桜の木とリスの穴
遅ればせながら。お待たせしました
雑貨屋の女の子が言ったとおり、桜の木は大きな路地抜けた先に鎮座していました。
とても大きな木です。
首の皮が引きつるほど上を見つめても全貌は明らかにならないほど。
その姿からは、植物の生命力の強さと、自然の雄大さ、自分の小ささが感じられます。
なんでも樹齢推定三百年は固いとか。
結構な距離がある路地までも桜の花びらが舞い散っていました。
「いやぁー。立派な木ですねぇ」
「ほんとに立派だな……」
「ここにリスがいるとのことですが……どこでしょう」
わたしはあたりを見渡します。
これといって生物がいる様子もなく、散った桜の花びらの絨毯が広がっています。
「確か木の回りか“木の中”って言ってなかったか? 周りにいないとなると、考えられるのは木の中だな」
「木の中……ですか」
さて、リスが入れるほどの大きさの穴を見つけることがわたしに出来るでしょうか?
雄大な桜の木の幹をまじまじと見つめます。
「――うん。これ無理」
「あきらめるの早いな! 一分も見てないぞ」
「だって……ねぇ?」
想像してみてください。
大きな桜の幹、花びらの絨毯の中から動物の出入りする穴を見つけなくてはいけないこの状況を。
見つけられる気がしません。
「ねこさん。あなた猫なんですから……においとかで分からないんですか? こう……「リスのにおいだ!」みたいな」
「猫をなんだと思ってるんだお前は。犬かなんかと勘違いしてないか」
「えー。そんなこと言わないでくださいよ。見つけられっこないですよこんなの」
「お前も一応猫のハーフみたいなもんなんだから、今のお前にできないことは俺にも無理だ。口よりも手動かせ、手」
知ってましたよ。知ってましたよ、ええ。
若干ふてくされながらも、だらだらと花びらを掻き分けて探します。
そのときでした。
「……んー」
「あら、小人さん。起きたんですね」
「起きた! 起きた!」
「寝起きなのに相変わらずのテンション……」
「何してる? 何してる?」
小人さんは、わたしの行動を詮索してきました。
町で聞き込みをしていた時にはですでに寝ていたので、今何をやっているのかわからなくてもしょうがないでしょう。自由気ままとはこのことでしょうか。うらやましい。わたしも寝てたいです……全てを投げ出して。
小人さんに事の経緯を軽く説明します。
「――ということで、今はリスが通るのに使う穴をさがしてるというわけです」
「なるほど! なるほど!」
「小人さん、お手伝いしていただけますか? とてもねこさんとわたしだけじゃ見つけられそうに無いんですよ」
「いいよ! いいよ!」
「ありがとうございます!」
あっさりと了承。
経緯を説明したときに、断られそうな要素は全て隠蔽……省略させていたので、遊び好きの小人さんにとっては宝探しのようなものでしょうか。
「どこらへん? どこらへん?」
「どこらへんといわれましても……。この桜の木のどこかにあるはずなんですけど、手がかりすらつかめてないんですよねぇ」
「難しい! 難しい!」
ごちゃごちゃ話しているところに、少し離れたところで作業をしていたネコさんがやってきました。
小人さんに話しかけます。
「――――お、小人起きたのか」
「起きた! 起きた!」
「ネコさん、なにか手がかりとかありましたか?」
「残念ながら何も。そっちは?」
「こっちもです……。何も進歩無し」
「そうだよなぁ」
桜の木を見上げてため息をつきました。
すると、小人さんが。
「リスの穴? リスの穴?」
と、しばらく考え込んだあとに言いました。
「え? ああ、リスの穴ですよ」
「知ってる! 知ってる!」
「それは、場所をしってるということか?」
「そう! そう!」
「本当ですか! それってどこら辺ですか!?」
「あそこ! あそこ!」
小人さんは体いっぱいに指をさします。
その小さな指の指す場所。小人さんの視線の先。
それは予想外のところでした。
「……? あれ、ですか?」
「……あれ、か」
大きな桜の木の幹。
枝が分かれ始める幹の最上部に、それはありました。
おおよそ、人間の視力では目視できないほどの距離の場所にあります。
そもそもの穴の大きさも相まって、ものすごく小さいです。
半分がネコのいまでなかったら見えなかったでしょう。
「あ、うーん」
「これは、なんというか」
「どうした? どうした?」
わたしとねこさんは口を揃えて言います。
「――無理でしょ」「――無理だな」
場所を知らなかったら一生見つからなかったでしょうね。
そもそもわたしたち、足元のほうを探してましたし、盲点とはこのことでしょうか。
小人さんがいて助かりました。小人さん、さまさま。
「さて、どうしましょうか」
「そうだなあ」
ネコさんは小人さんを頭に載せて言います。
「――お前、木登りは出来るか?」
「木登りですか……」
そう、それはわたしが七つのころの記憶。
庭に植えてた低木とも高木とも言いがたい、言うなれば中木くらいの大きさの木でした。
運動音痴なわたしですけど、「これくらいは登れるだろう」と望んだ木登り。
ですが、登り始めたらあっさり落下。
それでひざを擦りむいて以来、木登りはやってませんでした。
「――って、具合なんですけど」
「ださい! ダサい!」
「うるさいですよ小人さん」
軽く説明すると、ねこさんは半ば呆れていいます。
「そ、そうか。ま、まあ、いまは幾分か猫のわけだし、少しは登れると思うんだが」
「ですかね?」
「うまいこと爪引っ掛けたら登れるから……」
「それは、わたしに登れということですか?」
「そのとおり」
「はあ……」
桜の木――リスの通り穴を見上げます。
やるだけやってみましょうかね。一応猫と人間の性質がまざりあってる不思議な感じになってますし、ネコさんの言ったとおりに登れるでしょう。たぶん。
わたし、できる。
「いきます! 登りますよ!」
思い切って木の幹に爪をつき立てて、全力で駆け上がります。
かつてないほどの浮遊感。あっさりと半分くらいの高さまで登っていきます。
――これは、いける!
わたしの心中でそれが確信に変わったとき。
あっさりと足を滑らせて、木の幹から体が離れます。
「あっ」
「あ……ああ」
「おちた。おちた」
つき立てた爪も効果を成さず、重力にしたがって体が落下していきました。
「うわああああああああああああああ!」
わたしは人生をあきらめて、目をつぶります。
ああ、出来ればわたしの骨は海に撒いてほしいです。
飛び降り自殺みたいになって世間体が気になりますが、やむなし。いまさら遅いです。
「みんなあああああ! いままでありがとうございましたああああああああああああああああああ!」
わたしの断末魔が、あたりに響き渡りました