瀧阿』
『言ったはずです、叶士先輩。私も統木君を救えなかった者なんです。だから叶士先輩だけのせいなんかじゃないんですよ』
それは、叶士を守るための言葉。一人で自分を責めていた叶士の罪を一緒に背負う……今の叶士に一番必要な言葉。
大きな弟は小さな妹に慰められながらその日夜通し泣き続けた。
そして、事態が動いたのは翌日のこと。
昼休みに学校で過ごしていた時に突然響いた怒号と悲鳴。慌てて廊下から出れば、そこである生徒に掴みかかっていたのは叶士だったのだ。
『叶士……!?』
いくら素行が悪く不良だなんだと言われてきた弟だが、こんな風に学校で誰かと喧嘩をするなんて一度もなかったことだ。あまりのことに食べていた弁当を喉に詰まらせそうになりながらも、すぐに叶士の元へと駆け寄る。
『もう一回言ってみろ、夜丸っ…! 大体お前があんなことしなければ何も起こらなかったのに…なんでテメェはそんななんだよ!』
『悪いなぁ、思ってることがすぐに口に出ちまうんだ。特に心の奥からそう思ってることはよぉっ…!』
殴り合いにまで発展しそうな雰囲気に慌てて僕は叶士の腕を掴んで止めようとするが、興奮していて頭に血が昇った弟は全く暴走を止めようとしない。周りの友人らしき生徒も相手を抑えているがこっちと似たようなもので全然止められない。
このままでは教師が来て説教コースだ。
『この外道野郎っ…!』
『いくらお前でも俺に楯突くようなら容赦はしないぜ、叶士』
グッと拳を握りしめる叶士とポケットに手を突っ込んで片足を引く男子生徒。騒ぎ出す生徒に恐怖で悲鳴を上げる生徒もで始め、もう抑えきれないと覚悟した。
『春雛先輩に…叶士先輩?』
小さな声だった。
隣にいるいつかの十華ちゃんなる瀧阿の友達はことの流れを大分汲み取り、真っ青になって瀧阿の体を隠す抱きしめる。先輩同士の喧嘩に完全に水を差したと判断しているし、正解だ。小さな声だったが完全に二人の動きは止まっているし周りもやけに静かになった。
『あの……春雛先輩か叶士先輩。お弁当の御菜…二つじゃありませんでしたか? 私のは御飯が二つだったんです。多分星一さんが今朝に間違えて包んでしまったようで……』
そう説明して十華ちゃんの体をすり抜けて出てきたお弁当は確かに日の丸弁当二個だった。みんな同じ弁当箱を使っているから星一兄さんが間違えてしまったようだ。ちなみに僕のはきちんと揃っていたから違う。
それにしてもあまりにも場違いな問いかけだった。彼方此方から生徒たちの吹き出す笑い声が聞こえ始めて、あっという間に辺りは楽しげな空気に包まれた。飛んできた先生もなぜか楽しそうに笑っている生徒たちを見て はて? と首を傾げて何かの間違いだったと理解して早々に帰ってしまった。
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