レバーという名の罠
こつん、コツンと足音が反響します。
洞窟のなかはどこか湿っぽくて、足を滑らせてしまいそうです。
わたしたちは、5階層までの調査を終えて6階層へ向かっています。
向かうといってもそう大層なことでもなく、武骨な階段を下るだけです。
調査隊の方は慣れているのでしょうか、ずんずんと階段を降りていきました。
「不思議なくらい順調ですね…」
「そうですね、このまま何もなければいいのですが」
「魔女さんそれフラグって言うんですよ。まあ、調査隊のかたもいますから大丈夫でしょうがね」
やれやれ、と肩をすくめます。
この分だと持ってきた大量の荷物もいらなかったでしょうか。
大半をそのまま持ち帰ることになりそうでした。
「おい、魔女さんたち6階層についたぞ」
そう言ったのは調査隊のリーダーさんです。
熟練の調査隊の方なのでしょう、とても頼りがいがある方です。
「ではわたしたちはあちらを調査してきますね」
「了解だ。くれぐれも気をつけて」
「分かってますよ。では、行ってきますね」
「ああ、頼んだ」
わたしと魔女さん、小人さんの3人パーティーは部隊から外れます。
4階層辺りから効率を考え、いくつかのパーティーに別れて調査をしていました。
しかし、大変整備された遺跡の地下です。
何かが住んでいたのでしょうか、至るところに生物のいた形跡があります。
「魔女さん、寒くないですか?」
「大丈夫ですよ~」
「そうですか、なんだか風が吹き込んだ気がして」
カバンから取り出した大きな紙に歩いた道をマッピングしていきます。
遺跡の調査と言うのは採掘や温度、保存状態や内部構造などなど…。
いろいろ調べて書き記す必要があるのです。
骨のおれる作業ですけど、根気強くやっていきます。
「魔女さん、そこの光ってるのとってもらってもいいですか?」
「これ?ピッケルで大丈夫かな」
「恐らく大丈夫だと思いますけど…」
「分かった。えいっ」
魔女さんは壁面に少し飛び出た光る何かをピッケルでつつきます。
するとその光る突起は、ぶるんっと震えて引っ込みました。
「きゃあ」
「なんか引っ込みましたね」
「ピッケル越しの触感が気持ち悪かったです…」
「鉱石では無さそうですけど…生物とも言い難いですね」
「うーん…要調査対象として書いておいてください」
言われてわたしはメモ用紙に書き記します。
【物体X】
・鉱石のように光を反射する。
・固くなく、ぷるぷると柔らかい
・壁面から少し飛び出していた
こんなところでいいでしょう。
詳しいことはこれからの調査で書き加えられたらよいです。
地下に進めば進むほど、新しい情報が分かってきます。
なんだか楽しくなってきました。どんどん調査を進めますーー。
ーー第7階層です。
6階層では先ほどの光る何か以外の発見はありませんでした。
ここ、第7階層でも特に何もありませんでした。
ーー第8階層です。
なにもありませんでした。
ーー第9階層です。
なにもありません。
ーー第10階層です。
なにも(以下略
ーーそして第11階層。
この階層は、至るところに石板が設置されていました。
文字は識別不能。どこの国の言葉かすらも危ういレベルです。
取り敢えず見たままを記します。
【石板(入り口右)】
ンはパ で 、 べら いパン…?
一体何が書かれているのでしょうか。
どんどんほかの石板の内容も書き写していきます。
【石板(入り口奥)】
冷 庫 いる 物 んだ
こっちは頑張れば考えられそうな気もしなくは無いですが…。
わたしたちの調査範囲の石盤は概ねこれくらいです。
調査隊の隊長さんに終わったことをお知らせします。
「隊長さーん。こっち終わりましたよ~」
地下洞窟なので、大きな声を出すと反響して声が届くのです。
動かずして報告を終える。わたしって頭いい。
「こちらもそろそろ終わるところだー。次の階層へ降りる階段の前まで移動していてくれ」
隊長さんからの指示がありました。
この場での最高司令官は隊長さんですから、指示に従います。
「分かりました~。では移動しますねー」
魔女さんたちをつれてとっとこ移動します。
何が起きるかわかりませんから、言われた通りに行動します。
「いやぁ…。遺跡調査もなかなか楽しいですね」
「ですね!思ってた何倍も楽しいです」
「楽しい!楽しい!」
皆さん大変満喫していらっしゃるようでした。
そんな会話をしながら道なりに進んでいきます。
マッピング済みなので、道に迷う方が難しいという訳です。
そろそろ階段が見えてくるはずです。
座って温かいお茶でも飲みたい。
そう思うと、わたしの足取りが軽く早くなります。
「ちょ、ちょっと待ってくださいー。恐らく、これメモしてないですよ」
そう言って魔女さんはわたしを呼び止めます。
「なんですか、一個くらい無視しても大丈夫ですよ」
休憩タイムへの移行を妨げられたわたしは投げやりにいいます。
「そうですけど、これ始めてみるもので」
「はぁ、どれですか?」
わたしは魔女さんのいる所を見つめます。
そこには不自然に壁から飛び出してる四角い延べ棒のような石がありました。
レバー…?でしょうか。
「魔女さん、これ下げましたか?」
「いや、まだ下げてないですけど…」
「取り敢えずこの状態を書き記しますから、待っててください」
「分かりました」
わたしは急いで書き記します。
【謎のレバー】
・壁からでている
・延べ棒のような形をした石
・下げたら何が起こるかは不明
あとは、何かありますかね…。
うーん、これだけでは足りない気がしなくも無いですけど…。
鉛筆をくるくる回して思案します。
その時でした。
「えい!えい!」
わたしの肩から小人さんが跳びました。
「ちょ、ちょっと!?小人さん!?」
「見てて!みてて!」
勢いよくレバーに飛び乗った小人さん。
ジャンプして下げる用です。レバーの上で跳びました。
「ダメですから!ちょっとまったーー!」
わたしは人生で一番の瞬発力を見せて小人さんを捕まえます。
危うくレバーを下げられるところでした。
小人さんを着地前に捕まえた自分に感謝します。
わたしは安堵感で、壁にもたれかかりますーー。
ーーガタンっ
「…へ?」
「ちょ、ちょっとおおお」
慌てふためく魔女さん。
その時、地面が突然開きました。
果てしなく続く闇がその深さを物語っています。
「これもしかして…」
「そのもしかしてですよ…」
「たのしい?たのしい?」
「楽しくないですよおおおおおおお」
「きゃああああああああああ」
「おちる!おちる!」
そうしてわたしたちは、調査隊とはぐれて地下深くへ落ちていきます。
「何でこうなるんですかあああああ!!!!」
わたしの切な思いが、果てしなく続く闇に木霊しました。
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「そういえば、魔女さんたちはどこへ?」
「わかりません。ですが、地下へ行った形跡は確認出来ませんでした。」
「そうか…」
「心配要りませんよ。恐らく上層へ戻ったのでしょう」
「ならいいのだが…」
「隊長は心配性ですね~。まあ、それが頼もしいんですけどね」
「ああ、ありがとう」
そうして調査隊の方たちはさらなる地下へ歩みを進めます。
わたしたちと合流するのは、だいぶ先のことです。